総合トップSS一覧SS No.5-004
作品名 作者名 カップリング 作品発表日 作品保管日
宵華落涙 水王氏 ルーク×ティア 2006/01/09 2006/01/16

<状況説明>
・ED後、暫くの後にルークがファブレ家から失踪しガイがそれを追いかけて連れ戻す
・戻ってきたルークは、母・シュザンヌより勘当(?)を言い渡され
 勢いでファブレ家に世話になっていたティアを連れてバチカルを飛び立った



 ここまで辿り着くのに、幾度廻り道をしてきただろう。
 道を誤り、傷付く事もあった。
 素直になれずに、無用の諍いになる事も珍しくはなかった。
 秋の空に夜の戸張が降り、周囲にはざわめきにも似た虫達の鳴き声だけが木霊する。
 飛晃艇アルビオールの中、譜石照明の微かに朱を帯びた燐光に二人は照らされていた。
 額にびっしりと珠の汗を浮かべて、ありありと焦りの表情を浮かべるルーク。
 その彼を急かす様な眼差しで見つつも、助言を与えながら堪えるティア。

「ルーク―――焦らないで・・・もう少しだけ、奥に・・・・そう、そこよ」 
「・・・駄目だティア、これ以上はとても入りそうにないよ」
「――――平気よ、心配しないで」
 ティアの導きに従い、くぅ、と苦しげな息を洩らしながらルークは身を前に乗り出そうとする。
 しかし、加減がわからずに力を込めすぎて滑らせたルークの指が、彼女の思惑とは違う場所に、
 ずっ、と入り込んでしまう。
「あっ!だ、だめっ!」
 突如、制止の悲鳴を上げながらティアはその身体をびくん、と大きくを揺らした。


 ぶちんっ。


 アルビオールの駆動系を制御する音機関の配線の一つが、またも豪快に切断される。
「・・・・・・・だーーーーーーーーー!やっぱこんなん無理だっつーの!!!」
 手にした工具を後ろに放り出し、ルークは自らの髪をがしがしと掻き毟りながら絶叫する。
「貴方が大雑把すぎるだけよ!なんでまだ指示もしてないのに切ったりするのよ!」
 腰に手を当てて、怒り爆発とばかりにティアはルークを責め立てる。
「俺は悪くねぇ!悪いのは緊張で勝手に動くこの指だ!」
「その言い方は止しなさい!」
「ティアだって、口で言うばかりで自分は何もしてヌェーじゃねんかよ!」
 腰を落とし、両手で何かを抱え込む様な姿勢を取りながら言い返すルーク。
「わ、わたしは教官に音機関については何も習ってなかったから・・・」
 痛い所を突かれ、ティアはたじろぎながら言い訳する。
「なんだよそれ!そんなん俺も習ってねーって!大体、知りもしない癖になんで指示すんだよ!」
「そ、それは・・・・・」
 珍しく至極もっともな事を言いながら捲し立てるルークに、ティアは困り顔で返事を詰まらせた。
「・・・・・相手がルークだと、なんとなく、私が指導しなきゃって・・・・・・」
「そんなデタラメな理屈通るかっつーの!」
 譜業出力装置のちょっとした動力トラブルであったそれは、度重なる修理(もどきの)行為により
 今や完全にその運航機能を沈黙させられていた。
「大体、元はと言えば貴方が何度も航路を間違って乱気流に呑まれたりしたのがいけないのよ。素直
 に自動操縦に切り替えれば、こんな事にはならなかったわ」
「早めにどこかで修理して貰おうっていったのに、嫌がって港にも寄らなかったのどこのは誰だよ!」
「貴方が碌に準備もさせてくれなかった所為で、ガルドだって大して持ってきてないのよ」
「そんなんどーにでもなるって!」
「ならないわ。世の中、そんなに甘くないもの」
 再度、腰に手を当ててお説教モードに入るティア。
「家を追い出されたのに、貴方まさかファブレ家の名前でも出して修理するつもりだったの?」
「う・・・・・・」
 流石にこの一言には反論できず、後ずさりしてルークは沈黙した。
 はぁーっ、と腰に手をついたままの姿勢で大仰に肩を落として嘆息するティア。
「どちらにせよ、このままじゃここから動けないわ。アルビオールを置いておく訳にもいかないし・・・
 朝を待って近くに人の住んでいる場所がないか探しましょう」
 しゅんと萎れてしまったルークを見て、これ以上責める気持ちを失くしてしまったティアの提案に
 今度はルークの方も黙ってこくん、と頷くしかなかった。

「とうとう、動けなくなっちまったようだな」
 ルーク達の乗るアルビオールから、やや離れた場所に位置する茂みの中に弐号機を隠し終えたガイが呟く。
 バチカルを逃げる様に飛び立ったルークの量産機アルビオールを巧みな操縦で密かに追跡する事、早二日。
 千鳥足の如きルークの操縦を心配して、何度か姿を見せようかと思いつつもガイは未だに二人の前に姿を
 現せずに――――いや、正確には、現さずにいた。
 理由はといえば、二人がまだ喧嘩続きで一向に落ち着いて話をする素振りがなく、このまま自分が出て
 いったところで『ルークがティアに今後についての話の返事をする』というそもそもの目的が果せずに
 またずるずると先延ばしの展開になる事は避けたい、という考えからであった。
「しっかし、毎度飽きないもんだねぇ・・・・・・喧嘩する程なんとかっていうが、ルークが戻ってきて
 から更に特に多くなったんじゃないのか、アレ」
 この場合、戻ってきたというのは二年前のエルドラントからの生還の方を指しているわけだが、その間の
 ティアの塞ぎ込みようといったら、傍からは見ていられない程であったのに、現在はこれである。
「エルドラントに突入する前の雰囲気が嘘の様だな、実際」
 あの時の二人の様子からみて、両者が結ばれるのも最早時間の問題か、とガイは予想していたのだ。
「男女の仲は難しい、とはいうけれど・・・・・・あの二人の場合は特にそうなのかもな」
 操縦席に座りながら「困ったもんだ」と眉根を寄せてガイは一人ごちる。
 あちらのアルビオールが動けなくなってしまった以上、流石にもう見て見ぬ振りをするのも限界である。
「恐らくは出力系の誤作動が原因だな、ありゃ。早速行って、修理して――――といきたいところだが」
 にたり、と悪戯小僧の笑みを浮かべてガイは続ける。
「折角の二人っきりの夜のご休憩だ。邪魔してやる程、俺は野暮じゃないぜ。ルーク」
 どこをどう見ても単純に助平心が動いただけなのを誤魔化してるだけなのだが、ガイは自分の台詞に満足な
 表情を浮かべて座席に身を沈めた。

「今日は大変だった。
 昨日の夜から調子がおかしかったアルビオールが、乱気流に巻き込まれてしまい近くの森に不時着する事に
 なってしまった。
 動ける内に街を探して修理しようって、ティアに言ったんだけど、ティアは全然取り合ってくれないし。
 後で言われたけど、確かにファブレ家の名前でも出せばいいやって考えてた俺が悪かったけど・・・・・・
 それにしたって、ちょっとくらいならいいじゃないかって感じだ。
 仕方なく森に降りると、今度はティアが機体の修理をしようと言い始めた。
 結局俺が(嫌々だったけど)修理をする事になったのだけど、これがなかなか難しくって・・・・・・。
 ガイは喜んで音機関をいじってるけど、俺には到底その気持ちは理解できそうにないや。
 とりあえず明日は、歩いて人のいる所を見つけようって事になった。
 巧い具合に、見つかるといいなぁ。

 修理の結果は、もう思い出したくない・・・・・・」

「バチカルを出立して二日目、快晴・後に乱気流
 ルークの操縦する量産アルビオールは、北北東に進路を取った後、先日と同じく迷走
 正午過ぎに突如として機体が乱気流に見舞われる
 自動操縦を提案するが、ルーク、これを拒否
 強引に気流を乗り越えるが、機体の出力が大幅に低下
 ルーク、街への移動を提案
 彼の者の主張には大きな破綻が見られた為、これを拒否
 森林地帯へと不時着を敢行――――ルーク、部類的には一応成功に類する結果を挙げる
 機体の出力系に異常有り、これを修理、結果は失敗
 翌日のスケジュールを決め、就寝とする 

 もう少し、彼にはしっかりして欲しいと思う           
                                ティア・グランツ」


「あー、今日も書いた書いたぁ」
「ほら、ルーク。鉛筆を投げ出さないで。ちゃんとしまって」
 へいへい、とぼやきの声を上げながらルークは日記をパタン、と両手で持って閉じる。
「でも、ティアって日記つけるのに何でそんな使いにくそうなの選んでるんだ?」
「わたしには、こっちの方が使い慣れてるのよ。ほら、ちゃんと消しカスも拾う」
 ティアが手に持っていたのは、ダアトへの報告書に使う物と同じタイプのレポート用紙だった。
 ルークのそれとは違う、肌理の細やかな文字で書かれたそれは、一見すれば正に報告書そのものだ。
「ふーん・・・・・・あ、ティア、俺、先にシャワー浴びてきていいか?」
 興味なさ気な表情から一転して、ルークは子供の様な笑顔を浮かべて言った。
「はいはい、でも今日は昨日の様にお湯を使い過ぎては駄目よ。もし明日の探索で人家が見つからなけ
 れば、別口で給水場所を探す為にも自分達の足を使わないといけないんだから」
「ちぇっ、わーったよ。んじゃ、お先!」
 量産機、と名目では打たれているが実の所、このアルビオールは試験機兼王族の娯楽目的としての
 乗り物として運用されていた為、オリジナルのアルビオールよりも段違いの快適な居住性能を持ち
 合わせていた――――話にあった様に、シャワー室を始めとしてトイレ・寝室・厨房、更には小型の
 娯楽室までもが設けられているという、一般向けの試験機としては問題の有り過ぎる仕様。
「ふーっ・・・・・・ルークったら、ああいう事を言うのに、少しは抵抗ってものを感じないのかしら」
 今でこそ平静を保って応じれたが、初日の時等はやれトイレだのシャワーだの、寝室だのの使用を
 ティアの前で気兼ねもなしに平然と行われ、ティアは慌てふためく羽目に陥ってたのだ。
「まさか、同じ部屋で寝る事になるなんて・・・・・」
 ルークと始めて会った頃や、他の仲間と一緒に宿の問題で仕方なく同室を使った事も過去には
 あったが、その頃と今では事情・・・・・・というか、ティア自身の心の持ち方が違う。
 自分の日記をぱらぱら、と何気なくめくりながらティアは自身の気持ちについて考える。
 暫しの間、機内にはシャワーの水音だけが響いた。
「ティア〜、ちょっとそこの石鹸取ってくれ〜。切らしちまった〜」
「それくらい、自分で取りなさい」
 唐突に浴室のドアを半分開け放って声を上げたルークに、ティアは即答でそう返す。
(ルークってなんだか、前より子供っぽくなってないかしら・・・・・・・・・・以前はもう少し頼り甲斐が
 あった気がするのだけど・・・・・・)
 テーブルに肩肘を突き、もう片方の腕は胸の前で立てた腕に組ませる様にしながらティアは浴室側を
 ぼんやり、と眺めていた。
「ちぇ、仕方ねえなぁ〜。ティアのけちんぼ」
 半開きになっていた浴室のドアが勢い良く、ガラリッ、と最後まで開け放たれる。
 だっ、と手を伸ばして石鹸を掴もうとするルークの身体がティアの眼前に飛び込んできた。
「―――!!」
「あーーーっ、くそ、届かねー。御免、ティア。やっぱ取って――――――」

 ルークの口がそれ以上の言葉を発する前に、彼女の右手が雷光の速さでもって振りぬかれていた。

「うおっ、アレは効いたな・・・・・・死んだか、ルーク」
 地点観測用の望遠スコープを覗き込みながらガイは両手を合わせ、合掌のポーズを取る。
 映し出されているのは頭部と胴体の急所に複数の鉛筆の直撃を受け、全裸のままで床に倒れ伏した
 ルークの情けない姿であった。
「しっかし、見事なまでに乙女の恥じらいってヤツを理解してないな。ティアも可愛そうに」
 プライベートに等しい時間を出歯亀されている方がよほど可愛そう、という思考は彼にはないらしい。
 ルークの動向が気になって心配のないガイが、追跡を開始して以降未だに姿を見せずに隠れていられる
 最大の理由は、こうやって密かにスコープでの情報収集が行えるからであった。
 始めの内は様子を見る為に仕方なし、という気持ちで行っていたのだが、数度繰り返す内に何だか妙に
 楽しみになってきてしまい、今では暇さえあれば二人の様子を伺う様になっていた。
「まあ、ティアは治癒術が使えるしあの程度はどうっていう事もないだろうが・・・・・・」
 それにしても過激だ、と少しばかりルークの身を案じてしまうガイであった。
「おっと、俺も今のうちにシャワーくらい浴びておくか。おー、寒い寒い」
 ガイは自分の肩を抱く様にして身を震わせながら座席から立ち上がった。
 空調設備という点でも、こちらのアルビオールはむこう側に比べて劣ってしまう。
 シャワー室も一応あるにはあるが、当然比べるべくもないお粗末な造りのものだ。
「あー、それにしても一人身の夜は寂しいねぇ〜」
 自らの体質改善の努力を一向にせずにおいて、ガイはそんな自分勝手な事をのたまった。


「だからゴメンって、いい加減に機嫌直してくれよ、ティア〜」
 額に大きな絆創膏を一つ、他にも数箇所、絆創膏を貼り付けてルークは土下座を繰り返していた。
(なんだって、怪我させられた俺の方が謝ってるんだろ・・・とほほ・・・・・・)
 眼前で背を向けてベッドに腰掛けるティアに向かい、彼女が憤慨する訳も分からぬままにもう何度目に
 なるかもわからない謝罪の言葉を口にした。
「知りませんっ!ずっとそうしてなさい!」
 すく、と立ち上がって振り向きもせずにティアはその場を立ち去ろうとする。
「ど、どこ行くんだよ、ティア」
「・・・・・・・・」
「黙ってたらわかんないって、なあ、ほんと謝るからさ」
 ほとほと参った、といった風体で食い下がるルークにくるり、とティアが向き直る。
 やはり、両手は腰に当てられていた。
「シャワーです!わかったらそこでじっとしていなさい!」
 いつもとは違う口調で激しく叱責され、思わず目を閉じて身を竦めるルーク。
 それに構わずにティアはシャワー室へと歩を進め、ドアの取っ手に手を掛ける。
 彼女にしては珍しく、ずかずかという効果音が似合いそうな歩き方に、ルークは一層と凹まされる。
「ティア〜、ごめんだってばぁ・・・・・・」
「うるさいっ!」
 言い放って、ピシャリッ、とシャワー室のドアを閉める。 
(もうっ、何であんなに情けないのかしら。男の子ならもっとびしっ、としていればいいのに)
 勢いよく上着を脱いで、腰の止め具に手を掛けながらティアは胸中で呟いた。
 ふと、先程のルークの裸身を思い出してしまい、その手が止まる。
 自分でも頬が、かぁっ、と上気していくのがわかった。
 胸に手を当て、なんとか呼吸を整えようとする。
(わたしは、悪くないわ。悪いのはルークよ。あれじゃ本当に小さな子供そのまんまじゃない)
 要らぬ想像してしまう自分をはしたないと思う気持ちを、ルークへの怒りに変えてやり過ごす。
 ようやく着衣を脱ぎ終えて、シャワーに体を向け――――ティアは額に軽く手を当てた。
「・・・・・また、お湯使い過ぎてるじゃない、ルーク」
 既に警告域にまで達した残量メーターを目の前に、ティアは再び嘆息した。

「ふぅ・・・・・・」
 備え付けのガウンを身にまとい、まだ湯気の上がる黒髪をタオルでぽんぽん、とはたいて乾かしな
 がら、ティアはゆったりとした足取りで寝室へと足を踏み入れた。
 室内を何気に見ると――――――先程の位置と全く変わらぬまま床に額をつけて、足を正座の形に
 して前のめりの姿勢で倒れこむルークの姿がそこにあった。
「ちょ、ちょっと、ルーク!」
 慌てて駆け寄って傍らに座り込み、ルークの身体を自分の方へと引き寄せる。
「・・・・・ティア〜、ゴメンよー。俺が悪かったから・・・ティア〜・・・・・・」
 うわ言の様にゴメン、許してくれ、と繰り返すルークの額に手を当ててみる。
 ――――冷たい――――
 見れば、鼻をぐすっ、ぐすっ、と鳴らして身体全体を細かく震わせている。
「あなた!なんでちゃんと身体も拭かずないでこんな格好でいたの!」
 声を上げながらティアは両腕を彼の脇の下に通し、なんとかその身体をベッドの上へと移す。
 急いでシャワー室から乾いた新しいタオルを持ってきて、頭部から拭き始めた。
(こんな時、どう対処すればいいか、教官は何て言ってたっけ――――)
 無論、戦闘訓練を主として修練を積むオラクル騎士団員にはこの様な場合の対処法など覚える様に
 カリキュラムを組まれてはいない。
 気が動転してしまったティアは、そんな事も忘れてしまって必死で教官の教えを思い起した。
「敵を仕留める時は、確実に急所を狙い、無理ならば迂闊に手は・・・・・これは違うわっ!」
 涙目になりながら「これも違う」とあらゆる訓示を口にしていくティア。
 十八番目まで訓示を読み上げ、そこではたと手が止まる。
 既に頭と上半身、それに拭きやすい膝から下までは、拭き終えてしまった。
 残すは未だ濡れた夜着を纏まったままの下半身。
「――――――」
 息を呑んで、ルークの顔と、まだ拭かれていない箇所に交互に視線を移す。
 恐る恐る差し出した、ティアの白い細腕がルークの腰元へと伸び――――――


「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
 スコープに顔面をぐっと押し付けながら、座席から半立ちになってガイが歓声を上げる。
「な、なんて大胆なんだ、ティア・・・・・」
 知らず、口元から垂れ落ちた唾をぐっ、と右手で拭いながらガイは真剣に出歯亀を続ける。
 シャワーから上がったところで、小腹も空いたので夜食を作り、完食し終えたガイが目にしたのは
 ベッドの上に寝かされたルークの身体をタオルで拭くティアの姿だった。
 一体全体、どういった経緯でそうなったのかは今一予測が付けにくかったが、そんな些細な事より
 スコープ越しに繰り広げられる一大スペクタクルを凝視する事の方が今は重要であった。
「とうとうやりやがったな、ルーク。俺は嬉しいぞぉ〜」
 ぐっと左の拳を握り締め、ガイは感極まった表情で歓喜の声を上げる。
 その嬉しさに、若干を超える比率の助平心が多量に著しく含有されている様に見受けられるのは、
 やはりスケベ大魔王の悲しき性か。
 秋の夜長で冷え切ったはずのアルビオールの室内の温度が、にわかに上昇し始めていた。


「う・・・・・・ん」
 自分を包む、何か温かいものの感触を全身に感じながらルークの意識が緩やかに覚醒していく。
「ルーク、寒くない?大丈夫?」
 ほんの僅かな距離を置いて、目の前にティアの顔がある事に気付く。
「ティア・・・・?」
「ええ、わたしよ。やっと意識が戻ってきた様ね・・・・・」
 ほっと洩らしたティアの吐息がルークの鼻先をくすぐる。
 状況が掴めず、ルークは周りを見渡そうとしてベッドから上半身を起しかけた。
「待って、まだ、落ち着くまでは横になっていて頂戴」
 ティアは慌てて右手を伸ばし、それを制止する。
 そこに込められた、意外な程強い力にルークは再度その身をベッドに沈めさせられる。
「ティア、俺、どうしたんだっけ・・・・・」
 まだ意識が判然としない、頭の芯がぼーっとする感覚に身を包まれながらルークは尋ねる。
 そんなルークの髪をもう三枚目にもなるタオルで撫でつけながら、ティアは優しく答えた。
「貴方は、わたしに言われた通りにここで待っていたのよ。身体も拭かずにね」
 そう言われてルークは「あっ」と声を上げてその事を思い出し、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「ごめん、ティア・・・・・」
 やや頭を垂れて、か細い虫の鳴く様な声でルークは謝る。
「もういいのよ。わたしが言いすぎた所為よ。貴方は悪くないわ」
 ティアはタオルから手を離して、今度は直に手でルークの頭を、ぽん、ぽんと優しく撫でつけた。
「――――心配したんだから」
「ティア・・・・・・」
 空いていたもう片方の手がルークの背中に回され、ぎゅ、と力が込められる。
 今更ながら、ティアが風呂上りのガウン姿のままで自分に身を寄せている事にルークは気付く。
「ティア」
 意識せず、彼女の名を呼んでしまいルークは少し気恥ずかしい気持ちになる。
「なに、ルーク?」
「・・・・・・石鹸の匂いがする」
 鼻腔を掠めた香りにそう洩らしたルークは、ティアの喉元へと顔を近づけた。
 突然のルークの行動に驚きの声も出せないまま、ティアはその身をよじって微かに抵抗をする。
「ティア、あったかい・・・・」
 逃げるティアの身体を手で引きとめルークはすん、と鼻を一つ鳴らして香りの源を自然に追いかけた。
「やっ・・・・・・止しなさい、ルークっ」
 ようやく声を上げてティアはルークの身体を引き離そうとする。
 しかし、意識がまだ完全には定まらずに力の加減が全く効かないルークの腕を押しのける事はできず、
 逆にルークに覆い被さられる形にされてしまう。
 思うように抵抗のできない恐怖に、ティアは全身を震わせる。
「だめっ、やめて、ルーク・・・・・お願い!」
 心から慕い、信頼している人だからこそ、こんな強引な形では奪われたくはなかった。
「ティア・・・・・・?」
 一体、何がそんなに嫌なのかがわからないといった様子でルークは首を傾げる。
 不思議に思いそのまま彼女の顔を覗き込み、次の瞬間、ルークは絶句する。
「・・・くっ、ひっ・・・おね、がい・・・・ひっ、く・・・いや・・ルー、ク・・・・・」
 ルークの知るティアは、どんなに辛く、悲しい時も決して弱さを見せない気丈さを持つ女性だった。

 その彼女が蒼い瞳から大粒の涙を流し、力なく顔を背ける姿がそこにはあった。


 ――――自分は何か、決してやってはいけない、大変な事をしでかしてしまったのだ。


 そう思ってルークは息を呑み、次の瞬間には無意識に大きく後ろへと身体をとびすざらせていた。
 ドスッ、という重い音を立てて無様に床に尻餅を突き、あう、と声にならない呻きを洩らす。
「ティア・・・俺・・・・・・おれ・・・・・・」 
 巧く言葉が続かずに、陸に上がった魚の様に口をぱくぱくとさせ、身体を震わせる。
 嫌われる、ティアに、嫌われてしまう。
 突如湧き上がってきたその思考に、震えが止まらなかった。

「何やってんだ、ルーク!今更怖気づくな!そこで男を見せろ!」
 流石に細かい所までは見えずに、状況をよく理解してないガイが一人盛り上がり、吼える。


 突如として自分の上に圧し掛かっていた重みが消失した事に、ティアはほんの少しずつではあったが
 その冷静さを取り戻し始めていた。
「ルー・・・・ク?」
 力なく呼びかけて辺りを見ると、ベッドから離れた部屋の隅に小さくなって頭を抱えてうずくまる
 ルークの姿があった。
「ご、ごめんなさい・・・・・・ちょっと、気が動転してしまって」
 未だ震える自分の身体を両腕で抑え付けながら、できる限りの優しい声でティアは再度呼びかける。
 その呼びかけが聞こえたのか聞こえないのか、ルークは更に身を小さくして震えた。
 一体、何がそんなに彼を怖れさせてしまったのか、皆目検討もつかずにティアは狼狽した。
(わたし、知らない内に、何か酷いこと言っていたのかしら)
 原因はわからずとも、このまま彼を放っておく事などできない。
 異性に強引に肌を求められた事など経験にないティアは、何か男女の間ではタブーとなっている様な
 言葉や行動で、ルークを拒絶してしまったのだと強引に解釈をせざるを得なかった。
 理論派の彼女の思考が飛躍した想像に悲鳴を上げていたが、とにかく、今はルークをどうにかしなく
 てはならない、という思いだけが先走る。
「ルーク、怖がらないで聞いて。わたしがさっき――――何をしてしまったのかはよくわかってないの
 だけど・・・・・とにかく、話を落ち着いて聞いて頂戴」
 ルークに駆け寄り、真摯な態度でティアは話しかける。
「わたしがさっき貴方にしてしまった事については、謝罪するわ。勿論、貴方が突然あんなことをする
 から、してしまったのだと思うけど――――」
 焦って捲し立てる事のない様に気遣いながら続けるが、当のルークは一向にこちらを見ようとはせず
 身を堅くして震え上がるばかりだ。
「・・・・・どうしよう」
 掛ける言葉も出尽くして、相も変わらず怯え続けるルークに途方に暮れてしまう。
(まるで怯える子供だわ――――)
 心の中で呟いて、そのフレーズにはた、と身を止める。
『あれじゃ本当に小さな子供そのまんまじゃない』
 先程のシャワー室でも浮かんだ言葉がそのままに蘇ってくる。
 もしかして、とティアは左手の人差し指を軽く折り曲げて口元に当てながら思案に耽った。
(まるで、怯える小さな子供・・・・まるで・・・・まるで、何に?)
 ティアの思考が少しずつ答えを手繰り寄せようとして動き出す。
(まるで――――)
 ルークに関連してきた様々な人々、その全てを可能な限りの範囲で思いつく順に追っていく。
 そしてある人物に突き当たった時に、彼女の頭の中でカシャリ、と歯車が噛み合った。
「御義母さま・・・・・・?」
 まだ詳しくは聞いてないのだが、ルークは母シュザンヌの怒りを買い、ファブレ家を勘当に近い形で
 追い出されたという事であった。
 怒り、母、というキーワードからティアは連想する。
 ルークは、まるで自分を叱る母に怯えるかの様にしていたのだ、と。
 自身が母親に叱られた経験を持たない為、その憶測に辿りつくのは彼女にとって容易ではなかった。
 故にそれは、答えはこれなのだ、という強い確証を彼女に抱かせた。

 それが盛大な勘違いであるとは、露知らず。


「これで、よし。と」
 シャワー室の鏡の前に立ち、ティアは自分の首元にかかる母の形見を確認して呟いた。
「お母さん・・・・・・」
 自分は、母親というものを知らない――――けれど、この首飾りを付けていれば少しでも母の様に
 立ち振る舞う事ができる気がして、ティアはこれを見に付けていた。
 ペンダントにそっと両手を当てて、ティアは再び寝室へと身を翻した。

(怖い、怖い、怖い、ティアに、嫌われる、怖い、怖いこわいこわい・・・・・・・・)
 恐怖だけが堂々巡りになってルークを捕らえ続けていた。
 いつも自分を見守ってくれていた、厳しい、でもどこか心を安らがせてくれる彼女が離れていく幻想に
 ルークは身じろぎ一つできずにその身を凍てつかせる。
 必死になって追いかけるようとしても、その瞬間に大粒の涙を流す彼女の姿が思い起こされ――――
 そして、またループしていく思考。

「ルーク」
 ――――どこからか、自分を呼ぶ優しい気な声が響いてきた――――

「ティ・・・ア」
「ルーク。いつまでもそんな所にいたら風邪を引くわよ。こっちにいらっしゃい?」
 ずっと伏せ続けていた顔を上げると、そこには春の日差しの様に暖かな笑みを浮かべるティアがいた。
 その笑みに自然、凍てついた体の四肢を溶かされてルークは無意識の内に膝立ちになる。
「いい子よ・・・・・お母さんと一緒に、寝ましょうね?」
「――――へ?」
 間抜の抜けた声を上げ、呆然として彼女を見上げるルークを優しく掻き抱くと、ティアはそのまま自分の
 ベッドへと彼を導いた。
「ティ、ティア?」
「いいのよ、ルーク」
 わけのわからぬままに布団を掛けられ、同じベッドに寝かされたルークの頬にティアは優しく手を添えた。
「今日は好きなだけ、お母さんに甘えなさい」


「新、展、開!」
 最早、見守る等という気持ちはどこへやら。
 ガイはスコープが壊れんばかりの勢いで身を乗り出した。
「今のは危うくお前に幻滅させられちまうところだったぜ、ルークさんよ」
 うんうん、と頷いて言葉を続ける。
「まさか、ティアの方から萎えちまったルークを誘うとは・・・・・・・・・さっきのといい、そっちの方は意外に
 大胆だったんだなぁ、彼女」
 本人が聞いていようものなら、ホーリーランス→FOFバニシング・ソロゥの一人連携でも叩き込まれそうな
 発言を口にしてガイは満足気な笑顔をみせた。
「さあ、女性にここまでさせておいて、もう逃げるなんてのはなしだぜ、ルーク!」
 一体何の目的でここまでついて来てるのか、完全にそれを失念してガイは叫んだ。


(一体、何がどうなって、こうなっちまったんだ・・・・・・)
 目まぐるしく変化していく事態に完全についていけない、身体は動いていても心はおいてけぼりの状態。
 ただ、今のティアはいつものティアではない、という事だけは辛うじて認識できていたが。
「どうしたの、ルーク?お母さんもう何も怒ってなんかいないわよ?」
(だから、お母さんってなんだっつーの・・・・・・)
 良くわからないが、先程からティアは自分の事を「お母さん」と言って、ルークを優しく撫でてくる。
(でも・・・・・・こりゃ気持ちいいや)
 初めて間近に感じる女の人の柔らかで温かい身体の感触に、ルークは夢見心地の気分へと誘われていった。
 自然、身体が安らぎを求めてティアの方へと寄り添っていく。
「ふふ・・・・・・くすぐったいわよ、ルーク」
 ガウンの上からとはいえその肢体にぴたり、と身を寄せてもティアはそう言ってルークを抱きしめてきた。
「甘えん坊さんね、あなたは」 
 そう言ってティアはルークの頭を抱え込むようにし、自身の首元へと引き寄せた。
 そこに掛かけられたペンダントに気付き、ルークは首を傾げる。
(これ、確かティアのお母さんの形見の・・・・・・さっきまでは付けてなかったよな、これ)
 あ、と声を上げてルークは一つの可能性を思いつく。
 もしかしたら、今のティアは自分の母親を演じているのかもしれない、と。
「どうしたの、ルーク。声なんか上げたりして」
「う、ううん・・・・・・な、何でもないよ、『お母さん』」
 わざとらしく、『お母さん』の部分のイントネーションをはっきりとさせてみる。
 それを聞いたティアの表情が、今までよりも一層穏やかになっていくのをルークははっきりと確認した。
(間違いない・・・・・でも、なんでティアがそんな事をするんだ?)
 何故そうなったのかは考えてもやはりわからないが、ルークは自分の予想に確信を持った。
(そういや俺、母上にこんな風にしてもらった事ないんだ・・・・・・・)
 それも当然だろう、ルークは十歳の身体でもってしてこの世に生を受けてきたのだ。
 記憶を失くしたと周囲からは思われ、甲斐甲斐しく接される事はあれど母・シュザンヌから乳離れしていない
 子供の様な触れ方をされた事は数える程度にしか記憶になかったし、ましてや一緒のベッドで寝る等とという
 事は皆無であった。


(それにしてもやっぱ、ティアの胸ってでかいよな)
 ペンダントを眺めている内に、視界の中に嫌でもチラ、チラと入ってくる物体に、ルークは興味を示した。
 自分の喉元から胸の上寄りにかけて押し付けられ、楕円状にその形をかえた豊満な胸。
(すっげぇ、柔らかそうだ・・・・・・・)
 視線を移して、それを眺めている内に何だか頭がぼーっとしてくる。
「よしよし・・・・・いい子ね」
 ティアはといえば、満足気な様子でルークを撫で続けている。
 心地いい感触に包まれながら、ルークの中にある欲求が芽生えてきた。
(ティアの胸って、触ったら一体どんな感じなんだろう・・・・・)
 そう考えると何故か口の中に生唾が溢れてきて、ルークはごくり、とそれを飲み込む。
 見てみたい、触りたい、という思いで頭の中がどんどん一杯になっていく。
 なんだか、すごく、のどがかわいてきた。
「ティ・・・・・じゃない、ね、ねえ、お母さん」
「なぁに?ルーク」
 思い切って、ルークは口を開く。

「おかあさんの、おっぱい、さわってもいい?」


(えええええええええええええええっ!?)
 ルークに『お母さん』と言わせている内に、なんだかその気になって自分も優しい気持ちになってきていた
 矢先、ティアはルークの爆弾発言に驚愕していた。
(お母さんて、お母さんて、そんな事もさせなきゃいけないものなの!?)
 子供が、まだ本当に乳離れしていなければそうであろう。
 普通、ある程度子供が大きくなれば、授乳させるわけでもないのに子供に胸を触らせる事など、まずない。
 しかし、子供に接する母というものを全くという程に知らないティアに、そんな判断はつかなかった。
「お母さん?」
 見れば、ルークが甘えた口振りで胸元に近い位置に顔を埋めながらこちらを見上げている。
「ル、ルーク、それはダメよ、いけないわ」
 つい、素の口調に戻って嗜めるティア。
「・・・・・・・・・・・・」
 それに対して無言のままで拗ねた様な、懇願する様な表情でルークはこちらを見つめてくる。
「・・・・・変な事言って、ごめんなさい」
 何かフォローの言葉を掛けようとしたティアよりも先にそう言って、ルークは申し訳なさそうな顔をして
 布団に頭を潜り込ませていった。
(い、いけない、やっぱりちゃんと優しくしてあげないと!)
 先程までの殻に閉じこもったルークの姿が頭を掠め、ティアは焦って声を掛ける。
「い、今のは嘘よ、ルーク」
「・・・・・・ホントに?」
 ひょこ、と顔を出してルークは聞き返してくる。
「え、ええ。本当よ」
「やったー!」
 満面の笑みを浮かべてルークはティアの先程より更に下、つまり胸元に自分の顔を押し付けた。
「ま、待って、まだちょっと心の準備が・・・・・いい子だから、少し待って、ね?」
 今にもガウンに手を掛けてそうな勢いのルークを焦りながら押し留める。
「うん、わかった!」
 元気良く返事を返して顔を胸元から離すと、じぃ、とルークはティアを見つめた。
(そ、そんなに見つめられると逆に緊張しちゃうじゃない)
 だからといって、いつまでもじっとしているわけにもいかない。
(天国のお母さん、教官、わたしに・・・・・・勇気を分けて下さい!)
 意を決して自らのガウンへと手を伸ばすが、端の部分を握ったところで身体が硬直してしまった。
「本当に、本当にさわるだけよ?それ以上は絶対に、ダメよ?」
 恥ずかしさから目を合わせる事もできないまま、ティアはルークに念を押した。
「うん!約束するよ、お母さん!」 
 それを聞いて、ティアは一つ大きく息を吐き、恐る恐る左手で掴んだガウンの胸元を開き始める。
 少しずつ、本当に少しずつ、ティアの白く豊満な胸がルークの目の前に露わになっていく。
 見られている、と思うだけで頬だけでなく、全身が熱を帯び始めていく感覚に身を包まれ、ティアは
 知らず知らずの内、微かに息を荒げていた。


(すげぇ・・・・・綺麗だ・・・・・・・)
 声を上げる事も忘れ、ルークの視線は完全にティアの胸へと吸い寄せられていった。
 まだ片方しか見せてはいないが、白い肌に包容力を感じさせる大きな曲線を描く均整の取れたバスト。
 薄い桜色に染まり、周りに僅かな盛り上がりをみせる小さめの乳首。
 その全ての美しさに目を釘付けにされ、ルークは瞬きする事すら忘れていた。
「も、もういいわよ、ルーク」
「へ?」
 急かすかの様なティアの声でルークは我に返る。
「だから、そ、その・・・・・・もう、さ、さわってもいいのよ」
 自分が制止させていた為に、ルークがまだ何もせずにいると思ったティアはやや声を上擦らせながら
 ルークを促した。
「あ、ああ。わかった」
 子供ぽく演じる事を忘れてしまい、地の口調でルークは答えたが緊張しきっているティアはその事に
 気付く余裕すら持ち合わせてはいなかった。
 初めて、男の人に隠された場所を触れられる気恥ずかしさから、ティアは自然と身を硬くする。
 恐々とした手つきで右手をティアの胸へと伸ばし、下から持ち上げる様にして掴む。
 その掌に圧され、ティアの左胸が歪な形へとゆがんでいく。
 十分過ぎる質量を備えたそれは、ルークの指と指の間からもその白い柔肉を覗かせていた。
「あっ、や、いた・・・・もう少し、やさし、く・・・・・・」
「ご、ごめん!」
 加減が分からずについ、力が入りすぎてしまったらしい。
 白く透き通っていた丘には、くっきりと紅い跡が残されていた。
 慌てたルークがすぐに手を離し、ティアはそっと安堵の息を吐く。
「――――ひゃうっ!?」
 痛みから解放されたティアを次に襲ったのは、生温かい何かが自分の胸に触れる感触だった。
「な、何を・・・・・・・」
 見ればルークが自分の胸へと顔を寄せ、あろうことかその舌を使い乳房を舐めていたのだ。
 初めて感じる、得体の知れない感覚に手で口元を覆いながらティアは身を仰け反らせる。


「ごめん、ティア・・・・・ちゃんと治すよ、俺」
 ルークは純粋に、ティアへの気遣いの気持ちから舌を奔らせていた。
(ティアの胸、すっげぇやわらかい・・・・・ここって、もしかして傷付きやすいモンなのかな)
 まるで、子供が転んで作った擦り傷を治そうとするかの如く、丹念に残された紅を遡り続ける。
 そんなルークの動きに、ティアは息も絶え絶えになりながら敏感に身を震わせる。
「ルー、ク、そんなことっ・・・しちゃ、ダメ、よ・・・・・・」
 掠れる制止の声もお構いなしに、ルークはぴちゃぴちゃと音を立て、舌先をその頂点へと昇らせる。
「―――あっ!」
「ここが、一番赤くなってる・・・・・・」
 びくっ、と大きく身体を仰け反らせて反射的に逃げようとするティアの身体を左手で強く、しかし
 優しく引き寄せながらルークはそこを重点的に『治そう』とする。
 突起した部分を円を描く要領でゆっくりと舐め回し、溜まってきた唾液をチュッ、と吸い上げる。
(おいしい・・・・・ティアの胸って、少ししょっぱいけど、あまくておいしいや・・・・)
 その内に、周囲の果肉が鮮やかなピンク色へと変化を見せ始め、その質量を増し始めてきた。
「あれ・・・・・・駄目だ、腫れが酷くなる。ごめん、ティア、まだ痛むよな?」
 最早完全に起立してしまったティアの乳首を見て、ルークは申し訳なさそうに声を掛ける。
 優しい、自らを気遣うその言葉にティアは頬をかぁっ、と朱に染め上げた。
(違うの、ルーク・・・・ちがうの・・・・・)
 純粋な眼差しを向けてくるルークに対し、自分が淫らな反応を見せてしまった事を恥じてティアは
 左右に大きくいやいやをする。
 自分の中に隠れていた女性としての本能を瞬く間に揺り起こされ、ティアの精神が混濁していく。
 知られたくない、ルークに自分がこんなにも浅ましく快楽に溺れる弱い女であったという事を決して
 悟られたくはなかった。
「ごめん、もっと優しくするから・・・・・」
 ティアを傷付けてるのかもしれない、と思いながらもルークは身体の奥底から湧き上がってくる何か
 不思議な高揚感に衝き動かされ、動きを止められずにいた。
(だめ・・・・・そんな目で見ないで、ルーク、お願い!)
 拙い、だけど真摯さと情熱を感じさせるルークの愛撫に肌を紅潮させらながら、その深緑色の瞳から
 必死で逃れようと身悶えするティア。
 いつの間にか肌蹴ていたガウンを押しのけて、ルークの利き手が残った対の丘を責め上げる。
 その感触に耐えるかのように、ティアは左右に伸ばしていた掌でしわくちゃになったシーツを掴んで
 ぎゅっ、と身を硬くして瞳を閉じた。
 羞恥と、身を焦がす灼熱の身体の火照りに、ティアは自らの秘所が濡れそぼり始めるのを感じた。
 欲しい、と何処からか他人の様な声が響いてくる。
 譜歌を詠唱する時に感じるフォンスロットの開放に伴う、透き通る様な感覚と真逆ともいえる高揚感
 が徐々に身体を支配していき、それがティアの奥底に秘めた何かに火をつけた。


(ルークっ・・・・わた、し・・・・・るー、くっ・・・・・・)
 目の前の、懸命になってあられもない姿を曝す自分を求めてくる存在を、自身も強く求めている。
 ルークの左指がティアの触れられずとも既に腫れ上がった頂点に手が掛かり、今まで与えてきた包む
 かの様な愛撫とは対照的な鋭い刺激を与えてくる。
「ティア・・・・・ティアっ!」
 優しく触れるはずが、思うように巧くいかずに抓るかの如く先端を掠めさせてしまい、ルークは焦り
 を含んだ声でティアの名前を夢中で呼んだ。
 同じ性感を異なる二つの感触で追い立てられ意識を掻き乱されたティアは、顔を上向きに逸らせ苦悶
 にも似た表情を浮かべる。
「ごめん・・・・・・!」
 詫びながらもルークは彼女の反応に、己の背筋がぞくぞくと泡立っていく感覚に抗えずにいた。
「おれ、ティアのこと、大事に想ってるのに、今のティア見てると―――」
 喉元まで出かけた「苛めたくなる」という言葉をルークは必死で飲み込む。
 眼前で何かを堪えるかの如く、身を震わせて荒く息を上げる姿を見ていると何故だかもっとティアを
 触りたっていたい、そしてその身体を事を知りたいという欲求が鎌首をもたげてくる。
 その言葉を聞いて、ティアは恐れと喜びを同時に感じていた。
 幼いとすら感じていた青年が獣の本能を目覚めかけさせて、自分を求めようとしている事が恐ろしい
 と思う理性とそれを喜び、次の行動を期待する淫らなココロ。
「いい、の・・・・・もっと・・・・もっと、おねがい、ルークっ」
 二律背反のそれに揺さぶられ、ティアはついに自ら快楽を求めて口を開いてしまった。
「――――わかった、ティア」
 それまでには見せなかった、艶を含んだ彼女の面持ちを眺めて暫しの間逡巡した後にルークは真剣な
 面持ちで頷いた。
 再度、口元を左胸へと持っていき、名残を惜しむように一吸いすし、今度はその標的を胸の先端から
 うなじに向けて切り替え、そこに至るまでの間も左手での愛撫を忘れずに行う。
「――――!!」
 新たに与えられた、未知の感覚にティアは声もなく左右にかぶりを振る。
 ちゅ・・・・ぴちゅっ、くちっ・・・・・ずっ・・・・・ちゅるっ・・・・・
 静まり返った室内に、絹の様な柔肌にぎこちなく舌を這わせ、丹念に吸い上げていく音だけが響く。
「待って、ルーク・・・・・」
 これ以上は堪えられそうにないと微かに残された理性で判断し、ルークをそっと押しのけて身を離し
 彼女は自らの手で残された下半身を覆うガウンを開こうとした。
「・・・・・・?」
 ティアのその行動が、ルークにはわからない。
 そんな事をして、一体何をしようというのか・・・・・・・・・・・・気になったルークは動きを止めてティアの
 行動を固唾を呑んで見守った。


「いけー!ルーク!もう一押しだ!敵はもう陥落寸前だぞっ」
 布団と、ルークの身体に遮られてティアの身体はしっかりとは見えないがそれでも相当な濡れ場だと
 いう事は、スコープ越しに覗くガイにも十分に見て取れた。
「俺はお前を信じてたぜ、ルーク・・・・・・くぅ、思い起こせば、艱難辛苦、長い道程だったなぁ」
 涙を拭う様なポーズを取りつつも、顔はしっかりとスコープに喰い付かせたままのガイ。
「お、全部脱がせたか?こりゃ勝利は目前だぞ、ルーク!」
 座席から完全に立ち上がり、右足を操作パネルの上へと乗せた体制に移行してガッツポーズの準備を
 しようとしたガイは、突如「ガコンッ」と大きく揺れた機体に身体のバランスを崩す。
「うわっ、とぉ!」
 興奮して、周囲のパネルを叩いたている内にアルビオールの地上降下用リフトのスイッチを作動させて
 しまっていたのだ。
「あたたたた・・・・・・危なかったー。あやうくこっちの存在がバレちまうところだったぜ」
 執念でもってして転倒を避けたガイは、急いで二人の仲を見守る為にパネルに手をついて立ち上がった。


 カチッ。


「ん?」
 左手人差し指で押されて小さな音を立てたそれは、アルビオールの主譜業出力機関のメイン点火スイッチ。
 運航開始の警告音が鳴り響き始め、譜業機関が周囲の音素を取り込み、風を巻き起こす。
「げっ!」
 アルビオールの初動速度は決して速くはなく、スロットルも最低限に入ってはいたがそれでも停止状態を
 保つ事はこのままでは到底不可能であった。
 しかし、今ならまだ動力を停止させれば間に合うはず、と判断してガイはスイッチに手を伸ばす。
 ――――通常時であれば、確かにその判断は正しかったのであろう。
 しかし、今は降下用のリフトが接地したままの状態であった。
 ガガガガガガガガッッッ!!!
「おわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 突然襲ってきた、予想外の揺れにガイは抵抗できずに床に転倒する。
 前方に進もうとする力が、地面に降りたリフトを視点にして円運動へとその力を変えていったのだ。
 見事、地上スピンという離れ業を成し遂げるアルビオールに流石のガイも為す術もなく機内を転がされる。
 オオオオオオオオオオォォン!
 少しずつ速度を増し、回転を速めたアルビオールは、遂に茂みを飛び出し――――

「――――なんだ、この音・・・・・・・?」
 苦しげに喘ぐティアから身を離して、ルークは遠くで響く何か甲高い音に耳を澄ませた。
「ルークっ・・・・やめないで、わたし、もう――――」
 繰り返される舌と唇による緩やかな責めと、麻薬に痺れる様な感覚を与えてきた愛撫の手を止められ、懇願
 する様な声でティアが愛しい人自身を求めようとした、その時。

 二人の耳に、盛大な爆音が響いてきた。


「いやー、面目無いね、全く」
 二人の白い視線を身に浴びながら、ガイは「ははは」と空々しい笑い声を上げた。
「あー・・・・・まあ、その、なんだ・・・・・・・スマン」
「説明して頂戴」
 諦めて正座の姿勢から頭を下げたガイに、ティアの冷水の様な声が降り注ぐ。
 突然の爆音に二人が外へ飛び出すと、そこには炎上するアルビオール弐号機と、その傍で木に頭を打ち
 つけて気絶しているガイの姿があったのだ。
「ティ、ティア、俺は別にやましい事なんかして・・・・・・・」
「なんで後をついて来ていたのを黙っていたのか、説明して頂戴と言っているの」
 真冬のロニール雪山を思わせる冷たさで再度ティアが詰め寄る。
「ほんとだよなー。ついて来てるんなら、早く俺たちを助けてくれればいいのに」
 こちらはティア程にはご立腹ではなくとも、やはりご機嫌斜めのルーク。
「いや、それはだな。親心あれば下心ありというヤツで・・・・・」
「なに。今なにか言った?」
「な、なんでもないよ、ティア。はははははは」
 ルークだけに聞こえる様に言ったつもりが、ティアに迄聞かれそうになり、冷や汗を掻くガイ。
「二人の時間も、たまには必要かなと思って声を掛けなかっただけで、本当に他意はないんだよ」
 苦しい言い訳、とは思いつつも白を切り続けるガイ。
 切れなければ、生命の保証はないので必死である。
「・・・・・一応、納得しておくわ。でも今後、おかしな素振りを見せたら、徹底的に追求させてもらうから
 覚悟しておいて」
「助かるよ・・・・・それで、悪いんだけど、弐号機がアレなんで、良ければ俺もそっちのアルビオー・・・」
「外で寝なさい」
「は、はい!」
 有無を言わせぬティアの迫力に、声を上擦らせて思わず従うガイ。
「なあ、ティア。何もそこまでしなくてもいいんじゃねー?ガイだって悪気があったわけじゃないんだしさ」
 親友の余りの情けない状況に、ルークが思わず助け舟を出す。
「・・・・・・貴方が良いっていうのなら、別に構わないわ」
「ルーク、心の友よっ!」
 プイッ、とそっぽを向いて怒るティアを見ながらルークは足元に縋り付いて来たガイに問いかける。
「なんで、ティアのやつあんなに怒ってるんだ?」
「そ、それはだな・・・・・・っと、女性は、色々と複雑だからだよ」
 再度自分に向けられたティアの刺す様な視線にガイは慌てて口を閉じ、適当に後を誤魔化した。
「ふーん。大変なんだな、色々」
 全くの他人事の口調で、ルークは不機嫌な表情のティアを不思議そうに眺めていた。


「追記
 夜中に色々あったので、書いておくこ

「ルーク!今日はもう寝なさい!」
「あてっ、頭叩くなよー」
「寝るのよ」
「へーい。ったく、おーい、ガイ。もうちょっとそっち寄ってくれよ」
「男二人で就寝とはね・・・・トホホ」
「ベッドが足らないんだから、文句を言わないで頂戴。それとも、外で寝たいの?」
「いえ、このガイラルディア、身に余る光栄にございます!」



「追記
 今日は、ルークが兄さんより確実に上回っている部分を発見できた

                           ティア・グランツ」



                         ――――お終い――――


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