それは転がる賽目のように

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「だからさー、付き合うところまでいかないまでも誰かを好きになるってのは損することじゃないぜ?」
昇降口で一緒になった山彦が、月の満ち欠けに関係するのかどうかは知らないが、ともかくそれくらいの周期で
口にする例の冗句を朝っぱらからくどくどと披露していた。
対して俺はいつもの通りにのらりくらり。真面目に相手をする気など、サラサラない。
「ふっふーん、新宿の夜の帝王ならぬ二年A組の級長として君臨する桜井舞人の真の実力を舐めてもらっては困る。
貴様は俺のことをチェリーボーイだと決めつけているようだが、昨夜、私はダブル幼馴染の詩織ちゃん、
光ちゃんとそれぞれデートを果たして参りましたよ? 詩織ちゃんとは映画館に。見た映画は便所のモラリスト。
いやあ、汚い男便所で自称モラリストたちが繰り広げる熱い討論会は驚愕だったね。映画評論家の称号もさり気
なく持っている俺だけど、アレには流石にビビった。圧巻Qだった。詩織ちゃんは泡吹いて気絶してたから評価が
少し落ちたと思うけど、俺はキニシナイ。まあ、選んだ映画が失敗だった。それは認めよう。だけど、その失敗を次に生かす
のが桜井舞人です。そう、光ちゃんですよ。彼女とは夜の中央公園に行ったわけだよ。光ちゃんが好きだという
並木道を二人して歩いたワケです。あはんうふんな周りのカップルに流されることなく紳士を貫いた俺の姿に
ぐーんと評価アップ。おずおずと差し出された彼女の柔らかい手をしかと握ってしまったワケです。
どうだ、恐れ入ったか」
「そりゃあ俺が貸してるときどきメモリアルの話じゃねえか。ゲームじゃなくて現実の話をしてんだよ」
瞬時にバレたのはともかくとして、今日の山彦はどことなく必死だった。
朝の廊下には鞄を背負ったり手にしたりした生徒たちがそこかしこにいる。
俺の横にはまだ言い足りなさそうな山彦。
「適当に生きるな、じゃなかったのか?」
挙句には鬼浅間みたいなことを言い出した。どんな経緯でアレがクラス標語になったか知っているくせに。
「そう言うお前は好きなやついるのかよ」
「俺か?」
山彦は急に頬を叩かれたように目を見開いた。

「今のところ誰っていうのはないな」
「お前な・・・」
言葉通りに脱力した。ったく、コイツは。人には誰かを好きになるってのは損することじゃない、とか言っておきつつ
自分は好きなやつはいないだと?
「俺は恋愛を否定しているわけじゃなからいいの。色々と選別はするが恋愛そのものはカモンベイベだ」
「なーにが、カモンベイベだ。この年中発情男め」
ガラガラ―――――――、と教室のドアを開けた。
朝のショート5分前。その残り僅かな時間をお喋りに費やすクラスメイトどもが蠢いていた。
「オッス、さっくちおはよう!」
「おはよー」
八重樫が異様な元気の良さで、星崎はその半分くらいの元気で朝の挨拶をしてきた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたのよ、ストレート待ちだったのに何の変哲もないスローボールが来て思わず見逃してしまった一番バッターみたいな顔して」
「貴様、何を企んでいる? いくら俺が桜坂の貴公子といえども、微妙に恥ずかしがり屋さんなので社交界にはデビュウしてやらんぞ。
無論、金もない。鐘も撞かない、じゃによって貴様のハデハデしいテンションにはついてゆけぬのだ」
「・・・さっくちも十分テンション高いじゃない」
「いえいえ八重樫さんには全く敵いませんことよ、オホホホホホホ―――――、ってそこツッコミ薄いよ、何やってんの!」
俺は八重樫ではなく傍観者を決め込もうとする星崎と山彦に向かって言った。
「・・・何だその薄ら笑いは」
「もー、微笑んでるって言ってよ」
「そうだぞ舞人、俺と星崎さんは温かく見守ってあげてるんだからそういうことを言わない」
ローテンションでハイな俺らについてこれないだけじゃないのか?
「ほらほら朝のショートの時間だ。席に着けー」
いつのまにか鬼浅間が教室の中に沸いて出ていた。
「分かってるって」
「桜井ー、何が分かってるんだー?」
ちっ、耳ざといやつめ。脳味噌は筋肉で出来ているんだからついでに耳もそうなってりゃいいものを。
「浅間先生が格好良いってことが、ですよー」
「そうかー、そんな見え透いた世辞はどうでもいいから、さっさと席に着かんか」

壇上から垂れ流される今日の伝達事項とやらを適当に聞き流していた。
早く終われ。いっそのこと寝てやり過ごすというのもいいかもしれん。
うーむ。
「――らい、―くらい、桜井聞いているのか」
「ええ、無論聞き耳を立てるがごとく真剣に聞いてますよ?」
「じゃあ頼んだぞ」
「ええ、桜坂の最終兵器たるこの私に任せてくれちゃっていいですよ?」
朝のショートは閉会の運びとなった。

「さくっち、聞いてなかったんならそう言ってよ」
声紋データ照合、うむ、少しテンションの高い八重樫だ。
「何が」
「や、だって浅間ちゃんが何を頼んできたのか分かってないでしょ」
「ぷじゃけるなよ、貴様のようなテイと一緒にしてもらっては困る。会話最速理論を開発した俺であれば、
理解せずとも返事をすることが可能。だからヤツが言ったことなんぞ理解せずとも良いのだ」
・・・あ、あれ? 微妙におかしいような・・・。
「まあいいけど。これでウチら今日の日直だよ」
「あ、んですとう! それはいかん、いかんじゃないかああ! 誰ですかそんなことを承認した不逞な輩は!」
「・・・・・・・」
八重樫の冷たい視線が目に脳に臓腑に突き刺さった。
「・・・ごめんなさい」
「ま、請けたのさくっちだから全部やってくれればそれでいいよ」
「くっ・・・貴様、見たまんまの酷薄さだな。疲れ果ててぐうの音も出ない憐れな子羊を慮ろうという
慈悲の心はないのか。これだから情の薄くなった現代っ子は。嫌だ嫌だ、ああ嫌だ」

「じゃあ他人を慮るさくっちよろしくね」
「いや、ほんと俺が悪かった。こうやって地べたに這い蹲るから、せめて半分づつくらいは・・・」
「や、私、酷薄らしいし」
黒板消しに日誌に昼休みのお茶取りにとそんな些事にかまけてセンチメンタルな青春を無駄にはしたくはない。
ここで八重樫を言いくるめられなければ自動的に俺は敗残者として一日中こき使われてしまう。何としてでもそれは避けなければ。
「あいや待たれい。貴様の欲深さ、倣岸さ、卑劣さは俺も十二分に認識しているところ。であるからして、
貴様が日直をすると言うのであれば、当方には給金を払う準備があるということよ」
机の上にキラリと光る一円硬貨を置いた。アルミの神々しい輝きが誰しもの胸を打ったに違いない。
曰く、いやー桜井君ってば超リッチー。曰く、何てブルジョワなやつなんだー。いやいや、それほどのことでは・・・。
「十円だそうか?」
むぐうっ。しまったヤツの父親が一流企業の管理職だということを忘れていた。
しかぁし、ここで引くわけにはいかぬ!
俺は財布から真新しい十円硬貨を取り出し、一円硬貨の横に叩きつけた。
「じゃあ百円」
むぎー。金を金とも思わぬブルジョワジーめ、有産階級め。貴様が偉いのではないぞ! 俺だって俺だってえー。見よ! この勇姿を!
・・・十円硬貨が二枚、五円硬貨が一枚、一円硬貨が三枚しか残ってなかった。
「くそうこのブルちゃんめ、己が無尽蔵だからといって金で勝負するなどと。それでは赤貧な俺が完全に不利ではないか」
「言い出したのさくっちでしょうに。じゃあ何ならいいわけ? 勉強? 運動? ゲーム? 何でもいいけど私は手加減しないから」
「うううううう」
「唸ってないで早く」
「・・・ギャンブル」
口にした途端それが最善の手のように思われた。これなら下手な小細工が介在しない限り五分と五分。他で勝負するより幾分かマシに違いない・・・。
「ギャンブル? ポーカーとか?」
「まあ何でも。スタート時点で互いが五分五分になってるものなら」
「ふう、それじゃ、これでいこっか。・・・あ、待って。賭けの景品を勝った方が負けた方に一つだけ命令できる、ってのはどう?」
「後悔、するなよ?」
「挑戦、と受け取るわ。その言葉」

八重樫が髪に手をやったかと思うと、その手にはサイコロが二つ握られていた。
転がして、
「丁か半か」
口元に余裕を持たして微笑う。
「よかろう――。本場ラスベガスは元より香港やマカオでもその名を轟かせたゲヘナのギャンブラー
桜井舞人の右腕しかとその眼に刻むが良い」
「や、サイコロ振るの私だから」
「ふん、それくらいは貴様にくれてやろうではないか」
「じゃあ――ってそろそろ一時間目か、続きは昼休みにでも」
そういや、
「昨日帰る前に今日の一時間目の現国は休みだとか言ってプリントを運ばされたんだが・・・。教卓の中に入ってるやつ」
やはり俺はいいことしか言わないらしい。教卓の中から最近の範囲である伊豆の踊り子に関しての問題プリントが発見されるや
教室は興奮の坩堝と化した。
曰く、英雄――。
曰く、覇者――。
曰く、皇帝――。
曰く、神―――。
俺が手を虚空に突き上げるとそれに拍手喝采を送る一般人ども。未来永劫までも傅かんとするそれらを退ける。
目の前に座った八重樫の眼に炎が宿り、その横ではどういう流れか、山彦が胴元になっての賭けが始まった。
まあ、山彦は無視して、
「さあ! 来い!」
そう叫んだ俺もどうやら相当にテンションが上がっているらしい。
一つの間を置いてから無言で頷いた八重樫が両手を振りかざして――――――、
「な、何の騒ぎ?」
――――――大学卒業して三年目の若い女性現国教師が入ってきた。

「・・・どゆこと?」
サイコロが入ったカップを振り上げた手を下ろそうともせず直立不動の八重樫が俺に疑惑の視線を送ってきた。
否、疑惑どころではあるまい。八重樫の中で俺は既に英雄からA級戦犯に成り下がっているに違いない。
突きつけられる殺意の波動。
視線が言う。我、怒り頂点なり――――――――。
教室全体にも不穏なオーラが広がって、よってたかって攻め立てるように俺を睨めつけてくる。
おまえはみにくいアヒルの子なんだよ! そう声高に罵られるくらいに居心地が悪い。
「・・・ひょっとして、浅間ちゃんからのを簡単に請けたのもこの為だった?」
「ばっ・・・んなわけないだろ。俺は他人からの頼みなんてほっ放りだして三十六計逃げるが勝ちな男ですよ?
何が悲しくて鬼浅間の言うことなんぞ聞かなくちゃいかんのだ。その上、プリントをせっせと刷るだなんて
面倒くさいこと俺がやるとお思いですか?」
「前にもこんなことがあったような気がするんだけど」
前にも・・・? ああ、あの雨ダッシュのことか。ちぃっ、根に持ってやがるな。
俺はその詰問には直接答えず、
「先生、昨日休みって言ってませんでしたか?」
この疑獄から脱出するために女教師を問いただした。
「ご、ごめんなさい。先生ったら出張の日程を間違えちゃってて・・・。てへっ」
ふふん、どうだ嘘をついていたわけではあるまい、と周囲を見渡したが、何だか俺が悪いという雰囲気は収まっていなかった。
何で?
「勝負は放課後に持ち越しね」
八重樫は目線を伏せた。
「ところで、さっきサイコロみたいなの――」
女教師の声を遮るように、
「何か見たんですか?」
にっこりと微笑んだ八重樫が猫撫声を出した。
「い、いええええ、何も見てないですううー。サイコロなんて見てないですうううーー」
女教師は泣きながら引き下がった。可哀相に。トラとウマという贈り物までもらってしまったようだ。
げに恐ろしきは八重樫つばさ。全く、強(こわ)い女だ。

して、放課後。
タイムアウトにて持ち越された勝負は体育館を借り切った一大イヴェントに化けていた。何故か。
八重樫も少し唖然としている。
体育館の中は元より一層上のギャラリーまで、どこから沸いたのか、人がわんさかといた。
「暇人どもめ」
「ウチら完全に餌だね」
フローリングの中央にはスペースが設けられていて、そこには見知った顔。
星崎と山彦がいた。
「何だよ、この騒ぎは」
「いやあ、休み時間を経るごとに話が一人歩きしたみたいでさ」
「良くこんなとこ借りれたわね」
「今日は体育館使ってるクラブが出払ってるの。対外試合なんだって」
話が上手すぎる。俺の危機察知レーダーは全力回避を推奨していたが、
このアマと決着をつけないわけにはいかない。
「グラウンドではサッカー部が本番前の試合をしてて教職員は全部、生徒は半分が見に行ってる。あっちを表開催だとすれば
さしずめこっちは裏開催。負けんなよ、舞人」
時間が経つにつれて大きくなる規模に中てられたのか、山彦が訳のわからないことを言う。
大体、何に負けんなって言ったのやら。サッカー部にか? それとも――――――。
「さあ、そろそろやりますか」
衆目を一身に集めているというのに怯む気配を露ほどにも感じさせない普段通りの調子で八重樫はサイコロを弄んでいる。
可愛げのないヤツだ。
いつでもいいぞ、と俺が言いかけたその時、

「さっきは言い忘れてたんだけど、さくっち、ルール知ってる?」
「失礼なヤツだな、俺は高名なギャンブラーだと言っておるだろうが。サイコロ転がし遊びのルールなど、とうの昔に熟知しておるわ」
「ゾロ目も?」
「無論だ」
「後で知らなかったー、何て言わないでね」
その表情が俺の胸を叩き、警鐘を掻き鳴らした。聞いておいた方がいいんじゃないか、いやいやあのアマに教えを乞うなどと
そういう無様な姿は曝せませんことよ。
「・・・一応聞いておいてやらぬでもないぞ」
「や、聞きたくないならそれで構わないし」
「教えてください」
八重樫はオーバーにため息をついた。
「いい? サイコロが同じ数が出ればゾロ目。半、丁が当たってもゾロ目が出れば親の勝ちだからね。そこのとこ宜しく」
「いやもう良いも悪いもツッコむ気力すら残ってないのだが。つーか、ゾロ目で親の勝ちともなれば、えーとえーと」
「ゾロ目が出る確率は16.7%ほど」
「その16.7%が名目上の50%に上乗せされて66.7%、つまり三回に二回はお前が勝つということになるではないか」
「さくっちがゾロ目を予想すればいいのよ。子がゾロ目を予想して、見事に的中すれば、子の勝ち。五分でしょ?」
そう、か? なーんか騙されている気がするぞ。そもそも八重樫の不敵な笑みの正体は何だ。あやつ最早勝ったかのような貌をしているが、
その根拠のない筈の自信はどこから来る? 本来は五分五分であろうこの波瀾万丈銀河万丈な勝負はヤツの胸三寸なのでは・・・。
「どこ見てるのよ、スケベ」
「別にお前の薄くもでかくもない極めてフツーサイズの乳に興味はない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「実際にどれくらいの確率でゾロ目が出るのか知りたいので十回くらい振ってくれ」
「ま、いいわよ」
ありゃ? 何かあっさりだな。また文句でも言ってくると思ったのだが・・・。
「じゃ一回目」
八重樫が手を振り上げ、サイコロをカップに放り投げて、床に落とす。
意外とカッチョイイではないか。無論、八重樫ではなくその動作が。
サイコロの目は――――、
「四−六の丁。まずは四−六の丁が出ましたー」
山彦がどこから持ってきたのかマイク実況をおっ始めやがった。それに乗る観衆。うるせー。ちと黙れ。
「五月蝿い! 黙らんかあ! って怒鳴ったら?」
「小心者なぽっくんにはそんなこと言えましぇえん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
八重樫は無言で二投目を開始した。
以下、丁、丁、丁、丁、半、半、半、半(ゾロ目)、半、と五回ずつ綺麗に丁半が分かれて出た。ゾロ目は一回。
「つーか、いくら何でも綺麗に分かれすぎだろ」
「言っとくけど種も仕掛けもないよ」
「嘘だ、ブラフだ、捏造だ、誇大広告だー。ジャロに訴えるじゃろ」
「・・・・・・」
「さあー、つまらないギャグで八重樫選手を中傷する桜井選手。これは本当に酷い」
山彦の実況に合わせるように場内総ブーイング。
何でだよ、時代の最先端じゃないか。全く、いつの時代も天才は理解されないものなのだな・・・。

「そろそろこの長丁場に決着つけたいんだけど」
八重樫のテンションは黄色までずり下がっているようだった。
対する俺は桃色ピンクでやる気十分。パワーもいつもより+15。この勝負もらったな。
「さあ、来るがよいっ!」
RPGのラスボスのように声を張り上げ、刹那の勝負、その号砲とした。

八重樫はその双眸を力強く見開き、右手を逆袈裟に切り上げ、左手を垂直に持ち上げた。
俺と八重樫との間に存在する空間は捻れて拉げて鳴動し、ヒュンヒュンという風切り音が耳に届く。
次第に場は極彩色の蜃気楼に覆われ、室内だというのに雨の日の午後がごとく光が乏しくなってくる。
女とは思えぬ咆哮を上げて、地面にカップを叩きつける八重樫。
視覚でソレを認識した直後、閉ざされていた聴覚が解放されたかのように轟音が鳴り響く。
「さあ!」
丁か半かと迫られる。
丁か? 半か? 分からない。
今回ばかりは最新鋭のスーパーコンピューターMAITOを駆使しても分からなかった。新型のニューロチップも役に立たない。
目の前には哄う八重樫。被害妄想かもしれんが。どちらにせよ負けられん。俺に敗北の二文字はない!
「ち、丁・・・いや、半だ!・・・いやちょい待ち」
「もー、何? 早く」
急かされてもだな、こういう男の一大事はじっくり考えてこそだな。よ、良し。
「ぴ」
「ぴ?」
「ぴぴるぴるる〜」
場内からため息が漏れる。決まる瞬間まで実況を控えているらしい山彦、その横の星崎も同様にため息を漏らした。

分かりましたよ、言いましょう!
「ゾロ目。しかもピンゾロ」(ファ!っていう効果音)
その宣言を受けて八重樫がカップを少しづつ持ち上げる。
サイコロに光が差し込み――――――、
赤い丸が――――――、
――――――二つ。
「うおっしゃあああああああああああ!」
「あーあ、負けかー」
「何と勝ったのは桜井選手! このありえない展開に場内は総ブーイング。み、皆さん落ち着いてください!
腹立たしいのは分かりますが、物は投げないで下さい! 大変危険です! 物を投げるのは勘弁してやってください!」
ふふん、何とでもほざけ。勝者はこの俺。その結果は揺るがんのだ。
そして、結局は日直の仕事を全部俺に押し付けてきた八重樫のヤツに罰を下さなければなるまい。
例えば、晴れの日に雨合羽を着て登校させるとか、水着を着て一日の授業を受けさせるとか、語尾ににょをつけて喋らせるとか、
俺を呼ぶときは様を付けさせるとか、夏の暑い日は団扇で扇いでもらうとか、エトセトラエトセトラ。
それはもうありとあらゆる恥辱の限りを尽くして俺に刃向かったことを心底後悔するように蹂躙してくれる!
さて、まずは命令を百個に増やして、と・・・。
「さくっちー」
びっくうううううううううう――――――。
怖気が体中を走った。何ですか今の声は。常世からの呼び声ですか。ありえない。気持ち悪い。勘弁して下さい。
八重樫の甘えた声なぞ、一般人の俺には耐えれるものではないですよ?
しかも、手を二つとも襟元に持ってきて小首を傾げるその仕草。

「ちょっと待て、貴様、気でも触れたか。おおい星崎、急げ救急車だ! 黄色いやつ! 意識飛んでる、
混濁してる。急げってば早くっ」
「だいじょうぶだよ。さくっちー」
俺は必死に八重樫の身体を揺すった。八重樫が八重樫が。壊れてしまった。俺のせいか、俺のせいなのか。
潤んだ瞳に紅潮した頬。少し開いた口唇は艶やかに濡れて、甘い吐息を耳に吹きかけてくる。
こんなの八重樫じゃない。
「さくっちー」
しな垂れかかってくる体。衆目を浴びているというのにこの馬鹿者め。理性を取り戻せっ。
「八重樫、いつものお前に戻ってくれよ、ほら、いつものどこか冷めた八重樫にさあ」
頼むから。お願いだから。心から祈るから。
「だから――――――」
「了解」
そして、チョップが飛んできた。
「命令受けたから。貸し借りなしだからね」
はい? まーた騙されてましたか? 俺は。
「てゆーか、舞人。今のは引っ掛かりすぎ。俺はお前までグルなのかと思ってた」
「うーん、八重ちゃんよりさくっちの方がよっぽど怖かったな」
勝手な感想ありがとう。

閉会後。
多分、意味もなく。
また髪の中にサイコロを戻した八重樫の横で。
茜色の陽光が射し込むグラウンドを眺めて。
「あれくらいの演技、恥ずかしくも何ともないよ」
「俺は恥ずかしかったのだが」
「何で?」
「そういうもんなの」
「ふーん」
八重樫が寝そべり、折り良く風が吹いて、小汚いパンツが目に入った。
それを直しながら、
「これは恥ずかしいなあ。二回目だっけ?」
前回ほどの動揺は見受けられないけれど。
「水色の縞か」
「・・・だから?」
「何となくだ。いちいち気にするな」
「あんなハリの効いたイヴェントの後だというのに、ウチらこんなんばっかだね」
「八重樫らしくないセリフだな」
「まーねー。微妙にセンチメンタルかな」
「でも、どうせ今だけだろ?」
「当然」
短い会話の交換。いずれ魔法は終わる。
その時までは、祭りのあとのこの気だるさを。俺たちに。
そう思った。

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