或る文芸部部長の極めて平穏な一日

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 私の朝は、オニオオハシ(オオハシ科、生息地アマゾン)の囀りを目覚ましに始まる。木々から
漏れる朝の光を浴びながら簡単な毛づくろいなんかをしていると、ペットの権太(アナコンダ、
ボア科、生息地アマゾン)が空腹の唸りを上げる。権太は、以前、私の縄張りに侵入してきた
不届きものだ。そのとき、ちょうど獲物のストックを切らしていたので朝御飯のおかずにでも
と思ったが、捨てられて雨に打たれた子犬の如く、あまりにも寂しげで懇願するかのような目を
向けるので、仏心で飼ってあげることにした。勿論、主人が誰なのかを教え込むことは忘れて
いない。そのあたり、私は抜かりは無い。昨晩狩ってきた兎を二羽権太に与えると、私も自家製
のスッポンの生き血を飲み物に、イグアナの串焼きなど朝食を摂る。権太が喜びにトグロを巻く
音をBGMに、優雅な朝食の一時が流れる。それにしても、権太の食事の作法は何度注意しても直
らない。よく噛んで食べなさいと言っているのに、いつも丸呑みしてしまう。無作法なだけで
なく消化にも悪い。憂慮すべきことだ。

 朝食を済ませてから、腹ごなしにブロック塀を二、三枚、手刀で叩き割るのが私の日課だ。
今日はとても調子が良く、五枚も割ってしまった。人間、やはり最後に頼りになるのは己の肉体
だけだ。軽く汗を流したあと、水浴みをする。今日は水場で、メガネカイマン(ワニ目アリゲー
タ科、生息地アマゾン)にはでくわさなかった。昨日、私に獲物の奪い合いで負けて、屈辱感に
打ち拉がれてるのかもしれない。生存競争のライバルなのに、何故だか親近感を感じてしまう
彼の名前。これって、恋の予感? 水浴みを終えると、ヘアスタイルを整える。私は身嗜みには
気を使うほうだ。服装や言葉遣いの乱れは心の乱れに繋がる。いつでもきちんと身なりを整えて
隙を見せないようにしないと、この弱肉強食の厳しい社会は生き抜いていけない。私が特に気
を払うのは、この二本の長く伸びた触角だ。この触角は、岩穴を抜けるときなんかに、自分の
体が通るかどうかを推測するのにとても役に立つ。他にも他者の気配を感じ取ったりするレー
ダーの役目も果たしてくれる。これのおかげで私は三度命を救われたといっても過言ではない
だろう。とても重宝している。まさに私の生命線。

 全て支度を終えると、権太に留守を任せて、私は桜坂学園へと向かう。いくら己の肉体が武器
になろうとも、その武器の有効な使い方を知らなければ意味がない。武闘派を自認する私だが、
己の肉体のみを鍛え上げて陶酔しているような馬鹿とは違う。己の切札は最後まで隠しておく
ものだ。そのために私は敢えて文治派を主張している。能ある鷹は爪を隠す。周りの人間は誰
も気づいていない。ただ一人、気になる男はいるが。その男――学園にいる後輩――だが、初め
て会ったときから私の正体に気づいている節がある。今は何とか誤魔化せているが、悟られるの
も時間の問題かもしれない。洞察力の鋭い男だ。まあ、いざとなれば私にはその男を黙らせる
手段なんていくらでもある。せいぜい、言語の有難さを身を持って知るような事態にならない
ことを祈っておくことだな。憐れな後輩君。

 学業を終えて放課。私の肩書きは文芸部部長となる。ホワイトカラーを気取るには絶好の隠
れ蓑。件の後輩も、学年が上がってから時々顔を見せるようになった部員だ。今日は見当たら
なかったが。私には忌むべき敵なのに、何故だろう、いないと一抹の寂しさのようなものを覚
えるのは。知らず呆けていたら、同輩の幼子に背後を取られた上に心配までされてしまった。
不覚だ。私としたことが。しかしこの感情は誤魔化しようがない。そう、例えるなら、相方に
先立たれて、一人取り残された漫才師のような。認めないわけにはいかないのかもしれない。
私の中に流れる熱いお笑いの血を。
 今日は、大金槌で廃車を叩き潰すバイトは入ってなかったので、部活動終了とともに真直ぐ
帰宅。帰ってみると、権太が自分で捕らえた獲物を生殺しの状態で弄んでいた。どうやら、退屈
というものを覚えてしまったらしい。知的進化の一歩かもしれない。早速、権太観察日記に、
その一文を書き加えた。それから、夕食の獲物を狩ってきて、権太と二人で仲良くディナータ
イム。それを終えると、軽く体を動かし、私のテリトリーに侵入するものに対する罠を仕掛け
てから、就寝。日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。規則正しい、かつ合理的な生活。
本日も平穏な一日。世はなべてこともなし。





 なお、このお話はフィクションであり、実在の人物・団体・メガネの人・アマゾネスとは一切
関係ありませんので。念の為。

                  『創作における人物描写の習作或いは卑近な人物所感』
                        文芸部所属 二年A組 桜井ハンサム之介









「ふ、ふふ……。これは、あの桜井(バカ)の遺書と受け取っていいのかしら?」
「ひ、ひかりぃ。お、落ち着いてっ、ねっ! ほ、ほら、桜井くんも部活動にやる気を出して
 きたのかもしれないし。ねっ。早まった真似したら駄目だよっ」

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