「挨拶回り・ライカ」

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「うむ、この安物の味わい。泥水を啜るような口当たり。屈辱を糧に明日を生きよう
とする活力が沸いてくる……ここでしか飲めんコーヒーだな」
 そう言って、アルはコーヒーを啜った。(こくこく)
「…………………………………………」(ズズーッ)
 俺もコーヒーを啜る。
「この部屋もまったく変わらぬ……調度も最低の品。バッタ屋で買ってもこうは揃うまい」
 言ってアルは、周りを懐かしげに眺めた。
「…………………………………………」(ズズーッ)
「甲斐性の無い所も、以前の汝のまま…………」
「…………………………………………」(ズズーッ)
「感謝するぞ、九郎。妾を昔のままに迎え入れてくれて」
 そう言って、アルは「にっこり」と微笑んだ。
「…………………………………………」
 ガタッ。
 俺は席を立ち、無言でアルの横に向かう。
「何だ、九郎?」
「あのな……」
 アルの傍らに屈み込み、穏やかに笑顔を作って俺は言った。
「うむ……」
「――どの口がそうゆうことを言いやがるっ? この口かっ、この口なのかーっ!」
 俺は両手で――アルの頬を引っ張った。
 ほっぺたぎゅーっ。
「にゃあぁぁぁぁぁぁ!! い、痛い痛い痛い痛い――!」
 ……………。
 ……………。
 ――――アルがいる。アルが俺の傍らにいる。
「怪異を解決」して、今は早朝。俺とアルは懐かしの我が家に戻ってきていた。

 一段落して。
 再びテーブルについた俺達2人は、手にしたカップからコーヒーを啜っていた。

「ん? 何をまじまじと妾を見ておる?」
 アルが、テーブル越しに怪訝そうな顔をして問いかける。
 ――アルはここにいる、別離の時は終わったのだ。
「あ、いや――別に」
 ――もし、またアルが消えたら……。いや、もうお前無しに生きられないか。 

 アルを見ながら思う。俺とアルとの関係を――。 
 アルは、戦友。背中を託すことのできる奴。
 俺とアルは腐れ縁。離れたくても離れられない運命共同体。
 そして、
「隠すことなどない。いつでもどこでも誰にも恥じることなく、誇りをもって言える。
『アルは俺の恋人だ』と――俺は思った」

「…………相も変わらぬ、お笑い体質だな、汝は」
 諦めたように、アルが首を横に振る。
「???」
「思ったことを、そのまま口に出しておろうがっ……妾もさすがに照れる……」
 俯くアルの顔は紅潮していた。
「おおっ!?」――アルへの想いが、そのまま俺の口から出ていたらしい。
「……ま、本当のことだし良いか」そう言ったのは照れ隠しだったろうか――俺は微笑んでいた。
「まったく、汝ときたら……………………………………」
 だが、そう言った後アルの言葉は続かなかった。
「アル?」
「汝が……そんなことを言うから、妾は……うくっ」アルの顔が可愛くゆがむ。
「おいおい、泣くなアル。そんな言葉ならこれから何回でも言ってやるって」
 俺はアルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「泣いてなぞおらぬっ――こ、こら、止めぬか!! 子供扱いするな!!」
 そう言いながらも、アルは楽しそうだった。
 俺たちはそんなふうに、眠る気も無く夜明けまで話し続けていた……。
 …………。
 …………。

 思えば、このとき、今日の運命は決定されたのだろう。
 だが、このときの俺は、まだそのことを知らない――。

 7時。そろそろ、いい時間だ。
「まずは、ライカさんに挨拶に行くか」
「教会だな……。ライカは息災か?」
「ああ。ガキんちょ共々、毎日元気だ。よし、じゃあ出かけるか」
「うむ」
 俺とアルは朝食……いや教会へ行くために部屋を出た。

 戦いの記憶を有しているのは今やアルと俺のみ。それは「世界が正しいこと」の証明、
だから良いことだ。
 しかし、心を通わせるようになった人たちも、もはや一緒に戦い抜いた日々を覚えてはいない。
そのことが寂しくないと言えば嘘になる。
(ライカさんも、アルとは今日が「初対面」か……)
「人の営みとは、たいしたものよのう……」
 俺の思いを知ることなく、数歩前を歩くアルは、町並みを人の流れを見ながら微笑んでいた。
 教会の前。
「アル、お前とライカさんは初対面だから、俺から紹介するからな」
「うむ。よしなに頼む」
「それで、お前は俺やライカさんの話に併せて、適当に話すか相槌を打ってろ」
「ふむ」
「言葉は控えめにな……あ、それから今日は、外見年齢相応に話してくれ」
「ん?」訝しげにアルが俺を見る。
「齢千年を超すってやつは今日はやめとけってことだ。始めから『妾は――』口調だと、
 ライカさんに理解されにくいだろ?」
「――男の癖にいちいち細かいな、汝は。出世せんぞ?」
「ぐっ……」
「まあ、汝の言う様にしよう。汝に任せたのだからな」
 そう言うと、アルは微笑み、口を開く。
「お、おはよ……九郎お兄ちゃん……(ぽっ)」
――そこには、一人の恥ずかしがりやの女の子がいた。
「おっ!? やるな、アル。その調子で頼む」

(……アルが魔道書の精霊だということはずばりと言うのが一番問題ないだろう。
魔術に関係する事象ということでアルを紹介すれば……大学の図書館で出会ったと言って、
だ……『うちの大学』は怪しいことで有名だし……)
 頭の中で言うべきことを考えつつ、俺は門をくぐり――教会の扉を開けた。
「おはよう、ライカさんっ」
「は〜いっ」パタパタパタパタ――小走りにライカさんが駆けて来る。
「あら九郎ちゃん、おはよう。今日は少し早いのね。朝ご飯はもう少ししてからよぅ?」
「うん、ちょっと早く来たんだ。実は……」
ライカさんの表情が怯えのそれに変わる。
「ひぅっ……」
アルの姿を認めた途端、ライカさんの中で『俺=ロリータ誘拐陵辱犯』の公式が成立したらしい。
(いきなりかよっ!!)

「く、九郎ちゃん…まさか…」
「あー、その、ライカさん。この子はね、アル・アジフって言って魔道書の精霊――」

「『ちっちゃい女の子』が大好きな趣味とは知ってたけど……」
「それでね、ライカさん? この子はね、アル・アジフって言って魔道書の精霊――」

「いつか、こんなことになるんじゃないかって……」
「そうじゃなくて、ライカさんっ。この子はね、アル・アジフって言って魔道書の精霊――」

「私がもう少し九郎ちゃんの変態性欲を理解していたら、こんなことにならなかったのにぃ……」
「ねえ、聞いてる? ライカさんっ? この子はね、アル・アジフって言って魔道書の精霊――」

「ごめんね、九郎ちゃん――九郎ちゃんの役に立てなくてっ。私じゃ、九郎ちゃんの性的欲求を
満たしてあげられなくてっ!」
「頼むからっ、俺の話を聞けよっ!? この子はねっ、アル・アジフって言って魔道書の精霊――」

「そ、そうよ……うんうん、そうそうっ! 九郎ちゃんは性犯罪者なんかじゃないもの〜。
 少女にいたずらなんかしてないのよね〜。ライカお姉さんは、よーくわかってまちゅよ〜。
 ね? だから落ち着きましょ、ね?」……ライカさんの口調は危ない人をあやすソレだった。
「うぐっ……えぐっ……俺の話を聞いてくれよぅ……」
(汝等、頭が不自由か?)そう言いたげにアルが呆れていた。
 アルが一瞬俺を見て、(仕方が無い、妾にまかせよ)という表情をする。
 そして、アルは、もじもじとライカさんに挨拶した。
「お姉ちゃん……はじめまして……」アルはそう言うと、俺の背中の後ろに姿を隠す。
 おおっ、ナイスフォローだ。アルッ!!

 俺とアルの顔を交互に見て、不思議がるライカさん。
「?? ね、九郎ちゃん……この子は拉致してきたんじゃないの?」
「ぐすっ……違いますぅ……ひっく」
 ライカさんが、ようやく分かってくれたようだった。

「お名前はなんていうのかな?」ライカさんが笑顔をつくり、アルに話しかける。
「アル……アジフ……」
「そう、アルちゃんなの? 可愛い名前」ライカさんの言葉にアルがはにかむ。
「さっきは、驚かしちゃってごめんなさいね。アルちゃん」
(ふるふる)首を振って、大丈夫と言う意思を示し、アルは笑顔を作る。
「にこっ……」
「はじめまして、お姉ちゃんはライカって言うのよ」
「ライカ、お姉ちゃん……」そう言って、アルはライカさんを見つめた。
 ――巨大な猫をかぶったアルのおかげで、良い感じに話が流れ出した。

「それで、アルちゃんは九郎お兄ちゃんとどういうお知り合いなの?」
「あ、あの…………………………………………」
 アルは、おどおどと俺とライカさんを交互に見つめる。
「どうしたのかな、アルちゃん?」
 思いつめたような表情するアル――そして、アルが言った。
「お兄ちゃんは、わたしの………………恋人なの!」
 ――ちょっと待てっ、アル。貴方は獅子ですか? 何故俺様を谷底に落としますですか?
「あ、あら……そ、そーなんだぁ……?」
 不安げに俺を見つめるライカさんが、目で訊ねてくる。
(本当なの……九郎ちゃん?)

 俺は瞬時にライカさんに「そんなんじゃないよライカさん」と――
 否定する返事を
 返事を
 返事を
 することが出来なかった。――傍らに俺を真摯な目で見るアルがいたから。

 ……部屋での台詞を思い出す。
>隠すことなどない。いつでもどこでも誰にも恥じることなく、誇りをもって言える。
>『アルは俺の恋人だ』
(うあー……)

(妾は、汝の伴侶であるなっ?)
 アルが俺の右腕の袖をぎゅっとにぎり、上目遣いに俺を見る。
(言って欲しいのかよっ、俺に!?)
 捨てられた子犬のように、いたいけな瞳で俺を見つめるアル。
(それがお前の望みなのかよ……)
 俺の気持ちを押すように、俺を見つめるアルがこくりと頷いた。
「っ………………………………………………」
「九郎ちゃん?」
(ったくお前って奴は――――やるしかねえんだろ、やるしか……っ!)
 ……俺は覚悟を決めた、谷底に落ちようと。
「えー……ライカさん……」
「はい?」
「あー、あの……その……。この子はですね……わ……わたくしの……こ、こここここ」
「……コケコッコ?」ライカさんがボケる。
「……鶏ではないぞ」アルが横からツッコむ。
 おまいらワケ分かんねーよ。

「そ、そうじゃなくてぇ……恋人です。ほ、本当なんですぅ……しくしく」
「何だ、その『しくしく』とゆーのは?」小声で不満そうにアルが言う。
「あ、あわわわ………………………………………………………。
 も、もしかしてぇ、2人は結ばれちゃってるのかなぁ?心とかぁ、かかか、カラダとか……?」
 ライカさんが、涙目で俺に問いかける。
(あー、ヤバイヤバイっ! ここは嘘の一手でっ)――俺は嘘をついておくことにした。

「うん……アルは、もう心もカラダもお兄ちゃんのモノ……」
 そう言うと、赤面して俯くアル――うおっ、アルが勝手に答えてるっ!?
「ガクガクブルブル……け、けーさつをおまわりさんを正義の味方を……。いえ、産婦人科をっ!!」
「ライカさんっ。ち、違うって、この子は生娘だよ。乙女だよ……なんだったら調べてもらって
も大丈夫っ」
 必死になって俺は言いつくろう……アルがまだ処女ってのは今ならある意味嘘じゃないし〜〜
〜〜。

「えぅーっ!! 肛虐・口淫・手淫・太股で挟んだ擬似性交で、可憐な少女を白濁液で穢しまく
りぃ〜!? でも、前は処女だなんて……。そんなマニアックなロリコンだなんて……。
 九郎ちゃんが駄目人間に飽きたらず、とうとう犯罪者になってしまいましたぁ〜〜!?」
 何でどいつもこいつも知識がこう偏っているかな、もう……。
「はっ、アルちゃん……」我に返り、ライカさんが悲しげにアルを見る……。
 アルの身を心配して、ライカさんはアルの両肩に手を置き、優しく問いかけた。
「ね、アルちゃん……。 
 お兄ちゃんに、
 ヘンなモノを見せられたり?
 ヘンなモノをオマタにこすりつけられたり?
 恥ずかしいことを無理やりさせられたり?
 痛いコトされたり?
 ヘンな液をぶっかけられたり?
 ヘンな液を飲まされたりしなかった……?」
「………………………………………ぐずっ」
 アルが何かを思い出して涙ぐみ、ライカさんから視線を背け俯いた(――心あたりがある模様)
 ……マズイマズイッ! アルッ、俺的にそのリアクションは拙いぞおぉぉぉ!!
「アルちゃん――そう……」
 ライカさんが立ち上がり、俯いたままポツリと言った。
「九郎ちゃん……この子に謝らなくて、良いの……?」
「あ、あのねライカさんっ。俺は、俺は謝らなくちゃいけないことなんか――」
「そう……反省して、ないんですね……」
 ――ライカさんが顔を上げ、俺を射抜くように見つめる。
「………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………」
(――びくぅぅぅっ!)

 静かに口を開くライカさん……しかし、その口調は寒々としたものに変わっていた。 
「九郎ちゃん……いえ『大十字九郎』。
 正義を騙るつもりなど毛頭ない――けれど、私はお前を許さない」
 迫力というにはあまりにも巨大――闘気を纏うライカさん。
「ひっ………」つい、俺は小さな悲鳴を上げていた。
 アンチクロスと向かい合ったときのような、プレッシャーが俺を襲ってくる。
(嘘だろ?? ただのシスターだぞ、ライカさんは……)
「構えろ、大十字九郎――」有無を言わせぬライカさんの物言い。
 そして、腕を十字に交差させ構えをとった。
 我流なのか独特の構え――だが、何処かで見たような?

 どうするよ、どうするよ俺?
(とにかくライカさんに謝る――対人関係クラスタ推奨)
(アルへの性的行為を否定する――人格形成クラスタ推奨)
(両対処を却下。アルが傷つくと考えられる――アルクラスタ分析)
(現場を放棄、離脱せよ――危機警告クラスタ勧告)
 脳内クラスタ間で討論を0.5秒間実行――つーか、何してますか俺!?

 事の成り行きを見守るアルと目が合ったが、
(いや、マギウス・スタイルは拙いだろ)――俺は小さく首を振った。

「征くぞ」――ライカさんが来る。
 一気に間合いに詰めてきて、神技とも思える左右のパンチの連打(迅いっ!?)
 上半身の動きでパンチをかわす――5発中1発がヒット、一瞬俺の意識がとぶ。
「っ……!」
 俺は、必死に腕でガードを固める。
 ――ライカさんの回し蹴り。
 ドゴッ! 俺のガードを掻い潜り、左側頭部にヒット。
(ガードがつくる死角から来て、軌跡を変える蹴りだって!?)
 俺はかろうじて倒れなかったものの、もう体は動かない。
 そこに、弱った俺にとどめの一撃を加えるべくライカさんが翔んだ――。
「断罪・キーック!!」
 ――刹那、俺は考えた。
(何でヒーローって必殺技を出すとき、技の名を言うんだ?――いや、俺も言ってたけど)
 ……役に立たない考えだった。

 ライカさんの脚先が俺を襲う。強烈な衝撃が胸部に、腹部にはしる。
「げぶぁあああああぁぁぁぁぁ―――――」
 浮遊感。
 衝撃。
 俺の体は教会の扉さえもこじ開ける。
 ――外にはじき飛ばされ、俺は地面に叩きつけられた。
「ううっ……」
 地面に突っ伏した体を起こそうとするも……俺はがくりと力尽きる。
 ――ここが採石場だったら、この瞬間、俺は爆発していたにちがいない。
 しばらくして。
 教会を出てきたアルが、地面に伏し荒い息をする俺に駆け寄ってきた。
「……九郎……九郎! 大丈夫かっ?」
「……なんとか……な」

「ライカには、妾が事情を説明しておいたぞ」
「…………!?」
「案ずるな。ライカは妾の話を理解したぞ――特に問題も無く」
「なんでやねんっ!? …………げほっげほっ」
 畜生……俺の努力が報われないのは、何故?

 アルが申し訳けなさそうに言う。
「妾の言葉が足りずに、汝には悪いことをしてしまったかもしれぬな……」
「しかしな――」
 アルは、満面の笑みを浮かべて
「汝の言葉、妾はとても嬉しかったぞ」
(そうか……アル)
 その瞬間、俺は理解した――「俺はアルの喜ぶ顔を見たかったのだ」と。

「はははっ……」
 そして俺は、思わず苦笑していた――これからの楽しくも困難な日々を想いながら。
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