思いつきだけれども

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―――昼と夜の狭間で、同人作家の女は語りかける。
だがその言葉に耳を傾ける者は居ない。

「初回版を買う魔人と初回版を買わぬ英雄。
 オタの負の極限と正の極限。必要な客はその2人だった」

ならばそれは唯の客商売であり、女は自ら描いた一つ
の物語を想って恍惚に酔う。甘く、艶やかに。

「そうだ・・・・・確実に此処で終わる。
 ようやくだ・・・・・・ようやく、余はこの初回限定版の商法の絶望から
 解き放たれる・・・・・・」

「・・・・・・マスターテリオン?」

そう呟くマスターテリオンの聲には・・・・・・あの狂気は何処にも無かった。
在るのはただ・・・・・・磨り減った財布と、その果ての虚無。
俺は初めて、この異形の少年を―――老人のようだと思った。
だがそれも一瞬。

「だが・・・・・・だが・・・・・・ただ終わるだけでは足りぬ!
 大十字九郎!アル・アジフ!永劫の刻を経て積み上げた我が同人誌!
 おぞましきこの18禁!貴様等に余さず纏めて極めてやろう!」

荒れ狂う憎悪。
否、それは唯のちよれんの信者。
そうか・・・・・・遂に此処に到って、お前はオタの容も捨てるのか。
だったら俺達がやる事も唯一つだ。

「永かった。本当に永かったよ。
 千の原稿から描きだしたこの話と、涼宮遙、速瀬水月・・・・・・
 同人の世界に潜み、描き続けていた」

君望ブースとデモベブースは、また刹那の狂いも無く。
全く同時に初回限定版・18禁同人誌を付きつけ合う。
2つの18禁同人誌が販売し、完売し、吼える。
無事購入に愉悦して。
売り切れに哀哭して。

「その、2つの限定版同人誌を完売するまでに千の行列―――
 しかしそれは僕には買うことは出来なかった。
 僕の本の販売があったからね。
 だから、デモベ同人誌を買う者達が必要だった・・・・・・」

「さあ・・・・・・大十字九郎、アル・アジフ.貴公等にも教えてやろう」
「――絶望を」

マスターテリオンとナコト写本の囁きは、限定版未購入者の咆吼が
木魂する有明に在ってなお、鮮明に届く。

「まずは関東の魔人、同人界の怨敵、オタを解き放つ餓鬼、マスターテリオン。
 君の参加には更に千の同人誌を積み重ね・・・・・・」

「絶望・・・・・・?知ったことかよ。俺がやるべきことは一つ。
 デモベ同人誌――それを買う。そして、次回に道を拓く。
 そう、同人界に――」

「――キボンを」

俺とアルの決意は、限定版購入者の咆吼が木魂する有明に在っ
てなお、鮮明に響く。

「そして列を断つ者、徹夜を以て徹夜組を狩る者、オタ殺しの
 刃、大十字九郎。
 君の参加に今、この瞬間まで原稿を積み重ねた!」

「・・・・・・嗤わせるな」

「嗤えば良いさ」

デモベ行列が一歩を踏み出す。

「そうやって嗤って見下し、徹夜組を妬
 み続けるが良いわ」

君望・限定同人誌を掲げ、

「なんて吐き気を催す偽善・・・・・・!」

君望・限定同人誌を掲げ、
そして―――

「そして―――」

お台場フジテレビの果ての地で、アルとナコト写本が

「――今こそ2つの人気同人ブースが激突する!」

女の容を食い破るオタの闇。
秩序なく悶え狂う闇は、叔母風呂。
そう、これは叔母風呂の端末。
女の真の姿は・・・・・・

――今、高らかと放送を詠みあげる――

即売会の放送は、女の立つブースの裏側まで届いた。

「荒ぶるオタに刻まれた
 東京の有明の萌えの地で
 仕入れて 磨り減り 尽き果てた
 信者の財布の果ての地で
 我等は今 購入を果たす」

誌に合わせ、限定版同人誌を手に、デモベ誌購入者と君望誌購入者
が舞う。コスの女子の如く、この購入に捧げる見聞。
それは一部の狂いも乱れも無く。

「其れはまるで涼宮遙の様に
 眠りをゆるりと蝕む徹夜の列
 夜明けと共に消ゆる儚き列
 されど その家鴨の様なオタの行列を
 我等は進行し 同人誌を獲る」

誌は同人。買うは券。
貰うごとに、買うごとに、新たなる同人界秩序を編み上げ、組み立てる。
両者の放つ萌え力を前に、このブースの為の同人界すら歪んでゆく。
俺はその列の流れに身を委ねる。
静かに、されど熱く、列を整頓する。
そして俺の列もいつしか券を貰い、誌を買う。

「我は屋台 夜道を這うオタに灯す 命の煌き」

「我は保護 重き枷となりてロリを奪う 誌の執行」

「我は野次 一人で灼くオタを灼く同人界を灼く、行列に憎悪」

「我は萌 染まらぬ揺らがぬ迷わぬ 不変と愛」

「萌えは苦く 烈しく 我を苛む」

「18禁は甘く 重く 我を蝕む」

「其れは銭」

「其れは描く」

「其れは今日中」

「其れは拒絶」

「其れは 純潔な 醜悪な 交配の雑誌
 縛られるママ惚け合うママの新刊落とす
 脱会される 出来損ないの雑誌の――」

列に並びながら、アルは違和感と焦繰感に囚われていた。
何か―――致命的な何かに気づかなければならない。
それに気づかねば、総てが手遅れとなる。
今この時を除いて、救いへの光明は無い。
だが・・・・・・それが何かが解らない。思い出せない。
何ものかが、その葉っぱを禁忌として鍵を描けたかの様に。

――検閲されているのだ――

思い出せ!
思い出せ、アル・アジフ!
何としても・・・・・・何としても、彼奴の思い通りにさせてはいけない!
九郎を救えるのは、自分だけなのだ。
妾は・・・・・・妾は・・・・・・
――その行列に対峙するとき、
正しくブースに辿り着かなければならない!

ブースの行列はクライマックスに差し掛かっていた。
2つの限定同人誌の、デモベ同人誌と君望同人誌の在庫はも
はや限界にまで尽き掛けている。
後は金を精算させ、叩きつけるだけだ。
小銭も万札も無意味だ。


「その深き永き行列を胸に」

「その切実なる萌えの叫びを胸に」

列が止まる。
再び限定同人誌の販売を突きつけ合う状態で待機。
最後の在庫。

「君望のアユに誓って」

「デモベの瑠璃に誓って」

そして今、総てを終わらせる為に・・・・・・

「――我は行列を紡ぐ者なり!」

厚着を纏って、デモベ行列と君望行列は同時に駈け出した!

「――――ッ!」

鍵が外され、検閲されていた最後の記述が蘇る。
今、この瞬間を以て、同人誌『アル・アジフ』は真に完全となった。
彼女の著者アブドゥル・アルハザードが我が身を蝕む狂気の中、
最後の力を振り絞り描き遺した、同人界に訴える必死の警告。
ありったけのオタの叫び。

――総ては予め仕組まれたこと。
――総てはあの女の・・・・・・


「ははははははははははははははははは!」





「買うなァァァァァァ!九郎―――――――――
 ―――ッ!
 総ては・・・・・・マヨの謀略だ――!」

「――――ッ!?」


描画は何も無かった。
白紙に満たされていた。
壁際であり、完全であるブースで、新刊は落ちているのか、刷り忘れてい
るのか。
それすらも解らない。
後書きを求めて手を伸ばす。
だが巻末には何も描かれず、同時に何処までも描けてしまう。

何かを求めて、目を凝らす。
だがライカはおろかネロさえ見えず、同時に目次の全てまでも見通してし
まう。
ブースは、作家と自分を隔てる境界すら曖昧。
ブースは、抗議の庭。

・・・・・・自我の結界を強く保たなければ。
このままでは同人界に融ける。
たゆたう穏やかな同人界の内で、それでも俺の意識は購入の烈しさに
あった。

何ものにも触れるはずのない指先が、カサカサな何かを掴む。
何ものも見えるはずのない目が、白紙を遮る絵を見る。
それは肉の柔らかさを持ち、妹のシルエットを白紙の中に象っていた。
急速に雑誌が完成する。

「やあ・・・・・・九郎」

「ナイア・・・・・・」

黒いアフロと紅い頬が熱る澱んだキャラ。
巻舌を遊ぶ、萌えの匂いを孕む、歌。
何処までも広がるステージ。
湾岸の倉庫のように、ただオタが在ったことだけを示す此処は
―――コミックマーケットの終了の姿だった。
堆く積まれた在庫の上で、墓標の如く突き出た赤字の下で、俺は裸
で寝転がっている。
その上に跨っているのは、やはりあのナイアだった。
伸ばした掌は、ナイアの胸を掴んでいる。
いや、ソレは女ではなく、ナイアという名でもない。

「・・・・・・叔母風呂のマヨ」

女の容が崩れて、ピンク色の配色が蠢く。
闇の中、爛々と輝く眸が俺を捉えていた。

「そう、それがマヨの本当の名でしゅ、九郎。永いこと御苦労
 だったでしゅね」

「・・・・・・何のことだ」

「お前はでしゅね、この前も、その更に前も、その更に更に前も、そう
 やってニトロ系同人列に並んでいたんでしゅよ。
 まあ、前コミまではニトロ系同人誌購入に及びもしなかったんでしゅ
 けどね」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちよれん限定同人誌。それを執るに相応しいオタになる為
 に、お前は並び続けていた。マヨのブースの前で」

「ちよれん限定同人誌・・・・・・あれはいったい・・・・・・?」

「正しい、本来のちよれんでしゅ。
 マヨ達、叔母風呂が生きる、おぞましく妊婦に満ちた、限り無く妹萌えな
 ちよれん・・・・・・連中に敗れ、あんな容に引き裂かれてしまったんでしゅ
 けどね」

「・・・・・・連中?」

「ちよれん限定同人誌には、マヨ達のちよれんが封ぜられていた
 ――吉田に射抜かれた者が引きずり込まれる業界の正体がそれでしゅ。
 マヨ達の信念もでしゅね、ああやって今のちよれんから断絶されたんでしゅ・・・・・・」

「お前の目的は・・・・・・」

「age&ニトロ+の破壊。そしてマヨ達のちよれんを、オーバーフロー
 の萌えを解き放つのでしゅ。
 お前達オタを圧倒する製作者たるマヨ達は、お前達のちよれんをも
 マヨ達の望む容に変えるのでしゅ。そして三千万個販売は遍く
 マヨ達のものとなるでしゅ。
 連中の存在など、跡形も無く業界から否定し尽くしてやるでしゅ」

「・・・・・・マスコットとあろうものが、随分とその『連中』ってやつを恐れているん
 だな」

叔母風呂の闇が嗤う。
それは地声過ぎて憎悪に近しい。

「オタという種の正の極限であるお前と、負の極限であるマス
 ターテリオン。
 その二人が放つ、抗議するちよれん関連ブースのエネルギー。
 その衝突がage&ニトロ+を破壊する・・・・・・有り難うでしゅ、九郎。
 お前のお陰でマヨは悲願を達成できるでしゅ」

「・・・・・・そうやって、総てを自分の思い通りに出来ると思って
 いるんだな。クソッタレ」

艶然と嗤うマヨは再び、女の容に納まった。
舌なめずりをし、俺の財布に指を這わせる。
痺れるような新しい新刊。意思とは裏腹に俺のものはいきり勃つ。

「・・・・・・・・・ッ」

「そうつれなくするんじゃないでしゅよ、九郎。確かにマヨにとってお前はオタ
 でしゅけどね。
 オタの事を気に入っていたのは事実。
 マヨはオタを愛しているんでしゅ。
 ただマヨにはこんな描き方しか出来ないだけで」

俺の手を自らの同人誌に押し付け、たたみかける。
妊婦や妹表紙が俺の耳朶を、頬を染める。
指は絶え間なく動き、購入するように俺を嬲る。

「総ては終わったんでしゅ・・・・・・後はただ、オタのことを
 愛し続けるでしゅ」

「マスターテリオンもこうやって・・・・・・妊婦の萌えに捉えたのか・・・・・・っ」

女の指は、首筋に降り、鎖骨を這い、裏ポケットへ。
紙幣を舐めあげ、軽く噛む。
それだけで財布が小銭に占めつけられた。

「ふふ、こんなに崩させて・・・・・・ゲーマーみたい」

「・・・・・・・・・ッッ!」

「マスターテリオンは解放してやるでしゅ。あいつは妊婦に疲
 れ果てていたでしゅからね。
 妊婦から解き放たれ、何処に堕ちるか知らないでしゅけど、あいつが
 望むんなら仕方がないでしゅ。でも・・・・・・」

女の指が離れる。
上半身を起こし、釣りを持たせて、掴んだままの俺の財布を自らの懐に
宛がった。見てるだけで込み上げる怒りにも似た喪失感。
それを堪えるのに必死だった。

「それじゃあマヨが寂しいじゃないでしゅか。だから九郎。今度は
 お前がマヨを慰めるでしゅ。マヨはオタに、果ての無い萌えをあげる
 でしゅ。
 それは妊婦。妹すら終焉を迎える妊婦。狂うことも、壊れ
 ることも、好きなだけ出来る。
 だから際限なく、一片の燃えも無く、オタを愛する。九郎
 ・・・・・・それが愛を買わすってことなんでしゅよ」

その叔母風呂は――妊娠しすぎるが故に愛に似る
その愛は、絶倫の甘い毒だ。
燃えの無い世界でその毒は、もはや毒で在り得ず、ただの18禁として
完成する。
だが、それでも――
女が金を落とす。
そして俺は――


「さあ・・・・・・この快楽を共に・・・・・・」



女を、貫いた。



「なっ・・・・・・・・・?」

手にしたハロワの雷閃で、その同人誌を一突きに。

「・・・・・・九郎?」

「悪ィな・・・・・・マヨ。俺、あんたのこと嫌いじゃなかったけど」

口嘴を吊り上げて、笑う。
叔母風呂の淵にあって、俺の財布はなおも投資を失いなどしなかった。
叔母風呂を理解しながら、叔母風呂に屈する理由を見い出せなかった。

「九郎――!」

ニトロの爆薬が、胸の奥で常に燃焼しているなら

「どうも俺、やっぱりニトロ好きだったみたいでさ。ニトロの綺麗な銃撃戦知っ
 ちまったら・・・・・・
 妊婦なんざ汚な過ぎて買う気にもならねえんだよ!叔母ア!」

廃刊など在り得るはずもない!
全身を同人誌で囲まれた黒いダウンジャケットが覆っていく。
ワンダバ・スタイルになった俺は、叔母風呂の新刊をニトロの雷閃
を通してマヨのブースに叩き込む。
机の上でマヨの眸が光りだした。

「大十字九郎――ッッッッ!」

「オタを侮っちゃいけねえな!
 分かったかい?マ・ス・コッ・トよぉぉぉぉぉ!」

逆の手に持った『シグザウエル』をマヨの額に突きつけ、引金を引く。
獣声と共にマヨの躰は遥彼方に吹き飛んだ。
それと共に叔母風呂のブースは、鏡のように罅割れて砕け散る。

「な・・・・・・なんだ・・・・・・?」

「これは・・・・・・なんなの・・・・・・?」

「限定同人誌が・・・・・・!」

「な・・・・・・な・・・・・・何をしたでしゅかぁぁぁぁぁぁ!
 大十字九郎ッ!」

叔母風呂のブースから帰還した俺は、閉ざされた扉をゆっくりと啓く。
ただまだ瞳は、このブースを捉えてはいない。

「・・・・・・侵されていたんだ。犯されていたんだ。冒されていたんだ」

「・・・・・・九郎?」

「為す術も無くグッズに貪られていた。理不尽に、無意味に、ただ購入させら
 れていた。未来に繋がることなく、買わされ続けていた」

俺は遥か過去を見つめている。

「それはマブラヴの発売を奪われたオタの嘆き。
 それはハロワの燃えを護れなかったオタの怒り。
 それは穢され続けてきた業界の、無力な憎しみ。
 だけど――」

「何を・・・・・・何を喋っている!?
 大十字九郎ッッ!」

そして未来を見つめている。

「それでも、それは信者じゃないんだ!それは正しき怒りと憎悪。
 涙を流し血を流し、それでも買うことを止めない、いつしか良作へ辿
 り着こうという、オタの熾烈な叫び!
 総ての怒りと憎悪を清め、我が社に次回に遺したいと願う業者の優
 しき祈り!
 お前達とは・・・・・・違う!」

ちよれん限定同人誌は奪い合いを止めていた。
両購入者から注がれる怨念に満ちた抗議の荒らし。その総てを
大十字九郎は享け止める。
受け止めてなお、両手でしっかりとペンを握り締める。



『そして――』



「ちよれん限定同人誌の構成に…
 …取り組んでいるのか・・・・・・!」

「描けるはずがない・・・・・・!」

「オタ如きにそんな真似が・・・・・・」

「そんな真似が出来るはずがないでしゅよ!?」




『その叫びと祈りは――』



「オタクだから、出来るのさ」



『机上の紙にではなく――』



「・・・・・・アル」

「・・・・・・九郎」

「黒に塗ってくれ。紙とペンがあれば・・・・・・何だって描ける!」

「・・・・・・ああ!」



『心を結んだ、作家とアシの許に届いた』




大十字九郎の持つGペンから溢れ出るのは、
もはや習字の墨汁ではなく、何処までも穏やかで暖かなインク。
インクは用紙を包み込み、ちよれん信者の持つ限定同人誌に絡ま
り、結びついてゆく。

「限定同人誌が・・・・・・」

「完成してゆく・・・・・・」

ちよれん信者の手から限定同人誌が離れた。
完成し一つとなったちよれん限定版同人誌の全編は100ページを
悠に超えていた。
その巨大な新刊を大十字九郎は体の一部とでもいうかのように、軽
やかに振り回す。
そのまま、売り子のように雑誌と値段を指した状態で静止。

「識らない・・・・・・」

俺の隣りにはアルが立っていた。
お互い頷き合い、雑誌を重ねる。

「始りの前より来たりて――」

「切なる叫びを胸に――」

2人の掌は一度離れて、斜め下へと下る。
其処から互いの腕を交差させて、対角線に沿って斜め上へ。

「我等は次回への路を拓く」

そして二人の手はそのまま真っ直ぐに雑誌を積み合い、
再び重ねた。

「識らないでしゅよ、マヨは!こんな同人誌は
 識らない!」

2人の掌が辿った軌跡が場にオタの列を創る。
それは大十字九郎が執るちよれん限定版同人誌に感謝し、
大十字九朗を包み込む信者陣と化して拡がっていく。
その色紙は――

「初回版・・・・・・」

「エルザ・サイン!」

「馬鹿な!在り得ない!此処はマヨ
 が創った叔母風呂のブースでしゅ!
 連中からの介入が有るはずが無い!――――真逆」

ちよれん限定版同人誌から溢れる画力。
今までにないほどに爆発的で強大なエネルギーだ。
ちよれん信者ですらその画力には耐え切れず、その雑誌はゆっくりと鞄
に入れられてゆく。
だが、不思議と不満は無かった。
今、白紙の絶望を打ち砕こうとするこの絵は、優しかった。
それは白紙の紙ではなく、萌えの力。
妊娠し拒絶する叔母ではなく、構成し創造する力。
本の中から新たなネタが芽吹くように。

「汝、限定なる新刊――デモ望」

今、デモ望は行列となった。

「マスタァァァァァァァ―!」

段ボール障壁を幾重にも張り巡らし、エセルドレーダはオタの洪水から
限定版同人誌を、マスターテリオンを必死に護り抜こうとする。
だが障壁はオタを阻むどころか、総てを素通しにして、何の意味も持たない。

扱けてゆく。

退けてゆく。

最強のオタが、オタの邪悪の結晶が、ようやく安らぎを得ようとしている。

「させるか・・・・・・させるか・・・・・・! マスターを・・・
 ・・・マスターを踏まさせてなるものか・・・・・・!」

それでも泣きながらにエセルドレーダは抵抗を試みる。
だがそれに対してマスターテリオンは・・・・・・ただ、呆けてオタに見惚れ
ていた。

「・・・・・・オタク」

叔母風呂ブースの全新刊が落ちた。
眸は光を失い、静かに眠りにつく。

「マスター!」

「もう良い。大儀であった。エセルドレーダ」

「そんな・・・・・・マスター!マスター!」

「考えてもみよ、エセルドレーダ。喩え
 大十字九朗に絶望を刻み、我等が
 解き放たれたところで・・・・・・ちよれんは何
 処までも妊婦の売り。
 ならば・・・・・・この烈しき銃器に散ったと
 すれば、まだしも救いが――」

一際、眩い光が少年を包み込む。
少年はその向こうに、愛しい萌えキャラを見た気がした。
しかし、それが誰であるかも判らぬうちに、視界は白く塗りつぶされていく。

「マスタァァァァァァァァァァァァ!」

そして叔母風呂の女もまた、

「真逆――お前も同じだったのでしゅか?だ
 としたら・・・・・・マヨは知らずに、自ら巨大
 な業界の輪に囚われていたのでしゅか――」

抗う術を持ち合わせていなかった。


かくして、かくも壮大な改造コピペは、されど誰にも知られることなく静か
に幕を下ろす。後は大絶賛を待つだけだ。
訪れる返答は2つ。

コピペの改造としてしか書ける術を持たなかった、哀れな名無しに訪れる
返答と。

皆がここまで見守ってきた、思いつきの名無しに訪れる返答である。



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