心変わり

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「・・・・・くだらない、あなたの事信頼していませんから。」
いつもの館の食卓・・・。
スピッリット隊隊長となった悠人が隊員との交流を図る為に強制的に始められた親睦会。
エスペリアの作った料理が食卓に並び、非常に和気藹々としたムードだったが
彼女のアイスバニッシャー級の一言によって一気に場の空気は凍結した。
あまりに突然すぎることに誰も言葉を発することが出来ないでいるなかで、
いち早く立ち直ったのはやはりスピリット隊副隊長こと『献身』のエスペリア。
「セ・・・セリア!!貴女、ユート様になんていう事を!!」
普段の慈愛に満ち溢れた物腰からは考えられないほど厳しい表情での叱責が飛ぶが、
当の本人『熱病』のセリアはどこ吹く風といった感じで
「・・・見回りに行きます」と一言残しさっさと出て行ってしまった。
後に残されたのは気まずい雰囲気とおろおろしているハリオン。
当事者が出て行ってしまった為二の句が告げなくなったエスペリア。
そんなエスペリアの叱責に驚いて瞳に大粒の涙を浮かべた『孤独』のシアー。
それを慰めつつも同じく半泣き状態の『静寂』のネリー。
隅っこで縮こまってガクブルしてる『失望』のヘリオン。
呆然としている『赤光』のヒミカ。何事にも無関心で呑気にお茶を啜っている『消沈』のナナルゥ。
「はぁ、面倒」といって動くことすら面倒くさがっている『曙光』のニムントール。
そして笑いかけた表情で凍結しているエトランジェ『求め』の悠人だった。
(『存在』のアセリア、『理念』のオルファ、『月光』のファーレーンは哨戒任務中)
誰も信じない、誰にも頼らない、誰の力も借りない、自分だけで生きていく。
熱病にうかされた病人のように彼女はただそれだけを繰り返してきた。
人との接触を極端に避け、自分の殻に閉じこもる。
最初は自分の脆い心を護るためだったのかもしれない。
しかし、何時の間にか人に接するということを忘れてしまった。
今、同じ部隊の人達に感じるのも仲間という感情ではない。
(ここにいるのも自分はラキオスのスピリットだから・・・)
今までも、これからもずっとそうやって他人を拒絶して生きていくと思っていた。
だけどエトランジェ・・・あの人が来てから感情的になってしまう自分がいる。
何気ないことでも気付けば冷たい言葉を浴びせてしまっている。
先程も昔の自分ならただ黙っているだけで誰かを傷つけるような事は言わなかった。
思い出して少しだけ罪悪感がこみ上げてくる、がすぐにそれを心の奥底に封じ込める。
必要以上の拒絶、あの人を見ると何故か嫌悪感に近いものが沸いてくる。
理由は自分でも分からない、ただ嫌いなだけなのかそれとも・・・
(・・・・・・わからない)
少しの間、眼を閉じて暗くなってきた考えを振り払う。
深呼吸をして心を落ち着けるとセリアは見回りを再開した。
が、半歩も行かないうちに立ち止まる。森の茂みから感じる微弱な気配。
(・・・・敵?)
そう考えるが敵にしては敵意を感じない、疑問に思いながらも四肢に力をいれる。
が、ガサガサと茂みを掻き分けて現われたのはハクゥテだった。
ひょこひょこと軽快にセリアの足元に跳ねてくるとその身を摺り寄せた。
警戒した自分がバカらしくなってフッと力を抜くとしゃがみこみで小さな頭を撫でてやる。
知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かんでいるが自分でも全く気付かない。
ひとしきり撫でてもらうとハクゥテは満足したようにまたひょこひょこと跳ねながらもと来た森の茂みへと姿を消していった。
立ち上がりしばらくはその姿を追っていたが、また無表情に戻るとまた歩みを再開した。
しかし、またもや半歩もいかないうちに立ち止まる。
『熱病』からかすかに伝わってくる別の永遠神剣の気配。
味方のではない、気配と共に流れてくる明確な敵意。
彼女がウイングハイロゥを展開したのと同時に警鐘が高らかに鳴らされる。
時は遡って館の食卓こと親睦会会場。
ようやく全員落ち着きを取り戻していたがエスペリアだけはまだ憮然とした表情。
「セリアにはスピリットとしての自覚が・・・」とブツブツ言っている。
「エスペリア、俺は気にしてないから」
悠人は苦笑しつつなだめるように言うが、
「ユート様は甘すぎます!私達スピリットが主人に逆らうなどということはあってはならないことなのです!それにです・・・・」
と逆にエスペリアの愚痴を聞かされるはめになる。
その剣幕にさすがの悠人もうっと言葉に詰まってしまう。
さらにその余波は悠人の隣りに陣取っていたネリー&シアー姉妹にもろに直撃する。
またもや半泣き状態のネリー&シアー姉妹だが悠人に対するエスペリアの愚痴は止まらない。セリアのことが何時の間にか悠人自身のことになってきている。「大体ユート様は普段から・・・」やら「場に流されすぎです!」とか「だからリクェムが・・・」など様々。
さすがに悠人もリクェムは関係ないだろうと思ったがツッコミを入れればさらに説教が長くなるのは分かりきっている。大人しく聞いているほうが得策である。
そんな二人(四人?)の姿を見ていた残りのメンバーはというと・・・
やはりおろおろしているハリオン。「はぁ、面倒」と言ってさっさと部屋に引き上げていくニムントール。
微笑とも苦笑とも取れないようなニヤニヤ笑いをしているヒミカ。
お茶のお代わりをキッチンから取ってくるナナルゥ。やっぱり隅っこでガクブルしてるヘリオン。
実に代わり映えしない風景だった。
約三十分後、やっと愚痴を言い終わったのか肩で息をしているエスペリア。
「ユ・・・ユート様、分 か り ま し た か?」
「は、はい!」
止めの一発とばかりに放たれたエスペリアの言葉に即座に反応する悠人。
威厳などこれっぽっちもありはしない。
ようやく一段落ついてのほほんムードに戻りかけていた場に警鐘の音が響く。
聞こえたと同時に各々は横に立てかけてあった自分の神剣を取り悠人の指示を待つ。
苦笑してた悠人も顔を引き締めると『求め』を手にする。
『求め』の力で敵の神剣の居場所を特定すると全員に命令を伝え、鋭い動きで飛び出していった。
悠人達が辿り着いたのは城下町の一角。民家の所々が焼け焦げ、瓦礫と化している建物もある。
そして、上空ではセリアと敵スピリットの一人が相対していた。
「セリア、一度戻れ!!」
悠人が叫ぶが、セリアは一度ちらっとこちらを見ただけで敵に斬りかかっていく。
「くそっ・・・」と心の中で悪態をつきながら味方へと命令を飛ばす。
「市街戦だ!神聖魔法は控え、全員接近戦に切り替えろ!」
全員から了承の意が返ってくると再びセリアに目を向ける。
ちょうど敵の一人を金色のマナの霧に変えたところだった。
ほっとしたのは束の間レッドスピリットの放った火球がその背中へと迫っていた。
セリアは驚きに目を見開いたまま固まっている。
瞬時に、レジストオーラを展開するが時既に遅し三、四発目の火球は防いだ。
しかし、一発目、二発目の火球はそのままセリアへと吸い込まれていった。
小さな爆音と共に煙を上げながら落ちてくるセリアを地面激突すれすれで受け止める。
火球を放ったレッドスピリットはヒミカの『赤光』に貫かれマナの霧へと変わっている。

どれくらいたっただろうか、なんとか計8体全ての敵スピリットを消滅させた。
空へと帰ってゆく金色のマナの霧が幻想的な雰囲気をだしているがそれどころではない。
民家の壁にもたれさせたセリアの傷は傍目から見ても酷い傷だった。
「早く、回復しないと!」
顔を青くしたエスペリアが駆け寄ってくる。
しかし、エスペリアを見るセリアの瞳には拒絶の意思がありありと浮かんでいた。
その瞳に気圧されてか動きと詠唱を止めてしまう。
その間にセリアは、「・・・失礼します」と言い純白のウィングハイロゥを展開、傷ついた体のままで飛び立とうとする。
「セリア!待ちなさい!」
しかし、悠人はそんなエスペリアを片手で制止し動きを止めたセリアへと歩み寄っていく。
そして、彼女の前まで来ると歩みを止めた。

パンッ!と乾いた音を立てて悠人の平手打ちがセリアの頬に吸い込まれる
「・・・・・何をするんですか」
打たれて赤くなった頬を押さえもせずに若干の敵意を込めた視線で悠人の眼を見る。
が、その眼に佇む哀しみを見つけて動揺する。
殴られてそしてこんな眼で見られたのは初めてだった。
「俺のことは信頼しなくてもいい・・・」
ポツリと悠人が漏らす。
「・・・・・・・・・・・・」
「隊長なんて俺には向いてないし、そんな器はない。皆の足も引っ張ってる。
 そんな俺の下で戦うのは不満だろうし、信頼もできないと思う。」
「ユート様、そんなことは・・・」
エスペリアが否定しようとするが悠人は手を上げて制止する。
「だから、悲しいけど俺のことは信頼しなくてもいい。俺は皆のことを信頼してる。
 今はそれだけで十分だと思う。だけどせめて俺以外の皆のことは信頼してやってくれないか?」
「・・・・・・・・・・・」
「同じ戦ってる仲間だろ。一緒に暮らしてる家族だろ。俺はもう誰にも傷ついて欲しくない。
 死んで欲しくなんかないんだ。だからもう少し皆のことを頼って欲しい。頼む・・・」
そういって悠人は頭を下げた。その行為に周りが驚いている。
(どうして・・・どうしてこの人はここまでするのだろう)
スピリットは戦うための道具、そんな種族に頭を下げる人など見たことなどない。
いつものように「・・・くだらない」といって済ましてしまえばよかったのかもしれない。
だが、どうしてもそうすることができなかった。
心は言葉に迷っていたが口は知らず知らずのうちに動いていた。
「・・・・それは命令ですか?」
我ながら冷たい言葉だと思う。少しだけ罪悪感がこみ上げてくる。
案の定、頭を上げた悠人は少しだけ傷ついた表情をしたがすぐに苦笑した。
「いや、命令じゃないよ。俺からの求め・・・かな」
苦笑した顔とその言葉を聞いたとき胸の奥で何かが燻るような感じがした。
が、それも一瞬のことで肩の力を抜いて大きくため息をはくと少しだけ表情を緩めた。
「・・・・・わかりました」
「ありがとう、セリア」
そういって嬉しそうに笑う顔を見ると何故か頬が紅潮してくる。
そんな顔を見せられるはずもなく「し・・・失礼します」と少し焦った声で言うとウィングハイロウを展開してスピリットの館に戻ろうとする。
が、いざ飛び立とうという所で不意に目の前が真っ暗になり体から力が抜けた。
誰かの焦った声が聞こえるが意識はどんどん闇の底に沈んでいき、体は重力にしたがって前のめりに倒れこんでいく。しかし、地面にぶつかる前に誰かに支えられだ。
誰かと確認するひまもなく意識はそこで途切れた。

人の気配を感じて目を開けようとする。
が、瞼は鉛のように重くほとんど動かない。瞼だけでなく体も重かった。
体に掛かっている毛布すらも鉄のように重く感じる。
(・・・・・毛布?私は確か・・・・)
少し頭が混乱していて思考がまとまらない。
とにかく重い瞼に力を入れ薄っすらと目を開けると、
悠人の顔のドアップがあった。
「っっっ!!!!」
声にならない悲鳴をあげ体を起こそうとする。
当然、目の前に顔がある。二人の唇と唇は・・・くっつくはずもなく、
ゴツンッ!という鈍い音と共にセリアの頭突きが悠人の鼻にクリーンヒットする。
「っっっ!!!!」
これまたこちらも声にならない悲鳴をあげ鼻を押さえ床を転げまわる。
一方セリアはおでこを押さえているが鼻とおでこでは硬さも違い大して痛くはない。
ふと考える、何故自分はここにいて何故あの人の顔が目の前にあったのか。
考えるうちに一つの可能性に辿り着くと体を護るように両手で体を抱く。
「・・・・何をしてるんですか」
今までで一番冷酷ともとれる声で尋ねる。
転げまわっていた悠人もやっと痛みが収まってきたのか鼻を押さえながら立ち上がり困惑の表情を浮かべている。
が、冷酷な声とセリアが両手で体を抱くようにしていることから途方もない勘違いをされていることに気付き恐ろしいほど慌てる。
「い・・いや!違う!違うぞ!俺は倒れたセリアをここに運んできただけでやましいことは何も!
さっきも瞼が動いたから起きたのかと思って確認しようとしただけだ!!」
顔を赤くして早口で言い訳をならびたてる。
鼻血が出ているので説得力に欠けまくる。(これはセリアのせいだが)
しばらくは疑念の眼差しで悠人を見つめていたセリアだったがこのままでは埒があかないと思ったのか
「・・・・もういいです」と言ったきり黙りこんでしまった。
窮地は脱したが今度は気まずい沈黙状態に突入して冷や汗を流す悠人。
しかし、このままでは何も進まないので一応状況を説明することにした。
急にセリアが倒れたこと。
その後エスペリアにこっぴどく怒られたこと。
(「体力を消耗したスピリットにエトランジェが平手打ちなどすれば気絶ぐらいします!」だそうだ)
そのせいでセリアを館まで運んでいくことになったこと。
エスペリアや他の皆は親睦会の片付けに第一詰め所に言ってしまったせいで看病が俺しかいなかったことなどなど。
「・・・・とまあそういうことだけど」
「・・・・わかりました」
いまだに垂れ流しの鼻血のせいで信憑性に欠けるが仕方ないので納得することにした。
少しだけ頬を緩めたセリアに安心したのか悠人はため息をつく。
「それじゃあ、目も覚めたことだし俺も片付けを手伝いにいくよ」
そういって血の足跡を残しながらドアまで歩いていく。
と、ふと立ち止まり真剣な目をしてセリアを見る。
「俺の求め・・・・ちゃんと努力してくれよな」

「・・・・善処します」
真剣な声に少しだけ胸の高鳴りを覚えながらも極めて冷静な答えを返す。
しかし、心は「そっか」と言い笑いながら出ていく悠人を呼び止めてしまう。
「あの・・・・」
「・・・・・・・?」
「ウ・・・ウレーシェ」
「ははは、どういたしまして」
少しだけ頬を紅潮させながら言うセリアの姿を見つつドアの向こう側へと姿を消す悠人。
パタンというドアの閉まる音と共にセリアは大きくため息をつく。
そして、ベッドから降りようとするが辺り一面血の海と化していて降りることができない。
その後ハリオンが掃除に来るまでベッドの上から降りることができなかったという・・・。

一方、第一詰め所に戻った悠人はエスペリアを止めるのに苦労していた。
「ユート様に対してあの言葉遣い、それにあろうことが頭突きをするなど・・・ッ!!」
結局、アセリアやオルファが帰ってくるまで続いたという。
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