おとまり

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ミーンミンミンミーン…ジー…シャワシャワシャワシャワ…

「今日も暑いなぁ…」
庭から聞こえる蝉の大合唱を聞きながら、僕は夏休みの昼下がりを怠惰に
過ごしていた。お盆休みで部活はなし、宿題も終了、遊びに行くには外は
暑すぎ…扇風機からのぬるい風に当たりながら、畳の上で寝そべって
だらけているしかない状況だ。
「ヒマだなぁ…でも外は暑いしなぁ…出かけたくないよなぁ…」
ずっと同じところに転がっていると肌が触れている畳が熱を持ってしまって
不快なので、扇風機を『首振り』にしてその動きに合わせてゴロゴロ転がる。
「何かこう…面白い事でも起こらないかな?」
何もしない自分の事は棚に上げて、『何か』が起こるのを待つ…うーん、
不健全な思考だ。

「こんにちはー! 透矢、いるー!?」

ガラガラ…と玄関の引き戸を開ける音と共に、大きな声が飛び込んできた。
あの元気な声は…花梨?
「いるんでしょうー! 暑いのは分かるけど、溶けてないで出てきなさーい!」
ああ…あの言い草、間違いなく花梨だ。
「今行くよー!」
玄関に向かって怒鳴り返しながら、僕は起き上がって居間を出た。廊下にこもった
熱気に耐えられるように、団扇を片手に玄関へ向かう。
「やあ、いらっしゃい、花梨…」
「や、こんちわ…って、キミね…仮にも恋人さんが自宅を訪ねてきたんだから、
 もうちょっと緊張感のある格好はできないのかな?」
「え…ああ…」
言われて自分の格好を見返すと、Tシャツに短パンというとことんラフな格好だ。
「下がトランクスじゃなかっただけマシだと思うけど…」
「そんな格好で私の前に出てきてみなさい…例えキミでも殺すよ?」
うわ…暑さで気が立ってるのか、いつもより花梨が怖い。『叩く』でも『殴る』でも
なく、いきなり『殺す』ときましたか。

「ま、まあ、とりあえず上がってよ。中の方が外より涼しいから」
「キミの格好を見てるととてもそうは思えないんだけどね…でも確かに暑いし、
 お邪魔するかな。あ、何か冷たい物飲ませてね?」
そんな軽口を叩きながら、花梨が靴を脱いで上がりこむ。…? 今頃になって
気付いたけど、花梨は大きなスポーツバッグを抱えていた。いつも花梨が部活で
使ってるやつだけど…何だろう?
「部活…まだ始まってないよね?」
「え? えーと、ははは…これはちょっと、ね…」
明らかに何かを隠した笑顔で、花梨が僕を追い抜いて台所に向かっていった。

「あれ、麦茶できてないんだ?」
「花梨…勝手に冷蔵庫を開けないでくれない?」
「いいじゃないの、勝手知ったる…ってやつよ。あ、缶コーヒーがあるじゃない。
 これもらうよ?」
それ、僕が今日の風呂上りにでも飲もうと思ってたんだけどな…。そんな僕の
心の声を当然のように無視して、花梨が缶のプルトップを開けた。そのまま
腰に手を当て、一気に飲み干す。ああ…そのポーズ、僕がやろうと思って
いたのに…。
「んく、んく、こく…ふぅ、ごちそうさまー。あれ? どうしたの、透矢?」
「…何でもないよ」
思わず花梨に向けて伸ばしていた手を引っ込め、僕は水道の水をコップに汲んだ。
これだけだと寂しいので、冷凍庫から出した氷を放り込む。
「花梨も飲む?」
「ただの氷水でしょ、それ…でもまだ喉が渇いてるし、もらおうかな。あ、先に
 居間に行ってていいよ? 自分の分作ったら、キミのと一緒に持ってくから」
お客さんのくせに、花梨は妙に僕に気を遣う。だったら缶コーヒーも飲まないで
ほしかったな…。
「何か言ったかな、キミ?」
「いーえ、なんにも…それじゃ、お言葉に甘えて居間で待ってるよ?」
何か言いたそうな花梨を残し、僕は居間に戻った。

「お待たせ…はい、こっちがキミの分」
しばらくすると、花梨がコップを二つ持ってきた。片方を僕に差し出しながら、
もう片方に口をつけている。
「ありがとう…こく…ん? 花梨、これ何か入れた?」
「冷蔵庫にレモンがあったから、ちょっとね…涼しげでいいでしょう?」
かすかにレモンの香りがする氷水は、ただのお冷やより美味しかった。

「それで、今日は急にどうしたの?」
「あれ〜…理由もなくここに来ちゃいけないような仲だったかな、私とキミは?」
「いや、それはそれとしてさ…」
ニヤニヤと笑う花梨の前で、僕は思わず赤面する。事故で記憶を失って、
不思議な夢を見るようになって、花梨と恋人同士になって…本当に色々あった
夏休みの始まり。あれからまだ、それほど時間が経ったわけじゃない。
「そ、それにさ…あの大荷物は何? さっきも言ったけど、部活はまだ
 始まってないよ?」
居間の隅にさりげなく置かれたスポーツバッグを指差して、花梨に問いただす。
「知ってるよ、そんな事…大体弓道の道具なんて持ってきてないよ、私」
そ知らぬ顔でコップを傾ける花梨。
「じゃ、じゃあ一体何を…」
「お泊り道具…かな。着替えとか、歯ブラシとか」
「……………え?」

花梨の発言に、一瞬僕の時間が止まった。着替え? 歯ブラシ? お泊り?
「僕の家に、花梨が、泊まるの?」
「うん…ダメかな?」
相変わらずそっけない顔で僕から目をそらし、花梨は首を振る扇風機を
見つめている。でもよく見ると、花梨の頬は真っ赤だった。
「だ、ダメじゃない…」
「そう…ありがと、透矢」
にこりと微笑んだ花梨が、ぐっとコップをあける。こくりと鳴った喉が目に
焼き付き、僕はどきりとした。…何で『色っぽい』なんて思ったんだ、僕は?

「でも、急にどうして泊まろうなんて」
「もう…さっきから『どうして』ばっかりだね、キミは」
泊まる理由を聞きかけた僕をさえぎって、花梨が言う。
「好きな人の家に泊まるのに、そんなに理由が必要?」
「………」
「ん…強いて言うなら、キミの様子が気になったから…かな? ほら、キミって
 こんな広い家に一人じゃない。食事とか大丈夫なのかなー、とか思ってさ」
「食事くらいちゃんとしてるよ…大体僕には」
「? 僕には、何?」
「…何だっけ」
「まさか、私以外にご飯を作ってくれる人がいるとか?」
笑ってる花梨の目が、笑ってない…何だか手をポキポキ鳴らしてるし。
「そ、そんなわけ…ない…」
「もう、冗談でやってるのに…どうしてそこでちゃんと否定しませんか、キミは?」
『そんなんじゃ浮気してるって本気で疑っちゃうよ?』と言って笑っている花梨を
前に、僕は考え込む。誰か…もう一人いなかったか? 僕が幼い頃に死んだ母さん、
まだ病院で意識不明の父さん、そして…。
「…ぅゃ? とうや? 透矢!」
ガン!
「ぐあ! …か、花梨、いきなり眉間にパンチはないよ…人体の急所じゃないか…」
「恋人を前にしてぼうっとするような不届き者にはこれぐらい当然ですー。
 で? キミにご飯を作ってくれる人の名前は思い出したかな?」
「勘弁してよ…そんな人いるわけないって、花梨も分かってるくせに」
「えへへ…まあ、この私くらいなものだよね、実際」
分かってるじゃないか…にこにこと笑う花梨に、僕も苦笑いで答える。そうだ…
僕にご飯を作ってくれる人なんて、花梨の他にいるわけがない。…そのはずだ。
「それじゃ、今日の夕飯は花梨が作ってくれるのかな?」
「キミって結構現金だよね…でもまあ、言ったからには作ってあげますよ?
 透矢ちゃんは大人しく居間に座って、花梨ママの手料理を待ってなさい」
「その『花梨ママ』はやめようよ…同い年じゃないか、僕達は」

「ふっふっふ…透矢ちゃんは恥ずかしがり屋さんでちゅねー」
突然立ち上がった花梨が僕の横に回りこみ、ヘッドロックを決めてきた。首が
痛いわ、顔が胸に当たって気持ちいいわ、ああもう…。
「痛い痛い…やめてよ、花梨」
「んー? 痛いだけかなー? やめていいのかなー?」
「…やっぱりやめないでいいです」
「素直で大変よろしい…って、こらこら! さりげなく顔をすりすりしない!」
ゴン! と、今度は脳天に拳の一撃。
「いたた…ちょっとふざけただけじゃないか」
「ふざけてようと真剣だろうと、こんな明るいうちはダメ!」
せめて夕方になってからじゃないと…とかぶつぶつ言っている花梨を、そっと
抱き寄せる。
「あ…」
「じゃあ、暗くなってからだったらいいんだね?」
「だ、だって、泊まるって事はそういう事じゃないの…」
「期待して待ってるから」
「な、何をよ…」
「何だろうね? 僕にもよく分からない」
「バカ…」
夏の暑さも忘れて、僕達はしばらく抱き合っていた。

夕飯の買い物をするには、まだ少し早い。とりあえず花梨の泊まる部屋を確保
するべく、僕達は居間を出た。
「僕の部屋で寝てもいいのに…」
「それはそれ…一応お客なんだから、ちゃんと私の部屋も用意しなさい」
「はーい…父さんの部屋はアウト、居間は夜蒸し暑い…台所は論外…」
「客間ってなかったっけ?」
「あそこは今物置になってるよ…あまり人が来ないから、うちは」
「そっか…あれ? こんな所に部屋なんてあったっけ?」
一緒に廊下を歩いていた花梨が、ふととあるドアの前で立ち止まった。

「ああ、ここは…」
ここは…何だっけ? 誰かの部屋…だったはず。
「透矢? どうしたの?」
「えーと…うん、ここはダメ。その…母さんの部屋だから」
「あ、そうなんだ…ごめん、無神経だったね」
ノブに手をかけていた花梨が、『しまった』という顔で謝る。
「父子家庭はお互い様じゃないか…今さら気にしてないよ」
「ん…そうだね。でも、それじゃ私はどこに泊まればいいのかな?」
「…やっぱり、僕の部屋しかないんじゃないかな」
「仕方ないなぁ…泊まってあげますよ、キミの部屋に」
唇を尖らせていても、花梨の顔が笑っているのがよく分かる。笑顔を返して、
僕は少し戻った所にある自分の部屋に花梨をつれていった。

…花梨にはああ言ったけど、本当はあそこは母さんの部屋なんかじゃない。でも、
それじゃ一体誰の部屋だったんだろう…空き部屋じゃない事だけは確かなはず
なんだけど。どうも気になって、僕は荷物の整理をはじめた花梨を部屋に残し、
こっそりとあの部屋の前に戻ってきた。ノブに手をかけて、ゆっくりとひねる。
「…空き部屋」
がらんとした部屋には、見事なまでに何も置いてなかった。物置にすらなって
いない、本当の意味での空室。
「おかしいな…じゃあどうして、客間を物置にしたんだっけ?」
「透矢ー? どこ行ったのー? 夕飯の買い物、そろそろ行こうよー!」
考え込む僕の耳に、遠くから花梨の声が届いた。気が早いな…まだ日が落ち始めた
ばかりなのに、もう買い物に行くんだ。
「考えても分からないか…今行くよー!」
大声で花梨に返事をして、空き部屋を後にしようとした。
「………………」
ふっと誰かの声が聞こえたような気がして、振り返る。でも、誰もいない。
「誰も、いない…」
不意に寂しさがこみ上げ、僕は足早に花梨の声がした方に向かった。

「あ、やっと来た…どうしたの? 何かキミ、寂しそうだよ?」
「…何でもない。買い物、行こう?」
「…うん」
ちょっとだけ不思議そうな顔をした花梨は、でも何も言わずに玄関へ歩いていく。
理由の分からない寂しさを振り払い、僕は足を速めて花梨の隣に並んだ。
「それで、今日は何を作るの?」
「キミ、ちょっと気が早過ぎ。買い物に行きながら、一緒に考えようよ」
「そうだね…でも、気が早いのは花梨も一緒だよ。まだ結構日が高いけど?」
「いいじゃない、早くても。ゆっくり準備したいんだ、せっかくだし…」
「……うん」
しっかり準備をして、美味しい料理を食べさせてくれるつもりらしい。花梨の
気持ちが嬉しくて、さっきまでの寂しさがウソのように僕は気持ちが軽くなった。

「はーい、できたよー…透矢、運ぶの手伝って?」
あれこれと献立を考えながら二人で買い物をして、夕暮れの中を帰ってきて。
『手伝っちゃダメだし、見てもダメだよ?』と僕を脅して台所にこもっていた
花梨が、ようやく居間に来てくれた。
「ダイニングで食べない? あそこ、テーブルあるし」
「んー…パス。私、ご飯は正座して食べたいんだ」
「そう…じゃあ、運ぼうか」
家が神社だからか、花梨は礼儀作法…特に和食の作法にはうるさい。『意外に』と
言うと怒られるけど。今日の夕飯も和食だし…うん、花梨に合わせよう。
「よし、準備OK。じゃあ、食べよう?」
「うん…いただきます」
「はい、召し上がれ」
にっこりと笑った花梨の料理に、僕は箸をつけた。焼き魚、煮物、漬け物、味噌汁…
『日本の夕食』とでも命名したくなるような料理は、どれも美味しい。
「どうかな? 自分では結構美味しい…と思うんだけど」
僕の様子をうかがう花梨に、口がふさがっている僕は親指を立てて答える。
「…ありがと」
照れ笑いを浮かべた花梨が、いつも以上に可愛く見えた。

「ごちそうさま…美味しかったよ、本当に」
「おそまつさま…よかった、美味しく食べてもらえて」
デザートにスイカまで持ってきてくれた花梨に感謝だ。満腹になったお腹を
さすりながら、食後の一時を満喫する。
「ちょっとしたら片付けるから…ちゃんと手伝ってよね、キミも」
「もちろん…こんな美味しいご飯を作ってくれたんだ、お礼に片付けくらい
 しなきゃ花梨に殴られる」
「言ってなさいって…」
花梨の軽口を聞きながら、ごろりと後ろに寝転がった。
「寝ないでね?」
「寝ないよ…なんかさ、いいな、こういうの」
「そうなの? 透矢ってあんまり家庭とかそういうのに興味ないのかと思ってた」
「幼馴染みとしての付き合いが長かったから、逆に分からないのかもね」
「うーん…そうかも。ね、そっち行っていいかな?」
「いいけど…花梨こそ寝ちゃダメだよ?」
「誰が一緒に寝ると言いましたか。…こうしてあげるのよ」
ちゃぶ台を回ってこちらに来た花梨が、そのまま僕の頭の方に正座する。そっと
僕の頭を持ち上げて、膝枕をしてくれた。
「…今日はやけに優しいね」
「私はいつだって優しいですよーだ。キミが気付いてないだけだよ、絶対」
「…かもしれないね。僕って鈍感だから」
「鈍感を自覚しているなら、ちゃんと直しなさい。これは恋人としての命令です」
「うん…とりあえず、こうする」
膝枕をしてもらったまま腕を持ち上げて、花梨の頭に回す。不思議そうな顔を
した花梨の髪を、優しく撫でつけた。
「言っとくけど、優しくしたってごまかされないからね?」
「あ…やっぱりダメ?」
「…ごまかされない。でも、だまされる事にするよ、キミに」
そう言って。花梨がゆっくりと体を折り曲げて、僕に口付けた。

「…スイカの味がするね」
「…花梨こそ。でも、だまされるっていうのはひどいよ。僕がいつ花梨を
 だましたの?」
「さあ? 『信じてる』から、『だまされる』んだよ」
「どういう意味?」
「鈍感さんには教えません。答えが分かるまで、キスの続きはおあずけだよ?」
そう言って、花梨は体を起こしてしまう。そう言われると弱いな…必死になって
僕は考えた。人が『だまされた』と思うのは信じていたものに裏切られた時で、
えーと、つまり花梨は僕を信じていて、あれ? でも、それじゃ『だまされる』
という言葉がつながらない。僕は花梨を裏切ってなんかいないし、うーん…。
「『信じる』じゃなくて、『だまされる』…うーん…」
「ふふ…透矢、降参する?」
「おあずけは嫌だからまだ考えるよ。えーと、つまり…」
花梨に耳をおもちゃにされながら、僕はひたすら考える。そう、さっきの花梨は
『信じる事にする』とは言わなかった。『だまされる事にする』…『だまされる』…
だまされてもいい?
「…あ」
「はい、正解。ごほうび、ほしい?」
「…まだ何も言ってないんだけど」
「キミのその顔は『分かった』って顔だから。だから、言わなくていいよ」
「それこそ、だまされたような感じだね…でも、だまされる事にするよ、花梨に」
「本当に分かったんだ…じゃあ、約束通り…」
「片付け、いいのかな?」
「後でいいよ…今は、その…ん…」
それ以上花梨に言わせるのは、鈍感を通り越して野暮だ。僕は花梨の頭を抱き寄せて
軽くキスをすると、唇を離してそのままころんと花梨を床に転がした。このままだと
体の上下が反対なので、ごそごそと動いて向きを合わせる。
「キミって、時々面白い事するよね…普通に起き上がって押し倒せばいいのに」
「あきれた?」
「ううん。透矢らしいな、って思った」

くすくすと笑う花梨を抱きしめ、もう一度キスを交わす。今度はさっきまでとは
違い、深いキスを。
「ちゅ、ん…ふぁ、くちゅ…んくぅ…」
吐息ごと花梨の舌を吸い上げ、口の中で転がす。さっき食べたスイカの味は
置いておくにしても、花梨の唾液は甘かった。
「ん…ぷぁ…透矢の口の中、甘い…」
「…スイカの味?」
「ちょっと違う…でも、何だろう…甘かったよ、うん」
同じ事を考えてたんだ…こんな単純な事で嬉しくなれる僕は、やっぱり花梨に
参らされている。飽きずにキスを繰り返しながら、僕はそっと花梨の胸に
手をやった。ぴくりと花梨の体が跳ねるが、そのままぎゅっと抱きついてくる。
「ふぁ…や、んん…」
大きい胸は感度が悪いというのはウソだと思う…少なくとも花梨を見ていると、
ウソとしか思えない。服の上から軽く触っているだけなのに、もう花梨は息を
荒くしていた。
「ん…服、脱ぐね…」
「待った。今日は僕が脱がせてみたいんだけど」
「…なかなか脱げないからって破らないでね?」
「しないよ、そんな事…で、いいかな?」
「どうぞ? できるものなら、ね」
潤んだ瞳で腕を広げた花梨の胸から手を離し、僕はまず上着に手をかけた。
ボタンがない…そのまま上に引っ張って脱がせるしかないな、これは。
「花梨…腕、上げて」
「それも、キミがやるんだよ…」
なるほど、一度脱がせると言ったからにはそこまでしてあげなきゃダメなんだ…
妙に納得して、僕は花梨の腕を掴んでバンザイのようにさせる。そっと上着を
上にまくり上げていくと真っ白なお腹が顔を出し、下着に包まれたふくらみが
姿を現した。脱がせるのを中断してふるいつきたくなるのを首を振って我慢し、
襟から首を抜いて、袖から両腕を抜いて…やっと上着が脱げた。な、何だか
妙に緊張した…でも、まだスカートが残ってる。

「ホック…どこかな?」
「自分で探しましょうねー…」
遊んでるね、花梨…。答えを聞くのを諦め、僕は花梨の背中に両手を回した。
そのまま腰周りを撫でるようにしながら、ホックを手探りで探す。
「く、くすぐったいよ、透矢…」
ふるふると体を震わせながら、花梨が笑う。無視して手を動かし…見つけた。
「これだね…っと」
いったん見つかれば後は簡単。外して、ファスナーを下げて、引き下ろすだけだ。
下着が顔を見せ、やっぱり白い太股がそろって姿を見せ…ひざ、ふくらはぎと
きて、足首まで見えた所で僕は一気にスカートを引き抜いた。
「きゃ…ふふ、よくできました」
「どういたしまして…」
ずれた返事を返しながら、脱がせた服を花梨の脇に軽くたたんでおく。
「下着は? やっぱりキミが脱がせる?」
「うーん…降参。花梨が脱いでください」
「修行が足りないね、まだまだ…まあ、私なら何度でもつきあってあげるから、
 次はもっと上手くやろうね?」
他の人で練習されても嫌だしね、と笑う花梨のおでこをつつき、僕も笑う。
「じゃあ、脱ぐよ。今日は、見ててもいいから…」
そういえば、初めての時は脱いでいる所を見せてくれなかった。ここで見て
おかないと、次に脱がせ方が分からないな…。
「…じろじろ見ないでね?」
「見ていいって言ったのは花梨だよ」
「もう…」
恥ずかしそうにしながら、花梨が自分の背中に手を回す。「よっ」という小さな
声と共にプチンと音がして、胸がふるんと揺れた。
「…って、今どうやって外したの?」
「内緒。私の胸に見とれていたキミが悪いんだよ?」
しまった…。

「キミって、胸が好きだよね」
「嫌いな男っているのかな?」
「透矢以外の事はどうでもいいの…透矢が好きなら、私は嬉しいな」
「うん…好きだよ、花梨が」
「答えになってな…ん…」
むき出しになった胸に手を触れて揉むと、花梨が口をつぐんだ。無言で、
快感に耐えている。
「我慢しないでほしいな…もしかして気持ちよくない?」
「そんな事、ぅく…ない…はぁ…」
「じゃあ、我慢しないで。恋人としてのお願い」
「ん…声出すのって、恥ずかしい、から…」
「そう…じゃあ、出させてあげる」
「え…ふあぁ!?」
ちゅ、と胸の先に口付ける。とっくに固くなっていた乳首を少し強めに吸い上げると、
僕の頭を抱えて花梨が声を上げた。
「だ、ダメ、と、や…ひ、んん…」
そう言いながら、花梨は僕の頭を突き放さない。嫌がられてないと確信した僕は、
さらに胸を責め続けた。左右交互にキスをして、谷間に舌を這わせ、ゆっくりと
手でこねまわす。
「や、透矢ぁ…ふぁ、く、んんん〜…」
花梨の体が大きく震え、直後にくたりと脱力する。
「やだ…私…」
「もしかして、いっちゃった?」
「少し、ね…はぁ…」
僕のストレートな質問に、まだ呆然としている花梨はあっさり答えてくれる。
いつもなら、こんな質問には絶対答えてくれないんだけど…そうか、無理に
聞かないで、答えたくなるようにさせればよかったんだ。
「敏感なんだよね、花梨は…」
「そうかな…そうかも…」
「そうだよ。だって、ほら」
「ひゃ!? や、やだ…」

不意をついて花梨の股間に手を伸ばし、下着の上から擦ってみた。我に返った
花梨が慌てて太股をしめてブロックしようとするけど、少しだけ遅い。僕の手が
太股で挟まれる形になり、結果としてより強く花梨の股間に押し付けられた。
「う、やぁ…手、どけて…透矢…」
「じゃあ、太股で挟まないで」
「やだ…そしたらきっとキミ、もっと触るよ…ひぁ…」
下着越しにでも湿った音がするくらい、花梨のそこは濡れていた。押し付けられて
いるのをいい事に、僕は遠慮なく指を動かす。
「く、あ…ひ、いぁ…」
快感で声を上げる花梨を見ていると、さらに悪戯心が出てくる。僕は下着と太股の
隙間から指を滑り込ませ、下着の中に指を入れた。
「ひ! や、透矢、やめ…く、ああ!」
ちゅ…という水音と共に、僕の指が割れ目の中に埋まっていく。愛液で蕩けきった
そこをかき回し、指先の感触で見つけた膣口に指を差し込んだ。
「あ、だ、だめ…」
無視して指を沈めていく。指全体がぎゅっと締め付けられる頃には、花梨は
完全にぐったりとしていた。
「透矢…透矢ぁ…」
「ごめん…少し、無理させすぎたかな」
「大丈夫、だけど…その…私、もう…」
「もう、何?」
唇の動きだけで『いれてほしい』と言って、花梨が顔をそむける。はっきりと
言わせたくなったけど、さすがにそこまでさせたら花梨が泣き出しそうで、
僕は諦めた。いじめるのはここまで…後はいつものようにしよう。
「おいで、花梨…」
抱きしめた花梨を僕の上に乗せて、あお向けになる。
「私が、上になるの?」
「うん…これはまだやった事なかったよね?」
「多分…でも、ちょっと怖い…かな?」

「花梨が上なら、花梨の好きなようにできるから…好き放題したお詫びだと思って」
「キミが気持ちいいのは一緒だよね、でも…」
「花梨も、気持ちいいと思うよ?」
「…バカ」
ふっと花梨が僕に覆い被さり、キスをしてくる。舌先が絡まり、ちゅくちゅくと
いう唾液の絡まる音が部屋に響き…唇が離れた時には、花梨は下着を脱いでいた。
何だかもぞもぞしていると思ったら…脱いでる所を見られたくなかったんだ。
「じゃ、じゃあ…入れるね?」
「うん…」
ごくりと喉を鳴らし、花梨が僕にまたがるようにして腰を落とした。水音と共に
先端が花梨に触れた途端、
「ふぁあ!」
びくりと花梨が反応し、そのまま膝から力が抜ける。ず、という感じの音がして、
僕のものが一気に半分くらいまで入ってしまった。
「だ、大丈夫、花梨?」
「はぁ、はぁ…んん…」
いきなり根元まで入らなかっただけ、衝撃は軽かったらしい。花梨はそのまま
腰を落とし、一息ついてから僕に微笑みかけてきた。
「はぁ…入ったよ、透矢…」
か…可愛い。この状況で見せられた花梨の笑顔が僕の本能を直撃し、僕は
花梨を抱き寄せた。
「ちょ、透矢、落ち着いて…ひぃ!」
無理矢理抱き寄せられて挿入の角度が変わったせいか、花梨が悲鳴を上げる。
痛がっては…いない。大丈夫と判断した僕は、そのまま突き上げるように
腰を動かし始めた。ついでに抱きしめた花梨を揺さぶり、さらに速度を上げる。
「あ、あ、ひ、きぁ…やぁ! はぁ、ん、ああ!」
花梨の声が上ずり、切羽詰った物に変わっていく。構わずに腰を動かし、
花梨を責め立てた。花梨の手が僕の腕を掴み、ぎり、と爪を立てる。
とどめをさすように腰を打ち付け、僕は花梨を強く抱きしめた。

「と、透矢ぁ…ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕の腕の中で花梨がのけぞり、絶頂に達する。一瞬遅れて僕も達し、耐えに耐えた
大量の白濁液を花梨の中に解き放った。
「あ、く…はぁぁ…」
がくりと花梨の体が弛緩し、同時にちょろちょろと水音が聞こえる。本当に
達すると失禁するのが、花梨の癖だ。…そうさせたのは僕だけど。
「花梨…」
名前を呼ぶと、達した後独特の虚ろな顔で花梨が顔を上げる。少し体勢に無理が
あるのを我慢して、僕は花梨と長いキスを交わした。

「あーあ、どうしよう、これ…」
「どうするもこうするも…後始末しなきゃね、これ」
「そうだね…じゃあ私は洗い物を片付けるから、キミは畳の掃除お願いね?」
「あ、ちょっと、花梨…はぁ」
ため息をついて、色々と混じった液体でびっしょりになった畳を見る。
「せめてベッドまで花梨を運ぶんだった…」
「後悔しても遅いですー。ほらほら、きりきり掃除する!」
「はいはい…」
「しっかり掃除して、私の洗い物が終わったら…一緒にお風呂入ろう?」
「え?」
振り向いた時には、もう花梨は重ねた食器を持って居間を出ていた。
「一緒に…お風呂?」
残された僕は一人つぶやく。
「なら…がんばるか」
我ながら欲望に正直だ。でも僕は、花梨に対してはいつも正直でありたいと思う。
好きな女の子が一緒にお風呂に入ろうと誘ってくれてるんだ。喜んで何が悪い。
「そうだよね…よし、雑巾持ってこよう…」
花梨と一緒に、お風呂…想像して緩みきった顔のまま、僕は掃除の準備を始めた。

「それじゃ、寝ようか…」
「うん…けだものさんの隣で寝るのは、ちょっと怖いですけどー」
「ははは…さすがにもう疲れた。何かがおかしかったんだよ、さっきまでの僕は」
お風呂で何があったかは、いうまでもない。すでに腰が立たないのでお風呂から
ここまで花梨が僕に抱えられてきたという事実と、そこまでいかないまでも
綿のように疲れきった僕の体を見れば、誰でも分かる事だ。ついでにいうと、
二人とものぼせて顔が真っ赤…ああ、二人そろって誰にも見せられない姿だ。
「思い切って泊まりに来て、よかった…」
「え…?」
「ちょっとね、不安だったんだ…私がいない間、キミがどうしてるのか」
「不安、か…」
明かりが消えて真っ暗になった僕の部屋に、二人の声だけが響く。
「うん。透矢って…その、記憶がないでしょ? 不安になって当たり前なのに、
 何となく普通にしてるじゃない?」
「そんな事ないよ…不安でいっぱいだ」
「そう、それ。私にはあまり見せてくれないよね、不安なとこ」
「心配させたくないから…」
「恋人には心配をかけられませんか? 全く…」
とぼけたような口調で花梨が言って、僕にすり寄ってくる。暗闇の中で、
それでも花梨の気配はしっかり伝わってきた。
「私じゃ透矢の頼りにならないかもしれない。でも、少しは頼ってね?
 一緒に泣くくらいはしてあげられるよ?」
「花梨を泣かせたくはないなぁ…」
「キミが泣かせてるわけじゃないからいいの。私が泣きたくて泣くんだから」
「それって、何か違わない?」
「違わないよ…違わない。違うなんて言わせない」
耳元でささやいた花梨が、ぎゅっと僕を抱きしめた。柔らかい胸に、僕の
顔がうずまる。

「どうかな…不安、消えたかな?」
「分からない…」
けど、こうして抱かれているととても落ち着く。不安が消えてなくなったりは
しないけど、無理して不安を我慢しなくてもいいんだ…と思える。
「いつだったかな…こうして誰かの胸で泣いたような気がするんだ」
「へぇ…お母さん?」
「そうかもしれない…違うかもしれない。でも、今は花梨がこうしてくれてる」
半ば無意識のうちに手を伸ばし、僕を抱きしめる花梨の腕をなでる。
耳に伝わるのは、花梨の鼓動。肌に感じるのは、花梨の温もり。
「このまま寝る?」
「癖になりそうだな…」
「いいよ、癖になっても。それでキミが離れたくなくなるなら」
「離れないよ…離さない。離れろって言っても離れないから」
「そう…それじゃ、そうして。私も離さないから」
「うん…」
眠気が、本格的にやってきた。花梨も同じらしく、徐々に声が小さくなっていく。
「お休み、透矢…いい夢を、ね」
「お休み、花梨…いい夢を」
二つの声が同時に響く。こんな所で、考える事が一緒になるなんて…思わず
笑い声をもらすと、花梨の笑い声も聞こえた。ああ…同じだ、僕達は。
その事に安心した途端、僕の意識は急速に途絶えていった。最後の最後に、
僕はかつてこうして僕を抱きしめてくれた誰かの事を思う。

あなたが誰だったか、今の僕には思い出せない。思い出せないけど、僕は花梨に
こうされている限りあなたの事を忘れもしないと思う。残酷だろうか? でも、
僕は花梨と共にいる未来を望んだんだ。後悔は、しない。

無限の可能性の中には、あなたを選んだ世界もあったのかもしれない。せめて
そちらの世界では、僕があなたを幸せにしている事を。

一粒だけ涙をこぼし、僕は花梨と共に眠りについた…。



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