アリスの憂鬱

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 目が覚めた。
 時計を見る。六時半前。
「うわ、もうこんな時間じゃない」
 慌てて躰を起こそうとして、思わず、くの字に折り曲がった。
「痛たたた」
 全身が筋肉痛にでもなったかのように痛く重く、節々は軽い熱を持っていた。
 でも、そんなのに構っている場合じゃない、
「マリア、早く起きな―――――――――――――――」
 硬直した。
 人間、心底驚いたときは声も上がらないものだってしみじみ思った。
 ベッドから左半分には透矢とマリアがお互い向き合って手を軽く握り合って眠っていた。
 天窓から射し込む朝陽がシーツの上で穏やかな表情を浮かべる二人を真っ白に照らして、とても幻想的な光景
に見える。
 
 マリアが少し首を傾いで透矢の手に顔をうずめるようにした。

「――――――――――――――」
 何故だろう、涙が出た。頬をゆっくりと落ちていく。これは何の涙なのだろう。
 二人が霞んで滲んで見えなくなる。
 鼻の奥がツンとなる。
「ティッシュティッシュ」
 自分でもムードないなあと思うのだけれどこればかりは仕方がない。どんなに綺麗な涙でも鼻洟は誘発されるもの。人間を
こんな風に創った神様が悪い。
 鼻をかみながら、今日くらいは朝のお祈りをサボらせてあげてもいいかな、なんて思ってマリアに目を向ける。
 その横の透矢が再度視界に入って、ようやっと、

「何で透矢がここにいるの」
 
 それに気づいた。

 理解するには相応の器が要る、理解できないものは存在していないのと同じことだ。
 透矢は最初からそこにいた。でも、私は透矢を視界に捕えても、起き抜けの茫洋たる意識にまかせて
その意味を理解しなかった。
 それと同じように、私と透矢とマリアは粒子の細かいタオルケットにくるまっていただけで、
何も身に付けていない状況であるということを、今まで理解していなかった。
「…………それって、つまり」
 顔から火が出た。
 夜中のことが脳裏にありありと再現される。私と、透矢と、マリアと、三人で…………さんにんで…………透矢に…………
お願いして…………。
「ううぅ―――」
 さっきまで自分が抱いていたであろうタオルケットを引っ被って、亀になる。
 丸くなっても、甦ってきた感覚が躰の上を這い回ってくる。収まれ、収まれ、収まれ。口唇に、首筋に、鎖骨に、乳房に、腹部に、
手に、下肢に、そして。
 
 三分ほど。丸くなったままで平静を取り戻そうと努力した結果、時計の針が動く音が聞こえるまでになったので、ベッドを這い出た。
 そこでまた、ぎょっとする。
 黒のワンピースと白のパンティがそれぞれ二つづつ床に転がっていた。夜中、している途中で皺にならないよう脱いだやつだ。
 それを避けるように大回りして、着替えを取り出して、部屋を出た。
 新しい服を抱えたまま、階段を駆け下りてお風呂場に飛び込んだ。
 熱いシャワーを十分に浴びて、教会へ向かう。
 
 祈りの場。
 マリア像の前に跪いて祈りを捧げる。
 神に祈ること、母の思い出を胸に抱くこと。寄り辺を得た私たちには、もう必要ないのかもしれない。それでも、
こうして祈りを捧げることは、無意味ではない。私たちは即物的な救済のみを仰望していたわけではないのだから。

「おねーちゃん、おはよう」
「お、はよう」
 家に戻ると、マリアが朝食の支度をしていた。黒いワンピースの上から白のエプロンを見につけて、いつも通りに
ちょこちょこと動き回る。
「…………マリア」
「うん、どうしたの?」

 無意識のうちに声に出していたらしい。マリアから返事があった。でも、続きは言えやしない。
 だから、代わりに別のことを、
「今日の朝食は何かしら」
「あのね、ご飯とね、お味噌汁とね、茄子の漬物とね、アジの開きとね、大根の千切りとね、あとねあとね」
 マリアは歌うように献立を披露する。
「おいしそうね」
 私は作りものの笑顔でそれに答える。
 何故、マリアは昨日の今日でこうも普段どおりの態度をとれるのだろう。昨日のアレはそんなにも普通だったのだろうか。確かに、
私とマリアは二人でそういう行為をしてきた過去がある。でも、透矢が混ざることで前とは全く違うことになってしまった。
 未知が既知になるということ。
 うろたえる私と平静を保つマリア。
 私は初めてマリアの後塵を拝したのかもしれない。

「―――ちゃーん、おねえちゃんってば」
「…………どうしたのよ」
 思わず目を伏せてしまった。
「そろそろ透矢さんを起こしてきてくれないかな」
「…………何で私が」
「もうすぐご飯が出来上がるから、三人で一緒に食べようと思って」
「マリアが起こしにいってくればいいじゃない。ここは私がやっておくから行ってきなさい」
「ご飯の支度は私がするからいいの。おねえちゃんは透矢さんのところに行ってきて」
 それなりに強い口調だった。最近のマリアは時にこういう風に強く出ることがある。それが誰の手によってもたらされたのかは
言うまでもない。
「今、行けば透矢に甘えられると思うけど?」
「…………それならおねえちゃんがどうぞ」
 これには返す言葉もなかった。マリアが痩せ我慢をしているのは見て取れるけど、まさか、ここまで突っぱねてくるなんて。

 結局、マリアに押し切られた形で私は階段を上っている。
 部屋の前まで来て、軽く扉を叩いてみたけれど、中から返事はない。
 とくん、とくん。胸の鼓動が全身に伝わってくる。

 透矢はまだ寝ていた。さっきから姿勢を変えていないのか、マリアが寝ていた方に躰を傾けている。
 私は窓側の、私が寝ていたところからベッドに上って、透矢の上に覆い被さるようにして顔を見た。ともすれば、私たちより
幼い寝顔がそこにある。
 胸が一層の早鐘を打つ。ドキドキドキドキドキ。自分の中の想いに絡め取られそうになる。

「おはよう、アリス」
 不意に透矢の声。勝手に躰が仰け反って、
「――――――わわっ」
 ベッドから落ちそうになり、ぎゅっと、力強く透矢に捕まえられて、その胸に飛び込んだ。
「ははっ、危なかったね」
 温かく心地よい胸の中。だけど、
「も、もう大丈夫だから、離して」
「あ、うん、ごめんね」
 私の背中に回されていた手の力が抜ける。
「透矢が謝る必要はないわ。寧ろ私がお礼を言わなければダメね、この場合」
「いや、僕が、びっくりさせてしまったみたいだから……」
 それを無視し、息を吸い込んで、
「助けてくれてありがとう、下でマリアが朝食の用意をして待っているわ。早く着替えて下りてきて」
 矢継早に用件を伝えると、私は身を翻して、部屋を出る。
「アリス」
 その背中に掛けられる声。
「おはよう」
「……おはよう」
 小さく、口の中で消えそうなほど小さく。
 私は返した。

 朝の食卓はそれなりに会話が弾んだ。
 マリアがコロコロと笑いながらあれこれと忙しく話し、それに透矢が相槌を入れる。二人が私にも話を
振ってくるので、会話自体には参加しているけれど、自分から話し出すことはなかった。
 私は、自分を御することもできないような幼子なのだろうか。
 二人が気に掛けてくれていることは痛いほど分かるのに、それに応えることができない。
 私は、弱くなったのだろうか。

 食後、お茶を飲んでゆっくりしている頃合。
「二人とも、いつくらいに僕の家に移るの?」
 透矢が切り出した。
「えーと、いつ頃からならいいですか?」
「僕はいつでもいいよ」
「本当ですか。なら明日にでも……」
「うん、分かった」
「……………………」
「おねえちゃんもそれでいいかな?」「アリスもそれでいいかい?」
 私の気にする二人の声が重なる。
 苦笑しながら、
「私もそれでいいわ」
 そう返した。

 お茶会のあと、透矢の家に移る準備として、私とマリアの身の回りのものを整理するために掃除をすることになった。
大きな荷物やすぐに必要にならないものはおいおい取りにくることにして、まずは日常的なものを移すことになった。

 私は一人縁側に出て洗濯物が上がってくるのを待っていた。
 各人それぞれ何をするかというくじ引きの結果、私は服やシーツやタオルケットを洗うことになり、
透矢とマリアは家の中の掃除をすることになった。それが終われば全員で教会の掃除を行い、持っていくものを
選ぶということになっている。
 ガウンガウンと洗濯機が立てる音に混じって、マリアの楽しそうな声が聞こえてくる。
 知らず知らずのうちにため息が出た。
「どうにもこうにも私らしくないわね」
 ピー、と脱水が終わった音を聞き届けると自分の中の澱を振り払うように立ち上がる。
 服や小物を先に干していき、最後に残ったシーツをふわっと浮かして物干し竿に引っ掛けた。
「上手いね、アリス」
 いつのまにか透矢が後ろに来ていた。
「まあね、ずっとやってきてるから」
「いい風」
 西からの風が柔らかく吹いた。庭先の草花がゆらゆらと揺れる。

「この天気なら洗濯物もすぐ乾くね」
「そうね」
 昼前の太陽はただひたすらに中空を目指して上っていく。

 夜。
「あのね、おねえちゃん……」
 日中の疲れをお風呂にて垢と一緒に流し、腰に手を当て牛乳を飲んでいると、
「今日ね、透矢さんとえっちすることになったんだけど…………」
「ブッ―――――ケホケホッ」
 マリアがとんでもないことを言い出した。
「……それ言い出したのって透矢?」
「ううん、私だけど……」
 軽い眩暈を覚えながらタオルで口元を拭う。
「……それで私にどうしろって言うの? 邪魔だから部屋を出て行け、とでも?」
 マリアはびっくりしたように首を振って、
「違うよぅ。私はおねえちゃんも一緒にどうかなって思って」
 私は近くにあった椅子にへたれこむように座った。
 俯いて、
「昨日の今日で良くする気になるわね。しかも三人一緒に……」
 昼過ぎには消えていた不安が胸の裡に甦った。力が抜けていく感覚。頭と節々がぼうっとしてくる。

「三人一緒に仲良くってダメかな?」
「昨日のは儀式に近いものだったし、あれだったけど、やっぱり私は三人でするっていうのは何か恥ずかしいわ……。
……マリアは恥ずかしくないの?」
「……私は別に。透矢さんとおねえちゃんだし」
 マリアは恥ずかしくない。私は恥ずかしい。
 マリアの透矢を、私を好きだという気持ち。私の透矢を、マリアを好きだという気持ち。それに
違いはない筈なのに。

 マリアが私の返事を待っている。
「私はいい。下の部屋で寝るから安心なさい」
「ダメだよぅ。おねえちゃんが嫌だって言うなら今日はしないから一緒に寝ようよ」
「でも、二人でするときは結局どちらかが席を外すことになるんだから、そんなこと言ってたらずっとできないわよ」
「三人ならいつも一緒にできるよ」
「あーのーねー。何でそういうことをさらっと言えるのよ、全く」
「ううぅ」
 すっかり気を落としたマリアを見て、少し気持ちが軽くなった。私がこだわっていることなんて何でもないのかもしれない。
「分かったわよ。三人でっていうのはやっぱりダメだけど、一緒のベッドで寝るくらいのことはしてあげるわ」
 気づいたらそんなことを言っていた。

 屋根裏部屋に上がると透矢が先に着ていた。
「あ、アリス」
「私は先に寝るから、安心してマリアを可愛がってあげて」
 私は黙殺するように透矢の横を通り過ぎてベッドに潜り込んだ。
 透矢のことは好き。大好き。私たちの力になってくれて、寄る辺になってくれて。勿論それだけじゃない。声や仕草に表情、
それらが作り出す瀬能透矢という人間そのものに、私は心を奪われている。透矢が何かをするたびにドキドキしてそれを見ている
自分がいる。でも、昨日のことで透矢にどう接すばいいのか分からなくなってしまった。傍にいるだけで恥ずかしい。視線を感じると
さらに恥ずかしくなる。
 胸が壊れそうになる。

 電燈が消えて、天窓から月明かりが射し込むだけになった。
 ベッドに重圧が掛かって軋む。
 シュッシュっていう衣擦れの音が聞こえる。その後は取り繕ったように声や音が聞こえなくなった。
 
 一時間、二時間、三時間。実際どれくらいの時間が過ぎているのかは分からないけれど、永遠のように感じる。
 ………………。

 何時間かが過ぎ、流石に今日はないかなって思い始めていると、不意に、

「んっ」

 マリアの声が聞こえた。
「ふう…っ…」
 声に続いて衣擦れの音が聞こえてくる。
「…んぷっちゅ…っと、透矢さぁん」
「マリアちゃん、もう少し声を下げて」
「は、はい」
 どんなに声を下げたところでこの距離では聞こえるに決まっているのに。透矢の馬鹿。
「っんう、っぱ…ちゅ…」
「くぅ、ちゅ…っ」
「…んんっゃ」
「ちゅ…ふむぅ、はぁ」
 ちゅぱちゅぱと水音が聞こえてくる。キス、なのだろうか。
「んくっ、ああぁ…やっ、ぁ……、も、もっと強くしてもいいですよぅ」
「うん」
「はあぁ、んふぅ…っぁぁはっ」
 ギシギシ、とベッドが軋む。
「やっ……ぁ……っはぁ、んん」
「っ…ぁ…っんぁ…ふぅ…」
「腰、浮かせて」
「こ、れでいい、っは、ですか?」
「うん」
 マリアに刺激を加える音が強くなって、
「んはあっぁぁん!」
 マリアが軽くイクときの声。ビクっとして、思わず、あの部分を守るように下肢に力を入れてしまった。

「んぅ―――――」
 辺りに漂い始めた甘い匂いに脳が痺れたのか、自分の手が意思とは関係なく服の上から胸に這い寄る。触れる。
先っぽが固くなっているのは分かるけれど、触れてみると実感としてそれが胸に響く。
 今度は直に手を差し入れて胸をまさぐる。上げそうになる声を殺す。
「っはぁぁ……っんぁ」
 耳にネトつくマリアの声。
「やっ、ぁっぁあ…ん」
 二人が絡む空気が伝わるほどに自分の芯が熱くなっていく。我慢、できなくなる。

 もうどこからが自分の意思でどこからがそうでないのか、分からない。
 おしりから背筋を駆け上げって脳に響く甘さの前に、半ば自分の意思で、胸をまさぐり、臍を撫でて下半身へと手を伸ばす。
 
 ふと、
 透矢の愛撫に喘ぐマリアの声やベッドが軋む音、シーツが擦れる音が聞こえなくなっていることに気づいた。
 
 それを気にしながら、手が全体を覆うようにして軽く触れた。
 ちゅくという水音。ぬるぬるとした感触。
「……っ…………っ……」
 頭から被っているタオルケットを噛んで声を何とか抑える。
 透矢とマリアの様子を探るのに背中の全神経を向けるけれど、何の情報も得られない。
 何故、二人の声や音が聞こえなくなったのだろう。不安が増大する。
 さっきまでならともかく、音が消えてしまったこの空間では、軽く声を上げるだけで何をしているのか、二人に知られてしまう。
 透矢に、知られてしまう。
 それだけは避けたかった。
 なのに、
 止まらない手。二本の指が縦スジに沿ってゆっくりと上下する。ぬめる音が二人の耳に届いていないか、と怖くなる。
 肌全体にしっとりと汗が浮かび上がってくるのを感じる。
「……ぁ……っっ……」
 歯に力を込めてもそれをすり抜けて空中に上る声。
 私が横たわっている場所以外は闇に没してしまったように気配が感じられない。
「……んぁ……っはぁ……」
 昨日の透矢にしてもらったこと、ずっとマリアと互いにしてきたこと、そういったことを想いながら自分自身を慰め続ける。

 ひょっとしたら見られているのでは、と思って、手が止まる。落ち着かない。悪戯が見つかった瞬間のような居心地の悪さが、
躰全体を支配して、動けなくなった。
 二人が見ているかもしれないという恐怖心。
 指を折り曲げるだけにも恐ろしいほどの気力がいるこの状況で振り向くなどできそうにはなかったけど、知らない振りで
朝を迎えてしまったら今度こそ二人に接することができなくなるという気持ちも痛いほどあった。

 振り向こうという心とそれを押しとどめる心。それが何十回か交錯して、覚悟が決めた。
 少しだけ頭を持ち上げて、ゆっくりと、ゆっくりと、回す。
 躰も寝返りを打つ振りをして、緩慢な動きで姿勢を変えた。
 
 閉じていた目をうっすらと開けると、

「……おねえちゃん」

 マリアと目が合った。
 弾かれるように立ち上がる。
「嘘っ、何でっ、起きてたの!?」
 腰が砕けて座り込む。
「おねえちゃん、我慢する必要ないよ。一緒にしようよぅ」
 マリアの横に控える透矢を見て胸が痛んだ。全部、全部見られてた。寝るって言った私がタオルケットに包まって、マリアの声と透矢が
愛撫する音を聞いて自分を慰めていた、その全部を見られた。
 ――――――恥ずかしい。
 ――――――悔しい。
 ――――――腹立たしい。
 色々な想いが混じり合って、私は叫んでいた。
「馬鹿マリア、透矢もよ! 私は恥ずかしいって言ってるのに不安だって言ってるのに何で分かってくれないのよ! 
三人一緒になんて恥ずかしすぎて出来るわけないでしょう! 私をからかって何が面白いのよ!」
 途中からダメだって思ったけど止まらなかった。
 私は泣き出してしまった。

「違うよ、おねえちゃん。おねえちゃんは恥ずかしいと思うほどに透矢さんが好きなんだよ」
 マリアが大人びた、子どもを諭すような口調で言う。
「すん……っ……何よそれ」
「何とも思ってない相手に見つめられたって心は動かないけど、好きな相手に見つめられるとドキドキする。相手を強く意識
しているから、そうやって、相手の視界に入っているのが分かると自分がどう映っているのか、とても不安になるんだよ。
恥ずかしいっていう気持ちもその延長。好きだからこそ不安になるし恥ずかしくもなるんだよ」
「……マリアのくせに」
 悟ったようなこと言っちゃって。
「ぅぅ―――」

「アリス」
 透矢の声。マリアに助けを出すようなタイミングだった。
「……何よ」
「こういう手段しか取れなかったのは悪いと思ってる。でも、アリスは本音を言ってくれないから。二人の居場所になるって
決めた翌日だったし、僕も不安だったんだよ」
 透矢が私に近づいてくる。私は後ずさって壁にぶつかった。
「……ダメ」
「アリスは僕のこと嫌い?」
 ずるい。私の気持ち知っているくせに。
「……嫌いなわけ、ないじゃない」
 透矢と私の距離がほとんどなくなった。頬に透矢の手が添えられ、
「ほら、目を瞑って」
 口唇が軽く触れ合うだけのキス。一回離れて、透矢が口唇をぺろぺろと舐めてくるので、
それに応えるように小さく口を開くとゆっくり舌が侵入してくる。
「―――んぅ……ちゅっぱ、…っんは、ぷあ」
 長いキス。苦しくなって、逃げようとしても逃がしてくれない。躰をしっかり抱きとめられて、身動きが取れない。
「…ふむぅ、ちゅ……んんん」
 歯茎を擦り上げられるのと同時に透矢の手が胸に被さってくる。
 透矢は右手で胸に、左手でおしりの方からパンティの中に手を入れて、それぞれ刺激を加えてくる。


「ぷはあっはあっ、んあ…はぅ…ああぁ……」
 やっとのことで解放されたかと思った口唇も、
「――――――んんぅ?」
 もう一度、覆い被さられ、胸と、中に挿し入れられた指の蠢動で、
「――――――――んあぁぁああ!」
 躰を小刻みに震わせ、イってしまった。

 くてんとベッドに倒れこむ。
 透矢のキスが長すぎたせいか、空気を吸い込んでも吸い込んでも苦しい。
「今日はおねーちゃんにさーびすさーびす」
 マリアが訳の分からないことを言いながら、パジャマのズボンとパンティを脱がせ始める。
「うわあ、すごーい。そんなに気持ち良かったの?」
「はあ、はっ、はっあ、はあ、何を、馬鹿なこと言ってるのよ。っは」
「だってー」
「ひゃうっ!」
 マリアのひんやりとした手が縦スジを広げようと這い回る。
「気持ちいーい?」
「っはあ、ばっ、やめなさいってばっ」
「おねーちゃん、逃げちゃだめえー」
「と、透矢っ」
 こんな惨状だというのに微笑ましそうな表情で眺めていた透矢に助けを求めると、ひょいっと脇を支えに抱え上げられ、
何故だか、四つん這いにされた。

「……何? この恰好……」
「マリアちゃん、アリスが先でいいよね?」
「はい! ……でも私にも後でして下さいねっ」
「ははっ、分かってるよ」
「ちょっと、人の話を聞きなさいよ、ってどこ、んん、触ってる、のよっ」
 私が身に着けている服の最後の一枚、半袖パジャマのボタンの隙間から手を挿し入れた透矢が固くなった乳首を摘み上げる。

「……んはあ、っと、うやあ、っぁぁは……」
「……昨日の続き、するつもりだけど……」
 耳朶を舐めるよう、甘噛みするように声を吹きかけられる。
「ぁああ、っはぁ…」
「……いいよね?」
「――――――――んっ、で、でもっ」
「アリス」
 私の中に透矢の指が入ってくる。くちゅくちゅ、イヤらしい音が耳に届く。
「――――――――」
 一瞬、声が出なくなったので、首を縦に何度も振って、透矢にサインを送った。髪の毛が背中に張り付いて気持ち悪かった。
 カチャカチャとベルトを外す音。透矢の方へ向こうとしたら、マリアに抑えられた。
「マリア、ち、ちょっ」
「おねーちゃんが四つん這いにならないと私も一緒にできないよぅ」
「あのね、この恰好でやれっていうの?」
「昨日、私がしてた恰好だよ」
 マリアが上にいた、昨日のことを思い出した。
「……仕方ないわね」
 今日は私が上になって、透矢を待った。

 準備万端整った透矢は自分のモノを私の入り口を擦り付けてくる。
「くうぅっ、はあ、何、してるのよぉ、この変態」
「ち、違うよ、中に入ったときアリスが痛がらないように湿らせてるの」
「そういう割りに、はっ、気持ち良さそうん、に、ぴくぴく震えてるけどっ、んん」
 当然、私も気持ちいいのだけれど、先に口にした方が負けって気がしてならない。
「アリスもエッチなこと言うようになったね」
「それっは、透矢、でしょ」
「んもう――――、仲間外れにしないでよぅ」
 私の下で待機していたマリアが不平を漏らして乳首をぴちゃぴちゃと舐めてきた。
「ひゃ、んううぁ…」
「行くよ」
 不意に、小さな声で囁くように透矢が宣言した。

「んんああっ――――――――」
 目の前が真っ白になった。鮮烈な光が射した感じ。
 入ったのは、ほんの先だけだった。強烈な違和感はあるものの、それほどまでには痛くない。
「き、つい」
 透矢がうめく。
「大丈夫ですか? 透矢さん!」
 マリアが慌てたように、私と透矢が繋がっているところを舐める。
 ぺろぺろぺろ。犬が傷を癒すみたいに舐める。
 マリアに舐められると、気持ちよくもあり、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。

 透矢が少しずつ体重を乗せて中に挿れてくる。
 壁が押し広げられ、深く進むにつれて、
「いたっ痛い、よう、痛い痛い」
 余りの痛さに情けない声が出た。
 透矢は少し進んでは休んでくれて、マリアと一緒に色々と愛撫してくれるので、中から溢れてくる愛液が潤滑油となって
わずかながら馴染んできた。

「あ」「あ」
 透矢のモノが私んの膜に到達し、二人で同時に声を上げた。
「ど、どうしたの?」
 マリアの心配そうな声。その声が場にそぐわなくて、はてなマークを浮かべているマリアをよそに二人してくすくすと笑う。
 その振動で、
「痛った―――」
 またも情けない声を上げてしまった。もうここまで滑稽になってしまうとえっちなことをしているというより、三人で遊んでいる
みたいだ。

「透矢。優しくしてくれてありがとう。もう最後だし、あとは勢い良くしてくれていいから。私が声を上げても構わなくていいからね」
「……でも」
「私がいいって言ってるんだからいいの。もうこの機会を逃すとこんな可愛い子をムリヤリなんてこと、できないわよ」

 マリアにもさせてあげたい。落ち着いてくると、そう思うようになった。だから、ここで時間と透矢の体力を消耗するのは
良くないと思う。…………されてみたい、という気持ちが全くないわけじゃないけど…………。
「アリス、堪えて」
 透矢が私の腰を掴んで、思い切り突き入れてきた。

 真っ白から、反転する赤。爛れ落ちるように赤から黒へ。視界が閉塞して何も見えなくなる。
「ん――――――――くぅ――――――――っかっは」
 空気が上手く吸い込めない。痛い、イタイ、いたい。
「…………おねーちゃん」
 マリアの不安そうな声。
 
 結局、順応してしまう自分が怖いというか、
「あひぃん、いっ、くぅん、はあ、あっはあ……んんぅ」
 私と透矢が繋がっているところからじゅぷじゅぷと泡立つような音が部屋全体に響き渡る。
「はあん、うああぁ……あぁはっぁあ……んん……」
 突き入れられる衝撃とその音しか感じない。
「っんう、っぱ…ちゅ…くぅ、ちゅ…っ…んっゃちゅ…ふぅ、はぁあ」
 マリアとの深く長いキス。胸を揉みあげているのは透矢の手。私を支えてくれる二人の感覚。
 頭を撫でられ、口唇を吸われ、胸を揉まれ、背中を撫でられ、おしりのすぼまりをつつかれ、
そして、中心を透矢に突き入れられる。
 痛いという気持ちが減退してくると、自分の中がどろどろに溶かされていく感じがして、躰を
保つ余裕がなくなってきた。
「と、とう、やあ、もう、わた、し、いっちゃいっちゃう、よお」
「アリスっ、もう少しだから」
 突き入れられるスピードが上がる。壊れるんじゃないかというくらいの揺れ。
「とうやっ、はやくう、と、んはいっ、んんぁ、ぎゅっ、と、してえ」
 のしかかられるというか抱きかかえられるというか、ともかく透矢は私を温かく包んでくれた。

「アリスっ」
「っはぁ中にぃ、だい、じょうぶ、だからっ」
 最後の一突きが来て、
「んんっはあはあああああああああああぁぁぁ――――――――」
 私の一番奥に、熱いものがどろどろと注ぎ込まれる。びくんびくん、って互いに震えてるのが分かる。
「はあ、はあ、ふぁ、はっは、はっ」
 まだ、透矢のモノは振動を続けて私の中に精液を送り込んでくる。多いよ、透矢ぁ…………。
 ……………………。

「あのあと、私が三回に、マリアは二回。透矢ってば底なしの変態ね」
「うう、それについては弁解の余地がなさそうだね…………」
 透矢は私の頭を、私は寝てしまったマリアの頭を撫でている。
 三人でベッドの上でゆっくりとした時間。
 このまま眠って、次の日を迎えても朝のときみたいなことにはならない。だって、透矢には私の中の中まで知られて
しまったのだから、これ以上恥ずかしいことなんて何もない。
 この胸の熱さを律することが出来そうで、私はとても嬉しかった。

「透矢―――」
「うん?」
「あのさ、赤ちゃんの名前、何がいいかなあ?」
「――――――――え?」
 私の頭を撫でていた手が止まる。撫でるように催促する。
「透矢、中でたっくさん出すんだもん。十ヶ月後はひょっとするかもよ?」
「だって、アリスとマリアちゃん、あの時……」
「うん、大丈夫よ。透矢はきちんと責任とってくれるんだから――――」
 そう言って、私は水の中をたゆたうようにまどろみ始める。
「――――――――――――――――」
 優しい透矢の声が遠ざかる。
 ……………………。


 目が覚めて、
 朝だということは、天窓からの様子で分かった。
 振り返って、
「……透矢ってば」
 透矢は色々な名前を書き散らした紙にボールペンを走らせながら寝ていた。
 私はその中の一つに赤いボールペンで丸を付けた。

 三人で目指す未来。幸せでありますように。
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