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155 名前:その1。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:36 ID:VUIfXCU/
 年も明け、人々がようやく正月の空気から抜け始めた、そんな頃。雪深い山中に
あるペンションに明かりが点っていた。古城めいた印象を与えるその建物は、外界の
硬質な冷気を完全に遮断して、十九世紀のイギリスさながらの暖炉は彼女達に
ゆるやかな暖を与えている。

 室内にいる、年若い女性達。人数は六。ファントムからエレン。ヴェドゴニアから
リァノーンとモーラ。鬼哭街からは瑞麗。“Hello,World.”からは奈都美と純子。
彼女達はそれぞれの秀麗な容貌を曇らせ、巨大な円卓に用意された料理の数々を
ぼんやりと眺めていた。

 ぽつりと、純子が呟く。
「……遅いわね、和樹君たち」
 そうですねと奈都美がうなずく傍らで、リァノーンが訝しげに小首を傾げる。
「惣太もほかの方達も、時間にルーズな人ではありませんよね?」
 玲二はその限りではなかったなと、エレンは胸中で思う。あの人は意外と、
ここぞという所で間が悪かったりした。
 と、モーラが隣に座る、自分と同程度の背丈の少女へ尋ねかける。
「ここへの予約を入れたのはあなた?」
「はい、そうですけれど?」
 少し視線をずらして、モーラは円卓の上に置かれている食器を見やる。
「私達六人と、惣太達を合わせて計十人のはずでしょう? ひとつ足りないんじゃ……」
「あら、濤羅ならもう訪れておりますよ?」

 うっすらと、少女の唇に女の艶を浮かべ、瑞麗はその白い繊手を胸に当てる。
「濤羅はここにおります。これから先もずっとずっとずっとずっとずっとここに」

 彼女達は恐怖した。同時に、ちょっと見習ってもいいかなとか思った。


156 名前:その2。車内側[sage] 投稿日:03/02/07 16:37 ID:VUIfXCU/
 山の天候は変わりやすい。山頂ではそれほどでもない降雪も、そこへ続く山道では
その限りではない。ずんぐりとしたフォルムの車は、吹雪く粉雪のせいで低速での
走行をよぎなくされていた。すでにスタッドレスタイヤもその役割を放棄している。

 惣太がハンドルを握ったまま、ぼやく。
「あかんわこれは。やっぱ雪国育ちじゃないと甘く見ちまうよなぁ」
「……寒ぃ」
「そうですね。今晩中に到着するのは無理かもしれません」
「……寒ぃ」
「やれやれ。久しぶりにモーラと会えると思って楽しみにしてたのに」
「あ、僕も同じです。また彼女達に会えるなんて夢見たいですよ」
「……寒ぃ」
 
 惣太がうろんな視線を助手席に送る。
「さっきから何を半死人みたいに呟いてるんだ?」
「寒いんだよ! むちゃくちゃ寒いんだよ! 何でお前ら平気なんだよ!?」
「そんなに寒いか?」
「僕はそんなに」
(……俺が普通なんだ俺が普通なんだ俺が普通なんだ俺が)


157 名前:その3。車内側[sage] 投稿日:03/02/07 16:37 ID:VUIfXCU/
 ますます壊れ始めた玲二を見かねたのか、惣太が懐から小さな飲料用パックを
彼へ投げ渡す。
「なにこれ?」
「栄養剤。少しは寒さが紛れるぞ」
「へえ。ありがと、助かるよげふ」
「うわっ! きたな! 車内で吐くなよ!」
「……想像はついてるが、何だこれは?」
「ハブの血。輸血用の血液ってなかなか手に入らなくてさ」
「……そうだろうな」
「でも数ガロン単位で注文したらすげぇ嫌な顔された」
「……そうだろうとも」

 ふと疑問を覚えたのか、和樹がおずおずと尋ねる。
「吸血行為って、過程が大事なんじゃないんですか?」
「ほら、俺って菊地秀行的吸血鬼じゃなくてブレイド風吸血鬼だし」
「ブレイド風って、お前ヴァンパイアだから敵役になっちゃうじゃないか。
ブレイド役は誰よ?」
「そりゃやっぱし剣持ってるから……濤羅?」
 
 瞬間、全員の脳裏にスキンヘッドで剣を構える濤羅が浮かぶ。
 
「ぶわははははは! いい! ナイスだ惣太!」
「だろ! だろ! 俺まえからあいつの前髪の生え際、やばいと思ってたんだよ!」
「笑っちゃ……いけない……笑っちゃっ……!」


158 名前:その4。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:43 ID:/XxfnSc4
「先に始めてしまいましょうか?」
 リァノーンの言葉に、全員が頷く。せっかく作った料理。このまま冷ましてしまう
のはあまりにも勿体無い。
 
 流麗なしぐさで、リァノーンが料理を切り分けていく。ここに並ぶ物の約半数は、
彼女の手によるものだ。と、奈都美が目を輝かせて、
「うわー、リァノーンさんこれは何ですか?」
「スウェーデンのハンバーグです。リンゴン・ソースをかけて食べて下さいね」
「これは!? これは!?」
「それはピティパンナ。ビート根の酢漬けを付け合せに用意してありますから」
「へぇー! リァノーンさんって、お料理上手なんですね!」
「ありがとう、奈都美さん。でも、誰かに料理を振舞うなんて本当に久しぶりなの。
一応味見はしたのだけど、もし舌に合わなかったら遠慮なくおっしゃって下さいね」
「はい! ……って、あ、そ、そうじゃなくて! そんなこと絶対無いと思います!」
「まあ、優しいのね奈都美さんは」
 
 談笑を交わす彼女達を見ながら、はっきりとモーラは不快であった。一目でわかる。
あの奈都美という少女は恵まれた環境で、まっすぐに育ったのだろう。言動に裏はなく、
影もなく、素直に思った言葉を口にする、平和の象徴のような娘。その彼女に、
最古の吸血鬼の一人であるロード・ヴァンパイアが友人のように笑いかけている。
なんという茶番か。


159 名前:その5。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:47 ID:/XxfnSc4
 吸血鬼、吸血鬼、吸血鬼! 爆発しそうになる憎悪を寸前で押さえつける。
それは、眩暈のするほどの苦痛であった。やはり、やはり自分は……
「モーラさん?」
 声。銀の鈴の鳴るような美声。だがそれは、人を惑わす無形無臭の毒だ。
 冷ややかにリァノーンを見つめ返し、モーラは薄い唇を動かす。
「何か御用かしら、ヴァンパイア?」
 リァノーンは少し悲しげに睫毛を伏せ、
「その、モーラさんの紅茶には、砂糖を入れてもよろしかったかしら?」
「結構よ、砂糖も紅茶も。ヴァンパイアの用意した物に、手をつける気はないから」
 最後の言葉は明らかに余計でだった。事実、モーラは口にした瞬間に後悔した。
 しんと、場が静まる。みなの視線が自分に集まる。暖かな晩餐が、一瞬にして
居心地の悪い空気へと変わった。

 ああ、やはり、自分は……
「ごめんなさい。やっぱり、私は場違いだったわね。さきに失礼させて……」
「だめですよ!」


160 名前:その5-2。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:48 ID:/XxfnSc4
 奈都美の声が遮る。彼女は目に涙さえ浮かべていた。
「そんなこと言っちゃだめです! えっと、えっと、そんなことっていうのは今の
発言に対してで、さっきのことじゃなくって、帰るとか帰らないとか、ええーと、
紅茶もリァノーンさんのお料理もおいしいし、つまりその、と、とにかく! 
そんな寂しいこと言っちゃ駄目です!」

 支離滅裂。ひどく珍しいことに、モーラがきょとんと両目を大きく開く。
「でも、私は……」
「わ、わたし、今日は薫ちゃんに借りたDVDビデオを持ってきたんです!
だから、それを一緒に見ましょ! ねっ!」
 小刻みに震えて、こちらを見つめてくる奈都美。それを無下にできるほど、
自分は強くはない。すっと、モーラの肩から力が抜ける。根負けしたように瞳を
和らげ、彼女は控えめながらしっかりと頷いた。

 小声でリァノーンが謝辞を呟く。
「奈都美さん、ありがとう」
「い、いえ、そんな」
「ところで、何を持ってきたの?」
 純子の質問に、奈都美は明るく答える。
 
「ヴァンパイアハンターD劇場版です!」
「…………」
 
 一人エレンは『玲二まだかなー』と全く違うことを考えていた。


161 名前:その6。車内側[sage] 投稿日:03/02/07 16:49 ID:/XxfnSc4
「まっずいなぁ。本格的に迷ったかもしれん」
「おいおい。しっかりしてくれよ運転手」
「ナビは助手席に座った人間の義務だと思う」
「いざとなったら歩いていきましょうか?」
「そだね」
「そんなんできるのお前らだけだ」
 
 しばらく思案した後、和樹が提案する。
「あの、僕が調べてみましょうか?」
 その声に、玲二が首だけで振りかえった。
「そりゃ助かる。電覚ってやつだっけ? でもそれって端から見たら電波飛んで
きてる危ない人みたいだよな」
「……ほっといて下さい」
「あ、自覚してたんだ」
 ごほんと咳払いをしてから、和樹は瞼を閉じて電覚状態へ移行する。五感機能に
割り当てていた感覚クラスタを、ネットワークへのアクセスに使用。電覚空間認識。
ネットワークへ接続している自分自身のゲートを潜り、電覚空間に侵入……した瞬間。

 覚えのある、圧倒的な存在感が和樹を押し包んだ。
『まさか、これは……! あなたか、オシリス!』
 

 突然すべての動作を停止した和樹に対し、二人は恐々とした視線を向ける。
「おい、なんかフリーズしたっぽいぞ」
「寒かったしぁ」


162 名前:その7。D、公開[sage] 投稿日:03/02/07 16:49 ID:Lk6S/3/3
『馬を置いてとっとと出て行け! ダンピールに売る物などこの村にはない!』
 
『ダンピールがよくも私の体に触れてくれたわね!』
 
『俺はダンピール。人のようには……生きられん』
 
『哀れだなダンピール。なぜそこまで人の味方をする?』
 
『断言しよう。貴様もいずれ、人の血を啜ることとなる』
 
『その時は、俺が追われる側となるだけのこと』
 
『俺が花をそなえる必要はなかった。それが分かっただけでいい』
 
『――D』


163 名前:その8。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:50 ID:Lk6S/3/3
 白い顔色をいっそう白くさせ、小刻みにモーラは身体を震わせ始める。別に
それは、映画最後に流れ始めた場違いな邦楽のせいではない。
 
 そしてそんな彼女の様子に全く気づかず、奈都美は嬉々として解説を始めた。
「この主人公がね、すごく可哀想なの。原作中では明言はされてないんだけど、
たぶん父親が吸血鬼で母親が人間で、ハーフなの。あ、ダンピールっていうんだっけ?」
「…………」
「それでね、ダンピールっていうのは吸血鬼側からも人間側からも疎まれるんだって」
「…………」
「まれに受け入れてくれる人がいても、寿命が違うせいでいつも取り残されちゃうし」
「…………」
「この映画のラストは、それがものすごく綺麗に演出されてると思うの。って、
全部薫ちゃんの受け売りなんだけどね」
「…………」
「結局ダンピールはダンピールのままなんだけど、ただ哀しいだけの悲劇じゃなくって、
こう心にぐっと……って、あれ? モーラちゃん、ひょっとしつまらなかった?」
 
「うわーん! お兄ちゃーん!」


164 名前:その9。瑞麗内部[sage] 投稿日:03/02/07 16:50 ID:Lk6S/3/3
(妹の声が! 妹の声が俺を呼んでいる!)
(違うの濤羅! 今のは私じゃない! 私以外の女を妹と呼ばないで!)
(妹の叫び声が俺をぉぉぉぉぉ!)


165 名前:その10。車内側[sage] 投稿日:03/02/07 16:51 ID:Lk6S/3/3
『暖かな、光。これが、君の言う人の可能性……か?」
『そうだ、何一つ軽んじられる物などない、僕が今まで経験してきた全てだ。オシリス、
僕と同じ機能を有するあなたなら理解できるはずだ! 人は、人間は決して手遅れ
なんかじゃない! 人類抹殺計画は論理性を欠いたものに過ぎないんだ!』

『…………』
『オシリス!』
『……私はもう、消える。後は、君達がどのような結末を迎えるのか、見ていたかった
事ではあるな……』
『オシリス……』
『さようなら、私の息子』
『……かあ、さん』
 
 
「おい、なんか今度は泣き始めたぞ」
「ガンオイル挿してみる?」
「四十五度くらいの角度で叩いてみるとか」
「あ、昔一人暮ししてた時にあったテレビ、それで直ったんだよな。懐かしいなー」


166 名前:その11。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:52 ID:bjAbwFsV
「少し、探してくる」
 それまで無言であったエレンが、静かな所作で立ち上がる。その彼女の言葉に、
純子は耳を疑った。
「探してくるって、和樹君たちを? この雪の中で?」
「ロシアにいた事もあるから、雪には慣れてる」
「そうかもしれないけど……あ、モーラさんもあの辺りの出身だったかしら?」
(私はクールなハンター私はクールなハンター私はクー)
「……お願いするわ、エレンさん」
「ええ」
 
 と、エレンが防寒着を羽織りドアをくぐった直後、唐突に電話のベルが鳴り始める。
「惣太達でしょうか?」
「だとしたら間が悪いわね。まあいいわ、私が出るから」
 しなやかに上半身だけを伸ばし、純子は受話器に指を引っ掛けた。
「はい? 和樹君?」
『あ! その声はあなたね公務員! なんで私と同じEDもない脇キャラのあんたが
出張ってんのよ! なにげに本編でも私より登場シーン多いしCGも多いしキャラ
ランキングじゃいっつも上位だし! 脇の癖に脇の癖に脇の癖にきゃーちょっと
なによ今はわたしが『なんでわたくしじゃなくておばさんがそこに居るんですの!
北条財閥を見くびらないで下さい! 権力と財力は使ってこそ華!エロマンガ島の
ような僻地にとばしてさしあげま『あそこって確か水没したんじゃ――

 
 ガチャン。結局一言も発さないまま、純子は受話器を戻す。
「誰だったんですか?」
「変な人」

 嘘ではない。


167 名前:その12。車内側[sage] 投稿日:03/02/07 16:53 ID:bjAbwFsV
『……ん、……いさん、……兄さん……!』
『遥香? 遥香なのか?』
『はい、私です兄さん』
『そんな……』
『ふふ、兄さんがHIKARIを説得した時と同じです。ネット上にあるただの
情報としてではなく、無機頭脳を有した一個体として存在しているから私は消滅を
免れました。だから、兄さん……』
『うん。うん! また二人で一緒に暮らそう』
『はい!』
『あ、千絵梨さんもいるから三人だね』
『…………』
 
 万感の想いを胸に抱いたまま、和樹は電覚状態から復帰した。この世の幸福を
独り占めしてしまったような、そんな錯覚さえ覚える。そして強ばる両瞼を押し
開いた時、最初に視界に入ったのは、壊れたおもちゃを見るような目でこちらに
視線を向けている男二人だった。

 
「……あの、僕がたった今世界を救ったって言ったら、信じてくれます?」
「おい、いよいよやばいぞ」
「俺ちょっと後ろからハンダゴテ取ってくるわ」


168 名前:その13。ペンション側[sage] 投稿日:03/02/07 16:53 ID:bjAbwFsV
「ただいま」
 素っ気無い仕草で、短い黒髪に積もった雪をエレンは払う。その彼女を、
一時原因不明の機能停止に陥っていた瑞麗が迎え入れた。
「お疲れ様です。いかがでしたが」
「駄目。熊しかいなかったわ」
「……熊はいたんですか」
「手強かった」
「……戦ったんですか」
「さばくから手伝って」
「持ってきちゃったんですか!?」
 
 まあ、
 
(私はクールなハンター私はクールなハンター私はクールな)
「あ、あのー、モーラちゃん? これってひょっとしなくても私のせい!?」
「だいたい和樹君が悪いんだもん。私のせいじゃないもん。若佳奈さんのEDは
あるんだから年上がダメって訳じゃないはずだもん」
「はい、そうですね」
 
 おおむね平和であった。


169 名前:その14。謎[sage] 投稿日:03/02/07 16:53 ID:bjAbwFsV
 古びた旅館内に、尋常ではない集団が居た。たった四名ではあるが、ヤクザに
吸血鬼にサイボーグにロボットである。尋常ではない集団と、そう表現しても構う
まい。
 
 生真面目に、旅館の館内着である浴衣を着こんだサイボーグが、手にしたグラスを
傾けながら問う。
「吸血鬼。場所を誤っているということはないのか?」
「戯言を」
 こんな所でさえ真紅の甲冑を脱ぎさえせず、大剣を背負ったまま、その男は逞しい
犬歯を覗かせながら猛々しく笑った。
「俺の心は姫の御心に通じておる。誤りなどあろうはずがない」
「少しよろしいですか?」
 こちらも浴衣姿の、インテリ然とした青年ヤクザがそう断ってから、吸血鬼が
指先ではさんでいる紙切れに目を通した。
「これ、なんて読みました?」
「極東の島国の言語とはいえ、ぬかりはない。『林山』であろう」
「たぶん……『木木山』って書いてあるんじゃないですかね?」
「…………」
 沈黙。白い空気が凍っていく。否、ただ一人、パーカー姿の男だけが爆笑していた。
 
「ひゃーひゃひゃひゃひゃひゃ! なんておめでたい奴なんだ、お前はぁ!
俺を笑い死にさせる気かきさげふごほぐはぎあァァァァァ!!」
 チタン製の大剣は、その切れ味を遺憾なく発揮した。


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