アイ・ロボット

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 アーカムシティ。
 大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代を内包する、巨大都市である。
 そのような街なのだから、街の地下深くに広大な秘密基地が広がっていたとしても、
何の不思議も無いだろう。
「・・・・・・・・・」
 何やら不気味な機械音が鳴り響く中、一人の少女が自分に与えられた部屋で呆けていた。
 魔術の儀式に使われるような奇妙なデザインの装束にその身を包んだその少女は、
白痴のように、ボ〜っと部屋の天井を見上げている。
「大十字・・・九朗・・・」
 しかし、彼女は人間ではなかった。
 擬似の生命を機械の身体に、歯車と螺子に宿した人形。
 狂気の天才ドクター・ウェストがこの世に造り出した魔道兵器。
 人造人間エルザ。
 それが、彼女だった。
「あー、エルザ! 今から我輩、ニグラス亭のジンギスカン定食で、
貧しさとひもじさを感じる心の空洞と胃の空洞をタップリはちきれんばかりに満たしてくるゆえ、
しばしの間、留守番を頼むのである!」
 隣の部屋から、大音量の声がエルザの耳を捉えた。
 しかし、物思いに耽る彼女は一向に反応しない。


「エルザ・・・? 聞こえているのであるか? マイ・スイート・ハニー、エルザ?」
 そんな事を呟きながら、一人の男がエルザの部屋に入ってきた。
 男の名はドクター・ウェスト。
 アーカムシティに広がる地下の一部を勝手に拝借し、そこを自らの基地と勝手に決め付けた男である。
日々、この基地で破壊ロボを造り上げては倒され、倒されては造り直して・・・
・・・を日常のサイクルのように続けるあたり、意外にまめな性格なのかもしれない。
「エ〜ル〜ザ〜?」
「博士・・・」
 ようやく、エルザはウェストが入ってきた扉の方へと視線を向けた―――
「やかましいロボ」
 ―――途端に、罵詈雑言を吐く。
 いくらなんでも、自分の生みの親に対して使うべき言葉ではないだろう。
「エ、エルザ・・・エルザが我輩に対して・・・な、なんと酷い言葉を・・・」
「五月蝿いロボ、静かにするロボ、黙るロボ」
 エルザは、機関銃を乱射するような勢いで早口に捲くし立てた。
 一句、一句が紡がれるごとに、ウェストの表情がどんどん崩れていき、瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。
「出て行くロボ!」
 最後には白衣を掴まれ、哀れウェストは基地の外へと放り出されてしまった。
「エルザァァァァ!? わ、我輩に何処か至らぬ点が在りましたのであるか!?」
 鋼鉄製の扉を両手で思い切り叩きながら、ウェストは滝のような滂沱の涙を流しつつ、必死に叫び続ける。
が、防音設備完備のため、その声はエルザの耳には聞こえなかった。
 まぁ、おそらくは防音設備が無かったとしても、エルザが扉の鍵を開けることは無いだろうが。


「大十字九朗・・・お前に初めて会った時から、エルザの体内温度は上がりっぱなしロボ・・・」
 エルザのメモリーの中には、件の男、大十字九朗との出会いがありありと浮かんでいた。
 破壊ロボのコクピットにあるモニターに映し出された、二丁の拳銃を構え、颯爽とした大十字九朗の姿。
その光景を見た時から、エルザは言い知れぬ恋の予感を抱き始めたのだ。
以来、彼女はウェストの暴走がある毎に大十字九朗と遭遇し、
戦闘を繰り返しては自分の中で赤熱する何かの存在を感じ取ってきた。
「間違いなく・・・これは恋ロボ。エルザはあの大十字九朗にゾッコンラブ・フォーエバーロボ・・・」
 恥ずかしげに両手の人差し指の先端どうしをくっつけたり、離したりしながら、エルザはもじもじと呟く。
「ならば、エルザは愛しいダーリンを手に入れに往くロボ!」
 彼女の手には、二つの本が握られていた。一つは住所録。そしてもう一つは―――


「くぅぅぅ・・・この脅威の大・天・才、ドクタァァァァウェェェェスト! が、何故に探偵なぞに頼らなければならないのであるか・・・」
 翌日の早朝、ウェストは探偵事務所の扉の前に立ち、独り言を繰り返していた。
 昨晩基地を追い出されたので、仕方なくジンギスカン定食を食べ散らかした後、帰ってみればエルザの姿が無かったのだ。
最初は自主休業でもとったのだろうかとも考えたが、家を追い出されたときの尋常ではない雰囲気を考えると、
答えは(ウェストにとっては)唯一つだった。
「ううっ・・・エルザ・・・。我輩の何が気に入らなくて家出なんてしたのであるかっ!?」
 家出である。
 確かに、ウェストにとって思い当たるふしはいくつかあった。
最近、回路がショートしたように呆けていたり、親同然の自分に向かって暴言を吐いたり、
そろそろ反抗期であったり、etc、etc・・・。
「すいませーんのである。仕事の依頼であーる」
 えらく礼儀正しく、ウェストは扉をノックした。
 待つこと数秒。
「はい、はい! どのようなご依頼でしょう・・・・・・か・・・・・・」
「・・・・・・・・・だ、大十字九朗!?」
「ドクター・ウェスト!?」
 二人の声が重奏する。
 今、彼らの瞳にはお互いの姿しか映ってはおらず、二人とも固まったように凝視し続け、
「ななな、なんで貴様がこんな所にいるのであるかっ!?
赤い鎖でお互いの身体をマゾッホの如く縛り愛った我が宿命のライバル、大十字九朗!」
「てめぇ、なんだその台詞は! 近所の奥様方の誤解を招くような言い方は止せ!
そんなに俺の社会的立場を抹消したいか!? つーかボコる」
 お互い一方的にそう叫んだ後、九朗はウェストの襟首を掴み、家の中に引きずり込んだ。


「はぁぁっ!? エルザが家出!?」
「うーむ、エルザも最近多感な時期に入ったであるからな」
 己の顔面をインスマウスの住人のような顔に整形されながらも、
ウェストはようやく九朗にエルザが居なくなったことを伝えた。
「多感な時期ってなぁ・・・」
「てけり・り」
「あ、これはご親切にどうもなのである」
 消毒箱片手に、柔らかでプニプニとした触手を使いウェストの傷の手当てをする
スライム状の生命体―――ダンセイニに対し、ウェストが律儀に礼を言う。
「で、依頼を引き受ける気になったであるか? 大十字九朗?」
「なるかっ!」
 九朗はウェストの無知なる厚顔に、鉄拳を見舞った。
 勢いよく吹っ飛ぶ前に、ダンセイニの弾力性に富むボディが
ウェストを受け止め、衝撃を緩和する。
「てけり・り」
「な、何をなさるであるか、大十字九朗! 我輩は立派なお客様・・・・・・、
依頼人であるからにして、それなりの礼儀と客人用の茶と和菓子を出し、
必要とあらばマッサージくらいやってもお釣りはあるはずなのである!」


 九朗は渾身の力を込めたアイアンクローで、ウェストの頭を掴んだ。
「おい・・・お前はそれ以前に犯罪者だろうが・・・!
 このまま頭を90度回転させて窓から突き落としてやってもいいんだぜ!
 ここはてめぇの居ていい場所じゃねぇ。とっとと出て行け!」
「ぅおぉぉぉぉぅっ! 痛い、痛いのである!
 柘榴柘榴柘榴柘榴の実が裂けて裂けて砕け散るのである!
 か、金ならちゃんと払うのである! この依頼は合法的なものであるぞ! 」
「お前が合法言うか!? お前が!?」
 そこまで二人が罵り合ったときであった。
 突然寝室の扉が開き、九朗の生活面兼仕事面のパートナー、
アル・アジフが寝巻き代わりのワイシャツ姿を二人と一匹の前で披露した。
「あ・・・アル・・・」
「大十字九朗・・・貴様、ロリコンであるな」
「静かにせぬかぁぁぁぁぁ! このうつけ共がぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」
 一世一代、渾身の力を込めた、荘厳で、優美で、壮大な大魔術が華開いた。
そりゃもう見事に。


「まったく、せっかく妾がいい気分でもーにんぐ・こーひーを啜っておったというのに。むくー」
「そんなに膨らむな。それよりどーすんだ! この大穴は!?」
「妾は知らぬ。あの小娘に泣きついて、仕事でももらってくるがよい」
 二人の会話が、大穴を通じて屋内から外へと漏れる。
「ううっ・・・」
 茫然自失といった状態で、九朗はフラフラと幽鬼のように、窓ごと砕け散った壁へと近付いた。
 空は雲一つ無い快晴で、都会の空とは思えないほど清く澄み渡っている。
「なんだろうな、この理不尽の具現は・・・」
 はらはらと滝のような涙を流しつつ、
九朗はとりあえず床に散らばった破片を拾い集めようとかがみこんだ――――その時、
「ローーーーーーーーーーーボーーーーーーーーーーーー!」
 突如として、青空にエルザの叫び声が響き渡った。
「な、なんだなんだ!?」
 九朗は慌てて、立ち上がる・・・が、もうすでに遅かった。
 上空から飛来した緑色の破壊ロボが、九朗の自宅に開いた大穴に右腕を無理矢理突っ込み、
その掌が九朗をがっしりと握り掴んだのだ。
「く、九朗っ!?」
「あれは只今最終テスト中の我が破壊ロボ、その名も“スーパーウェストロ(略)”ではないか!?」
「汝の仕業かぁぁぁぁぁっ!」
 ネクロノミコン奇跡の大魔術パートツー。突如として蘇えったドクター・ウェストは、
再び爆風に飲み込まれた。
しかし、破壊ロボは直撃を免れ上昇する。
九朗をしっかりと握り締めたまま。
「し、しまった! つい、このうつけに気を取られておったわ!」
 アルが悔やんだ頃にはもう手遅れだった。
 彼女の視界にはすでに、破壊ロボの威容は映っていなかったのだ。


 空高く、天高く。破壊ロボはアーカムシティ上空を飛行していた。
「くっそぉっ! なんなんだよ、一体!? おい、エルザ!」
 その掌の中で九朗は必死に叫び声を上げる。
「呼んだロボか? マイ・ダーリン?」
 えらく能天気なエルザの声とともに、
破壊ロボのハッチが開かれ、中からエルザが姿を現した。
「お前、一体何を考えてやがる! 何・・・を・・・」
 そこまで言って、九朗の言葉は途切れた。
 彼の視線の先には、エルザが立っていた。
 ウエディングドレス姿のエルザが。
「・・・綺麗ロボ?」
 いつもの奇妙な儀礼服からは想像もつかない純白の花嫁衣裳。
 ドレスと同色の手袋をして、ブーケを両手で大事そうに胸の位置で抱えている。
はにかんだ表情は薄いヴェールによって覆われ、全貌を確認することはできない。
「――――」
 思わず、九朗はエルザの姿に魅入っていた。
今の彼の視界には、無骨な破壊ロボの姿は映っていないだろう。
『おいおい・・・君は僕に向かって、
自分は自他共に認めるロリコンだと公言したんだから、
彼女相手に欲情するのはどうかな・・・』
 突然、思考の中に忌わしい闇黒が広がった気がし、
九朗は今の思いを掻き消すようにぶんぶんと首を左右に振る。
「・・・しゅん。エルザは綺麗じゃないロボか・・・・・・・・」
 九朗の仕草を先ほどの問いかけの意思表示と誤解したのか、
エルザは素肌剥き出しの肩を落とした。


「い、いあ、違う! そうじゃない!」
 その光景に、思わず弁解する九朗。
 彼の言葉に、しょげていたエルザは顔を輝かせ、
「じゃあ、興奮したロボ?」
「何でそうなるっ!」
「殿方の9割はウエディングドレスで着飾った乙女を見れば欲情すると、
昨日読んだ本に書いてあったロボー」
 嬉しそうにそう言い始めた。
「どんな本だ、どんな!」
「そんなのはどうでもいいロボ。早く結婚するロボ」
「は?」
 エルザの一言で、ようやく九朗は彼女が
何故花嫁衣裳に身を包んでいるのかという疑問を抱けた。
「結婚?」
「そうロボ、愛とは略奪するものロボ。だからこのままダーリンと結婚するロボー」
「ちょっ、ちょっと待てぇい!」
 エルザはそう言い残すと、九朗の言葉を無視して破壊ロボのハッチに戻り、
アーカムシティ上空を移動していた機体を勢いよく下降させていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 風圧で九朗の顔が歪む。彼は揺れる視界の隅で、
破壊ロボの足につけられた空き缶の束を見つけた。
「ああ・・・あれはアレだ。結婚式の帰りに乗るクルマの後ろに取り付けられている奴だ・・・」
 九朗の呟きも空き缶のぶつかり合う音も、吹き荒れる風に巻き込まれて消えていく。
 半ば諦めが瞳に宿り始めた頃、九朗を掴んだ破壊ロボは彼が見慣れた場所に着地した。
「ここは・・・・・・」


 孤児院だった。
 孤児の子供達に混じって九朗も面倒を見てもらっている孤児院―――だが、
いつもの寂れた雰囲気は無く、純白の花々がそこいら中に飾り付けられている。
 破壊ロボの掌が開き、九朗は路上に落とされた。
「な、なんだなんだ!?」
「さぁ、二人の愛の門出ロボ!」
 エルザは叫ぶ九朗を引っ掴み、孤児院の扉を勢いよく開ける。
 その途端、
『ご結婚、おめでとうございます!』
 必死に練習したのか、孤児院に世話になっている三人の子供達がピッタリ息を合わせて
九朗とエルザに祝福の言葉を言い放った。
皆、精一杯のおめかしをし、両手に抱えきれないくらいの白い花束を抱えている。
「ありがとロボ! エルザは幸せになるロボー!」
 子供達に手を振るエルザと、場の展開に呆然としている九朗に向かって、
子供達は抱えていた花束を放り上げようとする、が。
「あれー? 九朗じゃん」
「あー、九朗だー」
「(びっくり)」
 三人が三人とも、見知った顔の新郎へ驚いた顔を向ける。
 が、九朗が何かを言う前に、
エルザは彼を担いで神父の前へと短いヴァージンロードを駆け抜けた。


「えーと、まず、段取りは・・・・・・・・・あらぁ?」
 その神父も九朗の見知った顔だった。
 金髪の髪の毛と眼鏡。サイズが大きすぎるのか、ずれる帽子を直してばかりいる。
 ライカだ。
 九朗とライカ、二人の視線は交錯したまま、固まって動かなくなる。そして、
「く・・・・・・・・・九朗ちゃんっ!?」
 ライカが驚きの叫び声を上げた。
「ら、ライカさん・・・・・・助けて・・・」
「そそそ・・・そんな! とうとう貧乏九朗ちゃんが女の子を騙くらかして、
資産目当ての結婚詐欺をー!? ああーん、神様―!
 九朗ちゃんが犯罪者であることの決定的証拠を目撃してしまった
私はどうすればいいんですかー!?」
 九朗の呟きも無視し、ライカは神像の前で泣き崩れ、大声で叫ぶ。
「九朗、詐欺師ー!」
「悪人ー!」
「(おろおろ)」
 孤児院三人組もそう言いながら九朗の下へと歩み寄ってきた。
「五月蝿い、ガキんちょども! 誤解を招くような台詞を吐くな!
 ライカさんも俺のことをそんな風に見てたんかい!」
「何をいまさら」
 突如として真顔に戻り、九朗の詰問に当たり前のように答えるライカ。
「ぐあぁぁぁぁ・・・・・・」
 今度は九朗がその場に崩れ落ちる番だった。
「シスター、とりあえず挙式をするロボ」
「ダメよ、エルザちゃん! こんなろくでなしの穀潰しの人でなし、
亭主にしたら大きいお腹抱えて路頭に迷うのが目に見えているわ!」
 首根っこを掴んで九朗をライザの前に突き出すエルザに、ライザは説得を始める。


「ちょっと待て! 何か俺の知らないところで進んでいる事態をちょっと止めてくれ!」
「九朗ちゃん、何てこと言うの!? エルザちゃんは昨日遅くここにやって来て、
“どうしても結婚したい人が居るから挙式の準備をしておいて欲しいロボ!”
とか健気に言っちゃってくれたんだから!」
「そこに俺の同意は全く無い!」
「女の子一人に段取り全部任せて・・・・・・・・・九朗ちゃんの甲斐性なしっ!
 屑、芋、塵芥! 地べたを這いずり回れ!」
 一人エキサイトしてまったく聞く耳持たないライカに、九朗は反論の怒声を上げた。
 無論、ちっとも聞き入れてはくれないが。
「あーもう、いい加減にしてくれぇぇぇぇぇっ!」
「ダーリン」
「ん?」
 突然のエルザの声に、九朗は振り向く。そこには―――
「ちゅ」
「――――っ!!!!!?????????」
 エルザの唇が待ち構えていた。
 九朗の視界一杯に、目を閉じたエルザの顔が映し出される。
 本人も恥ずかしいのか、頬を真っ赤に染め、
耳からはオーバーヒートでも起こしたかのように蒸気が噴き出している。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 孤児院の聖堂の中に、長い沈黙が居座った。
 そして――――
「ほぅ、なかなか絵になっておるではないか」
 九朗の耳に、ナイフのような鋭さを持った絶対零度の声が突き刺さった。


「ア・・・ル・・・」
 ギギギ・・・と擬音をたてながら、ゆっくりと右京は唇を離して孤児院の入り口を振り仰ぐ。
「妙に楽しそうではないか。妾も混ぜて欲しいものだな、九朗・・・」
 そこには、
最凶最悪の外道宝典ネクロノミコンのオリジナル―――アル・アジフの威容が在った。
「いや、あの、アルさん? どうしてここが?」
「表に木偶の坊が鎮座しておったぞ」
 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる九朗を一人置いて、
ライカと孤児院のガキんちょども・・・ついでにエルザも、
すごすごと入り口から出てこの場を避難する。
「妾は慈悲深い。懺悔の時間くらいなら、くれてやろう」
 あからさまな侮蔑の調子を載せて、アルは告げた。
 涙を垂らしつつ、ようやくの思いで九朗は口を開く。
「えーっと・・・・・・」
「そこまでだ! この大うつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「さ、最後まで――――」
 聞いてはくれなかった。
 孤児院の中から途方も無い熱量が噴き出し、
飾り付けられていた純白の花びらが吹き荒れる。
 その光景を、物陰に隠れながらエルザやライカたちは他人事のように眺めていた。


「今回は失敗だったロボ。でも、次こそはダーリンをエルザの物にするロボー!」
「二度と来るでないわ!」
 ウエディングドレスのまま破壊ロボに飛び乗り、
眼下に向かって手を振るエルザに対し、アルは怒鳴り声を上げた。
「あ、アルちゃん。これ、孤児院の修理費代ね。
九朗ちゃんが目を覚ましたら渡しておいて」
「うむ。またあの小娘に泣きつかせようではないか」
 そう言って、アルは焦げた九朗の片足首を掴み、
ずるずるとアスファルトの上を引き摺りながら自分達の愛の巣へと帰っていった。
 ライカや子供達も、何事も無かったかのように孤児院へ戻る。
 今日のアーカムシティも平和だった。
「・・・・・・俺が・・・何をした・・・・・・?」
 一人を除いては。


「あ〜、その辺であるな。なかなか上手いのである」
「てけり・り」
 ここは九朗の自宅。
そこでドクター・ウェストは来客用の茶菓子を食い尽くし、
茶を飲み干し、ダンセイニにマッサージを施してもらっていた。
 ぷにぷにとした感触の軟体触手が、
ウェストの身体を気遣いながらゆっくりと動き、
指圧(指は無いだろうが・・・)する。
「あっ! そこそこ! そこをもっと激しくするのである!
 我輩、感極まって大人の階段を登りつめるのである!」
 いつの間にか、ヨガリ狂うウェストの背後に二人の人影があった。
 気づいたダンセイニが、やれやれ・・・といった感じでその場を離れる。
「じ、焦らすのはやめて欲しいのである! ヤルからには徹底的に――――」
 二人の強烈な怒気を含んだ視線に中てられ、
見る見るうちにウェストの顔が蒼くなった。
「徹底的にか。よいぞ、何処まで期待に添えられるが知らんが」
「十三階段を登りつめるのは保障するぜ」
 その言葉を最後にウェストの意識は途切れ、彼の身体は頂へと飛んでいった。


 アーカムシティ。
 その真夜中の路地裏で、ようやくウェストは目を覚ました。
「お、おのれ・・・・・・大十字九朗、そしてアル・アジフ・・・。
我輩の甘くて切なくてちょっぴり苦いこの恨みは、近いうちに倍返しで振り込んでやるのである!」
 地べたを這いずり回りながらも、ウェストはようやく路地裏から街道筋へと出ようとした・・・まさにその時、
「ん・・・? な、何であるか?」
 彼の行く手を、数人の屈強な男達が遮った。
「オゥ、ネーチャン。金はコイツが払うのかい?」
「そうロボ」
「よしよし。おいニーチャン、ウエディングドレスのレンタル料と
汚れのクリーニング代、耳を揃えて払ってもらおうか」
 起き上がれないウェストの身体を、男の一人が持ち上げる。
「エ・・・エルザ?」
「じゃあ博士。エルザは先に基地へ戻ってるロボ〜」
「エルザ! ま、待ってくれなのである!」
 ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらこの場を離れるエルザの後姿が、
ウェストは涙で滲んだ視界に入った。
「で、ニーチャン。金は?」
「え・・・? 金はであるな・・・」
 九朗の事務所である。
「ちょっと奥まで付き合ってもらおうかい」
「あ〜っ! ちょっ、ちょっと待つのである!
 え、エルザ〜! カムバック、マイ・スイート・ハニー!」
 情けない悲鳴を残しつつ、ウェストは路地裏へと連れて行かれていく。
 今夜のアーカムシティも平和だった。
「わ、我輩が何をしたのであるか〜!?」
 馬鹿を除いては。

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