悪司の厄日

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「ん?」
 夕食時の悪司組。
「さっちゃん、なんか今日の味付け変じゃねぇか?」
 悪司がそう言った次の瞬間。
 ガタッ
 一緒に食卓を囲んでいた由女が、吃驚したように身を跳ねさせた。
「?」
 悪司がそれを怪訝そうに見る、すると、
「不味いか?」
 殺が、いつものように睨むような視線を悪司に向けて、素っ気無い口調
で聞き返した。
「うーん、不味いっちゅうか……なんかなじみのねぇ味だと……味噌汁の
具もなんかいびつだし……」
「ままま、不味いなら無理して食べない方がいいですよ、悪司さん」
 悪司の応えに、横から由女が慌てたような口調で割って入ってきた。
「あ、いや、無理するってほど不味いわけじゃねーけどよ」
 由女の言動に少し焦りながら、悪司が言い返す。
「なら、余計な事を言わずに黙って食わんか」
 殺はわずかに声を低くして、愛想のない表情を多少、険しくして言う。
「? なんだよさっちゃん、そんなに気に触ったか? それとも、どこか
体調でも悪いとか?」
 悪司は殺を気づかうように言った。
 にもかかわらず、殺は間髪入れず、突然憤りを露にしてガンっ、とちゃ
ぶ台を両手で叩いた。
「ええいっ! この愚か者が! 無駄口を叩く暇があったらさっさと飯を食
ってしまわんか!!」
「??」
 殺の突然の怒鳴り声に、悪司も、その隣にいた島本も目を円くする。

「あ、あの、殺さん、そこまで言わなくても……」
 恐る恐る、と言った感じで、申し訳なさそうに由女が殺に向かって言う。
しかし殺は、不快感を露にしたまま、
「このようなうつけを庇う必要はない…………あ、いや、スマン。言葉が
過ぎた」
 いつものように自分の甥を怒鳴り付けている気で強気に言いかけ、ハッ
としたように、慌てて自分の発言をただした。
「どう言う事だよ……」
 と、聞き返そうとする悪司を、殺がキッ、と鋭く睨み返す。
「……わかったわかった、黙って食えばいいんだろ、食えば……」
 殺に睨まれ、毒気を抜かれたように、半ばヤケ気味に言い放って悪司は
食をすすめる。
 その隣で、島本がふぅ、とため息をついた。

「お茶が入りましたわよ」
 寧々の手から、ことん、とテーブル、ではなく、事務机の上に湯呑みが
置かれる。
 組事務所の事務室。悪司はパイプ椅子に大股開き、手ブラ状態でだらし
なく腰掛けている。
「おう、さんきゅ」
 悪司は寧々にそう言ってから、けだるそうにぐちぐちと言いはじめる。
「しかしさっちゃん、なんだってのかな〜、急に絡んできて」
「若、思ったんですが……今日の夕食、殺様がおつくりになったのではな
いのではないでしょうか?」
 事務椅子に腰掛けた島本が、眼鏡の下で仏頂面のままそう言った。
「んー、しかし夕子さんは市議会にいずっぱりだし、他に誰がつくるんだ
よ?」
 やる気なさそうに悪司は聞き返す。
「奥様ではないかと」
「あー」
 あっさりと、しかしはっきりと言った島本の言葉に、悪司は最初、適当
な相づちをうったが、
「…………」
 きっかり5秒後。
「な、なにーっ!?」
 と、素頓狂な声を出して、驚愕の表情で島本の方を向く。
「ちょ、ちょっと待って。あの子、包丁なんてろくに持った事ないわよ?」
 寧々も慌てたような口調でそう言った。
「むしろそうだとしたら、あの具材のいびつな形も理解できます」
「そ、そりゃまぁ……」
 気まずそうな表情で、悪司はぽりぽりと頬をかいた。
「けど、それならそうと言ってくれればよ……」
「あの子思い込んだら一途ですものね」

 言い訳しようとする悪司に、すかさず寧々が追撃をかけた。
「きっと悪司さんを喜ばせようと思って、必死に……」
「う……」
 よよよ、と言った感じで俯きがちに言う寧々に、悪司は言葉に詰まる。
「ええい、くそっ」
 不機嫌そうに言いながら、悪司は焦ったように奥に入っていった。
「流石だね、とっさのところで」
「伊達に場数は踏んでないわよ。それに、半分くらいは本気だったしね」
 寧々の応えに、島本は愉快そうに苦笑した。
「しかしまぁ、お互い手のかかる人を上に持ってしまいましたね」

「しかし我が甥とは言えあそこまでうつけだとは思わなかったな」
 呆れたような笑みを浮かべながら、パジャマ姿の殺が勉強机に頬杖を突
いた。
 殺の自室。由女は床に直接、正座している。
「親父殿の孫とは思えん……いや、むしろらしいと言うべきか」
「もうちょっと上手に作れるようになってから出せばよかったですね……」
 由女はしょげ返るように俯いている。
「そんな事はあるまい」
 殺は即座に否定した。
「見てくれはともかく、味の方は充分合格だ。私が保証する」
「そうでしょうか……?」
 困ったように、俯いたまま上目遣いで殺を見上げる由女。
「おう、だからあまり気にするな」
 そう言って殺はため息をついた。
「はい……」
 しかし由女は、落ち込んだ様子のまま小さく返事をした。
「今日はもう遅い、そろそろ休んだ方がいいな」
「はい、そうします」
 殺が言うと、由女は力なく言って立ち上がり、
「失礼します」
 と言って、部屋を出ていった。
「あの馬鹿もんが、あとで直接的に制裁してやらんといかんな」
 恐ろしげな言葉を発しながら殺は困ったような表情で、頬杖を突いたま
ま、由女の出ていったドアを見ていた。

 バタン。
 照明が突いておらず、暗い廊下に出て、由女は後ろ手に殺の部屋の扉を
閉める。
 そして、寝室へ向かおうとした時。
「あ……」
「よ、よう……」
 正面に、気まずそうに苦笑した悪司がいた。
「あー……なんつーか……今日の晩飯、お前がつくったんだって?」
 由女の顔を直視できず、上向きの視線のまま切り出す悪司。
「……っ! す、すいません、あんな変なもの食べさせてしまって……!」
「あ、いや、そんな事なかったぞ」
 慌てたように悪司は由女を見て、その言葉を否定する。
「いや、なんだ……さっちゃんの味付けとは違うからあんな事言っちまっ
たわけで……別に、フツーに旨かったからな」
「そ、そうですか?」
 まだ不安そうな表情を上げて、由女は悪司を見る。
「お、おう……け、けどよ。何だって急に飯なんかつくったりしてたんだ
?」
 真剣な表情になって、悪司は由女に尋ねる。
 すると、由女は困ったような表情で、また、俯いてしまった。
「え……だって、情けないじゃないですか、せっかく、こんな私と結婚…
…していただいたのに、私、お嫁さんらしいこと1つもできなくて」
 由女の言葉に、悪司はわずかの間惚けたようにじっと視線を送ってから、
おもむろに手をあげると、わしゃわしゃと乱暴に由女の頭を撫でた。
「はぅ!?」
 突然の悪司の行動に、由女は目を円くして顔を上げる。
「わりぃ、まさかそんな事で思いつめてるとは思ってなかったわ」
 申し訳なさそうに言ってから、悪司は由女の小さい身体を“お姫さまだ
っこ”する。

「ひゃう!」
「けどよ、そう言う事だったら、俺にも相談してくれよな」
「え、で、でも……」
 由女は顔を真っ赤にして、困ったような表情をする。
「夫婦なんだろ、俺達……」
「あ、悪司さん……」
 すっと、由女は悪司を見上げる。
「ありがとうございます、それと……ごめんなさい」
「俺の方こそ……すまなかったな」
 そうお互いに謝りあって、そして悪司が顔を近付けていくのを由女が受
け入れるように軽く目を閉じる。
 ちゅっ
 唇が触れあった、次の瞬間。
 バンッ!
「ええいっ、夜遅くに人の部屋の前で! いい加減にしろ!」
 唐突にドアが開き、中から怒りの形相の殺が現れた。
「うわ、さ、さっちゃん……」
「さ、殺さん……」
 “お姫さまだっこ”の姿勢のまま、慌てた表情になる悪司と由女。
「いちゃつくなら自分達の部屋でやらんか!」
「へ、へいへいっ」
 殺の余りの勢いに、言い返す言葉もなく、悪司は由女を抱えたまま自室
へ走り去っていった。
「まったく……」
 呆れたように腕を組む殺。
「雨降って地固まりよるか、あの2人は。バカップルは処置なしだな」


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