"Hello.World" SS

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あれから、どれぐらいの時間がたったのだろう。
時間の感覚はとうに消え失せ。
歩き続けた足は疲れ果て。
名前を呼び続けた声は枯れ果てた。
あたしの周りにいた人間は、あたし以外誰1人として助からなかったのに、それでもあたしは助かった。
和樹が、助けてくれたんだよね。
そう思うと、また涙があふれてきた。
「…和樹…。」
もう歩けない。
何度もそう思った。
でも、そう思う度に瓦礫の下で助けを待ってる和樹の姿が浮かんできた。
「和樹ぃ…。」
自分の体を抱きかかえるようにその場にへたり込む。
「どこにいるのよ?和樹ぃ。」


不意に、後ろの瓦礫の下から音が聞こえた。
「和樹!?」
急いで駆け寄って瓦礫をどかす。
和樹なはずがない。
あたしの頭の中の一番冷静な場所がそう言っている。
もしそうだったとしても、無事なはずがない。
あたしは、そんなこと考えてる自分がいやで、そんな考えを振り払うように手を動かし続けた。
しばらくすると、瓦礫の向こうに開けた空間があるのが分かった。
どうやら、瓦礫がドーム状になっていたらしい。
その真ん中に、1人の人間が横たわっていた。
いや、正確には人間だった物、というべきなんだろう。
遠目に見ても左腕がとれて、下半身が潰れてしまっているのが分かった。
しばらくすると、闇に目が慣れてきて、その人間だった物の形がはっきり分かるようになってきた。
暗闇の中で、曖昧だった輪郭がはっきりとした形を結ぶ。
その瞬間、あたしは目を疑った。
「和樹!」
駆け寄って抱き起こす。
見間違えるはずがない、和樹だ。
「和樹っ!和樹っ!目を開けろよ。おいっ。」
ゆすってみるが、目を開ける気配はない。
「目を開けてくれよ、和樹ぃ。」


音が聞こえる。
とても、悲しい音。
なぜ、この音を悲しいと感じるのだろう。
状況認識クラスタから返答。
そうか、これは泣き声だ。
でも、いったい誰の?
擬態制御クラスタから報告。
視覚デバイス、最適化終了。
突然開けた視界の中に、1人の少女がいるのが分かる。
輪郭パターン一致。
「か・・る・・さ・・」
うまく声が出ない。
「薫さん。」
今度はうまくいった。



僕の声を聞いて、薫さんがはじかれたように顔を上げる。
その目に、涙が光っているのが見えた。
「和樹?体、大丈夫なの?すごいことになってるよ。」
確かに、左腕と下半身からの反応がない。
「大丈夫。無機頭脳の動作には影響はない。」
薫さんが僕の体を抱きしめる。
いたわるように優しく、暖かな抱擁。
「良かった、和樹。ほんとに良かった。」
残っている右腕で薫さんを抱きしめる。
僕のしたことは、決して無駄ではなかった。
薫さんが笑ってくれるなら。
僕はそう思える。


5年後。
人類は、何とか復興の兆しを見せている。
その半数近くが死に絶え、居住可能な土地はかつての3分の2以下になってしまったが。
それでも、人類は滅びていなかった。
救出された僕は、ほんの一時世間の注目を浴びることになったが。
そのころの人類にはゴシップを楽しむ余裕など無く。
すぐに僕の存在は忘れ去られていった。
「薫さん。ご飯が出来たよ。」
破損した僕のボディは、水没を免れた施設などから持ってきたパーツを使うことで何とか日常生活には支障がないレベルにまで修理することが出来た。
「分かった。今、行く。」
畑仕事をしていた薫さんが笑顔で答える。


僕は食べなくても大丈夫なことと、温暖化の影響で気温が上がったおかげで、どうにか1人分の食料ぐらいなら自給自足が出来ている。
僕の無機頭脳も、今のところは正常に動いている。
しかし、このことが明日以降の正常を保証する物でないことは僕自身がよく分かっている。
僕の無機頭脳は、とっくに「HIKARI」の、オシリスの想定した活動時間を超えて作動し続けている。
明日止まってしまうかもしれないことに、不安がないといえば嘘になる。
でも、僕は1人じゃない。
「何よ、にやにやして。気持ち悪いなぁ。」
僕には彼女がいる。
たとえ、僕が「死んで」しまっても。
きっと彼女は僕のことを覚えていてくれる。
僕がヒトとして「生きた」証として。


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