鬼畜//混濁

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冴え渡る月光の下、いつしか雨は止み、石畳の上で対峙する影が闇に浮かびあがる。
葱板郊外の、とあるスレの外れに立つ人影は三つ---。

「兎に角あなたはここで死んでもらいます!」
そう喋る少女は、ぱっちりした目の、いかにも気の強そうな少女だ。
長めのボブカットに赤いリボンをつけている。十六〜七歳くらいだろうか整った顔立ちに幼さを残していた。

「・・・・・・くす」
もう一人は、柔らかでおとなしそうな雰囲気の少女、ちょっと困ったような表情が可憐で隣りの娘とは
対照的である。肩にわずかにかかるショートカット、両サイドを飾る大きな黄色いリボンが特徴だ。
年齢はやはり十六〜七歳ほどであろう。二人とも紺のジャケットにピンクのリボンタイ、
紺のライン入りの白いスカートと学校の制服らしきものを着ていた。

「・・・・あんたら一体なにもんや・・」
ひきつった笑いを浮かべそう言うのは、幼女のころから呪術、剣術に関して天賊の才をみせてきた
さざなみ流の天才的な使い手である椎名ゆうひ。彼女は一を覚えた瞬間に十を知り周囲の
凡才たちを屑同然に打ち倒し今まで決定的な敗北を経験したことがない。
直感的に目の前に立つ二人の少女に、何かキナ臭いものを感じた。

「帝都みずいろ七人衆が一忍、進藤むつき。同じく片瀬雪希」
きゃんきゃんした女の子言葉ではなく、少々時代かかった言い回しで進藤むつきが名乗った。
隣りにいる片瀬雪希は無言のまま目を伏せている。

みずいろ七人衆とは、運動能力に優れるだけでなく、生まれながらに所謂「異能力」を持つ、
あらゆる闘い死闘、暗殺や集団戦の右にでるものはいない、優れた者たちを集めたエリ―ト集団---。

「・・・・ぷっ・・・・だまされてるよ・・だまされてるよ」
その台詞とともに、進藤の隣で微笑んでいた片瀬雪希の顔が冷酷な殺人機械のそれと変じてゆく。
流血を好み、己の殺人技術を「芸術」と言って憚らぬ、顔へ----。

「みずいろ七人衆・・朧の影流か・・・・・・なんやねん・・うちの流派も馬鹿にされたもんや!」
正面を---進藤むつき、片瀬雪希を睨みつけたままでそう叫び、ゆうひは一歩前へと踏み込んだ。
ゆうひの持つ刀構えは中八双といって、正眼と八双の中間的な構えである。左手は柄を握りこまず、
ささえるだけで、刀身のコントロールはほとんど右手一本で行う。
「さっさと終わらせますよ」
言って、進藤は魔剣シンドリッタを上段に構えた。握ったのとは逆の先端がゆうひの方を向く投擲の構えで、
持ち上げた右肘の下へ左手を差し入れる形となる。
このとき、左手の平はゆうひの方を向き、手の甲が腋腹側を向く。ガラ空きとなった腋の下をカバーしているわけだ。
「そう簡単にいくかいな!」
気合一閃とともに、ゆうひは、進藤の手元を狙い、上段に構えた刀を思いきり振り下ろした。
相手の間合い外ギリギリのところから、大きく右足を一歩踏み込んでの一撃だ。
その渾身の力をこめた打ち込みは、驚嘆すべき速さと鋭さを持っていた。しかし、それも常人から見てのこと---。
ゆうひと同じく幼女のころから「剣術を振るうこと」のみを叩き込まれている進藤にとっては、
「ぜんんぜん遅いよ」ということになる---。

ヒュッ・・・・・・!

風切り音とともに進藤の持つ魔剣シンドリッタの刀身が翻える。コンパクトなモーションで、
刀身を振り上げるというよりも肩の後ろへ廻すといった動作だ。
ちょうど、背中に背負った鞘へ刀身を収めたような形になる。進藤は、そのまま上体をひねりざま、ゆうひの一刀をかわした。
かわしつつ、背中の魔剣をスルリと滑らせ、左---逆サイドからの斬撃を放った。
弧を描き、魔剣シンドリッタの切っ先が、ゆうひの右頚動脈へと吸い込まれてゆく
だが必殺の一撃がゆうひの頚部へ滑り込む直前---。
「!」
進藤は右方より飛び出したゆうひの掌底によって、魔剣を握る右腕の肘をパンと弾かれ左向こうへ
大きく体勢を崩させられてた。

「ぷぷっ・・・・・・」
含み笑いを漏らす雪希の周囲を、朱の魔剣がゆるやかな速度で旋廻していた。
毒をもてる者という意味の持つ巨大なブ―メラン、その動きはあきらかに万有引力の法則や
慣性の法則といった一般物理法則に反していた。
「・・だまされてるよ」
雪希は裂帛の気合を発し、袈裟斬り---日本刀を斜め下へ打ち下ろすのに似た動作で、朱の魔剣を放つ。

ブウンッ・・・・・・!

主の手より放たれたL字型の刃が、うなりをあげて回転する。それも重心を中心として回転する自転運動ではない。
まるでL字刀身の中心に紐をつけ、紐を握って振り回しているかのごとき公転運動をしているのだ。
あきらかに物理法則を無視した動きで高速回転していた。そして、公転運動によって凄まじい破壊力を与えられた
刃が、難無くゆうひに滑り込む、ゾブッという音が一秒間のうち四度鳴る、連続的な斬肉音---。

「うああああ!!」
苦悶の声をあげるゆうひ----。
回転する刃から周囲へ熱い液体がしぶいた。冴え渡る月光の下、闇に濃密な血臭がたちこめる。
脇腹の痛み以上にゆうひを襲う倦怠感。まるで魂ごと毒気に犯されるようだ---。

「ぷぷぷっっ・・・・・・だまされてるだまされてるよ」
嘲笑混じりな雪希の声。
「ばぁかじゃない、腕だけであたまの中はカラッポなんだぁ!」
さらに雪希とは逆方向から響くけたけたと嘲笑した声。

無力感がゆうひを覆った。

主の手をはなれた刀が黒々と広がる漆黒の中、青白く光っていた。

「・・・・たいしたことないね・・こいつ」
ゆうひの刀を手に取り、余裕の笑みさえ浮かべた進藤の顔が漸次接近してくる。
その距離、進藤の歩幅で数歩というところか。だが、ゆうひにはそれが無限の距離に思えた。
どこまでも冷たく、心体の動き全てを見透かしたような瞳が、ゆうひの闘気まで凍てつかせる様な感覚が襲う。
加えて、あたかも獲物を狙う鳶のように死の旋廻を繰り返している雪希の魔剣が、不気味な様子見を続けている。
「・・・・・・」
心の中に巣食いだす弱気な躊躇を振り払う様に、ゆうひは力を込めた。
「やられへんで・・」
つぶやいて右手を顔の高さまで持ち上げる。
瞬間---。

ボッ!

しなやかな指と指の合間からオレンジの光がこぼれる。ゆうひの掌のなかで、ボール状の火球が揺らめいていた。
腰の辺りで構えた左手のなかにも、突如出現した炎の塊が燃えている。
雪希の魔剣によって傷つけられた脇腹の痛みに耐えながら、気合一閃----。
「ごっつ!」

ブン!

言って、ゆうひは炎のほとばしる両手を自身の前面で半回転させた。
右手は上、左手は下から、それぞれ時計回りに空手でいう廻し受けの動作に似た動きだ。
手の平から噴き出た炎が空間に半円の軌跡を描き、左右の手の上下が入れ替わったときには炎の円ができあがっていた。
「はらたつ!」
叫んだゆうひの、印を結んだ指先が火円の内を縦横に分割し、揃えた人差し指と中指の先から
ほとばしる炎の軌跡が複雑な図形を描く。ゆうひの前面、透明な壁面に刻まれたそれは炎の魔法陣であった。
「な!!!!!」
ヘソの下----丹田のあたりで構えた両掌の隙間で閃光が弾ける。

瞬間、魔法陣から無数の炎がほとばしった。火線を引き漆黒の闇を裂いて飛ぶ数十匹の光竜が
ロケット弾さながらの勢いで進藤、雪希に襲いかかる。まるで鳥の群れが一つの目標に殺到するがごとく---。

バチバチッッ!!

目も眩むほどのスパーク---。
その瞬間、進藤の全身はまるで恒星が爆発したかのような輝きに包まれた。
遅れて輝きは収縮し出し、プラズマを放ちながら中心へ向かって極小の黒点に凝縮する。
圧倒的な閃光に、ゆうひは目を焼かれまいと反射的に腕で顔を隠しつつ、凝縮された黒点のなか人影を微かに確認した。
---と同時に、もう一度黒点は輝きを増す、断末魔の悲鳴を上げる暇さえなく進藤の肉体を形成していた
組織が無数の蛍となり一斉に散った、その蛍たちは神々しい輝きで周囲の闇を照らす。

ゆうひが放った呪術・・・・・
さざなみ流に伝わる火破壊呪術、攻撃対象を原子と霊魂の最小単位まで分解させ、その時に発生する莫大な
霊的エネルギーを開放することにより更なる大爆発を引き起こして、文字通り現世から完全に抹消する。
この呪術はさざなみ流はもとより、神社神道においても固く禁忌とされている呪術なのだ。

バチィッ!!ブウンッ・・・・・・!

青白いアークが飛び散り、爆炎の旋風が巻き起こる残照の中から、猛然と巨大な漆黒の回転子が踊り出る。
----朱色のブーメラン。
それは緩やかな放物線を描き雪希の周囲を周回運動していた。
雪希にも放った高密度なエネルギー塊は、朱の魔剣の創り出す特殊磁場によって捕らえられていたのだ。
見えない壁に阻まれて、プラズマはパチパチと周囲に放電しつつ圧し潰され、消滅・・・・いや、吸収されてゆく。
「え・・・・?」
ゆうひがそう呟いたとき---。

カッ!

高密度の霊的エネルギーを吸収した朱の魔剣が輝きを発した。

「・・・返しますよ」
言うや否や雪希の輝く魔剣はうなりを上げ、右から左、左から右へ縦横無尽、超高速度で回転する。
L字型の刃は擬似物質化した闘気の粒子を包み、金色に光ってた。
ニヤリと、雪希はゆうひを見て笑った。その周囲を、ブオン、ブオンと不気味な音をたてて朱の魔剣が巡る。

「!」
ゆうひは咄嗟に腕で顔をガードした、拡散する刃の攻撃範囲は広く、どう動こうにも回避は不可能に思えたからだ。

──ザン!!

不意に遥か後方で鈍い物音がする。同時に、雪希の目が見開いた。
予想していなかった物音に、その集中力の何分の一かが削がれたのが分かる。

「チャンスや」
反射的に、自分の懐から自衛のナイフを取り出しそのまま低い前傾姿勢で引き抜く。
超人的な雪希の研ぎ澄まされた官能、もとより彼我の距離は無いに等しい。それを理解しているがゆえに、
ゆうひはそこで立ち止まる、もしくは背を向けるといった愚を冒さず、瞬時に攻めへと転じたのである。
人間の運動能力を遥かに越えた神速の動きで、ゆうひは眼前の雪希へ襲いかかった。

とにかく、それが最も速く効果的な攻撃であったから。直線的な動きにみせかけ、特殊な歩法によって軸線を
ずらしつつ気合とともに、ゆうひは一歩踏みこみざま、雪希の左脇腹へ横一文字の斬撃を放っていた。
並の人間であったなら、間違いなく自分が何をされたのか理解することなく即死していただろう。
身を捻って打点をずらしたからといって致命傷をまぬがれ得るわけではない。
得物をもって弾くか、あるいは完全に見切ってかわすほかは、この斬撃を回避する手立てはないはずだ。

「・・・・・だまされないよ」
その答えを体現するかのごとく、雪希の体がスピーディーかつ滑らかに、そして素晴らしく切れのある動作で動いた。
唇にニヤリと会心の笑みを浮かべた彼女の左手が一瞬一挙動で右脇腹から左肩の上へ、右肩の上にあった右手は左脇腹へ-----。
しなやかな指先が空をなぞる、それは月厨の結び信者の言霊・・・・・

「TYPE-MOON商業参入」
----転瞬、二条の稲妻が走り紫炎を発し両手から紫の刃が現れた。

ガツッ!!!

半霊半物質ともいうべき金属同士が相打つ鈍い音----。
----ウソ?
指先が痺れるほどの鋭いショックとともに、ゆうひは弾かれたナイフを目を見開いて凝視する。
だが、それもコンマ数秒という一瞬のこと。握るゆうひの手は、ほとんど無意識のうちに厳しい修行を通じて習い覚えた動作を
正確かつ迅速になぞっていた。切っ先を返し、燕が翻るがごとく、瞬時に右胴狙いの斬撃を放とうとしていたのだ。

「いやな子だね・・・」
微笑しつつも雪希は、ゆうひに上段振りを御見舞いする。大きく踏み込んでの一撃---。
ゆうひは、これを素早いバックステップでかわし、さらに、片手持ちにしたナイフの袈裟斬りからの
突き連携で、雪希のラッシュをもキッチリと掣肘してのけた。
なかなか冷静でクレバ―に見えるゆうひだが、スム―ズに動く肉体とは裏腹その精神は激しく動揺し混乱をきたしていた---。
「・・・・・・」
受けようがないと思って放った横合いからの胴をあっさりと受けられ、あまつさえカウンタ―を入れられそうになったのだ。
己の技量に対する強烈な自信を持つだけに、それを崩されたときの衝撃は激しかった。
客観的に見れば、ゆうひが打たされ待ってましたとばかりの、カウンタ―をしかけられただけのことである。
雪希よりも、むしろカウンタ―を予測ではなく純粋な反射によってかわし得た、ゆうひのほうこそポイントが高いといえよう。

一迅のつむじ風が頭上を通り過ぎた---。


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