総合トップ>SS一覧>SS No.4-098
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作品発表日 |
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バルフォア博士に相談しよう! |
808氏(18スレ目) |
フリングス×セシル |
2006/01/07 |
2006/01/08 |
<前提>
・エルドラント突入後、最終決戦前
・フリングスは死んでいない
ケセドニア。
戦前交易の世界的拠点として殷賑をきわめた界隈に昔日ほどの面影はなくなったものの、インフレも一服してどうやら本格的に復興へと動き出している。
キムラスカもマルクトも戦略的要地としてこの街にどれほどの価値があるかをよく理解している。
この街で再び両国が対敵行動をとるようなことになれば国際情勢は間違いなく暗転する。
為政者側としてもそんな過ちを許してよいはずがなく、両軍間の紛争を処理するために比較的穏健な軍人に大きな権限を持たせて領事館軍部代表部に送り込むことにした。
すなわちキムラスカ軍からはセシル少将、マルクト軍からはフリングス准将である。
少将のカウンターパートが准将というのでは実務上の観点からも人事政策上の観点からも具合が悪いのでフリングス将軍は今回のケセドニア方面軍赴任を機に少将に昇進することが決まった。
この人選にはキムラスカ王女ナタリアとマルクト軍総参謀長ゼーゼマンの意向が強く反映されていると喧伝されている。
ナタリアは先だっての偽王女疑惑で失墜した権威を取り戻しバチカル宮廷から大詠師派が一掃された今、その権力基盤は磐石なものとなった。
マルクト皇帝の右腕と目されているゼーゼマンと「ランバルディアの子」と呼ばれることになったナタリアの強力な支持を受けた両将軍のもと、ケセドニア方面における軍事情勢は急速に改善している……
ルーク一行が訪れた時、この街はそういう状況だった。
「俺だって一生懸命やってんだ、少しは認めてくれたっていいじゃないか!」
市内国境線上にある酒場の喧騒の中、焔なるローレライの剣士が訴える相手は毎度のことながらティアであった。
「認めてないなんて言ってないでしょう? 認めていないわけじゃないけど、今日の戦いはなってなかった。猛省すべきだわ」
「譜歌詠唱中のお前が狙われた時、ちゃんとフォローしたじゃないか」
ルークの瞳が熱く燃えさかればティアの蒼い瞳はますます冷気を帯びてゆく。
「そうね、そのことには感謝してる。でも最後の最後であなたが気絶させられたためにジェイドは攻撃譜術を中断せざるを得なくなったわ」
「ぐっ!」
間違ってはいけないのは、ティアはルークをことさらに冷たくあしらおうとしているわけではないということだ。
自分では誠実に自分の思ったことを告げているつもりである。つまり地なのだ。
失敗にふてくされる弟を諭すお姉さんのような口ぶりでティアは続けた。
「戦いは譜歌と同じなのよ。譜歌は完全に正しく理解し、かつ正確に歌わないと発動しない。
途中まで完璧に歌うことができても最後の最後で間違えれば全く無駄になってしまう。
歌は歌いなおせば済むかもしれないけど、命懸けの戦いはやり直しがきかないのよ」
「わかってるよ、だからごめんって謝ってるだろ!」
「別に謝ってほしいから言ってるんじゃないわ。次から気をつけてほしいって言ってるの」
「うわ、きっつ〜」
好物のビーフシチューをスプーンでかき混ぜながらアニスは呟いた。ティアはルークのことが好きだ。
そのことを聡明なティアはちゃんと自覚しているはずである。なのにこんな言い方しかできないものだろうか?
「まあまあ二人とも、今は食事中なんだから反省会とか痴話喧嘩は後でゆっくりやってくれ」
微笑を浮かべてそう言ったのはガイだ。
「っ! ち、痴話喧嘩なんかじゃねぇよっ!」
「そ、そうよ、変な言い方で茶化さないで!」
ムキになって否定する二人。見ていて微笑ましい。
ルークとティアはみんなの前ではつんけんすることが多いが、二人きりになると結構イイ雰囲気になる。
ルーク相手にやたらと説教くさくなるのはティアの悪い癖だが、愛情表現の一種なのだろう。
その証拠にルーク以外のメンバーが戦闘で醜態を演じてもティアはこれほどやかましくはない。
やはりルークは特別なのだ。
「ルークも悪かったと思うけど、ティアもちょっと言葉がきつすぎるのではなくて?」
上品にお茶を飲んでいたナタリアが調停に乗り出した。この人の調停はまともである。
「私は別に……」
実のところティア自身も自覚があるのだろう、ルークをやっつけた時のような鋭い言葉が出てこなかった。
「自分の考えを相手にわかってもらおうとするなら、相手を立てることも考えないと。相手を怒らせて頑なにしてしまったら元も子もないではありませんか」
「わ、わかってるわ……」
防戦一方のティア。と、そこへルークの明るい声が響いた。
「さすがナタリア! ナタリアは俺のこと本当によくわかってくれてるよな、やっぱり幼馴染みは違うよ」
思わぬ援軍にルークは嬉々としている。が、これは失言だ。
「うわっ、サイアク……」
「バカが……」
ルークの無神経っぷりにアニスとガイは呆れ顔だ。
「…………」
ナタリアを誉めそやすルークからティアはプイと顔をそむけてしまった。怒っている。
ティアだってルークが憎くて苦言を呈していたわけではない。ルークはわかっているのだろうか?
彼らに加わらず黙って観察している仲間もいる。
(ルーク……アクゼリュス崩落以来ティアに噛みつくことがめっきり少なくなったと思ってたら、最近ティアとのやり取りに敏感ですね……)
ジェイドはブランデー入りの紅茶をすすりながら内心で独りごちた。
ルークはティアに認めてもらいたがっている……そういう印象を受ける。
レプリカとしてでなく人間として生きたいという欲求がルークの中で強くなってきたように見受けられる。
そのことと最近のルークの態度は関係しているのだろう。そうした欲求は時に自己顕示欲や性的欲望という形で発露する。
特定の異性に認められたいというルークの態度は動物の求愛行動に似ている。要するに彼はティアとセックスがしたいのだろう。
若人の青春というやつだ。自分を含めたこの一行にはエルドラントのヴァンを倒すという使命があり、
その辺のケジメさえきっちりつけてくれれば若気のいたり大いに結構、それがジェイドのスタンスだ。
第一、ルークの若気のいたりはおもしろそうだ。
それに第二超振動のことが気にかかる。
超振動理論とフォミクリー理論の結合ともいうべき完全同位体仮説によると、
オリジナルと完全同位体が引き起こす超振動は通常の擬似超振動とは違って全ての音素を無効にしてしまう可能性がある。
完全同位体についての知識が絶対的に不足していたため理論はどちらかというと予言でしかなかったが、
ナタリアをトラップ譜術から救った擬似超振動は第二超振動の存在を証明しているように見えた。
オリジナルと完全同位体は音素レベルでは完全に同一人物だが、それぞれに個性がある以上、心理学的には同一人物ではない。
むろんルークとアッシュが苦しんだように社会的にも二人は同一人物ではないのだが、それはこの場合は副次的産物にすぎない。
ジェイドがしたいのはあくまで方法論の確立だからだ。
各個体の心的運動がオリジナルと完全同位体の違いを規定するのであれば、第二超振動の性質やメカニズムを解明するのに心理学的アプローチが有効であろう。
しかし……
(……私は心理学は専門じゃないんですよね……)
バルフォア博士はティア、ナタリアと視線を移し最後に焦点はルークに落ち着いた。
ここは完全同位体に発奮してもらうしかない。
マルクト軍情報部筋によるとルークは幽閉時代、屋敷のメイド達相手に淫蕩三昧の日々を送っていたらしい。性欲の追求はもっとも激しい心的運動のひとつである。
第二超振動の解明という崇高な使命を達成するためにどうすればいいかを思案していたジェイドだったが、楽しい思索は酒場のどよめきに遮られた。
どよめきはキムラスカ側の入り口で起こり、やかましかった店内がシーン……と静まったほどだ。
代わりにガシャンガシャンと金属がかち合う騒音が聞こえてきた。これは鎧甲冑の音だ。
他の客たちと同じようにジェイド達も振り返る。視線の先にはキムラスカ軍の一団。
しかもよく知った顔の軍人を先頭にまっすぐルーク達の席に向かってくる。
よく知った顔とはセシル将軍だ。
ツカツカ……と軍靴を響かせてルーク一行の前までくると将軍はまずナタリアに敬礼した。
次いでルークに同じように敬意を表す。他の面々にも軽く頭を下げた。
「殿下、こちらにおいでだと伺い参上いたしました」
つまりナタリアに用事があるということだ。
「何の御用かしら、将軍」
用向きを質すと、軍人らしい鋭い目つきで辺りを見回して「申し訳ございませんがここでは……」と答えた。
周囲の客や店員たちは落ち着かないらしく、しきりにこちらに目を向けている。
「わかりました、では領事館に参りましょうか」
「はっ、ご足労おかけし申し訳ございません」
物分かりのいい王女殿下にセシルは深々と頭を下げた。
キムラスカ領事館内、軍部代表部代表の執務室に割り当てられた一室でルーク達はセシルから用件を聞くことになった。
「それでは用向きを伺いましょうか」
セシルはどうやらナタリアに用があるみたいだったので代表質疑の責はナタリアが負うことになった。
女性陣は応接用のソファに腰掛け、男性陣は他の部屋から持ち込んだ木製椅子に腰を下ろしている。
セシルは執務椅子が空いているのだが、臣下の礼法なのか、立ったままの姿勢で用件を切り出した。
「この度マルクト側の軍代表にあのアスラン・フリングス将軍が着任しました」
もちろん知っている。ゼーゼマン総参謀長に彼を推挙したのはナタリア達、より正確にはジェイドだ。
セシルはチラッとジェイドを一瞥したが、当のジェイドは黙して語らない。あくまでナタリアに任せるつもりらしい。
「フリングス将軍がどうかしましたか?」
「はっ……。今回の着任と同時に将軍は准将から少将に昇級することになりました」
「知ってますわ。将軍の栄達を喜ばしく思います」
捕虜となったセシルやキムラスカ兵士に対する将軍の対応にナタリアは心から感謝している。
「そこで我々としては将軍の昇進を祝う席を設けたいと考えたのですが……」
「まぁ、それは良いことですわ。将軍もきっと喜ぶことでしょう」
まるで我が事のように喜ぶナタリアだが、対するセシルの表情は晴れ晴れとしたものではなかった。
「?」
セシルが浮かない顔なのでナタリアは首をかしげた。顔にこそ出さないがジェイドも怪訝に思っている。
「どうかしまして?」
王女殿下に促され、セシルは答えた。
「はい、その旨使者を送って打診してみたのですが、先方は『先日キムラスカ領事閣下主催の歓迎会で過分にあまるご厚遇をいただいたので小官としてはこれ以上……』」
「のもてなしは受けるわけにはいかない……と?」
「はい」
セシルは頷いた。
「それは困りましたわね、そのレセプションは領事主催だったのでしょう?」
「はい、あれは領事主催だったので、改めて我々も将軍の着任をお祝いしたいと3度使者を立てて申し出たのですがフリングス将軍は固辞するばかりなのです」
「ちょっといいか?」
ここでルークが口を挟んだ。腑に落ちないことがあるらしい。
「領事主催だろうが何だろうがフリングスの出世を祝ってやったんだろ? あいつがそれで十分だって言ってるんだったらそれでいいんじゃないか?」
至極まともな意見だ。しかし外交の世界は時としてまともではない。
ここはマブダチの出番である。
「そりゃアレだろ、領事が文官でセシル将軍が軍の人間だからだろ。セシル将軍はキムラスカ軍としてフリングスの出世を祝ってやりたいんだよ」
文官と軍人の間のセクショナリズムを彼一流の柔らかい表現で解説する。
「? そういうもんなのか?」
ガイの言葉にも納得できないようだ。ガイの続きをアニスが引き受けた。
「ルークルーク、要するにこういうこと。そのパーティでフリングス将軍のためにおカネを遣ったのは領事であってセシル将軍じゃないんだよ。おカネを遣ってお祝いしたかどうかがすごく重要なの」
守銭奴らしい生臭い説明だ。
「ああ、わかった。自分のカネを遣わないと祝ったっていう実感が湧かないってことだな?」
「はい、そういうことです」
セシルは頷いてこう付け加えた。
「特に私にとってフリングス将軍は命の恩人でもあります。その将軍を祝福する席を拒まれたのでは私の立つ瀬がありません」
セシルの言葉には、軍高官としての単なるメンツ以上の切実な思いがこもっていた。
(……ダメだ、またあの人のことを考えている……)
フリングスは頭を振った。
一体自分はどうしてしまったのだろうか?
執務机の上には彼の決裁を待っている書類が山積しているというのに、ここ数日来ずっと業務に身が入らない。
副官部の副官たちが優秀だからなんとか大過もなく捌けているが、いくつかのミスで副官たちに迷惑をかけてしまった。
迷惑も副官止まりだったからよかった。
司令官のミスは小さなミスであっても末端部隊に影響する頃には大きな障害となっていることであろう。ましてやこの時期のケセドニアである。
フリングスにミスは許されないのだ。
彼にも出世街道驀進中のエリート軍人として人並みの自尊心はある。だがここのところの変調はその自尊心を傷つけるに十分だった。
そこへ持ってきて「あの人」からの昇進祝いのパーティ開催の申し出である。
これがキムラスカ軍の渉外活動として必要重大なパーティであることをフリングスは正しく理解している。
当然マルクト軍にとっても大事なパーティとなるはずである。
それにセシル将軍としては、エンゲーブのことで自分に感謝していることを公的な場を使って表明したいという思いもあるのだろう。
将軍の気持ちは本当によくわかる。自分がセシル将軍の立場でも同じことをしただろうからだ。
普通ならフリングスも軍人として礼を尽くしてキムラスカ軍の歓待を受けるところである。
でも普通とは違う。全然違う。フリングスははっきり自覚している。
セシル将軍を女性として見てしまっている。
彼女と接見して、自分は彼女をキムラスカ軍の司令官として見ることができるだろうか?
できないのではないか。だとすれば軍人としての彼女を貶める卑劣な行為ではないだろうか?
(……あの人に会うのはダメだ。今は私はただの卑劣漢だ、会わせる顔がない……)
純粋にセシルのことを思っているのか、セシルに嫌われることを恐れているのか、そういう深さまで自分の恋愛感情を分析することは彼にはできない。
できないことがあってもこれまでの彼ならこうまで不安になることはなかった。
(……こんな時預言があれば……)
預言なき新しい世界、それは不安な時代の到来である。
コンコンコン……
執務室のドアがノックされた。
「入れ」短く命ずる。
「失礼いたします」
言葉と共にマルクト将校が入室してきた。敬礼して用向きを告げる。
「ジェイド・カーティス大佐がお見えです。将軍との接見をご希望です」
「お通ししてくれ」
将校は敬礼して退室、時間をおかずにジェイド達が入ってきた。
「フリングス将軍、少将への昇級おめでとうございます」
「このたびの将軍のご栄達、キムラスカの民を代表してお祝い申し上げますわ」
「フリングス、おめでとう」
「将軍、おめでとー」
口々にフリングスの昇進を祝う。フリングスも丁重に謝意を述べ、とにかく椅子を勧めた。それでも人数分揃えることができず、女性陣だけが座ることになった。
「私に何かご用でしょうか?」
場の空気が落ち着いたところでフリングスが用向きを尋ねてきた。とりあえず訊いた相手はジェイドだ。
「はい、実は困ったことが起こっているのです……」
眼鏡のフレームをいじりながら続けた。
「キムラスカのセシル少将がとある紳士に求愛中なのですが……」
「なんですと!?」
ガタンッ!
飛び上がらんばかりに椅子から立ち上がる。
「だ、誰なのですか、その紳士とは!?」
単なる言葉の綾だったのだが、将軍の激しい反応に一同ポカーン。さすがにフリングスも気づき、決まり悪そうに着席し咳払いした。
フリングスを見ながら女性陣はボソボソ何か囁きあっている。「ひょっとして将軍って……」というアニスの声が聞こえてくる。
「コ、コホン、取り乱してすみません。続きをどうぞ」
(……わかりやすい人ですね、フリングス少将……)
という本音は心の中だけに留め、別の言葉を口にした。おもしろそうなので少し遊んでみよう。
「ところが私もセシル将軍のことを気に入っていましてね、是非とも私のペットにしたいなぁと思い、フリングス少将の協力を得たいと思ったわけです」
「ペ、ペットですと!?」
またもや大声を上げるフリングス。
「あの人をペットになどと、いくらあなたでも言葉がすぎます!」
「そうですね、あの女性にはふさわしくない表現かもしれません。では『メス奴隷』に訂正します。セシル少将メス奴隷化計画……」
「カーティス大佐! これ以上彼女を辱めるような暴言を吐くなら大佐といえども自分は……!」
気色ばんだ顔でジェイドの言葉をさえぎる。全身から噴き上げてくる殺気がジェイドには心地よい。
「いいじゃないですか、セシル将軍がメス奴隷になってくれた方があなたも仕事がしやすいでしょう」
「ジェイド・カーティス!」
ガタンッ! 椅子が乱暴にどけられる。立ち上がり、殺気メラメラでジェイドを睨みつけた。
「彼女への邪心と陵辱、これ以上は看過できぬ。あなたに決闘を申し込む!」
抜剣し、切っ先をジェイドにつきつける。でもジェイドに動じた様子はなく逆に問いかける。
「どうして彼女のことであなたと私が闘わねばならないのです? 決闘罪は死刑です。あなたと私を我が国が失わねばならない価値が彼女にあるというのですか?」
「っ!」
この決闘がマルクトの国益を損ねるという論法にフリングスは少し動揺した。自分の言葉の効果に満足しつつ、ジェイドは決定的な罠を仕掛けた。
「あなたが彼女のことを愛しているというのであればわかりますが……」
「そうだっ、私は彼女を愛している!」
言質を引き出した。
「そうですか、セシル将軍のことが好きなんですか。わかりました。さきほどまでの彼女への暴言非礼をお詫びします」
「は……?」
ジェイドの豹変ぶりに毒気を抜かれたようにフリングスは目を丸くした。
「では改めて、ここに来た本当の理由をお話します。ガイ、説明を」
「また俺かよ!」
ガイは叫んだ。
「事情はわかりました」
ついさっきブチ切れたからか、フリングスは執務椅子にかけたまま決まり悪そうに身じろぎした。
「ですがいささか悪ふざけが過ぎるのではありませんか」
恨みがましそうにジェイドを見上げる。
「私もそう思いますわ」
ナタリアも厳しい視線をジェイドに向けた。
「まぁまぁそう怒らないでください。私も真実究明のためと涙を飲んであんな芝居をうったのです」
「絶対ウソだ。大佐、楽しんでたでしょ」
アニスのツッコミをジェイドは涼しい顔で無視した。
「そんなことよりも将軍、セシル少将に懸想しているのであれば、彼女からの今回の招きを断る理由などないではありませんか」
「た、大佐っ!」
直球でセシルのことを振られてフリングスは顔を真っ赤にした。
「私はまじめな話をしているんです」
真顔で言った。
「これも絶対ウソだ」
「ああ、真顔でウソだな」
アニスの小声に同じく小声でルークが相槌を打った。
「自分は……」
観念したのか、フリングスは自分の悩みを率直に打ち明けた。
「自分は自分が恐いのです。今あの人に会えばあの人を軍人としてではなく女性として見てしまうのではないか。それをあの人が喜ぶわけがない……」
「それは軍人らしからぬ、意気地のない物言いですわ」
「そうだよ、好きなら好きって言っちゃえばいいのに」
「そうは言うけどよ、こないだのルグニカ平野の戦争でフリングスはセシルのことを助けただろ? フリングスが好きだって言っても、セシルは助けられたことに引け目を感じたりしないか?」
ルークの説はフリングスも心配している。
「そうだな、助けたことを盾に求愛してると思われちまうかもな」
ガイも同調した。
「フリングス将軍の誠意が通じない相手ではないと思うけど……」
恋愛は専門外のティアも一応自分の意見を述べた。
「ふむ」
ここでジェイドが頷いた。
「要するにセシル将軍の気持ちがわかればいいわけですね?」
そういうことだ。
「だったらプレゼントを贈ってみてはどうですか? 贈り物をもらったときのセシル将軍の反応を見るんですよ」
「なるほどな、セシル将軍の反応を見れば次の手も打てるよな」
早くもガイが同意した。みんな口々に賛意を表明する。しかしフリングスは困惑気味だ。
「し、しかし何を贈ればいいか、世事に疎い自分にはわかりません……」
「大丈夫です、我々が力になります。幸い、ここには若い女性が3人もいる」
「はぁ……」
フリングスは拒絶はしなかった。これは消極的とはいえ多国籍恋愛顧問団を受け入れたことを意味する。
「よぅし、じゃあアニスちゃんが聞いちゃうよ!」
アニスが俄然張り切りだした。
「まずはティア、期待してるよ〜!」
「え、あ、あたし?」
いきなり振られて思わず声を裏返らせてしまう。
「あ、あの、その……ヌイグルミ……とか」
それでもおずおず答えた。頬をポッと赤くしている。
「ぬいぐるみぃ? ちょっとちょっとティア、相手はあのセシル将軍だよ? オトナの女で軍人さんだよ? ぬいぐるみなんておかしいよ」
快刀乱麻を断つ、といえば聞こえはいいが、アニスの批評は情け容赦ない。
「そ、そう……」
世界最高峰のセブンスフォニマーは悲しそうにしゅんとした。
「じゃあガイ」
「時計とかどうだ? こないだシェリダンでいい懐中時計見つけたんだ。セシル将軍は実用的なものを喜ぶんじゃないかな」
音機関オタクらしい提案だ。
「時計かぁ、結構いいかも。じゃあ次ナタリア」
「ペンダントはいかがかしら。相手は軍人といっても女性です。アクセサリーをプレゼントされて悪く思うことはないと思いますの」
「うん、確かに。きれいなアクセを贈られて喜ばない女なんていないよね」
「次はあんまり期待してないけどルーク!」
「悪かったな、期待できなくて」
いやな顔をしてルークは自分の意見を言った。
「俺は剣かな。相手軍人なんだし。結構良くないか?」
「剣なんか贈られて、フリングス将軍の気持ちが伝わると思うの?」
「うっ、うるさいな、俺だっていい物が浮かばなかったんだよ!」
「ではアニスちゃんはどうなのかな〜?」
ジェイドが聞き役になった。
「わたし? へへ〜、アニスちゃんはね……ダ・イ・ヤ!」
ホクホク顔で答える。
「フリングス将軍の愛の硬さをダイヤモンドで表現するわけだよ。愛が割れちゃってもおカネに化けるというスグレモノだしね〜」
「やっぱそっちが本音か」
「ガイうるさい」
ガイに抱きついた。
「ぎゃあっ! や、やめろ、離れろ!」
「一応私の意見も申し上げましょう。今回のプレゼント作戦はあくまでもセシル将軍の反応を見るためのものです。露骨な愛情表現は避けるべきですし、からといって相手が女性であることを忘れてもいけません」
いちいちごもっともな前口上だ。
「セシル将軍のお人柄を見るかぎり、形式美よりも実用美を追求したプレゼントが喜ばれると思います」
「確かに、華美に装うことを良しとする御仁には見えないな」
アニスから解放されたガイが肩で息をしながらジェイドに相槌を打った。
「で、つまり何を贈ればいいんだ?」
「キャパシティ・コアです」
ジェイドの答えは簡潔をきわめた。みんな唸る。
「キャパシティ・コアなら装備品ですし、装飾性も高い。セシル将軍のような方にはとても喜ばれることと思います」
「そうですわね、キャパシティ・コアか……なかなかの妙案ですわ」
「装備品だから断られにくいしな」
「どうですか、フリングス将軍。よろしければこのキャパシティ・コアをお譲りしますよ」
そう言って取り出したるは古めかしい響律符。
「これは……?」
フリングスもキャパシティ・コアをプレゼントするという案には心が動かされたのだろうか、ジェイドが差し出した響律符を興味深げに覗きこんだ。
「インデセンテという言葉が彫られたキャパシティ・コアです」
「聞いたことない言葉ね? 古代イスパニア語?」
ティアが眉をひそめる。ジェイドは頷いた。
「はい、そうです。意味はそうですね……さしずめ、『熱い』ぐらいの意味になるでしょうか」
ジェイドは嘘はついていない。だが本当のことも言っていない。インデセンテの本当の意味は『淫らな』である。
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