「旧図書館にて――認識力場の干渉」

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第1部(全4部)
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杜浦直弥は、青砥氏から渡された1通の手紙を携え、聖紅闇学園旧図書館の前に立っている。

ここに住む「建礼門院紗夜子」という人物にその手紙を渡すよう、直弥に青砥氏が命じたのが昨日。「なんで郵便で送らないんですか?」というもっともな質問に対しては、
手渡しでなければ駄目なんだ、旅費は施設から出すので行って来て欲しい、とのこと。
直弥は、合法的に授業をさぼれる機会と考え、あまり深く突っ込まずに
引き受けることにした。

聖紅闇学園旧図書館は、聖紅闇学園の敷地の外れにある洋風の建物である。
豪奢な洋館といった風なこの建物に、建礼門院紗夜子という人物は一人で住んで
いるという。彼女はいつもここにいて、特に忙しいということもないはずなので、
アポなしで行って大丈夫だろうと青砥氏には言われている。

実はこの建物の周囲には認識力場が働いており、直弥のように認識力を
持つ者しかこの建物には近づけないのだが、そんなこと直弥は知る由もない。

直弥は意を決して正面の扉を開けた。

「ほお・・・う」

無感動で有名な直弥も、さすがに感嘆の声をあげた。背丈を越える高さの本棚が
視界中に広がる。本棚には革装丁の本がぎっしりと詰まっている。照明もきちんと
しており、かなり狭い本棚同士の隙間を照らしている。

直弥は見回しながら建物の中に入っていった。

(第2部に続く)


第2部
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直弥は本棚の並び方が妙に気になった。普通、図書館の本棚は、まっすぐ平行に
並べられているものである。ところがここは、同心円状に並んでいる。
各円の切れ目は互い違いになっていて、外から中心を見通すことはできない。

「とりあえず中心を目指してみるか」

直弥は本棚の並びの中に入り込む。
と、最初の円周上に、一人の制服を着た少女が、並んでいる本のチェックをしているのを見つけた。
豊かな黒い髪に、整った顔立ち。美少女と言ってよい。
見た目の年齢は直弥より年下だが、落ち着き払った動作と醒めた目つきは、大人の
雰囲気を醸し出している。彼女が紗夜子なのだろうか?

彼女は直弥を見つけると、にっこり笑って近寄ってくる。

紗夜子:「ようこそ旧図書館へ。わたくし建礼門院紗夜子と申します。こちらに
何のご用でしょうか?」

直弥:「はじめまして。認識力学研究所というところから来ました、杜浦直弥
です。所長の青砥氏からの手紙を届けに参りました」

そう言って、直弥は手紙を取り出して紗夜子に渡す。

紗夜子:「それは、遠路はるばるありがとうございます。では、早速拝見いたしますね」
紗夜子は、手品師のような手さばきで封を開け、手紙に素早く目を走らせる。
受け取ってから読み終わるまでわずかに5.347秒。

紗夜子:「それでは、確かに受け取りましたわ。青砥さんによろしくお伝え下さい。
他の用事はございますか?」

直弥:「いや、これだけなんですけど・・・」

紗夜子:「それでは、せっかくいらっしゃったのですから、ここの本を見ていっては
どうですか? 数学の本もいくらかありますよ」

直弥:「ええ、ではそうさせてもらいます」

紗夜子:「なら、数学の棚まで案内しますわね」

紗夜子はゆっくりと後ろを向いて、歩き出す。彼女が立てる微かな靴音が静かな
館内に響く。
紗夜子を後ろから見ると、ウェーブがかかりつつ腰まで伸びる彼女の豊かな髪が
まるでそれ自身生きているようにゆらゆら揺れるのが見える。
じっと見ていると幻惑されそうだ。
紗夜子さんって、何者なんだろう? という問いが直弥の頭をよぎっては消える。

紗夜子:「ここですわ」

直弥ははっと我に返る。どうやら着いたらしい。

紗夜子:「ここからここまでが数学関連です。どうぞごゆっくり」
紗夜子はそう言うと、気配を消した。

(第3部に続く)


第3部
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紗夜子はその場を離れたわけではない。目立たなくなっただけで、そこにはいる。
じっと見つめられると直弥がやりにくいだろうから、気配を消したのである。

直弥は本棚の前に立って、本の背表紙に目を走らせる。
・・・直弥は、少し落胆した。興味を引くものがないのだ。
まず、日本語の本が少ない。さらに、数少ない日本語の本も、数秘主義などオカルト
色ばりばりの本や時代遅れの本ばかりで、現代数学の本がないのだ。
そもそも、本が古すぎる。


紗夜子は、直弥が興味を持つ本がこの棚にないことは承知していた。いや、1冊だけ
あるのだけれど、その本は今は棚から抜き取られ、紗夜子の腕の中に抱えられている。

やがて、本棚を走査する直弥の目が、その本が抜き取られた箇所に到達する。

直弥:「あれ、ここだけ本がないけど。整理番号もここだけ飛んでいるし」

紗夜子:「おや、どうしたのでしょう。昨日整理したときはあったのですが」
その本を抱えて持っているのに、惚けてみせる紗夜子。さらに、直弥が紗夜子の方を
向く瞬間に、紗夜子は抱える本を持ち替えて、本に付いた整理番号が直弥の目に
入るようにし向けた。

直弥:「え?? 紗夜子さん、その本は・・・」

紗夜子:「どうかしましたか? 直弥さん」
紗夜子はもう一度惚けてみせる。
これにより、直弥は、会話のとっかかりを失ってしまった。
彼女が抱えている本に少し興味があるが、改めて尋ねるのは何か気が引ける。

しばらく二人の間に沈黙が横たわる。

(第4部に続く)

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世界を動かす力を持つ者同士の接触は、周囲の世界にとっても、
本人達にとっても大きな波紋を呼ぶ。互いの認識力場が干渉しあい、
予測のつかない世界を作り上げる。

直弥は岐路に立っていた。紗夜子と関わるか否か。紗夜子と関われば、直弥の
持つ運命と紗夜子の持つ運命が絡み合う。関わることを拒否すれば、それまでだ。

紗夜子は直弥と関わるかどうかに関しては、どちらでもよかった。だから、判断を
直弥に委ねた。

・・・沈黙を破って、直弥が口を開く。
直弥:「いや、なんでもないです」


結論は出た。「二人は関わらない」。


・・・結局、直弥は興味を引く本を見つけられず、早々と立ち去ることに決めた。
建物を出て、伸びをする。

直弥:「さて、仕事も終わったし、何か土産でも買って帰りますかね」

一方、紗夜子は、直弥が窓から見えなくなったことを確認すると、抱えて持っていた本
「情報伝達における誤りの発見と修正(ベルトホルト・レーゼ著)」
を元の場所にしまい、建物の奥の私室へと向かう。彼女の後ろで照明が順々に落ちていった。

(了)


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