「桜花の誕生日」

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4月5日、下界では平年よりも早咲きのソメイヨシノが葉桜に変わりつつある頃。
ここ龍神村でも冬が終わりを告げようとしていた。
もっとも、冬の間に降り積もった雪が一斉に溶けてしまうと言うわけではない。
龍神村は何故か一年中雪が降ることで有名な、とても不思議な村である。
ここの村人が言うところの冬とは、村境の道路が豪雪で閉ざされてしまい、下界と交通が断絶する期間の
ことを意味する。
下界との道が開けると、待ちわびたように観光客が龍神村唯一の温泉旅館「龍神天守閣」へやって来る。
4月に入って最初の週末を控えて、「龍神天守閣」の中は目を回るような忙しさだった。

処は変わって…。
「まったく彼方って男は〜、きょうはわらわにとってどういう日か、忘れてしまってるのかえ?のう、シャモン」
とある一室で、若生桜花がシャム猫のシャモンを相手にぐちぐち文句を垂れていた。
今日の桜花は、朝からご機嫌斜めだ。
それと言うのも、冬の間遊び相手だった出雲彼方が、「龍神天守閣」へバイトに出かけていたからだ。
先ほど電話をかけてみたものの、「今日は忙しすぎるから、遊べるかどうか判らない」と単刀直入に言われて
しまった。
「ふぅ〜。シャモン、そなたは気楽なものよのう。一日、だらだら過ごしててもたいくつ知らずとは」
………。
一日中、アンタの愚痴を聞かされる身にもなってくれ。
語りかける桜花の声を無視して、シャモンは毛繕いに励む。
「あ〜たいくつじゃたいくつじゃたいくつじゃ」
地団駄踏んだところで、事態が好転するわけではない。
しゃべり続けるのにも飽きたのか、桜花は炬燵の中に入ってゴロンと横になる。

………。
………………。
………………………。

部屋の外から、荒々しい足音が聞こえる。
続いて、勢いよく部屋の襖が開けられる。
「な、なにごとじゃっ!」
驚いた桜花が、炬燵から出て立ち上がる。
部屋の入口に、出雲彼方が息せき切って立ちつくしていた。
「やあ桜花、ここに居たのか。ビッグニュースだ」
「何じゃ…、彼方か。今さらわらわの元へ何をしに来たのじゃっ」
ほったらかしにされていたのが面白くなくて、ふてくされる桜花。
「大変だぞっ!この家の周りの雪が…」
「雪がって…、どうしたのじゃ」
「全部綿菓子に変わっちまったんだよっ!」

ハァ?
いきなり現れたかと思えば、何をとぼけた事を言っているのだこいつは。
あまりのアホらしさに、桜花の口がぽかんと開いたままになる。
「あーっ、俺の言ってることを全く信用してないなっ!」
「あ、あたりまえじゃろうがっ!わらわをかつごうとしておるのかえ?」
「う〜っ、それなら桜花の身をもって証明してやるっ!」
彼方はそう言うと、桜花の身体を抱き上げる。
桜花を抱いたまま、部屋の窓まで歩を進める。
そして、空いている手で窓を開ける。
「あわわ…、何をするのじゃっ!」
「桜花お前…、綿菓子が好物だったよな」
「そうじゃけど…、あ、やめっ!やめろ彼方っ!」
「ほぉ〜ら、綿菓子の元へ飛んでいけぇ〜っ!」
「あ、あわわわわわわ〜っ!」
彼方の手によって、桜花が窓から勢いよく外へ放り出される。
雪の地面に落ちていく桜花。
「ひゃあああああ〜」
ずぽっ!

目の前が真っ白けになる。
一瞬、冷たい!と身構えた桜花だったが、妙な感触に気づいた。
あれ、何じゃこれは?
ちっとも冷たくなんかないし、まるで綿の中にいるような、ふわふわした感じだ。
そして顔や手の辺りが、何だかねばついているような気もする。
とにかく、上へあがらなければ…。
両手でじたばたと藻掻いている桜花の口の中に、雪の一部らしき物が飛び込んできた。
えっ…、この甘い味は…。ひょっとして…、本当に綿菓子?
ようやく綿菓子まみれの中から桜花が頭を出すと、放り投げられた窓のところで彼方が大笑いしている
のが見えた。
「どうした、桜花。俺の言ってることは本当だっただろ?」
「う…うむ…。ホントに綿菓子じゃけども…」
目の前で起こっている不思議な現象に、桜花は窓から放り出された怒りさえ忘れてしまっている。
「お前は綿菓子が好きなんだから、今のウチにいっぱい食べておくと良いぞ」
「………」

確かに、桜花の好物である綿菓子は、お祭りの時に出る露天くらいでしか食べる機会がない。
手で綿の一部をつかみ取って、それを口の中へ運ぶ。
じわっと、口の中で溶けていく感触。
美味しい…。
本当の綿菓子だ!
大好きな綿菓子が、目の前にいっぱいある!
桜花の目の色が変わる。
両手でがつがつと、綿菓子を口の中に押し込み始める。
美味しい…、美味しいよう…。

「うまいか桜花?そろそろ俺も混ぜてくれよ」
窓から彼方の声が聞こえる。
気づいた桜花が目を向けると、そこには全裸になっている彼方の姿があった。
「か、彼方っ!そなた何ではだかになってるのじゃっ!」
「桜花、いま行くぞ〜っ!」
フルチンの彼方が、窓から飛び降りる。
桜花が叫ぶ。
「彼方っ!来るな〜!来るんじゃな〜いっ!」
ずぽっ!
叫び声も空しく、桜花の目の前に彼方が落ちてきた。

綿菓子の中から、彼方の顔が出てくる。
「桜花だけ独り占めしようとしても無駄だぞ」
「そ、そなたは変態かっ!変態だったら、わらわに近づくでないっ!」
「そういう桜花だって、すっぽんぽんじゃないか」
「何をいうかっ!って、あ、あれ…」
いつの間にか、桜花の着ていた服がどっかへ消えてしまっていた。
ぽーっと、桜花の頬が赤く染まる。
「それじゃぁ、桜花味の綿菓子をいただこうかな♪」
「あわわ…」
その刹那、彼方が桜花の身体にぎゅっと抱きついてきた。
「そぉ〜ら、抱きつきなめなめ攻撃〜っ!」
「ひ、ひゃあああああ〜っ!」
桜花の身体を、彼方がぺろぺろとなめ回す。
「ひゃははははは」
くすぐったいくすぐったい!
笑い転げて悶えまくる桜花。
ところが、彼方が桜花のある部分を嘗め上げた時の事だ。
「きゃっ!」
桜花の笑い声が、ふと止まった。

彼方嘗め上げたのは、桜花の乳首のひとつだった。
何なんじゃ?いきなりしびれたような気がしたのは?
「ど、どうした桜花…」
桜花の異変に気が付いたのか、彼方が声をかける。
「………」
「まさか…、感じている…、とか…」
「な、何でもないぞよ」
すぐさま否定したのは、直感的にこれは恥ずかしい事だと感じたからだ。
「…怪しいなぁ。もう一回やってみよう」
「や、止め…」
彼方が今度はもう一方の乳首を嘗める。
「ひゃうんっ!」
乳首を嘗めたと同時に、桜花の身体がぴくっ!と震える。
それを見た彼方の顔がにやりと笑った。
「感じてるんだな…桜花。それなら、ここだっ!」
「何ヘンなことを言ってるんじゃ彼方っ。って、あああ、何をするっ!」

彼方が桜花の身体を持ち上げて仰向けに寝かせる形にしてから、両手で桜花の両脚をがばっと横に
押し広げる。
そして広がった脚の間に顔を突っ込み、股の付け根を嘗め始める。
「か、彼方っ…、そんな汚い…はううっ!」
お腹の下が、勝手に脈打っている。
それと共に身体へ広がる、とろけるような感覚。
わらわが…、わらわが…、ヘンになる…!
ありったけの声を振り絞って、桜花が叫んだ。
「彼方っ…、彼方っ…!止めよっ!止めるのじゃぁーーーー!!!」

………………………。
………………。
………。

「…うか、桜花、起きろったら」
身体が揺さぶられる。
誰じゃ、わらわの肩に手をかけているのは。
「ううう…」
「なに叫び声上げてるんだよ」
目の上で、彼方が顔を覗かせている。
「へ、か、彼方…。ここは…、どこなんじゃ…」
「何処も何も、お前の家じゃないか」
辺りを見回す。
見慣れた、自分の部屋の光景。
では…あれは一体…?

夢…、だったのか…。

「お前の部屋から叫び声がするから心配して来てみたら、寝言なんだもんな」
彼方の言葉で、さっきまで見ていた夢の内容を思い出す。
すっぱだかの彼方がわらわに抱きついてきて、それから…。
桜花の顔が、ぼっと赤くなる。
「どうしたんだよ桜花、顔が真っ赤だぞ」
「な、何でもないぞよっ!」
「それよりも桜花、俺と一緒にちょっと来てくれ」
ええっ!
冗談じゃない。
夢の中であっても、彼方にあんな汚いところをなめられて取り乱してたなんて…。
恥ずかしくて、今はとても彼方とどこかへ行く気にはならない。
「い、嫌じゃっ!そなたと一緒にいとうないっ!」
「何怒ってるんだよ。せっかく忙しい最中、バイト先から抜け出して来たというのに」
肩に触れようとする彼方の手を、桜花が払いのける。
「とにかくっ!わらわは彼方に近づきとうないんじゃっ!」
「うぬぬぬぬ…。それなら、無理矢理にでも引きずり起こすっ!」
彼方はそう言って、炬燵で横になっていた桜花を抱き上げる。
そのまま、部屋の外へ出る。
「わらわをどこへ連れて行く気じゃっ!お、降ろせっ!降ろすのじゃっ!」
抱かれたまま、桜花がじたばたと暴れる。
「聞き分けのない奴だな。みんな待ってるんだぞっ!」
「そんな事なぞ知らぬっ!とにかくわらわは、何処にも行きとうないんじゃっ!!」
いつしか涙声になっている桜花。
「ほら、着いたぞっ」
彼方が連れてきたのは、桜花の家の居間だった。
居間に彼方が足を踏み入れたと同時に、パン!パン!パン!とクラッカーの爆発音が響いた。
へっ?と桜花が呆気にとられた表情で、居間の中を見つめた。

女の子の歓声が聞こえる。
「桜花ちゃんお誕生日おめでと〜っ!!」
そこには、桜花の知り合いでもある女の子達がいた。
改めて、桜花が居間の中を見渡す。
居間の中は、辺り一面が折り紙細工で綺麗に飾り付けられている。
そして、女の子がいる手前の大きな炬燵には、大型の土鍋と山盛りになったあんまんが置かれている。
「うちの雑貨屋から、おいしいあんまんいっぱい持ってきたよっ!遠慮しないで食べてねっ!」
そう明るい声で語りかけてから、にこにこ笑っている女の子は、雪月澄乃。
「鶏玉子雑炊を作ってみました…。久しぶりに大鍋を使ったので、少し出来が心配ですけど…。よかったら
食べてみてください…」
そう控えめな声で語りかけてから、静かに微笑んでいる女の子は、北里しぐれ。
「旭は彼方と一緒に、即席の綿菓子製造器を作ったのだっ」
そう賑やかな声で語りかけてから、きゃっきゃっと嬌声を上げている女の子は、日和川旭。

わ、わらわの誕生日を、みんなお祝いしてくれてるのかえ…。
桜花の胸の中に、熱いものがこみ上げてくる。

「彼方っ、さっき作った綿菓子を、桜花にプレゼントするのだっ」
「そうだな。桜花、ちょっと待ってろよ」
そう言って、彼方は桜花を床の上に降ろすと台所に出ていく。
少しして居間に戻ってきた彼方の手は、特大の綿菓子が付いている調理用の大箸を握っていた。
「ほら、桜花の大好物の綿菓子だ。この時期に食べられるなんて珍しい事なんだからな」
目の前に綿菓子を見せられた桜花は、またさっきの夢のことを思い出した。
「あわわわわ…、わ、綿菓子…」
「ん、どうしたんだよ。いつもだったら我先に食べ始めるくせに」
それはそうだけど…、あの夢を思うと恥ずかしくなって手が出ない。
顔を赤くしながら、もじもじと躊躇している桜花。
「どうしたんだよ。いらないんだったら、俺が食べるぞ」
「………。食べる」

大きな綿菓子が、彼方から桜花の手に渡される。
ぱくっと、桜花の口が綿菓子をほおばる。
口の中に、ふわふわの綿菓子が溶けてゆく。

「美味しい…!」
桜花の顔が、満面の笑みを浮かべた。

(おわり)
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