『ノーストリリア』もしくは『棺』

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―だれが千年のしあわせな夢をおしはかれるだろう――旅と、狩りと、ピクニック、
忘れられた人気のない都市の訪問、美しい眺めと不思議な場所の発見を。
そして愛と、わかちあいと、そして、ふたつの別個の、はっきりした、それでいて
完全な調和をたもった人格からこだましあう、あらゆるすばらしいすてきなもののひびきを。
  (ハヤカワSF ノーストリリア より)

「……これ、使いますか」
人の苦手な俺がこんなこと言うなんて、今思い出しても小恥ずかしくなってくる。
雨の秋葉原。表通りは大混雑でも、一本裏に入れば結構人もまばらになり…その分雨宿りするところも
ほとんどないわけで。
上は確か、同人誌ショップとパーツ屋が入ってる雑居ビル。
あいにくその日は定休で…なんだよ、俺は秋葉原に住んでるわけじゃないんだぜ…いやまあ
開いてたら多分掘り出し物がないかと入ったに違いないがね。
その雑居ビルの入り口…すぐ階段がある小さなホールにいて、自販機の缶コーヒーを買おうか買うまいか
少し悩んでるとこだった。この夏はほら、結構雨が多くて寒かったろ。その日もそんな天気だったのさ。

彼は小走りに駆けてくると手前の水溜りを軽く飛んでホールに着地した。音はしなかった。
ちょっと変わった格好だったよ。ほら駅前で南米音楽やってる連中いるだろ。あんなカンジの。
…そうそう、ポンチョ。いや、落ち着いた色合いだった。すごく自然に着こなしてたな。
ん? ああ、しばらくポンチョ探してたのはそのせいさ。なんだよ。笑うなって。
入ってきたとき、さほど気にはしなかったんだ。いるだろ、秋葉原。変なカッコのヤツなんてさ。
そいつは…うん、違ってた。他に表現しようがないのがアレだな。
こう、空気っつーかオーラっつーか。オーラってほど押しが強いイメージもなくて、なんだろな、
やっぱ空気だな。雰囲気の一歩手前。切れた蛍光灯の下で、自販機の照明がソイツを照らしてたわけだ。
あれね、昼間だったら気が付かなかったよ。ホントフツーのヤツなんだ。
髪の毛黒で背は低めのニホンジン。ニポーンジーン。高校生くらいでさ。特徴レス。
おまえが明日すれ違っても気が付かないね。

いやさ、なんだろな。すんげー濡れてたのよ。そいつの頭。前髪目にかかっちゃっててさ、
エロゲの主人公みたいになってんの。で、こう、ぐっ…と濡れた髪かき上げたらさ。
目が。
あっちゃったわけ。俺と。

そんでな。
笑ったのさ。なんつーの?にこっ?ふわっ?いやー、そうさな、赤ん坊が笑ったカンジ。
びしょぬれなんだぜ?無表情かつ微妙に不機嫌にならねーか普通。ま、そのときはそんなこと
考える暇もなかった。そいつ開口一番、
「いい天気ですね」
( ゚д゚)ポカーンですよアンタ。いやもう、ソイツは本気だった。マジデ。…ちがうちがう、
キチガイとかじゃなかった。いやその。目がさ。すんげー賢そうだったのよ。
象とかクジラとか。ああいう目。でも頭びしょぬれ。
ああ、こいつと話してみたいな…と思ったの。でまあ、バッグからタオル出して、「これ使いますか」って
聞いたわけだ。
ん? ああ、「ありがとう」って受け取って頭を拭いた。いい声だった。そしたらなんか恥ずかしくなって
きたワケよ。タオル、コミケ逝けなかったからバッグに入れっぱなしだったわけだしな。
「助かりました。洗って返しましょうか」
「いや、いいから。使ってて。まだアンタ濡れてるし、ヤスモンだから捨てても構わないし」
「すみません」
これまた嬉しそうなのよ。いやあれは好意を向けられたことへのヨロコビっつーか。
したらこっちも冷たくするいわれはないだろ。ちょっと間があってからさ。俺から切り出したわけ。
「買い物?」
「いえ、妹が働いているので迎えに」
よく見ると結構整った顔してるんだ。このオトコの妹なら美人だろな、と漠然と思った。
え? いやほら、所詮3次元だし。まあそのときはそう思った。
そのときは。

「止みそうにないな」
「困りましたね」
アンタさっきいい天気だって言ったじゃん…というのが顔に出たらしいわ。迎えに来たのに傘がないんじゃ
しまらないですよね、って肩をすくめて笑ったっけ。俺も、そうだなって同意した。
「もうすぐ来るのかい」
「いえ、あと一時間は先ですね」
一時間程度ならショップめぐりで時間潰せるのにな。で、聞いたの。
「秋葉原ははじめて?」
そしたらなんつったと思う?

「6億年ぶりですね」
・・・・わかってる、わかってるって。デンパか妄想癖か虚言症か、そんな言葉が脳裏をかすめたよ俺だって。
でもなあ。そいつのその目、本当に懐かしそうでさ。ちょっと話を合わせてやるのもまあいいか、と
思ったわけ。
「おお、随分久しぶり?でどう、変わった?」
ソイツ、ぎょっとした顔をしてから、しばらく俺の顔を見ていた。俺はニヤニヤしてたにちがいない。
ソイツも、俺は話を最後まで聞くと思ったんだろな。信じないにしてもさ。
「変わりましたね。まだ秋葉タワーもないしPDA内蔵ペットロボットも発売されてない。でも、
 まちがいなくここも秋葉原ですよ」
で、ここで『ははん』と思った。そういう遊びなんだ、と。こいつはタイムトラベラーかなんかの
演技をする。俺はソレを拝聴する。誤謬があったら突っ込み、相手はそれをフォローするホラを吹く。
20分くらい潰せるな、と思った。第一、俺も暇だったし、なにしろソイツと話を続けるのは
悪い気分じゃなかった。さっき言ったろ、雰囲気がさ、違うのよソイツ。
俺の知ってるどんなやつとも違う。とにかく、もうすこしコイツと話をしてみたいと本気で思ったんだ。

「・・・・で、どうだったのさこのへん。6億年前は?」
「このへん、というか。温暖化で一遍地球全体が砂漠化しちゃいまして。
 まあ地道に二酸化炭素を減らすしかないかな、と」
信じます?って顔をヤツはした。
俺はしたり顔でうなずいた。
俺たちは共犯者の笑みを浮かべていたに違いない。

「そんで、どうした」
「まだ海が半分くらい残ってたので。藻類を一生懸命増やしました。けっこうかかりましたね」
「そりゃずいぶんかかっただろうさ。じゃああれか、宇宙船でそらからパパッと?」
「そういうテクノロジも失われてしまって」
なんか泣きそうに見えたんであわてて話を続けた。
ああ、慌てた時点で少し信じてたかもしれない。
あるいは、キチガイの感情を刺激するとまずい、と思ったのかもしれないが、
とにかく俺はそのときは『会話を続ける』ほうをえらんだのさ。

「じゃ、人力?ひとりで?ご苦労様だな」
「妹もいましたから」
「妹さんも長生きなのね」
「僕よりも高性能ですからね」
はっはーん。そういう『設定』か。だんだん俺も調子に乗ってきた。

「メンテナンスフリー?」
「設計レベルで」
「頭のいいヤツだったんだな」
「ええ、素敵な女性でした」
女科学者萌え〜。きっと知的な白衣のショートカット理系美女(背高い)に違いない、と俺は思った。
ポニテぇ? いや、ショートカットだ。これは譲れん。

「そんじゃあれか、藻類が繁殖するまでは処理落ちさせて半冬眠状態?」
「・・・・すごいですね、そうです。最後のころには二人とも裸で作業してましたよ」
「あー、実時間で何万年もかかっちゃなあ、服だってぼろぼろになるよなー。
 体感時間は結構短めにしたのかい?」
「僕ら、気は長いんで。最初の頃はわりにこまめに面倒見てましたが、
 一遍繁殖すると植物ってのはすごいですね。
 ・・・・お茶の木がまた発生した時は嬉しかったなあ」
「紅茶、好きなんだ」
「はい。妹のほうが詳しいんですけどね」

「動物のほうは?3億年くらい前なら陸上生物も出てきたはずだけど?」
「人間が現われるまではもうほったらかしでした」
「いいかげんな神様だな(笑)」
「手を加え続けないと滅びる環境なら、いずれ滅びますよ。安定したから手を加えなかったんです」
なるほど、一理あった。
「じゃ火や車輪や文字を人類に用意した?」
「人口も増えてたし、原始人だし言葉は通じないし・・・・なかなか大変でした」
大真面目な顔だった。おれはつい笑ってしまった。

「兄さん」
・・・・あのね。あの時の俺の驚きをどう表現したらいいかな。
美人です。別嬪さんがきました。それがこう、傘をたたみながら「にいさん」ですよアナタ。
銀灰色の髪の毛の、ばん!キュッ!ぼん!てぇ女の子が、こっちみて笑うんですよ!
「・・・・こちらは?」
―親切な人でね、タオルを貸してくれたよ。
―まあ。
―遥香も濡れてるじゃないか。妹にもタオル、使わせていただいていいですか。
半分聞き流し状態。いやー、いるところにはいるんだね美少女。俺ね、3次元でハァハァ(;´Д`)したの
久しぶりだったよ。
「タオル、お借りしていいですか?」
「ドウゾドウゾ」
お兄さんと呼ばせてください、とか思ったけど言えないの。
やっぱオタはダメだな。ほんと俺ってダメ人間。
誰か助けてください。
「ありがとうございます」
言わなくてよかった、と心底思ったね。白くて細い指で、こう、頬を拭く様はひじょーに・・・・
あ?見てないから熱く語られても困る?まあそういうな、もうすぐオチだから。

「よかったら、この傘使ってください」
「え?」
「私たち、こちらのタオルをお借りしますから」
あー、顔拭いたものオタに返すのいやなんかー、と思った。俺の予想は外れたよ。

「私たちの話を聞いてくださった方のものを、記念に戴きたいんです」
うれしそーに笑いながらその娘がそういうわけ。そりゃほらヤスモノだし?いいよ、もってきな、って
言った。え? いつ妹と兄貴はその話をしたのかって?・・・・あれ?いつだろ。
いやまあとにかく、その娘が言ったのはそういう内容の台詞で、それは間違いない。
「記念に」って。一も二もなくうなずいた。ほら、美人には逆らえないじゃん?ダメ?
「どうぞ」って彼女が手渡してくれたのがそこにあるビニール傘。

「それじゃあ」
っていうと二人は小雨になった秋葉原の雑踏に手をつないで消えてった。
いまでも惜しいな、って思うのはな。
最後に聞こえた二人の会話の断片がな。

―バイト、今日までだっけ。面白かった?
―メイド喫茶って言うんですよ、兄さん。ふりふりしたエプロンドレスを着たんです・・・・

いきり立つな!怒るな!俺だって行きたかった!ああ!俺だって見てみたかったさ!

 〜了〜

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