姫君の帰還、王子の戴冠

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「おかえり、お姫様」
「ただいま、王子様」

 本城家のリビングには、数ヶ月ぶりの2人きりに時間が流れている。
 ソファーに座って向かい合う理人と聖。2人の間にあるガラステーブルには、湯気を立てている紅茶と
お茶請けのクッキー、そして一枚の紙切れが置いてあった。一目で高級品と判る紙切れには、綺麗な
筆記体のアルファベットがびっしりと書き込まれている。ドイツ語で書かれている為、2人にその文章を
理解することはできなかったが、『貴女は姫君に相応しくない』という主旨の文であることは聞いていた。

「ごめんね、理人ちゃん」
 唐突に聖が口を開く。
「どうしたの?急に」
 理人が、いつものやさしい口調で問いかけると、聖は申し訳なさそうにうつむいて、
「あたし、お姫様になれなかったよ…」
と、喉の奥から搾り出す様につぶやいた。
 理人は少し間を置いてから、静かな声で
「…良いんじゃない、別に」
とだけ言った。その言葉が、聖には『どうでもいい』という風に聞こえて、たまらなく悔しくなる。
「よくない! よくないよ!!」
「聖ちゃん…」
自分でも驚くほど大きな声が出る。その勢いに乗るかの様に、感情が言葉を紡いでゆく。
「理人ちゃんにわがまま言って出てって、わたし、がんばらなくっちゃって思ったから、レッスンとかも
 凄く凄く一生懸命やったし、理人ちゃんに会えなくってさびしいのも我慢したのに、なのに、なのに…」
本当はこんなことが言いたいのではない、そう思っても言葉は止まらない。そうしてどんどん自己嫌悪に
陥ってゆく聖を、理人はやさしく抱きしめる。
「聖ちゃん…」
 暖かい胸、優しく自分の名を呼ぶ声、数ヶ月ぶりの理人の抱擁。それだけで、今まで張り詰めていた糸は
切れ、聖は子供の様に泣きじゃくった。

「本当の事を言うとね…、少し怖かったんだ」
 しばらくして聖が泣き止んだあと、理人は彼女の隣に腰掛けて、そう言った。
「…怖かった?」
「うん。外国に行って、聖ちゃんが変わってたらどうしようって。僕なんかの全然手の届かない所に
 行っちゃったりしたら嫌だなって」
「理人ちゃん…」
「早智子さんは、『きっと帰ってくる頃には青い目になってるわよー』とか言って脅かすし」
「…もう、お母さんたら」
 そう答えた聖の声は、理人のよく知る彼女の声だった。
「だからね、聖ちゃんがここに帰ってきてくれたことが、僕にとっては一番うれしいんだよ。
 プリンセスになり損ねちゃったのは、確かに残念だけど。でも、僕のお姫様は聖ちゃんだけだから」
だから良いじゃない、と言って彼は優しく微笑む。
「…でもでも、ベアトリクスさんの遺産がもらえなくなっちゃったんだよ?」
「遺産なら、もうもらったよ」
「え?」
 訝しがる彼女の前に、理人は銀色に光る2枚のカードを差し出す。…あの日2人が交換した、プリンス
カードとプリンセスカード。
「お金とか学園よりも、この2枚のカードの方がずっと価値があると思う。
 ベアトリクスさんもきっとそう思ってたんじゃないかな?」
「理人ちゃん…」
そして2人は、もう一度抱き合って挨拶を交わす。

「おかえり、僕のお姫様」
「ただいま、わたしの王子様」

   ── それは、資格を持たない姫君の帰還と、何も持たない王子の戴冠の物語 ──

蛇足


「おっす、オラ葛城!」

 ── 不合格 ──
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