それは或いは神田川

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 事の始まりは小さないさかい。
 激昂したアルに吹き飛ばされる俺。
 此処まではいつも通りだった。問題はここから先だ。
 どうやら半端にかわしたのが災いしたか、アルの放った衝撃波はそのままバスルームまで吹き飛ばした。
 ボイラーから水道管まで完膚無きまでに崩壊させてしまい、完全に使い物にならなくなってしまったのだ。
 部屋は水浸しだわ、大家さんにはこっぴどく怒られるわ修理費も結構な額になるわ。
はっきりいってかなり鬱。
 がっくりとうなだれる俺に向かって、ウチの女帝陛下は毛ほども悪びれず言いやがりました。
「ところで、妾は湯浴みをしたいのだが」
 …いっぺんシメてやる。



 そんなこんなで今はふたり並んで銭湯へ向かっている。
 アーカムシティに銭湯なんてあるのかという疑問は一切受け付けない。却下。あるといったらある。
 アルは銭湯に行くのが楽しみなようで、鼻歌まじりだ。
 まったく…我が家の財政事情も知らずにいい気なモノだ。
「…ところでアル。俺はさっきからスゴイ気になることがあるんだが」
「ん? なんだ主」
「お前のその格好は一体なんだ」
 アルはなぜかジャージを着ていた。髪の毛はお下げにし、首からは手拭いを下げている。
 それだけならいざ知らず、さらにその上からドテラを羽織り、
 シャンプーなどの入った木桶を抱え、あまつさえ下駄なんぞ履いている。
 いったいどこから入手したのか知らないが、相も変わらずの知識の偏りっぷりだった。
「うゆ? 銭湯に行く際の標準装備だと思うが、何か変か?」
「きっぱりと変だ」
「汝こそ、そんな普段着で行って番頭に追い出されても妾は知らぬぞ」
 どんな銭湯だそこは。
 一度コイツには世間の常識というものをしっかり叩き込まねばならないようだ。


 ……などというやり取りをしている内に銭湯に到着。
 昔ながらの和風建築が慕情を誘う。入り口には『ティベリ湯』というのれんが掛かっている。
 なんだか嘗めてるとしか思えない激しくイヤな予感がする名前だが…。
「じゃ、また後でな。お前はそっち」
 言いながらアルに小銭を渡す。
「うむ。ところで、風呂あがりのフルーツ牛乳代が足りないのだが」
 ……ホントにいらん事ばかり憶えおってからに、この古本娘が。
 俺はアルの手に叩き付けるようにして小銭を追加した。

 からからから。
「いらっしゃ〜い♪」
 ゴン!
 思わず番台に頭を叩き付けてしまった。まったく悪い予感ほど良く当たる物だ。
 なんだかけったいな緑の仮面を被ったステテコ姿の番頭がそこにいた。見覚えあり過ぎだ。
 確かに邪悪な運命の連鎖が解き放たれ歴史は大幅に変わった。それにしてもだ
 ……変わりすぎだろうソレは!!
「……」
 額を押さえツッコミそうになるのをぐっと耐える。
「あらーん、無愛想ねえ。あーら、こっちのお嬢ちゃんもか〜わい〜」
「ぬ? 汝、何処かで…」
 もう何も言うまいよ。さっさと金を払って脱衣場へ。拘ったら負けだ。
 手早く服を脱いで裸一貫、浴場へ。前を隠したりはしないのが漢。銭湯の暗黙のルールだ、覚えておけ。
 しかし、なんだか廻りの人が妙に驚愕と畏怖の入り交じった目で俺を見るのだが。



かぽ〜ん。

 どこかで見覚えのある奇妙な番頭の、妙にハアハアな視線を背中に感じつつアルは浴場に入った。
 心地よい湯煙が体をしっとりと包み込む。
 湯気に曇る見慣れない光景にしばし惚けた後、いそいそとカランの前に座る。
「なるほど、これが銭湯か。赤い方がお湯で…ぬ? シャワーの温度はドコで…?」
 アレコレいじり倒しながら初めての銭湯に対する緊張をほぐしてゆく。
 シャンプーを手に取り、まずはその長い銀色の髪を丁寧に洗う。
 さらさらとした、まるでそれ自体が水のような髪の上を白い泡が滑り落ちていった。
「ふぅ」
 シャンプーとリンスを済ませたところで一息。もう一度周囲に目を向ける。
 数人の人影があり、皆が皆妙齢の女性であるようだ。豊かな体を惜しげもなく晒している。
「……」
 視線を自分の体に向ける。……溜息。
 何となく泣きそうになるのを堪える。
 落ち込んでいても仕方がない、気を取り直して体を洗うことにする。タオルにボディソープをたっぷりつけて泡立てる。
「〜♪」
 鼻歌まじりに首筋から肩、腕、胸と順に洗っていく。
 何はともあれ一日の汚れを落とす作業というのはやはり気持ちのいいものだった。
 爪先までしっかり洗って満足し、もはや泡人間状態になった時それは起こった。
 からからとアルの足下に何かが転がってきた。見ればそれはシャンプーのボトルのようだ。
 どうやら隣の女性が落としたらしい。拾って手渡す。
「あ。どうもありがとうロボ」
「いや、礼には及ばん……って、ロボ?」
「ロボ?…あ」
「きっ機械人形〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!?????」
「アル・アジフ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!?????」
 かくしてティベリ湯は戦場と化す。



かぽ〜ん

 あ、いけね。どうやらシャンプーを忘れてきてしまったようだ。
 しかし今更番台に行って買ってくるのも手間だ。あの腐臭のする番頭とは顔合わせたくないし。
 しばし思案。仕方がないのでアルに借りることにする。壁の向こうに向かって声をかける。
「お〜いアル〜! シャンプー貸して…」
「きっ機械人形〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!?????」
「アル・アジフ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!?????」
 え? 何だ今の? 確かにアルの声だったが。
「あ、アル!? どうした!!?」
 壁の向こうに声を張り上げる。すぐに返答がある。しかもふたつ。
「気をつけろ、九郎! 敵がおるぞ!」
「えっ♪ ダーリンもいるロボか!?」
 緊迫した声と浮かれた声。
 今の………エルザか!? ということはだ、当然の如く…。
 首を捻ってあたりを見渡す。
 ……いたよ。まず見つけたのは湯船に浸かっている三つの顔。
 赤、青、黄の覆面が信号機よろしく並んでいた。っていうか風呂でもかぶってんのかソレ。
 ある意味敬意に値する。帽子の上に手拭いを乗せる事にどんな意味があるのか意味不明だが。
「だ、だだだ大十字九郎!」
「何でこんな所に!」
「ボス! ボーーース!」
 向こうも俺に気付いたらしい。それぞれが湯船から上がって俺を遠巻きに囲む。はい、腰あたりにモザイクON。
 だがおかしい。親玉の、奴の姿が見えない。一体どこに…
「だぁぁぁぁぁぁぁいじゅうじくろほぉぉぉぉぉう!」
 ザッバァァァァァ! 叫び声と共に湯船の底から浮上してくる変態が一人。
「貴様とはつくづく腐れ縁であるな! よもやこんな所で会おっ、っくふ!げふ、げふ!げふっ!」
「むせるくらいなら潜ってんなよ! いい歳して!
 しかしまったく腐れ縁だな、ドクターウェスト!! 今日も痛い目に会いに来たか!?」
 立ち上がってタオルを突きつける。


 「!!」
 たじろいで一歩下がるウェストの部下達。
 何か視線が一部に集中しているようだが。
「いや待つのである。今日は一戦やらかす気はないのである」
「は?」
「手元にギターがないとテンションがイマイチ上がらんのであるからにして、
 とりあえず銭湯内では休戦を望むが如何であるかボーイ、ah ha?」
「……そうだな。素っ裸で殴り合うのも間抜けだしな」
「そういうことなのである」
 奴にしては非常にまっとうな感じだ。ギターが無いだけでこうも変わるとは、
 正直驚きを禁じえない。というか貴様もうギター持つな。
「しかし…である」
 ドクターウェストの視線が上から下へと移行し、やがて苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ソレくらいの! ソレくらいのことで勝ったと思わないことであるぞ!
 力より技が優るということをいつか思い知らせてやるのである!! この串刺し公!!」
 何故に涙目? っていうか何だ、串刺し公って。
「だ、大丈夫ですボス! ボスのは十分に人並み以上です!」
「そうです! ただ、ただあいつが変なんです!!」
「あんな突然変異系奇形種に負けないでください!」
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
「ああっ! ボスがまたお湯の底にっ!」
 何が言いたいのだコイツ等は。



かぽ〜ん

「ダーリン、ダーリン! 今そっちに行くロボ! エルザの三助ぶりにあわあわのメロメロになるロボ!」
「な、な、な、なぁ〜〜〜〜! なにを破廉恥な事を考えておるか汝は!!」
 本気で壁を乗り越えようとしているエルザを見て、アルは慌ててその脚を掴んで引きずり倒す。
 激しくもつれあいながらタイルの上に転がるふたり。
「痛ぇロボ! 何をするロボ、この資源ゴミ!」
「黙れポンコツ! 汝のような重油臭い体で九郎に近寄るでないわ!」
「カビくさい貴様に言われたくないロボ!!」
「にゃぁん! コラ! おかしな所を、あっ、触るなこの! ぅんっ!」
「ふやぁぁ! そっちこそ! あ、泡まみれで絡むなロボ! ぬるぬるするロボ! ぁう!」
「ああっ」
「ひやぁん!」



かぽ〜ん
 
 並んで湯船に浸かる俺とドクターウェスト。
 コイツと一緒なのはともかく良い湯だ。たまにはでかい風呂も良い物だなぁ。
 女湯からは悲鳴というか嬌声というか、とにかくそういった声が響いてくる。
「……」「……」
「…おい」「……何であるか」
「何か凄いことになってるが、止めなくていいのか?」
「うむ。確かに凄いことになっているのであるが……あれだな」
 湯船から出した顔を見合わせてお互い頷きあい、視線を女湯に向ける。

「「止める気になれんな」」

 何故か赤くなってハモる俺とウェスト。
 ちょっと通じあえた気がする。
「あああああああ。イイ! イイわあ、ピッチピチの肢体が組んずほぐれつっ!!」
 番台では番頭の緑仮面が妙にエキサイトしていた。
 渇かず飢えず無ニ還レ。まじで。



かぽ〜ん

「はー、はー、はー」
「ふー、ふー、ふー」
 満身創痍で睨み合う魔導書と人造人間。人知を越えた戦いは決着を見せぬまま、色んな意味で限界を迎えていた。
「な、なかなかやりおるではないか、機械人形ぅ」
「そういうっ、貴様もっ、しぶといロボね」
 肩で息をしながら座り込むふたり。
「い、いつまでも風呂場にいるわけにもいかん…ひとまずは休戦といこうではないか」
「うぅぅ、仕方ないロボ。ダ〜リぃ〜ン、後でそっち行くから待ってるロボ〜♪」
「行くな! 寄るな!」
 甘ったるい声で男湯に声をかけるエルザに反射的に突っ込む。
 それに対し酷く不機嫌な顔でエルザが返す。
「いちいち五月蠅いロボ〜、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねロボ、つるぺた。」
「つ、つるぺ…」
 コンプレックスをストレートに抉られ、絶句するアル。ふるふる震えながら拳を握る。
「だ、黙っておれば調子に乗りおってぇ…ええい! 人の恋路に干渉しているのは汝の方ではないか!
 良いか! 九郎はっ! 九郎はすでに妾とっ…わらわと…ワラ、藁…」
 そこまで言って後が続かなくなる。耳まで紅潮し口をもごもごさせている。
「と、とにかく! 汝が九郎に言い寄っても無駄! 無駄なのだ! なぜなら彼奴は、彼奴はな…!」
「ダーリンが何だってんロボ」
「彼奴は…彼奴はそう! 真性の、正真正銘の、他の追随を許さぬ程の、完膚無きまでに宇宙規模のロリコンぞ!
 ああ、そうだ!ロリコンだ。 ロリコンなのだ! 妾のように平べったくて、幼くて、愛くるしい、
 ヘタするとランドセル背負ってるくらいの女で無ければ欲情などできん男なのだ!
 しっかり『出るトコ出てる』汝など見向きもされぬわ!!」



かぽ〜ん

「公衆の面前でトンでもないこと口走ってんじゃねえ!!!!!」
 ざわ……ざわ……。
 なんだかウェストを含めみんな一斉に引いている。違う! 誤解だ! 半分くらい。
「貴様……どことなくヤバイ匂いがすると思ったら…
 そうか、性犯罪者の変態さんであったか、変態さんいらっしゃぁ↑い♪であったか!!」
「お前だけには変態とか言われたくなかった…」
 恐ろしくヘコんだ。なんだか凄い泣けそう。
 壁の向こうから声がした。
「大丈夫ロボ! エルザが愛の力でダーリンを正気にするロボ」
「いや、正気だってば!」
「そして部分的に元気にするロボ、ぽ」
「いや、それは…」
「諦めろ機械人形! 九郎は妾の穢れ無い肉体にベロンベロンに溺れておるわ!」
「お前も何錯乱してやがる! 廻りの皆さんの視線が突き刺さるように痛いからやめれ!!!」


 ドクターウェストが隣に立った。意味ありげに俺の肩を叩く。
 その目にはそこはかとない憐憫の情が浮かんでいる。
「貴様の幼少時にどんなことがあったかは吾輩の知ったことではないのであるが、性犯罪はいかんと思うのであるぞ、人として」
「だから!」
「まして! 貴様のぶらさげている戦艦ヤマトなど使おう日には、
 波動砲一発、殺人罪まで付加されることは間違いないのであ〜る!
 キャー猟奇的! え?キラー? あなたキラーですか!? い〜〜〜〜やぁ〜〜〜!!」
 や、ヤマト!?
「いや! むしろ早いところ自首してマッシヴに精神鑑定を受けた挙げ句、
 隔離病棟にでもさっさと入ってしまうが吉!ラッキーカラーは紫! ほれチャキっとつつがなく自首するのである、大十字九郎!」
 もうワケわかんねえ。つーか、お前がまず自首して精神鑑定受けろ○○○○。
「だから誤解だ! 俺だって出るトコ出てる女の子は好きだ!! 決して変態でも性犯罪者でもないッ!」
 ……多分。
「待つのよ! 好き嫌いは良くないわ!! あたしはロリでもペドでもオスでもメスでもイケルわよ!!」
 大威張りで浴場に乱入、もとい闖入してくる番頭。
 コイツはコイツで今一度宇宙の彼方に送ってやりたい。



かぽ〜ん

 そして事態は加速する。止めどなく。
「ほら、ダーリンはああ言ってるロボ!」
「く、九郎、こんな輩に塩を送るようなことを言いおって! 汝は妾の敵か! 敵なのだな!!」
「お前さっきから何言ってんだ!? OK、魔導書! 時に落ち着け!」
「やーい、へんたーい、へんたーい! がはははは、ががっ!!
 い、痛いのである! 何をするか! 今日は休戦ではなかったであるか!?げふう!!」
「ダーリン、エルザのすぺしゃるばでぃで今すぐご奉仕するロボ」
「ええい! やめろと云うておる!! 九郎! 汝、妾と此奴のどちらを取る!!!??」
「だから、何言ってやがんだお前は!」
「や、やっぱりつるぺたは嫌なのだな! 此奴のほうを取るのだな!!!??」
「お前取ってやるから、とりあえずシャンプー貸せ、シャンプー!!」
「取ってやるとは何だ!妾よりシャンプーの方が大事か汝は!! 妾は!妾はぁ、ふ、ふぇ」
「ああっ! 泣くなっ悪かった!」
「ダーリン今のはちょっと酷いロボ」
「だから、どっちもイケルって言ってるじゃな〜い。いらっしゃい子猫ちゃん達♪ れっつ暴食!」
「お前は引っ込んでろ!」
「泣ーかした、泣〜かした〜っげぶぉ!!」
「ああ! ボス! ボス! しっかり!!」
「やばい! 首が変な方向に!」
「おのれ、第三の脚!」
「だから何なんだソレは!」


「九郎の…」
「はっ!」
殺気!
「大うつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
 そして激震。
 …ああ…………結局爆破オチなんですね。(俺が。
 薄れゆく意識の中でそう思った。
 …………こうして俺はまた風呂を失い、不本意なことに例の番頭にはこっぴどく叱られ、
 更に多額の修理費を抱え込むことになった。激しく鬱。
 ウェストの奴も明日からは違う銭湯に出没するのだろう。
 …………アーカムから銭湯が姿を消す日は近いかもしれない。

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