血飛沫の舞う空で

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深夜、夜空を照らす月の光は分け隔てなく地上へも降り注ぐ。
その月光に照らされて浮かび上がる幽霊屋敷―――もとい妖精達の館。
怖ましいような神々しいようなそんな雰囲気を醸し出している。
そんな屋敷の二階、窓枠に腰掛け夜空を眺めているエトランジェ『求め』の悠人の姿があった。
ただ無言で眺めているその姿、本人はどう思っているか知らないが似合わない。
と、静寂につつまれていた屋敷に小さな足音が響く。
それは徐々に大きくなり悠人の部屋の前でピタリと止まる。
そして、一息と待たずに響いてくるコンコンという控えめなノック。
思わず身構えてしまう悠人・・・なぜなら似たような事が前にあったからだ。
朝起きた時、隣に下着姿で寝ていたイオ、しかも自分が腕枕をしていた。
わけがわからず混乱しているうちにエスペリアが入ってきて・・・・・その後は想像に難くない。
とりあえず悠人にも人並みの学習能力はあったようだ。
「あ・・・あの、ユート様?寝てらっしゃいますか?」
どう声を掛けようか迷っていると先にドアの向こうから掛けられてしまう。
「え、あ、ああ、起きてるよ。」
咄嗟の事に寝たふりでもしていればよいものをバカ正直に答えてしまう悠人。
「し、失礼します」と控えめな声を出し入ってくる来訪者。
艶やかな黒髪のツインテール、少々幼い顔立ち、『失望』のヘリオンだった。
スピリット全員に配布されているのかニムと同じような黒のメイド服を着ている。
髪と同じく黒の瞳には確かな決意の色が見え隠れする。
だが、そんな事に悠人が気付くはずもなくひとまずヘリオンだった事に安心していた。
と、突然溜息をついて安心している主に声を掛けるヘリオン。
「ユ・・・ユート様ッ!!あの・・・」
「えっ、なななな・・・・なに?」
「あの・・・です・・・その・・・あの・・・」
最初の勢いはどこへやら、切羽詰ったような声も徐々に尻すぼみになりどもり始める。
そんなヘリオンの姿を不思議そうに見つつまたもやあがった心拍数を落ち着けるべく深呼吸を始める悠人。
だが、それもまた唐突に破られ心拍数はさらに跳ね上がることになる。


「あの・・・その・・・ユート様・・・私・・・ユート様のことが好きです!」

時よ止まれ、ザ・ワー○ド!
跳ね上がった心拍数と共に頭の中が一瞬スパークしたように真っ白になる。
今まで人を好きになったこともなければ告白されたこともなく告白したこともない。
そんな人間がいきなり異性(しかも可憐な少女)から告白されたならばこうなるのが道理。
意識は飛んでしまっても目は確かにヘリオンを観察している。
上目遣いにこちらを見てくる潤んだ瞳、上気した頬、メイド服の裾をぎゅっと握り何かに耐えるようにただ待っている。
しかし、元々がヘタレなだけに意識は戻ってくるどころか果てしない大地の向こうに行ってしまう。
そんな悠人にしびれを切らしたのかいきなり悠人の胸に飛び込んでくるヘリオン。
普段のあの消極的な態度からは考えられない積極性だ。恋する乙女は変わるのか・・・。
それがきっかけになったのか果てしない大地の向こうから音速を超えて意識が戻ってきた。
「ヘ・・・ヘリオン!?」
悠人の動揺した声、だが彼女は離れない。
ぎゅっと悠人の服を握り顔を胸に押し付けている。
「私・・・私・・・ユート様が誰かにとられるのはいやです・・・」
顔を押し付けているせいか少々くぐもった声だがはっきりと耳朶に入ってくる。
これまた意識が盗んだバイクで走り出そうとするが辛うじて拘束する。
と、ヘリオンが少しだけ顔を上げ悠人の顔を見つめると止めの一撃を放つ。
「私じゃ・・・駄目・・・ですか?」
上目遣いの潤んだ瞳、大抵の男はこれで撃沈することとなる。
妹命の悠人とて例外でなく、さらに思春期真っ只中の青年である。オプションがついて・・・
「・・・・・ヘリオンッ!!」
ぎゅっと抱きしめるとそのままベッドへと押し倒す。
「キャッ!」というヘリオンのかわいい悲鳴が響く。
ちょうど上に覆いかぶさるようになった悠人にヘリオンが赤面した顔を向ける。
「あ・・・あの、ユート様・・・初めてなので優しく・・・してください」
消え入りそうな声も恥ずかしそうな仕草も全てが・・・・・
簡単に「わ、分かった」と応答を済ませると発育途上ながら布の上からでもわかるふくらみに手を伸ばす。

が、突如腹部に圧迫感と激痛を感じ飛び起きる。
――――――飛び起きる?
不思議に思い辺りを見渡せば窓から差し込む朝日、鳥の囀りが聞こえる。
そして腹部にはニコニコと満面の笑みで鳩尾にニーキックを入れているオルファの姿。
「パパぁ〜、もう朝だよ!早く起きないとエスペリアお姉ちゃんに怒られるよ〜」
混乱している頭にオルファの能天気な声が重なりますます螺旋を描いてゆく。

しばらく立つとようやく思考が落ち着いてきた。いまだにオルファは腹部に乗ったままだが・・・
ようするにあれは夢だった・・・ということになる。
思い起こせば昨日の夜は訓練からの疲れでまだ日も沈まないうちに床についたのだった。
が、その事実を突きつけられた時とてつもない自己嫌悪に陥ることとなる。
まだ、「行為前」で起きたから良かったものの「行為後」で起きた場合自殺していたかもしれない。
朝からズーンと沈んでいる悠人、そして朝から元気なオルファ、実に対照的だ。
「ねぇ〜、パパ〜!早く行かないとご飯食べられなくなっちゃうよ?」
心の中で自分を罵倒していた悠人だがオルファの声にとりあえず反応する。
「あ・・・ああ、分かったからオルファ・・・腹からどいてくれ、重い」
「あ〜、パパ!女の人に重いとか言っちゃいけないんだよ!」
「うっ、分かった分かった。分かったから腹の上で跳ねるのやめてくれ!」
ぶ〜、と顔を膨らませながらしぶしぶ降りるオルファ、そしてそれと同時に明らかになること。
今は朝だ、これを言えば男性諸君には分かってもらえるだろう。
腹部を押されたせいかいつもより血流が下にいっているらしい。見事なテントだ。
(って感心してる場合じゃない!?)
急いで飛び起きると素早くシーツを折りたたみそれを下半身へと乗せる。
「あれ、パパ、シーツは畳まなくてもオルファがやってあげるのに」
「あ・・・あははは、いいのいいの。まかせっきりじゃ悪いから」
「パパぁ〜・・・・」
オルファのちょっと感動したような目が痛い。
「と・・・とりあえず着替えるから、ほらオルファ外に出て!」
こうして一人になったあとますます自己嫌悪に陥る悠人であった。


「ユート様、気候が良いからといって寝坊は駄目です。体にも良くありませんし・・・・」
オルファより幾分遅れて朝食の席についた悠人にエスペリアの注意がとぶ。
「ほ・・・ほらエスペリア、とりあえず冷めないうちに食べないと。いただきます」
なんとか話を逸らそうとするが全員が「いただきます」と言った後また愚痴が始まる。
「昨日も訓練で疲れてらっしゃるのは分かりますがお休みになるならそう言ってください。
 食事の用意もありますし・・・それに―――」
アセリアもウルカもオルファも我関せずを貫き通している今、愚痴が始まれば止まることはない。
こういうとき愚痴を止める手段はただ一つ、謝りながら待つだけだ。

「ユート様、分かりましたね?」
「うっ、はい・・・分かりました・・・・もうしません」
数十分にもわたる長き戦いののちよろしいとでも言いたげな顔になると手元の食事に手をつけ始める。
今日の食事は豆(のようなもの)とトマト(のようなもの)のスープだ。
(ん・・・・豆・・・豆・・・・豆・・・・あっ)
ふと思い出す――――――がのちに悠人はこの事を途方もなく後悔することとなる。
「そういえば今って、確かエハの月の青の週だったよな・・・・」
「え?ええ、そうですけど。それがどうかされましたか?」
「いや、俺の世界だとこの時期、節分やってたからな・・・・」
「セツブン・・・・ですか?」
聞いたことのない言葉に首を傾げるエスペリア。
ふと視線を感じて周りを見てみるとアセリア、ウルカ、オルファ、三人共にこちらを注視している。
(ハイペリアの話となるとこれだからな・・・・)
やはり異世界というのはどの人にとっても興味があることなのだろう。
特にファンタズマゴリアでは「人」は死ぬと魂がハイペリアと行くといわれている。
彼女達は「人」ではないが気になるものは気になるのだろう。
(スピリットは死んだら再生の剣に戻ってまた再生されるんだったかな・・・・)
段々と思考がずれてきている悠人、それに痺れを切らしたのかオルファが声をあげる。
「ねぇ、パパ!セツブン?ってなんなの〜?」
「あ、うん。そうだな、節分ってのは・・・どう説明すればいいのかな。
 太巻き寿司食べたりするんだけど・・・・」

「フトマキズシ・・・ですか?それはどのような食べ物なのでしょう?」
「あ〜・・・色々な具をご飯とのりでつつんだりするんだけど・・・・はっ!!作らなくていい!作らなくていいからな!」
太巻き寿司の説明をしていた悠人の脳裏にあの惨劇が甦る・・・・そうバレンタインの・・・
「え?あ、そうですか・・・?」
少し残念そうなエスペリアが可哀想だが諦めてくれたことに安心する。
「後、節分には豆・・・大豆を撒くんだよ。鬼を追い払うというか厄を祓うというか・・・
 小さい頃は父親が鬼の格好してそれに豆ぶつけたりしたな」
今は亡き父親との思い出の一ページ、泣きながら鬼に豆をぶつけていた。
しかし、回想にひたる間もなくオルファから質問をなげかけられる。
「オニ?パパ、オニってなに〜?」
「ん、そうだな・・・こっちの世界でいう龍・・・みたいなものかな」
「ふぅ~ん、パパの世界にもそういうのいたんだ」
「いや、実際にはいないよ。ほぼ伝説みたいなものかな・・・」
納得したのかふむふむとしきりに頷いているオルファ。
聞き耳を立てていたアセリアも似たようなことをしている。
「豆を撒いた後はこれからの健康を願って自分の年と同じだけ、それか一つ多く豆を食べるんだけど・・・
 まあ、節分の話はこれぐらいにして・・・」
嫌な予感がしてきた悠人が話題転換を狙うが、時既に遅し。
「じゃあ、皆でセツブンやろうよ!オルファ、皆にも伝えてくるね!」
と言ってオルファは止める間もなく館を飛び出し第二詰め所の方へ駆けていった。
嫌な予感が的中して凍り付いている悠人、冷静に食器の後片付けを始めるエスペリア。
そして、いつの間にか食卓から姿を消しているアセリア。
数秒して硬直が解けた悠人がオルファを止めに駆け出そうとした。
だが、今まで目を閉じ話に聞き入っていたウルカが突如口を開く。
「ユート殿、良いではありませんか。皆、戦闘続きで精神的に疲れております。
 たまにこういう遊びも良いかと・・・・少なくとも手前は賛成です。」
こう言われてしまえばどうしようもない。しぶしぶ席につくがつい愚痴を漏らす。
「こういう時・・・・一番被害受けるの俺なんだよな・・・」
そんな悠人の姿を少し同情の入った瞳で、しかし含み笑いをしつつ見るウルカ。
そして悠人の嫌な予感が現実のものとなるのは数日後のことであった。


「これは・・・遊びなのか!?」
―――――― 銃弾の飛び交う戦場 ――――――

「ユート殿、お覚悟を!!」
「ごめんなさい、ユート様!」
―――――― 信じたものの裏切り ――――――

「危ない!ユート様!!」
―――――― 果てしないラブロマンス ―――――

「俺・・・豆で死ぬのか」
―――――― 情けない死の中で悠人は何を残すのか ――――――

      『血飛沫の舞う空で』後編
                    
まあ、そのうち・・・

「くっ・・・はぁはぁはぁ・・・ここまで・・・うくっ・・・くれば大丈夫・・・はぁはぁ・・・だろ」
節くれ立った木の幹に手をついて身体を休める、噴き出す汗が地面へと滴り落ちてゆく。
手を離し根元へと腰を落ち着けると今度は荒くなった息を整え始める。
「はぁはぁはぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
踊り狂っていた心臓も徐々に落ち着きを取り戻す、だが周囲への警戒も怠らない。
『あの程度の距離を走っただけで息が切れるとはな・・・』
と嘲笑交じりの声が頭の中に聞こえてくる。
額に張り付いた前髪を手でどかしながら手元の青い無骨な剣を睨み付ける。
「うるさいぞ、バカ剣・・・しょうがないだろ、ここの所寝たきりだったんだからな」
『それは汝の自業自得というものであろう』
少々、憮然とした声が頭痛と共に見苦しい言い訳を封殺する。
「あ〜、もううるさい!黙ってろ!」
これ以上話していても百害あって一利なし!
意識を強く持つと少しずつだが声の気配が遠ざかっていくのを感じる。
だが、完全に消えたわけではなく、心の片隅にしこりのような感じに残っている。
とりあえずは『求め』の声が聞こえなくなったことに安心する。
辺りを包むのは木々のざわめき、そして小さな小鳥達の囀りだけとなる。
葉の間から覗く太陽、木漏れ日と共に踊る優しい風。
「はぁ・・・他の皆は大丈夫かな・・・」
小さな溜息と共に漏れる呟き、疲労が押し寄せて来てどっと力を抜く。
が、それを待っていたかのように突如として頭上に現れる神剣の気配。
瞬時に警戒態勢に身体を移行させると頭上へと顔を向ける。
木々を切り裂くように現れた漆黒の影、そして太陽を覆い隠すように広がった漆黒のウィングハイロゥ。
「ウルカ!?」
口から漏れるのは驚愕の声、だがそれに対する答えはない。
ウルカと呼ばれた影は真下にいる標的を見つめるとただ静かに言葉を紡ぐ。
「ユート殿!お覚悟を!」
まさに神業とも言える動きで木々を避け迫る一人のスピリット。
ただ呆然と立ち尽くす一人のエトランジェと呼ばれし者。
狂宴の舞台の幕は今、静かに上がる。


時は遡り、スピリットの館第一詰め所。
いつもの食卓にいつものメンバーがいる────はずなのだが、何故か今日はハリガネ頭一人だった。
?マークを大量に浮かべ何度も首を傾げながらも目の前の一人分の食事を見続ける。
その頭が不意に壁に掛けられた時計を見る、だがこの行為も先程から何度も繰り返されたことだ。
午前八時、いつもの時間だ。別に寝過ごしたわけではない。
幾度となく顔を往復させながら悩み続ける。何故、自分ひとりなのか・・・
(今日は何かあったか・・・?)
尋ねるような思考を浮かべた後、いつもの定位置──隣のイスに立てかけられた無骨な神剣に目を向ける。
『・・・いや、何もなかったはずだが』
スケジュール帳がこう言っているのだから本当に何もないのだろう。
『求め』は嘘を言うような神剣ではない、本能だけで生きているバカ剣だからな。
『契約者よ・・・聞こえているぞ』
珍しく怒ったような気配で憮然と声を返す『求め』に慌てて思考をカットする。
(とは言ったものの・・・・)
やはり納得できない・・・何故皆いないのだろうか。
う〜ん、と悩んでいると突如ぐぅ〜と鳴る腹の虫。
頭は説明を求めていても体は正直だ、目の前の食事に反応している。
「まっ、仕方ないか・・・折角の料理が冷めたらなんだしな・・・」
一人で食べる食事は味気ない、だけどそれでも美味く感じるのはやはりエスペリアと言った所か。
黙々とひたすら食べ続け、およそ十分で完食。誰も居ないがとりあえずごちそうさまのポーズ。
とそのタイミングを狙っていたかのように玄関へと続くドアが開き慈愛に満ちた女性が入ってくる。
「あ、ユート様、おはよう御座います。もうお食事は御済みになられましたか?」
「え、ああ。終わったけど・・・・え〜とエスペリア、皆は?」
「えと、皆さんでしたら第二詰め所の方に。あ、ユート様も出来ればお越しください、
 もうすぐ準備も終わると思いますから」
「じゅ・・・準備・・・?」
嫌な汗が背中を流れるがエスペリアはその問いに答えることなく食器を片付けると一礼して出ていった。
しばし呆然としていた悠人だったが、ふと重い腰を上げ歩き出す。
行かないという選択肢はない、というか選びたくても選べない。
大きく溜息をつきながらまたもや地獄(第二詰め所)への道をとぼとぼと歩いてゆくのだった。
出来ることならこの現実から逃げてしまいたい・・・何度そう思ったことか。
目の前に聳え立つ山、それはまさにこれから崩れ行くバベルの塔のようだ
「・・・ト・・・・ト・・・ッ・・・!!」
ああ・・・声が聞こえる、地獄からの呼び声か・・・
「・・・・・ト・・・・ト様・・・ッ!」
ハッ!これは現実世界からの呼び声か!頼む、俺を戻させないでくれ・・・・
「・・・・−ト様、ユート様ッ!どうしたのですか?」
その願いもむなしく意識は現実へと引き戻される。
大きく溜息をつく、出来ることならあのままいたかった・・・・
ふと視線を感じ周りを見渡すと不思議そうな顔でこちらを見ている少女達。
「いや・・・なんでもないよ」
心配させまいと笑いながら言葉を紡ぐ・・・がものすごくぎこちない笑いになってしまったらしい。
皆、一様に怪訝な顔つきになる。
照れを隠すために幾度か咳払いをするととりあえず疑問をぶつけてみる。
「で、その・・・これ何だ?」
目の前に聳え立つ山を指差す、分かってはいるのだが分かりたくないというのが心境だ。
「何って、見ての通り'豆'ですが・・・」
ウルカが心底不思議そうな顔をして答えてくれる。
ああ・・・やっぱりか・・・そしてこの次に起こりえる事も分かっているのだがあえて聞く。
「で・・・その'豆'で何をしようと──」
「「「「「「「セツブンです」」」」」」」
ほぼ全員の声がハモる──と同時に肩から崩れ落ちる悠人。
だが、なんとか踏みとどまると最後の抵抗を試みる。
「でも、ほら・・・セツブンって結構スペース使うから城の敷地内じゃ許可されないんじゃないか?」
「それならレスティーナ女王陛下から直々に許可を頂いているので心配はいりません。
 模擬戦闘の練習にもなるだろうからと・・・ルールも考えてくださりました。」
最早ぐぅの音も出ない、最初からやるしかないのだ。
後に悠人はこう語る・・・
「あの時ほどレスティーナを恨んだことはなかったよ」と──

「では、ルールですが制限時間は夕暮れまで、オニ五対追跡者九となります。
オニは夕暮れまで逃げ切れば勝ち、追跡者はオニを全員撃退できれば勝ち。
勝った方にはヨフアル食べ放題の権利が女王陛下から授与されます。」
最後の一言に俄然やる気を見せる一部の少女たち、言わずとも分かるというものだ。
撃退・・・・かなり危険な響きだ、背中を嫌な汗がひっきりなしに流れていく。
「神剣による攻撃は駄目ですが、神剣魔法での援護なら良い・・・そうです。」
なんでもありだな・・・結局、そう思うと溜息が自然に出てくる。
周りを見渡してみれば既に5対9に分かれている。
それもそうだ、先程くじ引きで決めたのだから。
鬼陣営は悠人、ヘリオン、ヒミカ、ニムントール、ファーレーン。
追跡者側はこれ以外の面々だ。
まだ日は低い位置にある・・・夕暮れまではかなりの時間があるだろう。
また小さく溜息をつくとメンバーに向き直る。
赤面している顔、不安そうな顔二つ、面倒臭そうな顔・・・大丈夫だろうか。
「あの・・・ユート様────」
不安そうな声をあげたファーレーンを手を上げて制止し言葉を引き継ぐ。
「分かってる・・・作戦だけどとりあえず固まっているよりはそれぞれ別々に逃げた方がいいと思う。
 何せ、鬼は反撃禁止だ。固まっていたらすぐ潰される。相手の戦力を分散させれば逃げやすいからな」
神剣を持っている限りは隠れても無駄だ、とにかく逃げ続けなければならない。
全員が頷いたのを確認すると(一人ファーレーンに無理やり頷かされていたが)前へと向き直る。
「────、オニが逃げ始めてから半刻後に追いかけ始めます。
 それでは、皆さん頑張ってくださいませ」
オー、とかいう掛け声が向こうの陣営から聞こえてきたが恐ろしいことこの上ない。
豆山の上に立っていた訓練役兼伝令役のイオがこちらを見て頷いたのを確認すると号令を掛ける。
「じゃあ、各自の健闘を祈る。散開ッ!!」
言葉と共にそれぞれが別々の方角へと走り始める。
草原の方へと走るもの森の方へと走るもの、館の方へと走るもの、動かないもの・・・って動けニム!
とりあえず面倒くさがっているニムを無理やり走らせると自分も森の方へと逃げ込む。

半刻後、やけに嬉々とした悪魔たちが動き始めた・・・・


「ユート殿!お覚悟を!」
咄嗟のことに動くことが出来ない身体、そしてまとまらない思考。
(こんなに早く見つかるなんて・・・ッ!!)
迫る漆黒の影に畏怖を覚える、と突如として目の前に上がる火柱。
僅かに見える隙間から炎の直前で急制動を掛けるウルカの姿が見えた。
「ユート様、いきなり脱落されるようでは隊長失格ですよ」
続いて聞こえる涼やかな声、そちらに顔を向ければ炎に照らされた木の枝に立つ一人の少女。
「ヒミカか・・・助かったよ、恩にきる!!」
「礼を言うのは後でもいいですから早く逃げてください。私は神剣魔法あまり得意ではないので・・・」
心持ち頬を染めながら言うヒミカに手を合わせてゴメンのポーズを取るとまた走りだす。
後ろに感じる熱風も徐々に弱くなっていく。
ふと後ろを振り返れば既にヒミカの姿はなく、丁度弱くなった火柱を突きぬけウルカが出てくる所だった。

どれくらい走ったのか、後方に感じていたウルカの気配もなくなっている。
と、神剣に小さな振動が走る────確か神剣同士の通信だったか。
走りながら『求め』に耳を当てると少しくぐもったイオの声が聞こえた。
『ユート様、誠に残念なのですがニムさんが────』
「脱落したのか・・・・?」
『いえ、そうではなく・・・その──』
言いづらそうなイオの声に首を傾げる、と急に開けた視界の先にその問題のニムが立っていた。
「なんだ、ニムは大丈夫じゃないか」
ほぅ、と安心の溜息をついて耳から『求め』を離した為イオの次の言葉を聞くことは出来なかった・・・
喜び勇んでニムの元に駆け寄ろうとした悠人だったが振り向いたニムに左手に持たれたモノに言葉を失う。
そう・・・それは通称、豆袋。追跡者のみに与えられる鬼撃退必須アイテム。
取り出しても取り出してもなくなることはなく四次元空間と繋がっているのではないかという説が流れている。
そして、それを鬼役のはずのニムが持っていると言う事は────
「まさか・・・ニム!裏切ったな!!」
驚愕の言葉と共に一歩下がる、だが不適に笑うニムはそれに伴い一歩前に出る。
「ふふふ・・・お姉ちゃんの為にユートには死んでもらわなきゃ・・・・」
もはや目的が鬼撃退ではなく悠人抹殺になっているニム。
後ろに逃げるにも神剣の気配が近づいている、もはや万事休す・・・

と、突如ニムの表情が凍りつく。そして徐々に青くなっていく・・・。
その視線は悠人────を通り越してその後ろに向けられている。
何事かと振り向けばそこにあるのはプロテクターに隠された顔。
表情は見えないがどうやら怒っているというのだけは分かる、それもかなり・・・
「ニム・・・これは一体どういうことですか?」
必死で憤激を押し殺しているのかいつもより機械的な音声だ。
「こ・・・これはその・・・おねえちゃんの為を思って・・・」
青ざめたニムが一歩後ろに下がるとファーレーンも一歩踏み出す。
「言い訳は聞きたくありません、私が裏切りなど大嫌いなのは知っていますよね・・・・」
徐々に間合いを詰めていくファーレーン、背中が幹に当たり下がれないニム。
「お・・・お姉ちゃん・・・ごめんなさいッ!!!」
急にニムが叫んだかと思うと身を翻し脱兎の如く駆け出した。
もちろんファーレーンも見逃すはずもなく──
「こらぁーーー!!!待ちなさい!ニムッ!!」
と同じように追いかけ木々の陰に消えていった。最早鬼と追跡者が逆転している。
またもや大きく溜息をつくと『求め』を耳に当てる。
「聞いてたと思うけどイオ・・・悪いけどファーレーンとニム・・・脱落で・・・」
しばらくの沈黙の後答えが返ってくる。
「はい・・・分かりました、皆さんにも伝えておきます」
『求め』から耳を離すと思わず天を仰いでしまう・・・。
これで残りは三人、悠人、ヘリオン、ヒミカ。
木々の隙間から見える太陽は丁度真上に来た辺りまだまだ夕暮れにはほど遠い。
逃げ切れなければ逃げ切れないでもいいのだが一応は逃げ切りたい。
例え遊びだとしてもやはり負けるのは悔しいものがある。
それに遊びといっても訓練とほぼ変わらないような内容だ。
ならば手を抜くわけにもいかず真面目にやるしかないだろう。
少しだけだが覚悟を決めるとまた走り出す。
近づきつつある神剣の気配から遠ざかるように・・・。
ファーレーン、ニムントール脱落・・・・・残り三名

所変わって悠人のいる場所から遠く離れた森の中。
草木の陰にポヨポヨと上下しながら進んでいく二つの黒い物体。
と突然、華奢な手が伸びその物体を下に押し込んだ。
ごにょごにょと小さな声が聞こえる。
「ヘリオンッ!ただでさえ貴女のツインテールは大きいんだからもっとしゃがんで歩きなさい!」
「あわわわ・・・ごめんなさい、ヒミカさん・・・」
怒られたヘリオンの小さな身体は更に縮こまってしまう。
そんな姿にヒミカはふっと口元を緩めると先に行くように促す。
「えっ、でもヒミカさん・・・?」
「ほら・・・早く行きなさい、ユート様が待ってるわよ」
「ユート」の部分で一気に顔を茹で上がらせたヘリオンは抗議の声をあげようとするが──
「ヘリオン、早くッ!」
思いのほか鋭いヒミカの声に反論を押さえ込まれ慌てて先に進み始める。
そんな妹のような存在を見つめながらゆっくりと後ろを振り返る。
そこにはいつの間に来たのか全く存在を感じさせない、同じワインレッドの髪を持った少女がいた。
「待たせて悪かったわね、でもまさか貴女が来るなんて・・・」
語りかけるも反応はなし、虚ろな目でこちらを見る。
「目標確認・・・・」
デデンデッデデ〜♪デデンデッデデ〜♪とか言う音楽がどこからか流れてくる。
「相変わらずね、貴女は・・・・」
ヒミカとナナルゥまさに対なる存在。
神剣魔法は全く駄目だが剣の腕に関してはブルースピリットにひけを取らないヒミカ。
逆に剣はからきし駄目だが神剣魔法に関しては並ぶものなしのナナルゥ。
この二人が戦うことは運命、はたまた必然なのだろうか・・・。
「とりあえずヘリオンが逃げるまでの時間稼ぎはさせてもらうわよ!」
バックステップで間合いを取ると詠唱を始める、対するナナルゥに動きはない。
「全ての力の根源たるマナよ、その身を業火に変えて敵を焼き尽くせ、ファイヤーボ────」
「紡がれし言葉、マナの振動すらも凍結させよ!アイスバニッシャー!!」
周囲の急激な温度変化、身を切るような絶対零度の寒さに集中が途切れる。
「くっ・・・」

思わず体勢を崩したところに襲い来る────豆
「いたたたたたた!ちょっ・・・痛い痛いって!」
戦時下の日本の如く上空からばら撒かれる焼夷弾──ではなく豆
「痛い痛い、分かった分かった!降参、降参するわよ!」
その言葉と共にやむ豆の嵐、思わず安堵の溜息をつく。
「卑怯じゃないの・・・?一人を複数で攻撃するなんて・・・」
髪の毛に乗った豆を手で払い落としながら悪態をつく。
「卑怯じゃないよ〜!エスペリアお姉ちゃんも作戦だ、っていってたもん」
少々舌足らずな声で木の陰から姿を現すオルファ。
どうやら先ほどの豆攻撃はこやつの仕業らしい。
「作戦ね・・・まあいいわ・・・降参しちゃったし・・・」
諦めの溜息をつくとその場に腰を下ろす。
「はぁ、ヘリオン・・・大丈夫かしら」
ヒミカ脱落・・・・・残り二人

一方、未だに逃げ続けている悠人はと言えば・・・・
「ウルカーッ!!ちょっとは手加減してくれ!」
かなり絶体絶命の危機に瀕していた。
全速力で木々を避け逃げ回る悠人に飛びながら豆をぶつけようとしてくるウルカ。
「しかし、ユート殿。手を抜いては訓練にはならないではありませんか!」
ウルカの答えは正論だ・・・だが納得できないことが一つある。
「けど、もうそれ豆じゃないじゃないか!!」
「何を仰っているのですかユート殿、どこからどう見ても豆ではありませんか」

「どこの世界に豆で木を貫通させる奴がいるんだーーー!!!!」

悠人の叫びは誰にも届かない。
今彼に「豆で人は殺せるか」と聞いたら即座に肯定してくれるだろう。


その後なんとかウルカの殺人豆から逃げ切った悠人であったがまたもや危機に瀕していた。
「こらー!ユート様、おなしく出てこーい」
「そ・・・そうだぁ〜・・・出てこーい・・・」
舌足らずな声で叫んでいるのはネリー&シアー姉妹。
と、先程今隠れている岩の陰から覗いたところセリアの存在も確認できた。
「逃がしてくれるなら出ていってもいいぞ」
「・・・それは無理です」
最後の抵抗も冷たい声に遮られる・・・ヤバイ
背中に当たる岩の感触が痛い、目の前に立ちはだかる崖も圧迫感を与えている。
膠着状態が続いているが仲間を呼ばれればそこでチェックメイトだ。
なんとか逃げる手はないか、必死で考える・・・とやりたくはないが一つだけ可能性が浮上してくる。
「おい、バカ剣」
手元の無骨な剣に語りかける、と数秒もしない間に答えが返ってくる。
『何用だ、契約者よ』
「しばらく身体を貸してやってもいいぞ」
『何・・・?』
『求め』のいぶかしむような気配が伝わってくる。
本当はやりたくないがここから逃げ出せるな藁にも縋りたい思いだ。
『よいのだな、契約者よ。身体を返すかどうかは分からんぞ。』
「はっ、無事終わったら意地でも取り返してやるよ」
徐々に悠人の意識は薄れてゆき『求め』の意識が浮上してくる。
「ふむ・・・久しぶりの外だ。この開放感・・・、マナを・・・」
手始めにすぐそこの妖精達を犯して手に入れるとしよう。
そう考え、すっと立ち上がる────と同時に後頭部に襲い来る衝撃。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
どうやら表に出てきたせいで痛覚も感じるらしい、後頭部を押さえて座り込む「求め」
「やった〜、当たった!」とか言う声が聞こえているが知ったことではない。
「契約者よ・・・今のはなんだ」
『・・・・豆だろ』
「求め」の問いかけに笑いを噛み殺した声で答える悠人。

「豆・・・・だと・・・」
後頭部を押さえていた手を目の前に持ってくると血と共に着いている粉。
ぶつかった衝撃で粉状に変化したらしい・・・・。
「・・・・・・・・・・・」
どうやら言葉も出ない「求め」に必死で笑いを噛み殺している悠人。
と「求め」が突然呟く。
「契約者よ、どうやらマナ不足で力が出ないようだ。今は身体を返そう」
珍しく弱気な「求め」の声に焦る悠人。
『なっ!!このヘタレバカ剣!戻ってこなくていいからこの場を切り抜けろ!』
だが、悠人の声に反応することなく『求め』は強引に人格交替を図る。
もともと『求め』の力の方が強いのであっという間に悠人は表に引きずりだされてしまう。
「ちょっ!おい、こら!待て、バカ剣!」
必死で語りかけるも最早反応なし、接続を断ち切ったようだ。
と、襲ってくる後頭部の鈍痛。かなり痛い。
悠人が頭を押さえて狭いスペースを転げまわっていると岩の向こうで動きがあった。
「む〜・・・ユート様!出てこないんだったらこっちから行くよ〜!シアー、準備いい?」
「えっ・・・あ、うん・・・大丈夫だよ、ネリー」
何か不吉な予感がして悠人が動きを止めたのと共に高らかに姉妹の声がハモる。
「「エーテルシンク!!」」
エーテルシンク?何故にまた────とその疑問もすぐに解消されることとなる。
ガガガガガガガガガガガガッ!!という音と共に削られてゆく岩石、頭に粉状になった岩が降りかかる。
エーテルシンク・・・そして豆・・・・とくれば辿り着く結論は一つ

「・・・冷凍豆!?冷凍みかんより凶悪じゃないか!!」

というか冷凍みかんで岩は削れない。
と言ってる間にも狭いスペースがさらに狭くなっていく。
豆で死亡!?という言葉が頭を掠めるが始まったときと同じように唐突に止む攻撃。

「あっ・・・豆切れちゃったよ、ネリー・・・」
「むぅ〜、もう少しだったのに!こらー!ユート様、諦めて出てこーい!」
思わず安堵の溜息をついた悠人だったがもう一人の存在を忘れていることに気がつく。
と、突如頭上から降り注ぐ豆。慌てて『求め』を盾にして防ぐがふと地面に落ちた豆を見て驚く。
「なあ・・・セリア・・・・」
言葉と共に止んだ豆攻撃、崖の上に立っているセリアを青ざめた顔で見据え尋ねる。
「・・・・・なんですか?」
「俺に何か恨みでもあるのか?」
「・・・・・・・なんのことでしょう」
あくまでシラを切り通すつもりらしい、地面に一つ落ちた──ではなく突き刺さった豆を掴むと頭上に掲げる。

「冷凍豆は百歩譲って許そう!だが冷凍豆の先を尖らせるのはやめなさい!!」

気付かれたとばかりに「チッ」と小さく舌打ちするセリア。
どうやら本気で殺すつもりだったらしい・・・俺が何かしたか?
「でも・・・バレてしまったからには仕方ありません」
冷たい言葉と共にセリアの周囲に浮かぶ無数の殺人冷凍豆。
わあ、ファン○ルみたい────じゃなく、その容姿と相まって宛ら冷気を纏う雪女のよう・・・。
「今度は本気でヤバいかも知れない・・・ていうか死ぬ!」
断末魔の叫びもセリアには届かない、振り下ろされた手に従い落ちてこようとする豆。
が、突如として向きを変えると真横に飛んでゆく。
どうやらこの世界のご都合主義が好きな神様はまだ悠人に生きてもらいたいらしい。
飛び出して来た影、そしてその影の頭にはトレードマークのツインテール。
キンッ!キンッ!という鋭い金属音と共に弾かれていく冷凍豆たち。
神速の居合いは何者も間合いに入ることを許さない。
だが無数の豆は留まることなく怒涛の勢いで押し込んでくる。
と、突如ツインテールが下に下がり────「ダークインパクトッ!!」
無数の闇の手が一瞬だがセリア、姉妹の動きを封じる。

「ユート様!今です、逃げてください!」


唖然としていた悠人も強く頷くと森のさらに奥へと走り出す。
そんな悠人の後姿を見送りながら目の前のセリアへと視線を向ける。
既に拘束は失っており冷たい表情も戻っている。
「ヘリオン・・・覚悟はいいわね?」
冷笑を浮かべたセリアの言葉に足が震えるがそんな自分を叱咤する。
「こ・・・怖くなんかないんですから!行きます!」
と一歩踏み込む──が肝心な事を忘れている。
今地面は、はじき落とした豆でいっぱいだ。冷凍豆といっても氷・・・ということは。
「はうっ!!」
見事に滑って転んだ。
いいとこどりをしてもやはりそこはヘリオン、ドジな所は抜けない。
ぶつけた鼻を押さえながら顔を上げると目の前に雪女────ことセリア。
「・・・・・さよなら、ヘリオン」
その時見た絶対零度の微笑を彼女は一生忘れることはないだろう。
ヘリオン脱落・・・・残り一名

背中に響く悲鳴はヘリオンのものか、はたまた別か・・・
どちらにしても戻る気はない、戻ったらヘリオンの死を無駄にしてしまうから・・・
(本音を言えば怖いから)
夕暮れまでもうすぐ!とにかく走る、走り続ける────と森の終わりが見えた。
このまま飛び出すべきか、飛び出さざるべきか────迷っている間に飛び出した。
と、一面広がる草原に見知った顔を発見する。
艶やかなビリジアン色の髪を両側でお団子に結っている危険人物。
「レ・・・レムリア!?」
キキーッと急制動をかけつつ言葉を掛けるとその人物は弾けるような笑みを浮かべた。
「あ、ユート君!やっぱり来てくれたんだ!折角お弁当作ったのに来てくれなかったらどうしようかと思ったよ!」
唖然としている悠人、ついでに言えばまだスピードは落ちていない。
「もうそんなに急いで来なくてもいいのに・・・そうだ、口開けて?」
正常な思考が働いていないのか言われた通り口を開ける悠人──と同時に飛び込んでくる物体。
租借して飲み込んだ瞬間、悠人の意識は闇に沈んだ。

「結構ぉ〜最後はあっけなかったですねぇ〜」
のほほんとした声で泡を吹いて地面に沈んでいる悠人をつついているハリオン。
伸びきっている悠人の周りにはいつの間にやら全員が勢ぞろいしている。
レムリアの姿はなく、あるのは気品漂うレスティーナの姿。
「たったいま夕暮れということで・・・勝負ありですね」
やったーヨフアル♪ヨフアル♪と喜んでいるネリシア姉妹が微笑ましい。
「折角ですから、鬼だった皆さんもどうですか?」
もともと女王陛下の誘いを断れるはずもないので鬼側の面々も戸惑いながら頷いた。
「ところでぇ〜ユート様はどうしますぅ〜?」
今の今まで悠人をつつき続けていたハリオンが声をあげる。
「ん〜・・・そうね、このまま放って置くわけにはいかないし・・・ヘリオンにでも見ててもらいましょうか」
ヒミカがパチッと指を鳴らすとナナルゥが何かを運んでくる。
「ふえええ〜〜〜〜ん・・・・セリアさ〜ん・・・・もう許してください〜!ひどいですよ〜寒いです・・・・」
ドカッと地面に下ろされるとその物体はヘリオンの声をあげる。
ひょうたん型の物体────雪ダルマならぬ豆ダルマ。
頭の部分だけが露出してツインテールがポヨポヨ揺れている。
対するセリアは素知らぬ顔で「・・・・反省しなさい」と突き放す。
「セリア・・・いくらユート様を気絶させて連れ去り二人きりになる計画が失敗したからって八つ当たりは良くないわよ」
ヘリオンの泣き声が響く中、ニヤニヤ笑いのヒミカが言う。
途端に真っ赤になったセリアが「・・・・勝手にそんな計画作らないでください!!」と怒る。
逃げるようにして走り出すヒミカを追って走るセリア、他の皆も続いて町の方に歩き始める。
実に微笑ましい光景であった・・・・二人を除いては。
「うう〜・・・・ユート様、早く起きてください〜」
置き去りにされたヘリオンはただひたすらにユートの目覚めを願う。
だがその願いが叶い、やっと豆ダルマから開放されたのは夜も更けたころだった──。


後日、ヘリオンは風邪をひいたと言うがそれはまた別のお話・・・・

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