秘めたる恋・古代編
秘めたる恋。
言葉にしてしまえば、たったの一言で済んでしまう。そんな、ありふれたモノ。
だが、当人にとっては、もちろん一生の大事なわけで。
諦めることはできない。だが、決して明かす訳にはいかない。
辛く、切なく、だが、決してそれだけではない。そんな気持ち。
…彼女はいま、恋をしているのだった…
「はぁ…」
先刻から、口から出るのは、詮の無い愚痴かため息ばかり。
自分でも鬱陶しいとは思うが、止めることはできない。
原因は判り切っている。
「はぁ…」
ため息と共に暦を見上げる。
今日は、彼の誕生日である。
だが、自分は何もできない。自分の気持ちを伝えることはおろか、祝いの言葉を贈る事も、
彼に、一目会う事すらも。
…会えば、彼に迷惑がかかるだけでなく、彼の運命すらも狂わせてしまう。それが、現実だった。
「…はぁ」
この気持ちを知らない頃は、恋など、愚か者のする物と思っていた。
所詮、生まれてから死ぬ時まで、自分は、ひとりでしかない。他人の為に心を悩ませるなど、現実を
見ない者達の戯言でしかない、と。
そんな昔の自分が、滑稽で、同時に愛しくもある。
「はぁ…」
先刻から、口から出るのは、詮の無い愚痴かため息ばかり。
言っても何も変わらないと知りつつも、言わずにはおれぬ。
「悠人さんが生まれるまで、あと1100年かぁ…」
倉橋 時深 (検閲削除)歳。
高嶺 悠人 −1100歳。
二人の恋は、まだ始まってもいなかった。
時を翔る少女・一人相撲
夕暮れの中を、小さな小さな少女と、少女より少しだけ大きな少年が、手をつないで歩いていた。
少女は、身も世も無く泣きじゃくり、少年の手を力いっぱい握り締める。
少年は、少女の泣き声と歩く遅さに辟易しながらも、手を離すことも、歩くのを促すこともしない。
ただ少女の手を握り返して、あさっての方向を向いてつまらなそうにしているだけだった。夕日の所為か、
心なし顔が赤くなっていたが。
子供の足でも、走れば10分ですむ帰り道を、ふたりは、40分以上かけて帰ってゆく…。
「はぁ…。小さい頃の悠人さんも素敵…」
そんな二人を、物陰から見守る影一つ。
白単衣に紅袴という典型的な巫女装束。そして腰に佩いた、三鈷剣にも似た上位永遠神剣と巨大な扇。
混沌の永遠者にして倉橋の戦巫女、倉橋 時深 その人である。
もっとも、物陰から幼い兄妹を見つめており、しかもその頬は上気し、瞳は潤んでいるとあっては、もはや
変質者以外の何者でもないが。
「あぁ…。やっぱり見に来て良かった」
悠人に恋焦がれてはや百余年。待つに待ちきれず、こうして姿を見に来てしまった。
来る前は色々と禁忌を気にしていた気もするが、こうして悠人を目の前にすればそんな気持ちも吹き飛んで
しまう。…唯一つ、気になることを除いては。
それは『敵』の事。自分がここにいるというのは、どう考えても起こり得ない『不自然』である。
そこを『敵』に見咎められたら。いや、自分が見付かるのはまだいい。もし、悠人が見付かったりしたら…。
時深が最悪の想像に行き着いたとき、奇しくも『時詠み』が、上位永遠神剣の気配を察知する。
「この気配は…、どうやら、間違いない様ですね…」
『敵』が来たのだ。上位永遠神剣の中でも数少ない、時を操る能力を持つ神剣。
自分と同じ永遠者。
覚悟と、憎しみを込めて彼の者の名を呟く。
「来ましたね…、倉橋 時深!!」
呟きながら、時深には苦々しい記憶が呼び起こされる。
忘れもしない、1年前。今日と同じく、悠人の姿を見に来たときの事。
年に一度だけの贅沢。と、自分に言い訳をしながら時を越えた先には、倉橋 時深、自分がいた。
しかも、その 倉橋 時深は、あろう事か訳のわからない難癖を付け、自分が悠人の姿を見るのを邪魔して
きたのだ!
結局、その後次々と邪魔が入り、その年は悠人の姿を少しも拝む事無く帰るはめに。
あの時の事は、今思い出してもはらわたが煮えくり返る気分だ。
「今日という今日は、貴女と決着をつけて差し上げます!」
「…何を言っているのです?貴女は」
冷静に返して来る所が、また癇に障る。
どうやって言い返してやろうかと考えていると、向こうの時深が、先に口を開いた。
「私は、悠人さんを見に来ただけです。貴女に用はありません」
自分ひとりに迷惑を掛けるだけならまだ許せるが、よりにもよって悠人さんを狙ってくるとは!
なんて卑怯な!絶対に許すわけにはいかない!まさに憎さ30テムオリン(時深調べ)!
「くっ…。少しばかり顔が可愛いからといって、図に乗るんじゃありません! 胸も無いくせに!」
「なっ…、余計なお世話ですっ!」
一触即発の空気が充満してきたところに、新たな気配が現れる。
「おやめなさい、自分同士で。貴女達は、もう少し落ち着きと言うものを学ぶべきです」
闖入者── やはり倉橋 時深 ──は、諭すように二人の時深に呼びかけるが、
「「おばさんは黙ってなさい!!」」
「なんですってぇ!」
あっさりと争いの当事者へと変わる。
その後も、新たな時深が加わっては争いがより深刻化するという泥沼へと陥ってゆく…。
…千年近く続く争いの火蓋は、こうして切られたのだった。
蛇足:幼年期の終わり
少年は走っていた。
比較的恵まれた環境で育ってきた少年にとって、これほど必死になったのは、初めてだった。
きっかけは、些細なこと。
いつも遊んでいた少女が、別の少年と遊んでいた。…ただそれだけの事だった。だが、それだけ
のことが、少年には我慢ならなかった。そして、少女を責めた。
あぁ、自分はなんと心が狭かったのだろう。なんと愚かだったのだろう。後悔の念に押しつぶされ
そうになりながら、走る。
少女は泣きながら、もう一人の少年に手を引かれて帰ってしまった。
もうだいぶ時間がたってしまったが、今ならまだ間に合うかもしれない。少女に一言、「ごめんね」
を言いたい。いや、言わねばならない。そして、これからも少女と共に在り、少女を守り抜く。
それこそが、自らに課した使命。それこそが、自らの誓い。
そうして、走って走って、いくつ目かの角を曲がった時、惨劇は起きた。
どんっ!
何か柔らかい物にぶつかり、少年はあっけなく弾き飛ばされる。
「なにするんだよ! いたいじゃな…い…」
自分勝手な怒りから発せられた言葉は、次第に尻つぼみになってゆく。
少年の目の前に現れたのは、見渡す限りの巫女、巫女、巫女…。
思わず、呟く。
「ワン・オー・ワン?」
「だれがダルメシアンですか!!(×128)」
鼓膜が破れるかと思う程の大合唱が返ってきた。
…一時間後、帰りが遅いことを心配した屋敷の者によって、少年は保護された。
少年は家を出た後の事を一切覚えていなかったが、よほど恐ろしい目にあったのか、髪は老人のように
白くなり、その日を境に極度の人間不信に陥ったと言う。