巡る逡巡 今日夜想せし

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2月27日(日)
  海鳴市桜台 さざなみ寮
    AM7:30


【那美's view】

「ん……」
 三つある目覚まし時計のベルが鳴る前に、遠くに聞こえる喧騒で
 目を覚ます。
 朝は割かし穏やかな事が多いから……珍しい事だ。
 どうしたのかな……と、寝ぼけ気味の頭で考えてると……。
「おーーーーーっ!」
 真雪さんの歓声が聞こえた。
 な、何があったのかな……。
 私は寝巻き姿のまま、自室を出てリビングへと向かった。

「いいね! いいね! これで本当にあの時の神咲姉だーっ!」
「なつかしいのだー」
 リビングにいるのは、いつもはあまりこの時間にはいない筈の
 真雪さんと、美緒ちゃんと愛さん……それに、耕介さん。
 比較的長くここにいるベテラン組の面々だ。
「……」
 そしてもう一人。呪いによって私と同じ年代に若返って
 しまった……私の姉、薫ちゃん。
 その薫ちゃんは……あ。
「そのリボン……」
「おー、那美起きたか! 見てみこれ、懐かしいだろー」
 ニタニタと笑う真雪さんの横にいる薫ちゃんの頭に……黄色いリボンが。
「いやー、まさか7年も前の物がまだ残ってるたあね。耕介も
 えらく貧乏性だよなー」
「せめて物持ちがいいくらい言ってくれ……にしても本当、
 不謹慎かもしれないけど懐かしいよな、そのリボンつけた
 今の薫見るとさ。あの頃を思い出すよ」
 耕介さんがこのさざなみ寮に来た時、確かちょうど薫ちゃんが
 今ぐらいの年齢だったんだっけ。
 その時代を回想しているのか、耕介さんは腕を組んで微妙に
 上を見つつ目を瞑っている。
「ごめんねー、薫ちゃん。なんか無理につけさせちゃったみたいで」
「いえ……」
 少し困った顔で、それでも愛さんに微笑を向ける薫ちゃん。
 どうやら愛さんの提案だったみたい。
「なあなあ。折角だからそのまんまでデート行ってこいよ。
 恭也くん、驚くぞー」
「!?」
 薫ちゃんが急に険しい顔になる。
「……何故知っとるとですか……?」
「た ま た ま 聞こえてただけ。なー猫」
「そうそう」
 そうだ。今日は……薫ちゃんと恭也さんのデートの日。
 あまりにも想像できない組み合わせ。
 私としては、どうにもこうにも複雑な心境にならざるを得ないところだ……。
「いやあ、しかし神咲も積極的になったもんだ。あのカタブツが
 自分からデートのお誘いたあ、長生きはしてみるもんだあね」
「……別に、そんな大層な事では……」
 そう言いつつ、薫ちゃんがチラッとこっちを見た。
「……え? な、何?」
「いや……」
 う……何なんだろう。
「で、そのデートは何時何処で待ち合わせなの?」
「……言う義務はなか」
「えーっ、もったいぶらずに教えるのだー」
 美緒ちゃんが不満顔で訴える。
 ……正直、ちょっぴり美緒ちゃんを応援。
 やっぱり……気になるから。
「まあまあ、別にいいじゃねーか。わざわざそんな事聞くまでもなく……」
「……言っときますが、後をつけてきても気配でわかりますよ」
「う……」
 う……。
「仁村さんもいい加減、そういう野暮な性格は直してください。
 もういい年齢なんですから……」
「ぐはっ」
 あ、真雪さんが吐血……。
「って言うか、三十路過ぎたおばはんなのだ」
「猫ーーーーーっっっ!!! 今なんつったーーーーー!?」
「に゛ゃーっ!?」
 ドッスンバッタン!
 嵐の様に、台風の様に……二人はリビングから走り去っていった。
「全く……あの二人は全然変わりませんね」
「ま、それがあいつらの性質だしな」
「もう少し大人になってもいいと思うのですが……」
 薫ちゃんは言葉とは裏腹に……少しだけ、嬉しそうにしていた。
 私は……以前として、複雑な心境のままだった……。

2月27日(日)
  海鳴市藤見町 高町家
    AM8:45


 朝食を終え、自室に篭る。
 ……どういう訳か、今日は薫さんとデートをする事になってしまった。
 まあ、
『過去に出来なかった事とか、いろいろと楽しんでみてはどうですか?』
 などと言ったのは自分だし、それに協力する事に関しては
 何の不満も疑問もないのだが……。
「んー……」
 思わず唸ってしまうのは、やはり『デート』と言うものに対する
 俺の考えがいささか古臭い所為なのかもしれない。
 それほど親しい訳でも、まして恋人同士でもないのに……などと、
 どうしても考えてしまう。
 などといろいろ考えていると、いつの間にかもうそろそろ
 用意しなければならない時間になってしまった。
 ……考えても仕方ない、か。
 とにかく、待ち合わせの時間には遅れないようにしないといけない。
 後は……なるようになれ、だ。
≪ガラッ≫
「恭ちゃ……」
「今日の稽古は自習」
「……は、はい」
 俺は数少ない外出着の中から最も色映えのよい物を選んで、
 少し急いで着替えた。

【AM9:40】

 待ち合わせの時間は十時。そして場所はここ、駅前だ。
 どうにか二十分前には着いたようだ。
 さて、薫さんは……。
「あ、恭也くん」
 背後から薫さんの声。やはり、いた。
 印象通りと言うか予想通りと言うか、時間には厳しい人なんだな。
「……あ」
 などと思いつつ振り向いた刹那。
「……やっぱり……変、かな?」
 薫さんの外見は昨日の……若返ったままだった。
 が、俺を驚かせたのはその事ではなく……長い髪の毛を後ろで
 束ねた、黄色いリボンだ。
 年齢以上に落ち着いて見える彼女の外見に似つかわしくないと
 思いきや、意外と調和していて……何と言うか……可愛い。
「……いえ、似合ってると思います……」
「……ありがとう」
 薫さんははにかむ様に、笑う。
 以前あった時と少し違うのは、外見だけじゃないのかもしれない……。
「恭也くんは……黒が似合うね」
 俺の思考を軽く払うように、薫さんは自然な口調でそう言ってくる。
「黒系統の服しか持っていませんので……」
 その中でも一応明るめの黒を選んだのだが……あまり意味はないかも。
「ふふっ……そう言う所まで実戦派なんだね、君は」
 闇の保護色。それは、裏の世界に生きる俺にとって最も愛すべき色。
 元々派手な色も服も好きではないから、性格的なものもあるけれど……。
「それじゃ、まずは何処に行こうか?」
「そうですね……今日は薫さんのやりたい事に俺が付き合う日ですから、
 薫さんの意見を尊重しますが……」
「そう……それじゃ、うちの方で決めていいのかな?」
「はい。何処にでもお供します」
「あはは」
 割とよく笑う。
 意外だ、と思いつつも……笑顔が似合うとも思う。
「じゃ、まずは……」
 薫さんが最初に選んだ場所は……定番中の定番のコースだった。

 同時刻。

【那美's view】

 ……私は……何をしているのでしょう。
 今日は日曜日なので、巫女のアルバイトは朝から出なくてはいけない。
 実際、今着ているのは巫女装束でありますし……。
 だと言うのに……。
「はぁ……」
 駅前から歩いて移動し始めた二人を陰鬱な気分で追う。
 ……薫ちゃん、どういうつもりなんだろ。
 まさか……いやいや、けど……うーん……。
≪ドン!≫
「ああっ、すいません私ボーっとしてて……」
 いろんな想像が頭の中を右往左往している内に、前方確認を
 怠ってしまった。
「いえ、私こそ……って」
「え……?」
 ぶつかった相手はのその声は、聞き覚えのあり過ぎるものだった。
「忍さん……?」
「あ、あら。き、奇遇だね」
 あまりにもぎこちないその返しに、私はなんとなく全部理解出来たような気がした。
 と言うか……。
「ところで那美、その格好は一体……?」
「そう言う忍さんもその格好……」
 何故か迷彩服を着用していた。
「……私は別に……たまたまこういう服が着たい気分な日だったってだけだよ」
 ……どうやら忍さんは形から入りたがるタイプらしい。
 根本的な部分で大きく間違っているような気もするけど……。
「……」
「……」
 お互い、しばし無言で顔を見合う。
 そして、
「……取り敢えず、今日のところは」
「……協力し合う、と言う事で」
 一つ頷き合い……二人して尾行を再開した。

【ここから先、しばらく2次元中継でお楽しみください】

「恭也くんはどんな映画が好みなのかな?」『……にしても』
「そうですね……人情ものならどんなのでも」『?』
「へー……もしかして、泣いたりする?」『なんか、あの二人……』
「……その辺はノーコメントで」『……あー、そうですね……』
「あはは」『似合ってる、よねー』
「そう言う薫さんは……映画見て泣いたりします?」『雰囲気とか、近いかもしれませんねー』
「うちは……泣かないかな」『……あの人、あんたのお姉さんなんだよね」
「そうですか」『ええ、そうですけど……」
「辛い現実を結構常日頃体験してるから……」『姉妹で異性の好みが似るって、言うよね……?』
「……」『……』
「創作では、余程でないと……泣かない」『って事は、やっぱり……』
「……仕事、きついです……よね?」『で、でも薫ちゃん、そんな事全然私には……』
「そうだね……。けど、誰かがやらなきゃいけない事だから」『そりゃ言わないよ』
「……すごいと思います」『う……そうですよね、普通言いませんよね』
「君もいずれ人の為に剣を振る職に就くんだよね?」『あーあ、私としてはこれ以上ライバル増やしたくないんだけど』
「ええ」『そ、それは……私も……』
「なら……覚えておいた方がいい事を一つ教えよっか」『バレンタインの時も失敗しちゃったし』
「何ですか……?」『あ……あれは……お気の毒様でした……』
「……その前に……気付いてると思うけど、後ろ」『あれ以来なんか気まずい雰囲気だし……』
「ああ、いますね二人ほど」『だ、大丈夫ですよ。大事なのは気持ちですし』
「……撒く?」『うう……ライバルに同情されても嬉しくない……』
「……撒きますか」『あうう、そう言われても、どう答えればよいのやら……』
「よし……それじゃ、1、2ーの」『……じゃあ何も言わずに譲って』
「3!」『譲る……えええっ!? だ、ダメですよっ!』

≪……ッ!≫
 ほとんど物音を立てず、風のように……人込みの中から二人は消え去った。

【那美's view】

「ば、ばか……そんな大声出したら……あ、あれ?」
「あああっ、ご、ごめんなさい……!」
「じゃなくて! 二人、いなくなってる!」
「……えっ?」
 焦る忍さんの視線の先を追ってみる。
 ……本当だ、いなくなってる……。
「……ど、どうしましょうか……?」
「今から走って追っても多分見付かんないよ。あの二人は」
「そうですよね……」
 仕方がない。尾行は諦めて……。
「あ、ノエル?」
 そう思っていた私の横で、忍さんはいつの間にか
 携帯電話を取り出してノエルさんに連絡していた。
「そう……緊急事態、すぐ来て。場所は……ええと、
 『ドラッグストアふじた』の前!」
 ……その数分後。
「お待たせしました」
「よーし! 那美、乗って! これで探すよっ!」
「あ、は、はい!」
 ノエルさんの回してくれた車に乗り込んで……私たちは
 『尾行』から『捜索』へとその行動を変えた。

【PM1:20】

 映画を見終えたおれ達は、近くのファミレスで食事をとる事にした。
「……面白かった……?」
「え、ええ……」
 先ほど見た映画の題名は、
『All kinds of insult and abuse』。
 和訳すると……罵詈雑言。
 内容はそのまま、登場する人物全てが口汚く相手を罵りながら
 物語が進行していくという……割と斬新ながらも、
 精神衛生上あまりよろしくないものだった。
「うちはああ言うのは……ちょっと」
 多分、あの場にいた全員がそう思ってたと思う……。
 間違って映画好きの我が妹が見ようものなら卒倒ものだ。
 そう言う意味では、先に知っといてよかったのかもしれないな……。
「あ、恭也くんは何にする?」
 薫さんがメニューを広げて尋ねて来る。
「……」
 正直、あまり自分の好みに合いそうなのは……お。
「……この『和風おろしそば定食』というのを」
「あ、うちもそれにしようと思ってたんだ」
「和風、というところがなんか安心しますよね」
「そうそう」
 俺と薫さんは、なんとなく微笑み合った。
 こういうところは古い歴史を持つ剣術を指南する者同士、
 気が合うのかもしれない。
 薫さんもそう思ったのか、その後お互いの剣に関する
 様々な思考や理想を談義し……。
 気が付いたら、いつの間にか相当な時間を浪費していた。

【PM2:00】


【那美's view】

 ノエルさんの運転する車で、私たちは恭也さんと薫ちゃんを捜索中。
 現在走っているのは……商店街から少し離れた、
 比較的賑やかな所。
「この辺りでデートのコースになりそうなのは?」
「……おそらく全体的にそうだと思われます」
「うっ……確かに」
 忍さんは……すごく必死だ。
「那美! 薫さんが好きそうな場所とかわかる?」
「ええと……わかりますけど、デートに似つかわしい場所とはとても……」
「それでもいいから!」
「あ、はい……薫ちゃん、静かな場所が好きだから……骨董屋、とか」
「骨董……それはちょっと、さすがに……」
「ですよ……ねえ……」
 他には……うう、思いつかない。
「『デート』なんだから、人通りの多い、明るい場所だと思うけど」
「……人通りの少ないデートコースもありますけど……」
 そう言って、ノエルさんがチラッと横目で見たそこは……。
「……」
「……(赤面)」
 車中に気まずい雰囲気が漂う。
「あ、あそこは……こんな日の高いうちはないわよ。ねえ?」
「あ、あうう」
 しどろもどろになる私と忍さん。
 だだだって、あそこはあそこは……。
「那美……」
「な、何でしょう……」
 忍さんは真面目な顔をして、
「あなたのお姉さん、そっちの方面は……お盛んなの?」
 とんでもない事を聞いてきた。
「そ、そ、そそそそそんな訳」
「ないのね」
「当然ですっ!」
「だって、ノエル」
「では、その場所の付近は除外致します」
 ノエルさんの事務的な言葉が、妙に神経を刺激した……。

2月27日(日)
  海鳴市 海鳴臨海公園
    PM5:15

 もうすぐ夕方になる時間、薫さんの要望で俺たちは
 少し遠出をして……。
 海鳴臨海公園まで出向いた。
「綺麗な公園ですね」
 自然の形を残しつつ、機能的、鑑賞的に富んだ人工物が
 バランスよく配置されている。
「近くに軽食屋もあるんだよ」
 その場所を……薫さんは懐かしげに、そして感傷に浸るように
 眺めていた。
 何か、思う所のある場所なのかもしれない。
 その事を聞こうか聞くまいか迷っていると、
「……ここは……結構思い出の場所なんだ」
 薫さんの方から語り出してきた。
「さざなみ寮にいた頃の事……ですか?」
「……」
 薫さんは何も言わずに、宙を見る。
 そこに漂うのは、過去の良き想い出が、それとも……。
 ……少なくとも、気楽に話せるような事ではないみたいだ。
「……恭也くん」
「……、はい」
 想いを馳せた視線を現実に引き戻し、薫さんは俺の方を
 真摯な目で見つめてきた。
 何か、大事な事を話す。
 そういう覚悟の見え隠れする、ちょっと怖いくらいの表情だった。
「君は……那美の事、どう思ってるのかな……?」
「……え、ええっ?」
 俺の間の抜けた声が口から漏れて、力なく地面に落ちる。
「あの子の事、異性として意識してるか、って事。どう?」
「え……ええと……」
 突然。唐突。突拍子もなく。
 そんな事を聞かれるとは頭のどの部分にもなかった俺は、
 半ばパニック状態だ。
 神咲さんの事を……? 異性として……?
「……いろいろ悩む所がある、って顔だね」
「あ、いや……」
 薫さんは少し破顔して、それでも瞳はそのままで。
 困っている俺にゆっくりとした口調で話す……。
「那美はね、きっと……君の事が好きだよ」
「……」
「……もしかして、気が付いてなかったと?」
「え、そ、それは……」
 どう……なんだろう。自分でもはっきりとはわからない。
 クリスマスやバレンタインデーの時にもプレゼントを貰ったし、
 一応好意は抱いてもらってるとは感じていたが……。
「それでね……あの子、もうすぐ卒業して……ここから出ていくと」
 そう。神咲さんは今年風芽丘学園を卒業する。
 その後の進路は、本人によると……一人前の払い師になる為、
 修行も兼ねて、ありとあらゆる霊障を取り除くべく
 全国津々浦々を回るらしい。
「だから、出来れば……ちゃんと考えてやって欲しいんだ、
 那美の事を。あの子がここから去るまでに」
「……」
 いろいろな思いが自分の中で交錯しているのがわかる。
 だから、二つ返事で『はい』とは言えなかった。
「うん。それでいいよ」
「……え?」
「はは……朴念仁同士、顔を見れば何を考えてるかは結構わかるんだ」
「……なるほど」
 どっちかといえば、俺も薫さんもあまり考えてる事を
 表情には出さないタイプだ。
 だからだろう……俺がこの人に割とすぐ打ち解けられたのは。
「本音を言えば、君みたいな強い子が那美の傍にいてくれると
 心強いんだけど」
「……考えておきます、ちゃんと」
「うん、そうして」
 散々吟味した挙句の質素な俺の解答に、薫さんは満足げに頷いた。
 今日のデートは……きっと、この事を話したいが為の事だったんだろう。
「……姉らしい事、ほとんどしてやれてなかったから」
 俺の思考を読んだかのように、薫さんはそう呟いた。
 悔悟するような口調ではなかったけど……やはりどこか影がある。
 でもそれはその言葉だけで、薫さんは勤めて明るい顔を形成っていた。
 それは……きっと、俺への心遣い。
 優しい人だと、あらためて実感した。
「それにしても……せめて那美の卒業式までには元の姿に
 戻れるといいんだけど……」
「……そうですね」
 などと言いながら、二人してなんともなしに空を見る。
 もうすぐ茜色に染まるこの空に、何が在るのかはわからないけど……。
 俺の目には、薄っすらと何かの境界が見えた気がした。

【那美's view】

 ……結局、あの後二人を見つける事は出来ず……。

「うう……骨折り損のくたびれもーけ」
「……これからどうなさいます?」
「……帰って寝る……」

 疲れ果てた忍さん&表情一つ変えていないノエルさんと別れ、

「あー……奈緒、久遠、ごめんねー」
「遅いよー」
「那美……おそい……」
「だいふく買ってきたから、これで許してー」
「苺、入ってる?」
「勿論♪」
「なら……」
「……許す♪」
 快く(?)代理を引き受けてれた二人に然るべき報酬を贈呈して。

 さざなみ寮へと帰った。

2月27日(日)
  海鳴市桜台 さざなみ寮
    PM7:30


「……薫ちゃん……」
「ん? 何?」
 既に帰っていた薫ちゃんに、思い切って尋ねてみようかどうか迷ったが、
「あー、ううん……何でもない」
 何となく、躊躇ってしまった。
 すると……。
「もうすぐ卒業だね」
 突然、何の前触れもなく……薫ちゃんはそんな事を切り出してきた。
「あ、そ、そうだよ」
「那美」
 あ、この顔。
 いつも真面目な人だけど、たまに……こういう、とりわけ
 真摯な表情になる。
 そういう時は……とても、とても大事な事を言う時だ。
「はい」
 だから、私も真面目に聞く。
「……後悔だけは、したらいけんよ。うちみたいにそれを
 いつまでも引きずってたら……」
「……引きずってたら?」
「……」
 少し口惜しそうな目をしつつ、薫ちゃんは自分の身体を指差して、
「こんな、下らないヘマをする事になる」
 そう呟いた。
「……?」
 今一つ、因果関係がわからない。
「この呪いはね、ただ単に肉体年齢が若返るいうものでは
 なくて……呪われた人物が一番戻りたいと思ってる、
 心残りの強い年齢に戻ってしまう、というもの」
「え……?」
 それは……つまり……。
「ちなみに、この肉体年齢は今の那美と全く同じ」
 つまり……薫ちゃんは今の私と同じ時期に、何か心残りが……?
「伝えたい事があるのなら、躊躇しないでちゃんと言わんと……ね」
 まるで自分に言い聞かせるかのように、薫ちゃんは呟いた。
 その言葉は……それでも、私の所まで届いて。
 だから、私は。
「はい!」
 今度は躊躇せずに、そう答えた。

【薫's view】

 那美と話をした後、うちは一人で台所へと向かっていた。
 今の時間ならその場所にいる筈の……あの人の元へ。
 うちにかけられた呪い。その解呪の方法は……少し特殊なものだった。
 昨日皆に説明した事は、半分本当で半分は嘘。
 実は、まだ解呪されていない。
 それを、今からやろうとしているのだ。
 一昨日、呪いを解いてもらおうと然るべき人を尋ねたのは本当の話。
 そこで聞いた言葉を思い出す。
『心残りのある時代の姿に若返ってしまった貴方が元に戻る
 方法は……その心残りを晴らす事』
 免罪符、なのかもしれんね。
 例え玉砕しても、『そうしなければ元の姿に戻れなかった』と
 自分にいい聞かせる為の。
 ……それでもいい。
 恭也くんとのデート、そして那美への会話で気持ちは昂ぶった。
 多分、今しか出来ない。
 今、言うんだ。
 何度も何度も、乾いた唇と心を想いで潤しつつ。
 うちは、あの人の前に、立った。

2月27日(日)
   海鳴市藤見町 高町家
    PM11:58


 もうすぐ今日という日が終わり、明日と言う日が今日になる。
 そうなると、2月ももう最後になってしまう。
 次は3月。卒業のシーズン。
「……」
 自分の部屋を出、縁側から外を見る。
 黒く塗りつぶされた景色は、それでも色濃く俺に何かを訴えて
 くるかのように……じっとそこに居座っている。
 上を見た。
 星空の中に、とりわけ大きな光の塊が一つ。
 今日はよく月が見える。
 だからかもしれない。
 こんな時間にこの場所に引き寄せられたのは。
 ……神咲さんの卒業。
 それによって、穏やかに動いていたここ最近の……俺の中の
 時計の針が勢いよく加速するのだろうか。
 緩やかに思えた時の流れが、車窓から見える景色の様に……急速に
 なっていくのだろうか。
 いずれにせよ。
 「もうすぐ……か」
 答えを出す日は、近い―――――

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