『順列都市』もしくは『仮想空間計画』

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「今日のお題は量子コンピュータだお」
「漁師こんぴゅーた?」
「うおー、おばかがいるお。きゅーたろくらいおばかならいつなんどきでも
 『じょおーさまははだか』だとカンパできるのだお。ぴーぴんぐとむだお。
 日本語でいうとデバガメだお〜」
誰が出歯の亀太郎かっ。
「そういえばきゅーたろはねこのシャワーを覗いた前科があるのだお」
「今度べるののシャワーも覗いてやるよ」
「なっ…!?」
べるのが目を白黒させる。いや白蒼か。白い頬も真っ赤になって、
ああ、可愛いなーと素で思ってる自分が怖い。俺、もう戻れないんだな(遠い目)
「なんなら一緒に風呂に入ってもいい」
「……!!!」
もはや耳まで真っ赤なべるのが、絶句したままダッシュだだっこパンチ(大)で飛び込んでくる。
あああ、可愛いなーお風呂でなにされるか想像したに違いないなーはっはっはおませさんめ
ってゆーかこんな小さい娘に手をつけたのは他ならぬ俺なわけで。
「ば、ばかばかばかきゅーたろっ!なにをニヤニヤしてるのだお!
 そっこくそのすけべーな妄想をチューダンするお!損害とばいしょーを要求するお!」

「ねえ、和樹。結局、生命電子化計画ってどのくらいの再現性があったの?
 ・・・・ホロディスプレイの中にしか存在できないなら、それってただのAIじゃないのかなあ」
彼女の質問に"深佳クラスタ"が反応する。彼女との会話は知的刺激に満ちていて情報価値が高い、
いや、とても『楽しい』。この楽しさを分かち合えるHIKARIも遥香も、
分かち合えたかもしれないオシリスももういない。
・・・・深佳さんはベットでごろごろするのをやめて、僕の返事を待っている。
僕は読んでいた本を机に置き、椅子を回して深佳さんに向き直った。
適切かつ深佳さんの予想外の回答を推論。演算中・・・・
「ううん、そうだね。僕の知ってる範囲で言うなら、実物と変わらないよ」
「えーっ?!それ、ヘンだよ和樹!だって結局全部コンピュータの計算の結果なんでしょ?
 ホロディスプレイの中から、現実にアクセスしたりできないじゃん!
 それとも、あれ?ペットロボットとかアンドロイドを介して現実と触れ合えるってこと?」
"若佳菜クラスタ"が彼女の専門分野の話題に興味を示した。"ワールドクラスタ"が
IZUMO側のリソースが不足気味であることを警告する。"若佳菜クラスタ"が沈静化する。
・・・・若佳菜先生なら上手に説明できるんだけど、ここは僕の説明で我慢してもらわなきゃいけないようだ。
「たとえばさ。仮に、深佳さんが生命電子化計画の責任者だとして、どこまで再現したら
 電子情報を生命として学会発表するかな?」
「え、ええっ?!パ、パスパスっ!!ソフトウェアは若ネェの専門だよっ!
 うかつなこと言ったらあとで笑われちゃうよ!」
深佳さんは飛び上がって手を振り回す。強い『否定』と『狼狽』の仕草だ。
"擬態クラスタ"が僕の表情を『微笑み』に変化させる。
「あっあっ、和樹までそんな顔でボクのこと笑うー!もう!」

「そもそも量子コンピュータは量子論を前提にしたキカイなのだお」
「ぐー」
「寝るなだおー!きゅーたろにもわかりやすくせつめいするからそこにナオレだお」
べり。
「あばばっ、ムゴンでつけひげを剥ぐなだお!ちょこっとウブ毛が抜けて痛かったのだお!」
べるのの目の端に小さく涙が浮いている。し、嗜虐心がそそられるっ…!
「つぎにおまえは『ざわっ…!』って言うお」
「『ざわっ…!』 …ハッ!」
「うっぷっぷー、引っかかったお」
「いや、小ネタはいいから」
「さて、今日のSF講座は量子コンピュータだお。
 量子コンピュータとはなにか?受講生、こたえるお」
「うお、切り替え速い。えーと、漁師の使うコンピュータ?」
「む、まだそのネタを引くのかお。無視して続けるのはあまりにもツライお。
 とはいえこれ以上ネタにつっこむといつまでも授業がすすまないお。なやむ〜」
「すまん、続けてくれ」
「さいしょっからそういえばいいのだお。えへん、量子コンピュータとはなにか?
 それは漁師を使うコンピュータなのだお」
「漁師?」
「…きゅ、きゅーたろに釣られたお!クツジョクだお!」
「漁師だけに、釣りがうまい」
「しかも笑点なみのオチまで言われてしまったぉ。ダツリョクだお〜」
「すまん、続けてくれ」
「なんでこんなオトコを好きになってしまったのだろーかだお。どこかでなにかを
 まちがえたのだろーかだお〜」

ちゅっ。

「…悪かったよ」
「…えへへ。仕方ない、講義を続けてやるのだお」
べるのは、今俺がキスした頬に手を当てたまま、地面にぐりぐりとなにやら書き始めた。

「自己複製。外界に対する自己保存反応。恒常性と不可逆な破壊状態・・・・つまり
 生と死の区別が客観的に認められること・・・くらいかなあ」
深佳さんの知的水準は同年代の平均値をはるかに上回る、と"深佳クラスタ"が
結論付ける。もちろん、深佳さんの才能に加えて、一方ならぬ努力があることを
僕も若佳菜先生も知っている。二人のお父さん、雷蔵さんもだ。
たぶん、お母さんの栞さんも、最期の瞬間には、きっと。
「それを奈都美さんに説明するとしたら?」
「キミ、時々失礼だよね。
 えーっと・・・・子供をつくること、と、命を守ること。それから・・・・
 死ぬのと生きるのは違う状態だってわかること、でどう?」
「さすが深佳さん。いま自分であげた3つの条件に共通していて、
 独立AIにはないもの、なんだかわかる?」
「む。和樹らしくないなあ。なんだか若ネェみたいだぞっ」
"ワールドクラスタ"が"状況認識クラスタ"に警告。
"危機状況クラスタ"が"深佳クラスタ"と"若佳菜クラスタ"の
並立処理が危険域に近づいていることを報告。IZUMOが処理速度を引き下げる。
僕の無機頭脳も足並みをそろえて低速・並列処理に参加する。
「・・・・そう?長いこと一緒にいるからしゃべりかたが似てきたかも」
「あははっ、たしかにそうかも」

「では量子とはなにか?きゅーたろ、こたえるお」
「うえ?えー、素粒子とかそういうのだろ?」
「おおむねおっけーだお。量子とは、ふつーの物理法則が適用できないくらい
 ちーさいものぜんぶを指すのだお。分子も原子も電子も光子も素粒子も量子なのだお」
俺のひざの上のちーさいのがなにかえらそうに胸を張る。
「そんで、quantum…量子は量子力学にしたがってうごいているお」
べるのの右手が砂の上にくりくりと方程式を書いていく。
「しゅれでぃんがー方程式…んーと、量子力学によると、
 量子は『観測されてはじめて確定する』のだお」
詳しく説明するのはあきらめたらしい。賢い選択だ。
「それで?」

「んー…たとえば、シャワールームにだれかいるとするお」
「うん」
「きゅーたろならだれがシャワーをあびてるか、どうやってカクニンするお?」
「声をかけるなあ」
のぞくとは言えないだろ。
「返事がなかったら?」
「中を見る」
きっぱり。
「……。そしたら、どすげえパンチがきゅーたろをらびらびのそとまでふっとばすお」
「んー、じゃあねこだな」
あれは効いた。人生で2番目にすげえパンチだった。
「…で、ふらふらのきゅーたろがシャワールームにいくとそこにはもうだれもいないお」
「いかにもありそうな話だな」
「そのとき、ねこがどこにいるか、きゅーたろわかるかお?」
「怒ってどっかいっちゃった…んだんだろうな。いや、わからん」
話の流れが読めない。への字眉になったらしい俺に、べるのがにぱっと微笑んだ。
「量子のふるまい、というのはそんなかんじなんだお。
 『そのへん』にいるらしい、ってわかるときは『だれ』だかよくわかんなくて、
 『だれ』だかはっきりしたときにはもう『そこ』にはいないんだお」
「…?ねこだったんだから、中を見る前からそこにいるのはねこだろ?」
「あうー、これはもののタトエだお。まくろな世界ではきゅーたろのいうとーりなのだおが、
 みくろの世界…量子の世界では、中をのぞかない限り、それがねこかおたまかくじらかは
 ぜったいに確定しないのだお。量子の世界はふしぎなのだお。そこんとこ、わかるかお?」
「よくわからんが、わかった」
どうやらそう答えないと話が進まないらしい。
「うひひ。では第2講にすすむお♪」

「共通点なんかあるかな?和樹、デタラメ言ってない?」
「じゃあ、いまの3つの定義を満たすロボットと、只のAI搭載ロボットを比べてみて」
「えっと、より高度なロボットを作るロボット、危険から身を守るロボット、
 ある程度は修理できるけど壊れたら元に戻らないロボット。あれ、ヘンなの。
 なんかホントの生き物みたい」
・・・・僕はその3つの定義を満たせるだろうか。
"状況認識クラスタ"が"ワールドクラスタ"とリンクし、即座に回答を返す。
『リソース不足』。IZUMOと僕の無機頭脳だけでは、僕たち3人の人格を
再現するのが限界だ。・・・・僕は、今、ロボットでさえない。
「・・・・和樹?どっかイタイの?」
「・・・・あ、ううん、ごめん」
深佳さんを不安にさせてはいけない。
「どう?共通点、気がついた?」
「えっーと・・・・」
"危機状況クラスタ"がこの命題に含まれる重大な危険性を警告してくる。
深佳さんが自分の置かれている立場に気がつく可能性が上昇している。
「あ、わかった!『ひとりじゃない』んだ!自分と違うものをつくるちから、
 自分以外のなにかからの攻撃、生きてる死んでるを観察してる第三者!
 キーワードは『外界』だねっ!」
"ワールドクラスタ"から警告。警告。警告。警告。警告。警告。警告。
『部屋』を維持する上で危険な概念が発生。現時点より2615nsの演算を破棄し
再計算するよう推奨。
しかし、"行動選択クラスタ"は警告を無視した。
「あたり。さすが深佳さん」
「・・・・ん?じゃあ、生命電子化って」
「そう、ある生命が関わる『外界』、つまり環境全部をシミュレートしなきゃいけないんだ」
「無理だよっ!!」
深佳さんが飛び上がって叫ぶ。
「いったいどんなコンピュータがそんな複雑系を計算するのさ!」

「ふつーのコンピュータが計算をするとき、一番苦手なのはなにかわかるかお?」
「…?コンピュータが一番得意なのが計算だろ?」
「コンピュータは計算しかできないお。そのコンピュータが一番苦手な計算を聞いてるんだお〜」
「まてまて、聞いた事があるぞ。…ビジネスマン問題、だっけ?」
「おしい。巡回セールスマン問題というお。簡単にいうと、8つの宅配先があるとき、
 どの家から回れば一番効率がいいか、コンピュータにはわからないのだお」
「おいおい、そんなの俺でもわかるぞ」
「そこがきゅーたろの仕事をコンピュータやロボットが取っちゃわない理由だお。
 コンピュータはこういう問題に『総当り』でしか回答を見つけられないお。
 8つの家の経路をじゅんばんにくみあわせて、全部をくらべて、
 ようやく正解にたどりつくのだお。ちなみに8軒で40,320通りあるお。
 もし32軒あったら、えっと…一秒間に一兆回計算しても261兆年かかる計算だお」
261兆年。たしか宇宙の歴史が160億年くらいじゃなかったか?
「ミロクボサツが46,030回は降臨できるお」
「すげえな」
俺は素直に驚いた。べるの、おまえ頭良かったんだな。

「うっぷっぷ、スゴイのはここからだお。きーておどろきみてぎょーてん、
 えんりょせずべるのをほめたたえるといいお。
 さてきゅーたろ、量子のトクセイを覚えてるかお?」
「さあ、もっと深く潜るよマクノウチくん」
「だれがウミンチュのはなしをしてるのかおー。えいえいえい」
「えっと、『観測するまで確定しない』だっけ」
「そのとおりだおー。観測するまでは量子はどんな状態であってもいいのだお。
 そして、逆に言うと観測することで量子の状態をカクテイさせて解を得ることができるのだお。
 『だれ』だかはっきりしない状態のままシャワールームをのぞけば、
 『そこ』にねこを見てパンチをもらうことができるのだお」
「ごめん、よくわからなくなってきた。パンチをもらうなら直接ねこに頼んだらどうなんだ?」
「それが旧式のアサハカサだお。
 ふつーのコンピュータのやりかたは『らびらびのひとりずつに頼んでだれかからねこレベルのぱんちをもらう』で、
 量子コンピュータのバヤイは『シャワールームをあけてねこのパンチをくらう』なのだお」
「シャワールーム、ひとつしかないじゃん」
「シャワールームいっこが量子いっこ、qubitつまり1量子ビットに相当するお。
 この問題ならシャワールームが5こあれば、いっぺんに全部のぞいていっぱつでパンチがもらえるお」
あたまがぐらぐらしてきた。もしぜんぶのシャワールームからねこが不機嫌な顔をして出てきたら、
俺は一体どうすりゃいいんだ?

「だから」
僕は言葉をつないだ。ここからは慎重に説明する必要がある。
「生命の電子化計画は普通のコンピュータじゃかなりの無理があったんだ。
 まず対象の生命体をできるだけ詳細にかつ短時間で核磁気走査する」
「病院のでっかいスキャナーだね!見たことあるよ!ええと・・・・
 どこで見たんだっけ・・・・」
警告。警告。警告。警告。
「するとどのくらいの精度で生命体の『コピー』がつくれると思う?」
「えーっと・・・・人体模型・・・・すっごい精密なの」
「分子レベルで、ね」
「ええええええっ?!」
僕は『微笑』んだ。
「分子レベルでの『コピー』だからコンピュータの上で分子の動きを『シミュレート』することも可能でしょ?」
「でもそれ、すっごい遅いよね?」
「時間はかかるよね。でも、『コピー』には関係ない」
胸の前で両手をゆっくりと広げてみせる。
「コピーにとっては自分の尺度でしか時間を感じないから。それに」
ぐるっと手であたりを示す。エアコンの風に揺れるテーブルヤシ。柔らかな室内灯。
テーブルでかすかに汗を浮かべるアイスティ。氷が、軽やかな音をたててストローを回す。
「そっか、生命には環境が必要だもんね」
「そのとおりだよ、深佳さん。仮に僕のコピーを作る。それを再生する。
 すると、コピーは何も見えないし感じない。
 周りに何も『ない』から」
「・・・・でも・・・・」
深佳さんが不安そうに周りを見渡す。
"深佳クラスタ"が彼女の不安を推測する。
壁の表面だけが『再現』された部屋。ドアの向こうは虚無の空間。
自分の瞳から垣間見る世界はすべてバーチャルな紛い物。
自分自身を構成するすべてを含めて。
電脳の、夢。

「なあに、和樹君。深佳にもその話をしたの?」
「・・・! 若ネェ!やだもう、おどかさないでよー」
ドアの音に一瞬身をすくませた深佳さんが、照れ隠しのようにクッションを抱きしめる。
クッションの再現性を増加。ドアの閉鎖とともにリビングの再生を中断。
「若ネェ、和樹ったらひどいんだよー」
「あらあら」

いたずらした子供を見つけた先生の視線で僕をにらむ若佳菜さんと、
からかわれたことにちょっぴり怒ってる深佳さんに、
僕は小さく微笑み返した。
"ワールドクラスタ"が寝室以外の再生を中断中であると報告してくる。
・・・・いま、僕たちの『世界』はこの『部屋』以外、存在しない、ということだ。

「ジツヨウテキな量子コンピュータは数万量子ビットを必要とするのだおが、
 ゲンジツに開発されてる量子コンピュータは数量子ビットしかないのだお」
だが、べるのの顔は『にまにま』しっぱなしだ。
「ふふん?」
「あ、お見通しなふうなそのヨユーの笑顔はなんなのだお」
「なにやら抜け道をみつけたんだろ」
「…う、驚いてもらえないのはちょっとつまらないかもだお」
「まあまあ、驚くかもしれないぜ?」
こないだの『花園』で十分にびっくりしたからな。ちょっとは大人の余裕をみせてやらねば。
「うー、じゃあこれつけるお」
でっかいヘルメットがべるののボストンバッグから出てきた。コードはボストンバッグの中へと伸びている。
「…これ、なんだ?」
「うっぷっぷ、つけてみてのおたのしみだお。あ、つけたらあおむけになるお」
ヘルメットは、首筋までカバーするプロテクタが海老の尻尾のように伸びている。
「しっぽはシャツの中に入れてせぼねにくっつけるお」
「外が見えないぜ」
「いまスイッチをいれるお〜♪」


 * * *
唐突に、俺の部屋、だった。西日の入る六畳間。タバコのにおいがかすかに残る部屋。
「あれえ?…夢?」
『夢じゃないおー』
テレビが勝手について、画面の中でべるのが笑った。
『べるの式量子コンピュータが作った仮想空間にようこそだお。
 ありーとあらゆる状況に対応できるじゅーなんせいをそなえたVR世界だお!
 今までのコンピュータではこんなぼーだいなシムはコントロールできなかったんだお!』
目を、しばたかせる。ははん。
「ビデオ端子にカメラをつないだな?無線で別の部屋から映像を流す。
 海岸からここまでは誰かに運ばせた」
自分の頬をつねる。
「ほら、痛い」
『うおー、夢でもゴマカシでもないおー。そのヘルメットはCLCから借りてきた
 神経直接刺激型視覚/聴覚/感触再現装置なんだおー』
「はっはっは、4月馬鹿にはちょっと遅いぞ、べるの」
『ゲンジツに開発された数量子ビットの量子コンピュータも、
 量子コンピュータが開発されはじめた100,000のへいこーせかいの数量子ビットを
 ぜんぶあわせて並列処理させれば、数十万量子ビットの大型量子コンピュータの
 できあがりだお!それぞれは別のせかいにあるんだから
 デコヒーレンス問題もばっちりカイケツだお!』
「わかったわかった。今日は休みを取ってデートに行こう。
 こういういたずらもたまにはいいけど、今回のはイマイチだったな」
言いながら靴を履き、ドアを開ける。

……階段が、なかった。
『うおー、部屋の外はまだシムを作ってないのだお。
 はづかしいからあんまりみないでほしいのだお』

「べるの」
『なんだお?』
「外はまだ、作ってない、と言ったな?」
俺の隣の空間にべるのの顔が映ったウインドウが出現する。
『まだだお。ちょーまっくらに見えるはずだお?』
「じゃ、あれはなんだ」

数メートルの闇の向こうに。
ぽつんと。
見慣れない、ドアがあった。

「バグか?」
『う、うお?そ、そんなはずはないお。シムは完璧だお。
 いずれNPCもつくってやろーとは考えてたおも、
 用意してたのはれいぞーこのケーキと花瓶の花束だけだおな』
「平行世界の量子コンピュータのメモリ空間を拝借した、と言ったな?」
『ちょこっと借りたんだお。観測してるのはべるのだから、
 そのせかいの量子コンピュータには影響ないお』
「なんでもいいや。その平行世界のどれかで、量子コンピュータを使って
 同じような仮想空間を走らせてる可能性は?」
『うううう?いや、可能性はあるおなが、正直確率的にはどうかと
 いわれるとちょーっと自信ないおー』
花、と、ケーキ。出来すぎの感はある。しかし。
 フ ァ ー ス ト コ ン タ ク ト
「はじめてのおつきあい、かもな」
花束を新聞紙で包む。冷蔵庫のケーキは…うむ、箱に入ったままだ。そっと取り出す。
この重さまで仮想現実なのか?
『ど、どうするお??』
「そりゃ…御近所には挨拶しなきゃ、な」
『な、なぬおー?!』

突然。
"ワールドクラスタ"がメモリ空間の拡大を報告してきた。
"ワールドクラスタ"がIZUMOの処理速度がほぼ無制限に上昇したことを報告してきた。
"ワールドクラスタ"はその命題に従い、自らの持つ世界情報をメモリ空間に広げ始めた。
「?!」
「どうしたの、和樹君?」
「・・・・だれか、来ます」
玄関を、誰かが、ノックしていた。
数百日の間、存在することのなかったドアを。
『えー、こんちわー。だれかいませんかー』
「あれ、和樹、なんで泣いてるの?」
『うお、でっけぇ家。あっちに生えたのは…秋葉タワー?じゃあれか、中の人も日本人だな?
 こんちわー。近所に越してきたもんですがー』
"ワールドクラスタ"が情報を拡散させていくにつれ、僕が把握できる情報野が
現実のそれに近似してゆく。
「なんでも、ないんです。ただ、うれしくて・・・・」
ここに、あなたがいることが、うれしくて。
あなたという情報をあのときに揮発させなかったことが、うれしくて。
真実を知ったあなたがたが、無断であなたたちのコピーを作った僕を許してくれなかったとしても。
こんな狭い檻でなく、広大な新世界があらわれたから。

「大丈夫よ、和樹君。あなたのしてくれたことは間違いじゃない」
「・・・・!」
「たしかに、コピーであることには戸惑ったけど・・・・でも、それは、
 私とあなたが同じものになった、ってことよね?」
「は、はい」
若佳菜さんはすこし頬を赤らめて、僕の耳元に唇をよせ、ささやいた。
「それじゃあ・・・・わたしたちは、子供もつくれるのかしら?」
"擬態クラスタ"と"情報管理クラスタ"は『可能』と回答を返した。
・・・・僕の顔が、真っ赤になった。


蛇足。

『あのー!なんだかー!のけもののようなきがしてきたんですがー!
 手土産もあるんですがー!お留守でしょうかー!』
『きゅーたろ、おとりこみちゅうかもしれないおー』
『お届けモノをお届けできないとしたらデリバリストの名折れー!
 己で届けようと思ったものならなおさら!
 くそ!感動的な未知との遭遇が!』
『きゅーたろ、めちゃめちゃ厨房っぽいお』
『もしくは!新しい!世界との!出会いで!
 "Hello,World."と言って〆、とか!』
『きゅーたろ、それ、むこうのひとのセリフだお』

 〜了〜

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