聖戦 〜St.Valentine‘s Day〜

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2月13日(火)
  矢後市三鷹町 笹野波大学
    PM2:35


 太陽の浮かぶ角度がもうすぐ45度になろうとしている時間、
 俺は忍と二人、少し肩を落としながらキャンパスを歩いていた。
 というのも……。
「で、どうだったの? テストの出来」
「……聞くな」
 という訳だ。
「大体、健康スポーツ科学科所属の俺が何故英語を学ばなければ
 ならないのか……」
「あはは。それ言うなら私だってそうだよ」
 忍は余裕の表情だ。
 ……或いは諦めの境地なのかもしれないが。
「でもこれで明日からながーい春休みなんだし。過ぎた事は
 気にしないでこれからの事考えようよ」
「ん……そうだな」
 テストは今日で終わり。明日から忍の言う通り長い長い春休みだ。
 一応例年の行事として美由希と山篭りする予定ではあるが、
 今まで2週間程度だった春休みが突如2ヶ月になってしまった
 のでスケジュールは空き放題だ。
 さて、どうしたものか……。
「今日はどうする? ゲーセン寄ってく?」
 などと考えてるうちに忍からの提案。
「いや……今日は止めとく。連日連夜の徹夜勉強のツケで非常に眠い」
「それもそうか」
「悪いな」
「いいよいいよ。じゃあ恭也の家に行こっか」
 ……来るのか?
「む、その顔は……もしかして用事でもある?」
「いや……でも俺はすぐ寝るから相手は出来んぞ」
「いいよー。ちょっと私用もあるし」
「……私用?」
「ふふ」
 忍は秘密、と言わんばかりに底意地の悪そうな笑みで応えた。
「それじゃ、車出すからちょっと待っててねー」
 言われた通り少し待ち……俺は忍と共に家へ帰った。

2月13日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    PM4:30 


 【忍's view】

 恭也は家に着くとすぐ部屋に入って夢の世界へ旅立った。
 実はちょっぴり不満だったけど、まあ良し。今日は他にやる事が
 あるのだ。
「美由希ちゃん、ちょっといい?」
「あ、忍さん。来てたんですかー」
 Tシャツを汗でいっぱいにして、美由希ちゃんは息を切らしながら
 私に笑みをくれた。
 恭也がいなくてもこうやって毎日鍛錬に勤しんでるんだよねー、
 この娘は。
 毎日適当に食っちゃ寝してる私には眩しすぎる……。
「……忍さん?」
「あーゴメンゴメン。あのね、ちょっと聞きたい事があるのだよ」
「はあ……なんでしょう?」
「……那美の事なんだけど、あやつはここにどれくらいの頻度で
 来るの?」
「え……?」
 いつもポーっとしてる美由希ちゃんがさらにポカーンとする。
「えーと……例えば、週に何回とか」
「あー、はい。それなら、大体週に二、三回ぐらいです。
 久遠がこっちに来る時は大抵那美さんもこっちに来ますから……」
 私とかち合うのが週に一、二度だったから……うむむ、微妙。
「それで、ここ数日は? 同じ?」
「あー……そう言えば来てないですねえ。ここ何日かはずっと
 なのはが神社に出張してますし」
「……で、明日は? 来るのかな?」
「あ、そういう予定ですねー」
 ……ヤハリソウカ。
「ありがと。それじゃ私もう帰るから、恭也にもそう言っといて!」
「え? あ、あれ? もう帰るんで……」
 美由希ちゃんの言葉を全部聞く前に、私は全速力で踵を返し
 そのまま家路へついた。
 那美、やっぱり明日……。
「負けないよ……那美!」
 車中でメラメラと闘志を燃やす私であった……。

2月13日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    PM6:40

「恭也……恭也……」
「ん……」
 身体を揺さ振られる感覚……って、実際に揺らされていたか。
 瞼を持ち上げると、フィアッセが目の前にいた。
「ごはんだけど……どうする? 食べる?」
「……」
 一瞬の思議の後、
「……食べるよ」
 そう答えた。
「みんなで食べたほうがおいしいもんねー」
「……うん」
 まだ意識はハッキリしないが……俺はフィアッセと共に食卓へと
 出向く事にした。


「お、おししょー」
「起きてこられたんですか」
 食卓には既に料理が並んでいた。
 今日のメニューは……紅鮭と長ねぎの雑炊、筑前煮、
 ほうれん草のおひたし、ホタテの中華風ソテーに
 鶏肉とナッツ甘酢唐辛子炒め……相変わらず見事な出来映えだ。
「さ、いただきましょうか」
『いただきまーす!』
 食事開始。
「そー言えば……」
 その最中、かーさんがわざとらしくそう前置きをして……。
「明日はバレンタインねー」
 などと言ってきた。
「……」
 そうだった……すっかり忘れていたが。
 バレンタインデー。歓迎できない行事の一つだ。
 というのも、正直あまりいい思い出がない。
「師匠、甘いもの苦手ですもんね……」
「ああ……」
 まあ、そういう訳だ。
「恭ちゃん、無愛想な割に結構もてるからねぇ……」
「理解できん」
 こんな朴念仁より他にいくらでもいるだろうに。
 それに反論する様に、フィアッセが少し真剣な顔をこっちに向けた。
「そんな事ないよー。私は理解できるよ」
 その言葉を皮切りに、
「おししょーは自分の事をわかっとらんですー」
「そうっすよ。ミーハー連中は大抵勇兄に行ってたけど
 隠れ師匠ファンも結構いましたよ」
「ストイックな魅力があるんだろうねー、きっと」 
 話のダシにされてしまった。
「そうそう、バレンタインデーと言えば、恭也がまだ小学生の頃……」
 当分続きそうなその話をBGMに。
 俺は寡黙に食事を進めた……。

2月13日(火)
 月村邸 調理場
    PM7:00


 普段は近付く事すらほとんど有り得ない場所に、
 私は一人で立っている。
 片手に持ちますは、『必勝! バレンタイン攻略のススメ』などと
 表紙に大きく書かれた定価380円の雑誌。
 そして、目の前に用意された板チョコ、鍋、へら、ステンレスの
 ボール、金だらい、木杓子、モールドといった材料や道具を
 じーっと睨む。
 ……不肖私月村忍、生まれてこのかた料理など
 ロクにいたした事などございません。
 そういうの、全部ノエルがやってくれる訳だし……正直興味もないし。
 それでも……今この時だけは女としてどうしてもやらねばならぬ
 やんごとなき事情により、私は今こうしてここにいる。
 ……那美のバックには料理の達人がついてると聞いている。
 一応私にもノエルと言う心強い味方がいるのだが……ここは
 私一人でやらねばいけない。そんな気がする。
 普段ノエルに頼る事に対する抵抗は全くないけど、これだけは……。
「これだけは……私一人でやらなきゃ……ね」
 私は心の中でそう誓った。
 さて、作業開始。とは言え……何から始めればよいのやら。
「……うーん」
 唸ってみてもチョコは出来ないので、取り敢えず本の通りに
 やってみる事にした。
『包丁で板チョコを細かくカットしてください』
 私は重さで約10sはあろう板チョコを見た。
 ……チョコを千切りにする機械を作った方が早いような気がする。
「ノ……」
 無意識にノエルを呼ぼうとした口を慌てて塞ぐ。
 ……さっき力強く誓ったばかりだと言うのに。
 先が思いやられるよ……我ながら。
「よしっ!」
 気合を一つ、包丁を手に取り……ひたすら切りに切った。

【PM7:00→PM9:45】

「お、終わった……」
 どうにかこうにか、板チョコを細チョコに変換し終えた。
 次は……。
『カットしたチョコレートをステンレスのボールの中に入れ、
 鍋にお湯を沸かします。大体50度から70度くらいの温度に
 しましょう。指で触って、「あちっ」っと感じるくらいの温度です。
 そして、鍋にチョコの入ったボールをゆっくり浸して、
 木杓子でかき混ぜながら溶かします』
 ふむふむ。これは簡単だ。

【PM9:45→PM10:15】

 よし、でけた。少しボールにお湯が入ったけどまあいいか。
 えーと、次は。
『だまがなくなって、とろとろになるまで溶かします。
 完全に溶けたらすぐにお湯からボールを出し、金だらいに
 水を張りましょう。そして金だらいに溶けたチョコのボールを
 入れて、ゆっくりとかき混ぜながら冷やします』
 ……なんか思ってたよりも簡単だなあ。
 まあよい。その分は愛情をこめこめ……あうー、照れるなー。
「忍お嬢様?」
「どひひゃっ!?」
 お湯からボールを取り出した所で背後から突然の声。思わず私は
 身体をすくませてしまった。
「ノ、ノエル? いきなり話し掛けないで」
「申し訳ありません」
 あー、さっきの拍子でチョコがこぼれちゃった……。
「あの、おやつなら私が作りますが……」
「あー違うの違うの! これはそういうんじゃないから、
 ノエルは引っ込んでて」
「……はあ」
 ノエルは納得いたしかねるといった表情で、それでも逆らう事なく
 調理場から出ていった。
 さて、作業再開……の前に、掃除しないと。
 まだ時間はある。ゆっくりいこう……。

2月13日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    PM11:40


「ふー」
 一っ風呂浴びて、俺は湯気をまといながら廊下を歩く。
 バレンタイン、か……。
 夕食時にかーさんや美由希から散々昔話を暴露された所為で、
 嫌な事を思い出してしまった。
 世の中には物好きが多いらしく……赤星ほどではないにしろ、
 俺にチョコレートを持ってくる女子は毎年そこそこいた。
 特に、中一の時に多く貰った。よく覚えている。
 家族のみんなは俺が甘い物が駄目だという事を知っている為、
 ある者はプロの腕を駆使して甘味を抑えた大人の味のチョコレートを、
 ある者はチョコレートの代わりに別の料理で、ある者はそれほど
 多くない小遣いをはたいてビター味のチョコレートを……と
 言った具合にいろいろ気を遣ってくれているので助かっているのだが、
 学校から貰ってきた分は如何ともし難く……。
「結局、無理して全部食べたんだけどその後2日間
 寝こんじゃったんだよね」
「……苦い記憶だ」
「はは……」
 居間に美由希がいたのでその事を話すと、苦笑いを浮かべつつも
 懐かしげにしていた。
「あれ以来バレンタインのチョコは見るのも嫌になっちゃったもんねー」
「……たまに夢でチョコレートが津波のように押し寄せてくる事がある」
「それは……私でもやだな……」
 しかしまあ、今年からはその悪夢にうなされる事もないだろう。
 明日は1日中家にいるし、家族以外でわざわざチョコレートを
 渡しに来るような奇特な人材はいまい。
「ああ、そう言えば」
「何だ?」
「明日、那美さんが来るって。恭ちゃんに用事があるんだと」
「……」
 つーっと、一筋の汗が頬を伝う。
「あー、大丈夫だよきっと。恭ちゃんが甘い物駄目ってのは
 前もって教えといたから」
 ま、まあ貰った所で一つ。大事には至るまい。
 などと失礼な事を考えつつ……俺は自分の部屋へと戻った。

【忍's view】

2月14日(水)
 月村邸 調理場
    AM1:10


 気が付くと、いつの間にか日付が変わっていた。
 既に今日がバレンタインデーだ。
 で、チョコの出来具合はというと……。
『溶けたチョコレートをモールド(型)に流し込み、テーブルの上に
 モールドを軽く何回か叩きつけて、チョコの中の空気を抜きましょう。
 そして、盛り上がったチョコをへらでこそげ落とし、冷蔵庫で
 30分から1時間ほど冷やします。それで出来あがりです』
 ようやくここまでこぎつけた。
 既にチョコは冷蔵庫の中。もうすぐ完成だ。

【AM1:10→AM1:40】

「よし!」
 冷蔵庫を開け、中を確認する。
 出来てる出来てる。
 少し大きめだけど、よく食べる恭也の事、これくらいの方が
 喜ばれるよね。
 さあて、後はデコレーションを施して、道具を片して……。
「あれ……?」
 デコレーション用に買っておいた筈のクリームがない。
 どこやったっけ?
 台の上にも冷蔵庫の中にも、買い物袋の中にもない。
「……もしかして、買い忘れた?」
 サーっと、顔から血の気が引いた様な気がした。
 デコレーションが出来なきゃ手作りの魅力が激減するのは明白。
「ノエルー! ノエルー!」 
 ……結局、ノエルに頼るはめになってしまった。
 まだしばらく時間がかかりそうだ……。

【AM7:30】

 チュンチュチュ、チュンチュン……
 スズメの鳴き声が遠くに聞こえた頃……。
「で、できたぁ……」
 私のチョコがようやく産声を上げた。
 ふふふ……那美ぃ……前日まで私が試験な事をいい事に
 抜け駆けしようとしてここ数日慣れないチョコレート作りに
 没頭しているのだろうけど……そうはいかないわよぉ……。
 薄れゆく意識の中、私は推測に過ぎない那美の行為に対し
 一人勝ち誇っていた……。



2月13日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    PM5:40


 黄昏が海鳴を優しく包み込む時間。
 夕陽の漂う空の元、俺は一人でボーッと庭を見ていた。
「あはは、くーちゃんこっちこっちー」
「くぅぅん」
 いつものように、そこではなのはと久遠が楽しそうに戯れている。
 こういう幸せを絵に描いたような情景を見ると、何もかも忘れて
 この縁側で茶でもすすりながら隠居生活を送るのも悪くないな……
 などと言ったら、
「師匠、老け込みすぎ……」
 などと晶辺りから苦笑交じりに言われそうだが……実際悪くない、
 とも思う。
 けど、それはまだ先の事。
 今は、1日でも早く美由希を一人前の剣士に育て上げ、そして、
 俺自身……まだ伸びしろが残っている内は一つでも多くの壁を
 越えていきたい。そう思っている。
「久遠ー」
 少し甘くて……思わずほのぼのとしてしまうような優しい声が
 耳に飛びこんできた。
 その主は、にっこりと微笑みながら庭の一人と一匹に近付いていく。
「あー、那美さん」
「くぅん♪」
 久遠が嬉しそうに神崎さんの懐へ飛び込む。
「いつも遊んでくれてありがとうねー、なのはちゃん」
「いえー。お友達ですから」
「くぅぅん♪」
 彼女がここに来ると、周りの空気がよりいっそう和やかになる気がする。
 それが俺にとっていい事なのかどうかは……正直わからない。

「それじゃ久遠、もうちょっとだけ遊んでてねー」
「くぅん」
 神崎さんはにこやかにそう言って久遠を下ろし……俺の方に
 ゆっくりと歩を進めてきた。
「……あ、あの……」
 顔が赤い。
 夕陽に照らされている所為か、それとも……。
「ちょーーーっと待ったーーー!!」
 と、俺の思考を蹴っ飛ばすかのような怒号が門の辺りから聞こえてきた。
 この声は……忍か?
「おおっ! ちょっと待ったコールだ!」
「おお、何やら修羅場な雰囲気……」
「……二人とも、野次馬はダメ」
「あうう……面白そうなのに」
「おししょーの拝見した事ない一面が垣間見えそうやのにー」
 横目になのはがレンと晶を奥の方へ強制連行している姿が
 見えたが……今はそれどころではない。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
 ……という効果音がバックに流れてそうな緊迫した雰囲気の中、
 忍と神崎さんはお互いを牽制しつつ俺の方ににじり寄ってくる。
「……」
 何が何やらわからない俺は、ただそれを見ているしかなかった。
「……恭ちゃん、あれ絶対自分の立場わかってないって顔だよ……」
「あの二人も苦労しそうだね……」
「ほらほら二人とも、野次馬はいけません」
「あーん、面白そうなのにー」
「恭也の普段見られない一面が見れそうなのにー」
 なのはが美由希とフィアッセを奥の方へ強制連行している様子が
 耳に入ってきた。
 さすがにそっちを見る余裕はもうないが。
「……先に来たのは那美だから……そっちが先でいいよ……」
「そ、そうですか……では……」
 と、今度はこっちでコソコソ声。
 どうなっているのか……訳がわからん。
「あ、あのっ、恭也さん! こ、これ……よろしければ、
 受け取ってくださいっ!」
 その言葉と同時に差し出されたのは……やたら豪華なリボンが
 ついた紙袋。
「あ、は、はい」
 焦りながらも受け取り、中を確認する。
 これは……。
「……セーター……?」
「はいー」
 それも手編みの。
「本当は手作りのバレンタインチョコを作るつもり
 だったんですけど、恭也さん、甘い物はダメだって
 美由希ちゃんから聞いたもので……」         ≪ドサッ≫
「……」
 美由希の言う通り、心配は杞憂に終わった様だ。
「あ、お、お気に召されませんでしたか……?
「い、いや。嬉しいです。ちょうど夜に着る服がへばってました
 から……」
「……よかった〜」
 ホッと胸を撫で下ろす神崎さん。優しい人だ、とつくづく思う。
 その横で。
「……」
 忍が硬直していた。
「……忍さん?」
「忍?」
「……あ、あはははははははははははははは」
 壊れたラジカセの如く、忍はカタカタと表情なく笑った。
 心なしか顔が青ざめているし、妙に汗をかいている。
 ど、どうしたんだ……?
「あーーーーーっ! 私ってば今日大事な用があったんだ! 
 じゃ、そゆ事で!」
「え?」
 そして、その表情のまま……ものすごい速度で家の敷地から出ていった。
「……これ……」
 神崎さんが腰を曲げて、何かを拾い上げる。
「多分、っていうか絶対忍さんのプレゼントだと思いますが……」
「そ、そうですね……」
 それを受け取る。中身は……。
『あ』
 俺と神崎さんの声がハモった。
 同時に、何故忍が足早に去っていったのかも理解できた。
「私……悪い事言っちゃったみたいです……」
「いや……悪いのは俺ですから……」

『たーんと食べてね♪    内縁の妻より愛を込めて』

 そう不器用な文字で彩られた、厚さ約15cmほどのハート型の
 物体は……まぎれもなく、圧倒的なまでに……チョコレートだった。

 【忍's view】

2月15日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    AM8:40

「はぁ……」
 昨日は大失敗だった。
 そうだ。たしか一緒にご飯食べる時に話題に出た事があったっけ……
 恭也が甘い物苦手って事。
 浮かれてて、すっかり忘れてた。
「あら、忍ちゃん。朝早くにどうしたの?」
 出勤時間と重なったのか、桃子さんと玄関ではち合った。
「きょ……高町くん、います?」
「あー……恭也ねえ、何か具合悪いらしくて部屋で寝てるみたい」
「え?」
 風邪でもひいたのかな?
「病気とかじゃないから心配は要らないと思うけど……よかったら
 看てやってくれるかな?」
「あ、はい!」
 心配は要らないって桃子さんは言うけど……やっぱり気になるし。
 まして、早く昨日のフォローしとかないとおちおち眠れもしない。
 そもそもその為にこんな朝早く、苦手な早起きをしてまで
 おしかけたんだから。
≪トントン≫
「失礼しま〜す……」
 軽くノックして恭也の部屋へ入る……。
「……」
 少し苦しげな顔で。
 恭也は布団の中で眠っていた。
 どうしたのかな……病気じゃないなら、何か変な食べ物でも……?
 そう思いつつ、何気に部屋を見渡したその時。
「あっ!」
 私の目に、見覚えのある包み紙と箱が飛び込んできた。
 間違いない。私が作ったチョコを包んでた紙と箱だ!
 そして、その箱の中にあった筈の超巨大チョコレートが……ほとんど
 なくなっていた。
 パラパラとまばらにこげ茶色の欠片が散らばっているだけで、
 本体は影も形もない。
 まさか……?
「……」
 この苦しそうなのは、私のチョコ……苦手な筈のチョコを
 全部食べたから……?
「……ばか……」
 恭也……ばかだよ、ほんとに。
 でも……。
 そんな事されちゃったら、私は……私は……。
「う……」
「恭也っ!?」
 呻くように発したその声は、意識的なものではなかったらしい。
 苦しそうな顔。
「私の……所為だよね……」
 顔を近付ける。
「ごめんね……」
 そして、ありがとうね……。
 そういうメッセージと愛情を込めて、私は恭也の唇に……。
「な……み……」
 
≪ピシャアアアアアン!≫

 頭蓋を電撃で打ち抜かれたような感覚。
 今、なんと……?
「なみ……やめ…………うっ……」
「…………ふっ」
 あーそうですか。夢に出てくるのは私じゃなくて那美なんですか。
 よくよく見れば、昨日那美があげてたセーター着てるし。
「……」
 私はそっと恭也の耳元に顔を寄せる。
 そして……。
「ばかああああああああああああああああああああっ!!!!!」
 ありったけの声で、叫んだ。

2月15日(火)
  海鳴市藤見町 高町家
    PM1:20


 まだ頭がクラクラする。
 起きた時からやけに耳がジーンとしているのも妙だ。
 おそらくさっき見た夢の所為だろう。
 久し振りに見た、チョコレートが津波のように押し寄せてくる夢。
 原因は……昨日忍がくれた、と言うか置いてったチョコレートを
 全部食べた事にある。  
 それでも、別段後悔はしてなかった。
 自分の嗜好の所為でせっかくのプレゼントをふいにするのは
 失礼極まりない事だ。
 まして、忍は今まで散々世話になってる、気の合う友人なんだから。
「あ、おししょー。もう大丈夫なんですかー?」
 廊下を歩いていると、レンがいた。
「ところで、朝に誰かのものすっごい叫び声が聞こえたん
 ですがー……おししょーは御存知ありませんかー?」
 叫び声……はて。
「いや、俺はずっと寝てたから」
「そうですかー……誰やったんやろなー。えっらいどでかい声
 やったんですが……」
 レンは『?』を三つほど頭上に浮かべて歩いて行った。
 その直後、俺の携帯が鳴った。
 ディスプレイ表示を見ると……かーさんからのようだ。
「あー恭也? もう大丈夫なのね?」
「ああ」
「あのね、今朝……あんたがまだ寝こんでる時に忍ちゃんが
 来てくれてたんだけど……まだいるかな? もしいるなら
 今日の夕食食べていってねって言っといて」
 忍が……?
「……了解」
 一応そう応えて電話を切る。
 そして、家中を捜して回ったが……どうやらもういないらしい。
 帰ったのか?
「……一応電話入れとくか」
≪プルルルル、プルルルル……≫
「……もしもし」
 妙に沈んだ声だ。この時間では珍しい。
「あ、忍か? 今朝家に来たそうで……悪い、ずっと寝てたみたいで」
「別に……」
 やはり暗い。機嫌が悪いのか?
「それで、かーさんが夕食一緒にどうかって言ってるんだが……」
「結構です」
 即答だった。
 いつもは呼びもしないのに来るのだが……。
「お話はそれだけ?」
「あ、ああ……」
「そう、それじゃ切るね……た・か・ま・ち・くん」
≪プツッ≫
「……高町くん?」
 そう呼ばれたのは久し振りだな。
 けど……なにか棘があったように感じたのは……俺の気のせい
 なのだろうか。


「……恭也のばかぁ!!」
「忍お嬢様……そんなに強く放り投げると携帯電話が壊れます……」
「うるさーい! ほっといてよっ!」
「……はい」
「うーっ……」


 悪寒が走る。
 気のせいじゃない、という事なのか。
「……」
 それを確認するまでに、数日の時間を要した。
 その過程、随分と苦労を強いられる事になったのだが……。

 それはまた、別の話。

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