デモンペイン〜無謀編〜

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 どんなに手を伸ばしても届かない場所がある。どんなに望んでも辿り着けない場所が
ある。
 そう。誰もがいつかは自らの限界に気がついて絶望していくのだ。この俺のように……

「ああ……遠い」

 数メートル先の扉に手を伸ばしながら、掠れた声で呟く。
 死が近づくと、昔のことを思い出すという話はどうやら本当らしい。 
 脳裏に浮かんだのは故郷の島国と今は亡き両親のこと。
 懐かしくなって苦笑する。

「母さん……掃除中に見つけたエロ本を、机の上に積んでいくのはやめて欲しかったぜ……」
「まだまだ大丈夫そうだな、汝」

 頭上から呆れかえったと言わんばかり声。確認するまでもなかったが、死ぬ前に彼女の
顔を見ておきたいと思い、死力を尽くして頭をあげる。
 滲む視界に映ったのはスラリと伸びた白い足。そして同じく白いショーツ。流れる銀髪
が日の光を反射している。

「アル……」

 最愛の少女の名を呼ぶ。

「なんだ九郎?」

 アルが俺の名を呼ぶ。

「アル」

 もう一度囁く。なんとなく万感の思いを込めて。

「だからなんだ?」
「……死ぬまえにアルの裸エプロンで女体盛りが食べた……ぶべらッ!」

“頭蓋骨よ砕けろ!”とばかりに振り下ろされたアルの踵によって、俺の意識は刈り取ら
れた。

渇かず飢えず無に還る寸前だった俺を救ってくれたのは、やはりこの人だった。

「ぷは〜! 助かったよライカさん。お茶のお代わりもらえる?」

 テーブルを挟んで向かいに座っている金髪魔乳の非萌えシスターに湯飲みを突き出しな
がら俺は言った。

「まぁ、九郎ちゃんがうちの前で行き倒れてるのはいつものことだけど……少しは遠慮して」

 半眼になりながらも非萌え眼鏡――ライカさんはお茶を注いでくれる。
 湯飲みを受け取ってから、俺はどこか遠くを見つめる気持ちで語る。

「ライカさん。知ってるかい? 片栗粉は、お湯で溶かすと食べられるんだぜ☆」
「いや……突然誇らしげな顔でそんなこと言われても」

 冷や汗のようなものを流しながら、ライカさんが告げてくる。
 ――と、それまで隣に座って食事に専念していたアルが口を開いた。

「ふぅ。やれやれ、九郎も愛らしくて、ぷりてぃで、こけてぃっしゅな妾を養ったり貢いだ
り貢いだり出来る程度の甲斐性は持って欲しいものだな」

 溜息など吐きながらホザいてくださった。
 そんなアルに向かってライカさんは、たしなめるように言う。

「アルちゃん、無理言っちゃ駄目よ。九郎ちゃんはアーカムシティで一番貧乏が似合う男
の子なんだから」
「ふむ、そうであったな。こやつに甲斐性などというものを期待するだけ無駄であったか」
「そうそう。お金持ちな九郎ちゃんなんて九郎ちゃんじゃないわよ。む し ろ キ モ イ」
「キモイとまで!?」

 なにやら人の悪口で盛り上がる二人。だが、概ね事実なので反論もできない。
 母さん。都会は田舎ものに冷たいです。
 とりあえずやり場のない悲しみを噛み締めつつ、神にでも祈ることにした。

「いあ! いあ! か、みさま……っ! かみ……ごん、どら! ごん、どら! ごん、
どら!」
「汝はなにに祈っておるかっ!」

『スパーン!』と小気味よい音をたて、俺の顔面にハリセンが叩き込まれる。

「〜〜〜っ! おまえ、そんなものをどこに隠し持ってた!?」
「乙女のたしなみじゃ」

 ジンジンと痛む鼻を押さえつつ、アルのほうを見るが、既にハリセンは影も形もない。…
…そんな馬鹿な。
 
「まぁいい。ゴンドラが駄目なら、大宇宙超真理曼荼羅に祈ってやる! 邪魔をするなよ!
 金、金、金、金、金〜〜!」
「あー、もう九郎ちゃんは〜……大体この間、臨時収入があったって小躍りしてたじゃない」

 ――俺はピタリと動きを止めた。確かにライカさんの言うとおり、このまえ臨時収入が
あった。姫さん――覇道瑠璃に頼まれて、アーカムシティの夜を騒がす怪盗ウェスパシアヌスと
対決したのだ。途中でドクターウェストとロボ子が率いる小悪党集団『ブラックロッヂ』の
邪魔が入り捕縛には失敗したが、とりあえず撃退した功績に免じて報酬を貰った。
 まぁ姫さんは基本的にケチなのでギャラもたかだか知れているのだが――

「……言えないよな、アルに内緒でダブルベット買ったらおけらになったなんて」
「考えが口に出ておるわ汝ぇぇっ!」
「ええっ!?」

 自分のミスに気づいたときにはもう手遅れだった。アルの右ストレートが俺の頬に突き
刺さる。体重が見事に乗った文句のつけようもない一撃だった。
 続けてチョッピングライトを繰り出そうとするアルに、俺は慌てて言い訳する。

「ま、まてっ! だ、だって必要だろダブルベット!?」
「それで食うに困ってたら世話がないわッ! そ、そもそもショゴスベットで一緒に眠れ
ば問題なかろうに」

 アルが赤くなりながら言う。だが俺も引き下がらない。コトは俺の命に関わる風味ロボ。

「俺は、あの物体Xの上で寝るのは嫌なんだよっ!」
「うぬぬ……ダンセイニの何が気に入らないというのだ!」
「全部だ! 全部! 具体的に言うと、ご立派な名前とか、触手とか触手とか蠢く触手ーー!」

 一気にまくしたててから気がついた。ライカさんが俺のほうを指差したまま固まってい
ることに。

「ラ、ライカさん……?」
「い、イヤァァァァァァアァァァーーーーーーー!!!」

 悲鳴をあげるライカさん。それから何か、俺の理解を超える面妖なことが起こった。
 まずライカさんの姿が一瞬で見えなくなった。次いで俺の周りに旋風が巻き起こる。
 その暴風のなかで『ガンガン!』『ゴンゴン!』『ギュイイィィィン!』などと、まるで
工事でもしているような音が聞こえた。

「え〜っと、あれ?」

 気がつくと、俺の周囲にはバリケードが張り巡らされていた。教会の床にぶっとい杭が
突き刺さり有刺鉄線が張り巡らされている。立て看板には『Keep Out』やら『DANGER』やら
『ロリコン』『ぺどふぃりゃー』などと書き殴られていた。しかも意外と達筆。

「あッ! もしもし警察ですか!? 今、教会に変質者が――!」
「ウホ! 本当に通報してるし!?」

 頭の中に、明日の“アーカムタブロイド”の三面記事がよぎる。『ロリコン探偵逮捕
〜被害に遭った少女は12人〜』
 くっ! 妙にリアルに想像してしまった。

「汝がロリコンなのは事実だからな」

 アルが腕を組みながら、冷めた目で告げてくる。
 時空の果て、二人で紡いだ愛はどこに行ったのだろう? つーか助けろ。

「わ、わたしの監督不行き届きのせいで、ア、アルちゃんが傷物に……ああっ! やっぱ
り陵辱悪夢絶望なのね……むしろ永遠留守!」

 ビシッ!とこちらを指差す。なんだか死にたくなってきた。
 そんな俺を無視してライカさんはますますヒートアップする。

「そ、そんなアルちゃんのお尻まで開発済みだなんて……この変態! 剛棒!」

 ……俺は陵辱ゲーの主人公かよ。いや、確かにそのうちア○ルも試して
みようと思って――

「な、汝……妾にそんな変態行為までしよーと……む、無理だぞ!? 普通にするのでさ
え大変なのだ。そ、それをお尻なんて!」

 しまった……どうやらまた口走ってしまったようだった。アルが自分の尻を隠しながら
後ずさりし、いやいやをしている。
 ……正直、その仕草はちょっと可愛いと思った。というか嗜虐心を刺激される。アルたんハァハァ。

「ああ〜、神様〜! わたしはどうすればいいんでしょうか〜? ヨヨヨ……こうなった
ら死ぬしかないわ」

 瞳に暗い炎を灯しつつ、ライカさんはこれまたどこかから取り出した出刃包丁を自らの
喉元に充てる。

「ちょ、ちょっとまってライカさん! 基督教は自殺禁止だろう!」

 俺は有刺鉄線の隙間から手を伸ばして言う。

「関係ないわよ。わたし偽シスターだし」
「開きなおりかよ!?」

 ヤケクソ気味に突っ込む俺。しかしライカさんは落ち着いたのか、俺のほうを見て優し
げに微笑む。どうやら正気になってくれたようだ。

「そうよね、自殺は良くないわよね」

 そう言って俺の手首を掴む。

「って待てッ! 俺の手首に包丁充てるなーーー!!!」
「大丈夫。わたしもすぐ後を追うから♪」
「全然正気じゃない!?」
「うふふふふ」

 ヤバ気な表情で俺の手首を掻っ切ろうとするライカさんの腕を、もう片方の手で押し返す。
だが、どれだけ力を込めようと拮抗こそすれ押し返せない。一体この細腕のどこにこんな力が!?
やはり胸か! 胸なのか!?

「うぉぉぉぉ! て、手が痺れてきた……」

 限界ギリギリのバトルを繰り広げる俺たち。
 ――と、遠くからサイレンの音が近づいてきていることに気がついた。

「警察キターーーーーーー!」

 そう叫んだ俺の声に驚いたのか、ライカさんの力が緩む。
 俺はその隙を逃さずにライカさんの手を振り解き、逃走を開始する。
 周囲に張り巡らされた柵を乗り越え教会の裏口へと駆け出したところで、
俺の耳をなにかが掠めた。
 ……見ると裏口の扉に包丁が根元まで刺さっていた。おい。

「ら、らいかしゃん?」
「うふふ、駄目よ九郎ちゃん。ちゃ〜んと罪は償わなくっちゃ。 ホラ、お勤め中寂しく
ないように、アリスンちゃんのシャワー姿を激写した写真をあげるから……わたしの宝物
だけど」

 駄目だ……目が逝ってる。つーかアンタが変態だ。
 俺は助けを求めてアルにアイコンタクトを送る。心を重ねた俺たちにとって互いの意思を伝
えるにはこれで充分なはず。

「だ、駄目だぞ九郎! わ、妾はお尻まで許したつもりはない!」

 ……全然通じてなかった。うう……。

「変質者がいるのはこの教会であります、ネス警部! 警官隊突撃〜〜!」

 掛け声とともに警官隊が突入してきた。
 普段のヘタレ振りはどこへやら、迅速な動きで俺を拘束する。両手に手錠が掛けられた。

「よ〜し、逮捕だ変質者! お前には黙秘権も弁護士を呼ぶ権利もないからな!」

「無いのかよ!?」

 すかさず突っ込むが黙殺された。そうして俺は護送車に詰め込まれた。
 向こうでアルとライカさんが手を振っている。
 扉が閉まる前に俺は上空の太陽を見上げた。
 ――ああ、昼間だけど……今夜はこんなに月がキレイ――だ。

デモンペイン〜無謀編〜おまけ

「ネス警部。そういえば例の変質者はどうなりましたか?」

 昼食時、ストーンは思い出したかのようにネスに訪ねた。
 ネスは伸びてしまったラーメンに舌打ちしつつ答える。

「ああ、アイツか? アイツだったら最近評判のカウンセラー。カリグラータ先生とピン
クの壁紙が張り巡らされたせま〜い地下室で、みっちり一週間のカウンセリング中」

 ネスはしれっと言い放つ。
 ストーンは渋面になりながら言った。

「カリグラータ先生ですか……」

 件の女医の顔を思い浮かべようとしたが、脳がそれを拒絶する。
 そんなストーンを横目にネロは得意気に語る。

329 名前:デモンペイン〜無謀編〜おまけ[sage] 投稿日:03/05/16 07:11 ID:Botl7h/x
「凄いんだぞ〜、カリグラータ先生は。彼女のカウンセリングにかかれば、どんな凶悪犯
罪者もすぐに大人しくなる。まぁ、まるで別人のように目は虚ろになって口の端から涎を
垂れ流すようになるのが玉に傷だが……」

「……自分は犯人に同情します」

 そう言って犯人に黙祷するストーン。

(ぴぎゃああああーーーー!?)

 地下の方から悲痛な叫びが聞こえてきた気がした。

「軽い軽い。まだ3日目だし。辛いのはこれからさ」

 そう言ってネスは食後の一服をするため席を立つのだった。

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