執事と女装とアーカムの怪
「見合い…ですか?」
「ええ。お見合いです。先日取り引きしたマーシュ社長のご令嬢です。
彼女がどうやらあなたのことを聞いてひどく気に入ったらしいですわ」
「は。しかしお嬢様、私は今はまだ結婚など…」
「私とてあなたが結婚なんてするとは思ってません。ただお見合いをして頂ければそれでいいのです。
取引の条件のひとつがそれでしたので。大丈夫です、結果は問わないそうですので」
「どうしてもですか…」
「ええ。どうしてもです」
「……畏まりました。お受け致します」
…以上回想
D:dzHW6jOP
「と、いうようなことがございまして」
「で、何で俺の所に来るのかな、執事さん?」
事務所の机を挟んで深刻な顔で向かい合う俺と執事さん。
俺の隣ではアルが「客用の」茶菓子をほおばっている。おい。
訊ねると執事さんは沈痛な面持ちで懐からひとつの大判封筒を取り出した。
「これをご覧下さい」
中から出てきたのは美麗な表紙のついた冊子だ。よくある見合い写真の入ったアレだ。
「お、見合い相手の写真か。どれどれ?」
「面白そうだな、妾にも見せよ」
アルも興味を惹かれたのか一緒になって覗き込む。そして…
「…………ぅ」
「…ほう。なかなかに個性的な貌をしておるではないか」
俺は生まれて初めて真の恐怖を知った気がする。世の中にこれ程恐ろしいモノがあっただろうか。
淋病のセイウチの顔をハンマーで潰して皮をはいだ挙句、挽き割り納豆と風呂場のカビを塗りこんで、
バーナーでこんがり焦げ目をつけて、もう一度ハンマーでヒビを入れればこんな顔になるかもしれないと
いった感じのダゴンの方が数倍カワイイのではないかと思える未知のクリーチャーがそこに写っていた。
「怪奇現象や人外化生は大十字様のご専門かと存じますが」
しれっと言い放つ。
「いや! 怪奇でも人外でもないし!! 限りなく近いけど! コレ一応ヒトでしょうが」
「汝等、仮にも女に向かって失敬極まる物言いだな」
お前もだ。何だ『仮にも』って。しかも自分は正真正銘の人外化生だろうが。
「私ウィンフィールド。彼女を前にして婚姻をお断りする自信がございません。
恐怖のあまり婚姻届にサインしてしまいそうで。」
ああ…よくわかるよ。俺はうんうんと首を振る。
「そこで、彼女の方に諦めてもらえば良いと思い立ちまして。
私には想いを寄せている相手がいることにしようと」
なるほど。
「当然、相手が相手です。納得させるにはかなり強者かつ完璧な女性を用意する必要があります」
まあ、そうだろうな。
「では、お願いします大十字様」
「は?」
パチン! と指を鳴らす。同時に玄関が勢いよく開いて例のメイド三人娘が飛び込んでくる。
その手にあるのは化粧箱、ドレス、鏡……!!!!!
なんだかデジャヴ。
「どこかで見た光景だな」落ち着き払ってアル。
「ちょ、ま、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
・・・・・
「しくしくしくしく…」
「やはり、私の目に狂いはなかったようです。見事な淑女っぷりです大十字様」
「腐ってるよ!あんたの目!」
「あ、相変わらず洒落にならんな、汝」
「お前も止めろよ!!!」
鏡に写る自らの姿。これを見るのは初めてではない、邪悪の連鎖のむこうで一度目にした見目麗しき姿。
まさかまたやる羽目になろうとは。つーかトラウマなんですけど。
「で? 俺にどうしろと?」
屈辱に震えながら、なんとか問いかけることに成功する。涙声だった。
「もちろん、お見合いを邪魔していただきます。命の保障はできかねますが」
しろよ。
「そのぶん報酬のほうは弾ませていただきます。」
「あのな、いくら金積まれても俺にもプライドって奴が」
「はーい! 大十字さん、あなたみたいな最下層の人間のクズにはまずお目にかかれない額ですよ〜」
なんかナチュラルに激しく人を傷つけながらソーニャがアタッシュケースを開く。
…………………すいませんそのとおりでした。
しかし! 俺は金なんかになびいたりしないぞ!
俺は俺の矜持を、尊厳を守りぬく!
「引き受けましょう!」(0.2秒)
ぺこり。あれ? なんかコレもデジャヴ。
「汝という男は…」
アルの蔑みの視線を一身に受けつつ、俺は新たなる戦場へと旅立つ事となった。
そんな目で見るな。
さて、3日後の正午。ホテル・ニューアーカムの最上階レストラン。その片隅に俺たちはいた。
執事さんが見合いをする個室の隣の個室。
部屋の片隅にはモニターが置かれ、隣の様子が見えるようになっている。
俺はいざという時(?)のためマギウス化し、その上から女装していた。ヅラもいらないし。
「そろそろやな、おもしろくなったきたわ」
笑い事じゃないってチアキさん…。
「あ、来ましたよ〜」
先に会場に訪れたのは相手のほうだった。
はるか遠方からズシンズシン足音を立て猛烈な瘴気を撒き散らしながらやってくるレッドキングもどき。
可愛いドレスが実に不愉快♪ 伴っているのは父親か。こっちはまっとうに人間だ。
がたがた震える給仕に案内されるままテーブルに着く。アンティークの椅子がミシミシと音を立てた。
「……やっぱ帰る!!」
逃げようとする俺の首根っこをマコトさんに取り押さえられる。
「離せ! 頼む。離してくれ!!」
「たのむで九郎ちゃん。ほんまにキッツイのはウィンさまなんやから」
チアキさん、だから目ぇ笑ってるって。悪魔か? 悪魔なのか!?
「ウィンさま、お嬢様いらっしゃいました!」
執事さんと姫さんが並んで入ってきた。執事さんはなるべく上を見ないようにして歩を進めている。
そして着席。
通り一遍の挨拶が済み、いざ互いに自己紹介という段になった。
「カリグラータと申します。今後ともよろしくお願いしますね」
えーと、呪詛? い、いや、今のが声か!? というか名前にも微妙に違和感。いや、既視感?
「ウィンフィールドです。こちらこそよろs……ッ!!!!」
言いながら何とか顔を上げた執事さん。
……ファイティングポーズとってんだけど。
俺の肩の上でアルがプルプル震えて笑いをこらえている。
チアキさんに至っては転げまわっている。なんかだんだん執事さんが可愛そうになってきたな。
30分後。
「では、あとは若い二人で」
「そうですわね。ウィンフィールドしっかりおやりなさい」
去ってゆくレッドキングパパと姫さん。取り残された二人。
「…………えぇと、カリグラータ様」
「かりりんって呼・ん・で。ぽっ」
ビシッ。空気が凍る。
そんなことにはお構いなしにカリグラータはテーブルの料理を片っ端から手づかみで平らげながら話し続ける。
カタカタ震える執事さんのティーカップ。執事さん、こぼれてるこぼれてる…。そしてついに訪れる決定的瞬間。
「ウィンウィン♪て呼んでもいいかしら?きゃ」
ビシビシッ! とんでもないことをこの珍獣が言った瞬間、
その瞳に絶対零度の氷を宿らせウィンウィン、もとい執事さんが呟き、拳を握る。
「……秘技、即興拳舞(トッカータ)…」
「マズイ! みんな止めろ!!!」
「ウィンさまストップ!」
「いけません!」
みんなでばたばたと隣になだれ込んでゆく。
「きゃあ。何ですのあなた達!」
悲鳴を上げ、異常に敏捷な速度で10メートルほど飛びすさるカリグラータ。椅子が倒壊する。人間かホントに。
俺たちは俺たちで必死で執事さんを取り押さえる。何発か殴られた。死ねる。
「はぁ、はぁ……失礼。取り乱しまして」
たのむよほんと。
「で、何なの!? この人たちは!? ウィンウィン!」
………無表情なまま放心する執事さんをマコトさんが肘で小突く。
「く、クローディア! 君いったい何をしにここへ!」
多少強引ながら脚本スタート!
「ああ、うぃんふぃーるどさま。わたしというものがありながらなぜおみあいなどなさるのですか」
「…汝、才能ないな」
胸元に入れたアルが呆れ声で突っ込む。黙れ。
「いやですわ、うぃんふぃーるどさま。わたくしは『コンナ異次元生物!』にあなたをわたしたくありません」
微妙にアドリブを混ぜてみる。部分的に妙に滑舌良く地声で。後ろで吹き出すチアキさん。
「ななななな。なんですの!この無礼な女は!」
「申し訳ありませんカリグラータ様。すぐ下がらせますので」
そう言う執事さんをぐいと押しのけ前に出る。怖ぇよう。
「わたしとしょうぶなさい。 かったほうがうぃんふぃーるどさまとけこーんするのよー」
強気で健気な少女を装って啖呵を切る。
可憐な少女の勇ましい姿にレストラン中から巻き起こる歓声と拍手。見世物じゃねえって。
「ぬぬぬぬぬ。いいわ。望むところよ! 私の愛を見せてやるから!!」
望むなよ!!!!! 頼むから!
「いい!? 先にウィンウィンの唇を奪ったほうが勝ちよ!!」
「は………!?」
今なんて言いましたか?
予定外の展開に凍りつく一同。青ざめる執事さん。そりゃあそうだ。片や物体X、片やオトコだ。
「ちょ、それは」
「レディ、ゴーーーーーーーーーー!」
問答無用に掛け声一閃、執事さんに飛び掛かるカリグラータ。間一髪身をかわす執事さん。まるで闘牛のようだ。
俺は俺でその場を動くこともできず、目の前で繰り広げられるデスマッチを呆然と見つめていた。
「アル。どうしようか?」
「妾が知るか」
にべもない。メイドさん達の方に助けを求めるが、皆視線を合わせようとしない。
畜生、薄情者どもめ。
「ええい! よし、取り敢えず奴を捕らえる! 行くぞアル!!」
「この格好でキメられてもな…」
アトラック・ナチャ!
魔力で編まれた光糸がカリグラータに絡みつき捕縛する。獣のうなり声を上げて暴れるカリグラータ。
ふふふ勝ったな。
「どうかしら? あなたにこんなマネができて? 完璧なる淑女は魔術のひとつふたつ使えるモノよ!」
ドレスを翻し、ビシ!と指を突きつけて勝ち誇る俺。またも拍手喝采。どーも、どーも。
「だんだんノッてきたな、汝」
うるさい。
「うぬぬぬぬ〜。ま、魔術がなんぼのもんじゃい!」
叫んで両手で網を掴むカリグラータ。光糸がみしみしとたわみ始める。
おいおい、まさか力業でなんとかしようってんじゃ……ばつん!!!
げげ!コイツ、素手でアトラック・ナチャを引き千切りやがった!
「馬鹿な! 汝っ、手を抜いておらぬだろうな!!」
流石のアルも驚きを隠せないようだ。冗談じゃねえ。人間業じゃない!!
カリグラータは俺をこそ真の敵と認識したらしく、折れたテーブルの脚を片手に飛びかかってくる。
完全に意表を突かれた。まずい、かわせない!
「くっ!」
腹部に激しい衝撃を受け吹き飛ぶ俺。
「だいじゅ…クローディア!」
執事さんが駆け寄ってくる。カリグラータが繰り出してくる攻撃をボクシングのパーリングの要領で全て捌く。流石!
「なぜ邪魔するのウィンウィン!」
「なぜっていわれましても…」
そりゃな、俺がやられたら後がないし。必死にもなろうというものだ。
「申し訳ありません。私は、私はクローディアを…愛し…ている…のです」
そっぽ向きながら告白する執事さん。
うわあ、すげえイヤそう。ていうか俺もイヤだ。その間もその手は神速の攻防を展開している。
「認めない!認めないわよ!」
半狂乱になりエスカレートする攻撃。捌ききれなくなった執事さんは俺を抱えて横っ飛びに攻撃圏内から離脱する。
しかしこのレッドキング、執事さん相手にコレとは…アンチクロスばりに強いんじゃないのか? 正直底が知れない。
カリグラータは今一度こちらへにじり寄ってくる。何というか、絶体絶命。
「どうするよ、執事さん」
小声で作戦会議を展開。時間はない。早急に対策を練らねばならない。
執事さんは彼には珍しく苦渋の表情を浮かべ、油汗を流している。そして再びカリグラータが間合いに入ってくる!
くそ! こうなったらやるしかない。殺る!! 殺ってやる!! 思い描く召喚術式。バルザイの……
「……大十字様…失礼します」
「はい? 〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
その場の全てが時を止めた。俺は真っ白になった頭の中で考えていた。きっとこれは夢さ。あはははは…
「ななななな」
「うわ、え、えぇ〜!?」
「……すごい」
メイド娘達の驚愕の声が聞こえた。そうか、すごいことになっているのか…。
レストラン中からも喝采の声が聞こえる。そりゃあそうだろう。傍目にはきっとこう見えるはずだ。
……怪物を前に最後の口づけをかわす美男美女。しかもかなり濃厚な。
実体は男同士の濃厚なキスシーンなのだが。
「…………」
「…………」
「………んっ、んんっ!?」
ちょ、ちょっと! 上手いんですけど! 待て!待て待て待て! お願いもうやめて!! あっああああっっっっ。
しばらくして執事さんが俺を解放する。ぐったり…。なんだか涙が溢れてきた。首くくりたい。
「これで、クローディアの勝ちですね、カリグラータ様」
なるほど、そうですか、そういうことですか。でも、でもここまでやらなくてもいいじゃないか。あ、また涙が。
カリグラータはショックを受けたのかじりじりと後退していく。
「……そう、あなた達はそんなにも強く結ばれていたのね。初めから入り込む隙間なんてなかったのね!」
隙間がないのは確かだが前半は激しく否定したい。
「さよならウィンウィン! あの夜のことは忘れないわ!」
どの夜だ。初対面だろうに。くるっと踵を返し窓に向かってドスドスと疾走するカリグラータ。
「おい! まさか!」
ここは高層ホテルの最上階だ。あのまま窓に突っ込めば間違いなく簡単に死ねる。
激しい音を立てガラスが割れ、突風がなだれ込み。カリグラータの姿が消えた。
「冗談だろ!! フラれたくらいで自殺かよ!!」
みな慌てて窓に駆け寄る。そして見た。
すごい勢いでホテルの外壁を軽やかに『駆け下りて』いくカリグラータを。
………
…
「何はともあれ、ありがとうございました、大十字様。」
「いいもん見させてもろたわ、九郎ちゃん」
「どっきどきでしたねぇ〜」
「だめ、大十字様じゃ、可愛くない…」
なぜか頬を赤らめながら好き勝手言い残して、執事さん達は報酬を置いて帰っていった。
あの後、姫さんには相当叱られたようだが、危機を回避した執事さんは実に晴れ晴れとした顔をしていた。
しかし、なんつーか普通の怪奇現象とかドクターウェストの方がまだマシだったな。
凄い消耗した、精神的に。
「さてと、アル。金も入ったし飯でも…って何怒ってんだ?」
振り返るとアルが眉間にしわを寄せ、拳を握りしめて立っていた。
「で? 妾以外の人間と接吻した感想はいかなものかな九郎?」
何を言っているのか一瞬思考が追いつかなかった。
「……ちょ、ちょっと待て。相手は男だし! それに仕方ないだろあの状況じゃ」
「黙れ。やたらと絵になっていて何となくムカついたのだ! 汝を吹き飛ばしておかねば気が済まん!!」
そしていつもの、おなじみの、慣れ親しんだ激痛が俺を襲った。
天国の父さん、母さん、世の中はとっても理不尽です。