総合トップSS一覧SS No.4-097
作品名 作者名 カップリング 作品発表日 作品保管日
聖女様は革命家の夢を見るか? 丼兵衛氏 エロ無し 2003/04/20 2006/01/15

「全く様子が違うな…人っ子一人いやしない」
カイル一行は、突如発生した時空乱流の渦に巻き込まれそうになり、リアラの空間転移
でとっさに何処とも知れぬ砂浜に移動して難を逃れた。しかし、カイル達の知る現代
とは様相が一変していた。おまけに、18年前の騒乱の際に破壊されたダイクロフトが
天空に浮かんでいる始末である。
ようやく、建造物らしきものが見えてきた時、ロニが素っ頓狂な声を上げた。
「な…何だありゃあ!?」
長大な壁に囲われた半円球の巨大なドームが鎮座していたのである。
「恐らく、この世界の都市なのだろう。入るぞ」
壁に囲われてはいたが、自動ドアの付いた入口が備え付けられていた。
入ると、人工的な緑地が視界に入ってきた。これらの草木はドーム内の換気を兼ねて
いる様だ。
「見てよ!、町が見えてきた!」
カイルの指差す方に町らしき建物の群れが見えた。

町に入ると、住民らしき男がカイル達の姿を見て驚いた様子で歩み寄ってきた。
「同志、レンズはどうしたのかね!?」
「レンズ…レンズがどうかしたの?」
男の姿を観察すると、額に装飾品のようなレンズが付いていた。
「済まない、外でモンスターに襲われてレンズを落としてしまった様だ」
ジューダスが咄嗟に誤魔化したが、男は一応納得した様であった。
「そんな所だろうね」
「レンズが無いとドームの外ではおろか、中でも配給が受けられないから党本部で
再発行の手続きを済ませてレンズを貰うといいよ」
「党本部?」
「共産党の都市委員会のある所だよ。エルレイン同志の指導を実行する所さ」
そう言うと、男は去っていった。
「どうなってるんだよ、こりゃあ?!」
「『同志』とか『共産党』とか…、訳が分からないよ」
「どうやら、相当大幅な歴史改変が成された様だな、行くぞ」

「おい…、やけに看板が多くねえか?」
町のあちらこちらには、赤の板に白地の文字で宣伝文句を書いた看板ばかりであった。
『偉大なる同志エルレインの為に自己批判を深めよう!』
『敬愛なる慈母の御導きに積極的に応えよう!』
『崇高なるフォルトゥナ=エルレイン革命思想を守ろう!』
おまけに、そこら中に赤い布の垂れ幕や旗がぶら下がっている。
「そこら中赤色だらけで目が痛いよ」
カイルが目を擦った。
「全く、くどいったらありゃしないよ。そこまで有難い『高邁な思想』とやらを
教え込みたいのかねぇ」
ナナリーが看板のスローガンの洪水にうんざりした様子で吐き捨てた。
「どうやら、ここの住民は思想とやらに疑いを持たない様だな。見ろ」
ジューダスの指差した方には、色付きの板を持った小集団が何か練習を行っている。
カイルが興味深々とばかりに集団の一人に尋ねた。
「あの〜、これは一体なんですか?」
「これって、『マスゲーム』を知らんのかね!?」
「済まない、私達はレンズを無くして記憶障害を起してしまったのだ」
又してもジューダスが嘘をついて誤魔化した。
「これは指揮者の合図に合わせて板の色を変えて大きな動画を作るものだ。それを
天井の窓からダイクロフトの人民宮殿におられるエルレイン同志にお見せするのだ」
「それで、動画を見せたら何かあるの?」
「偉大なる慈母は我々との不朽の連帯を改めて確認し、指導の活力とされるのだ!」
「は…はぁ………」

「見てよあれ!、エルレインだ!」
ドーム都市の中心部に、エルレインをかたどった巨大な銅像が鎮座していた。
「とことん悪趣味だねぇ…、まるで悪夢だよ」
ナナリーは銅像を見やると悪態を付いた。
しばらくすると、都市の住人が銅像の周りに集まってきた。
「一体何が始まるんだよ…」
上空にダイクロフトが姿を現すと、住人の数は益々多くなった。あの色付きパネル
を持った一団も広場で待機している。
「ベルクラントが発光している!」
「…これが、外で見たレンズエネルギーの供給なのだろう」
カイル一行は、ドーム都市の中に入る前にダイクロフトからエネルギーが発射される
のを目撃していた。リアラによると、フォルトゥナ神団はアイグレッテのレンズ動力
の機械にこの「晶光」を供給していたという事であった。
「来る…!」
ダイクロフトから発射された光の筋は、エルレインの銅像がかざしている右手を
介して分散し、住人の額に付いたレンズに吸い込まれていった。
「おぉぉ…、生きる力がみなぎる…」
「これこそ『共産主義』の奇跡よ…」
一通りレンズエネルギーの供給が終わると、住民の中の一人がおもむろに口を開けた。
「同志諸君!、偉大なる慈母たる同志エルレインは皆に平等に生命を与えて下さった!。
今度は私達が同志エルレインの慈悲に応える番です!」
言い終わると同時に、住民が一斉に叫び始めた。中には、感極まって泣き出す者もいる。
「「「同志エルレイン万歳! 偉大なるフォルトゥナに栄光あれ!!」」」
「「「万歳!! 万歳!! 万歳!!」」」
手旗の合図に合わせて、パネルの色彩が一斉に変わってある時はフォルトゥナと
エルレインの横顔となったり、一瞬で天空のダイクロフトに変わったりした。
一団の一糸乱れぬ完璧に統制された動きに、一行はただ呆然とするばかりであった。
「「「万歳!! 万歳!! 万歳!!………」」」

「妙だな」
ジューダスがおもむろに口を開いた。
「今更何を言ってやがる、十分過ぎる程妙ちきりんじゃねぇか。
他の都市でも全く同じ生活で全く同じ事をやってたじゃねぇか?!」
「この世界には、元の文明はおろか、フォルトゥナ教団すらも存在していない。
ただ、エルレインの手によって、何らかの歴史改変が行われたのは確かだ」
「………………」
「どうしたの、リアラ?」
リアラは住人に話を聞いていた様であったが、それからというもの全くと言っていい
程元気が無かった。
「…町の人は『この世に神などという存在は無い』って言ってたわ。『神を信じる奴は
ミクトラン的個人崇拝に毒された汚らわしい極反動だ!』って…」
「神様がいないって一体どういう事だ?!。俺、頭が痛くなってきたよ」
カイルがぼさぼさの金髪をかきむしり、頭を抱えて唸った。
「無い頭を捻っていても仕方が無いだろう。都市ならば図書館か資料庫がある筈だ。
そこで歴史資料を調べるんだ」
暫くして、都市の最深部に資料室の入口らしきドアを見つけ、そこへ入った。
資料庫に保管されているのは映像資料ばかりで、書物は1冊も無かった。
ジューダスは天地戦争関連の書庫からディスクを取りだし、映写機にセットした。

『…かつて、世界は2つの陣営に分かれていました。
王を自称したミクトラン率いる天上都市陣営と、天上側の帝国主義的な圧制に対抗
して結成された地上軍陣営です。地殻破壊兵器に転用されたベルクラントを始めと
する圧倒的な軍事力を誇った天上軍が戦争の主導権を握っていました。
窮地に追い込まれた地上軍は、司令部でもあった輸送船「ラディスロウ」を浮上させ
てダイクロフトに突入しました。
この戦いは熾烈且つ苛烈なもので、地上軍の主力が壊滅し、天上側も回複不可能な
打撃を蒙って双方は戦争の継続すらも不可能になりました。
…こうした混乱の真っ只中に、「絶対平等的共産主義」の思想を確立した聡明にして
偉大なる伝説的指導者であるフォルトゥナが現れたのです。
彼女は思想の第一の理解者であり、最も忠実な実践者である偉大なる慈母である
エルレイン同志を人民の基に遣わしました。
敬愛なるエルレイン同志は、「縮地法」を使って世界中を移動し、困窮の極にあった
人民に生命力の源たるレンズを与えようとしました。
しかし、あくまで専制支配に固執した反動主義的なミクトラン一派はおろか
リトラー率いる地上軍首脳もこれに反対しました。
彼等はあくまで不毛な絶滅戦争を継続する事を望んでいたのです。
もはや、彼らに人民を統率する資格すら無い事を悟ったエルレイン同志は、忠実な
思想の守護者であったバルバトス同志に革命の実行を命じました。
偉大なる慈父たるバルバトス同志は天地双方の勇敢なる同志達による蜂起を指揮し、
人民による革命を成功させました。
戦犯達は人民と人民英雄たるバルバトス同志による人民裁判で裁かれ、彼等は罪に
相応の報いを受けました。
こうして、自らを『神』と称した専制的反動体制と、それに迎合した少数独占集団は
完全に根絶され、輝かしき時代の幕開けとなったのです。
今日、我々人民は偉大なる慈母たるエルレイン同志の指導により、幸福な社会を享受
しています。この社会を建設した「絶対平等的共産主義」の体現者たるフォルトゥナ
に感謝の念を忘れず、その崇高な革命思想を遵守する事を忘れてはいけません…』

映像が終わった後、ジューダスが苦々しい口調で皮肉った。
「なるほど…、『神』を拒否する人間であっても『思想』ならば幾らか受け入れ易い。
増してや、人民の意思も一応尊重される体制であればな。『神』は不用という訳だ」
「でも、あんな奴が英雄になってる歴史なんて絶対おかしいよ!!」
カイルは納得いかないとばかりにわめいた。
「前にも言っただろう、英雄という名は過去の功績に比例して授けられる名だ。
この世界では奴が民衆を救ったと信じられている。だからこそ奴が英雄なんだ」
カイルの言葉を聞いて、ナナリーも黙っていられなくなった。
「アタシはさ、奴等のやり方がずる賢くなっただけだとしか思えないんだ。
売店…否、配給所で聞いた話なんてアイグレッテの時よりずっとひどいよ。
“服や食料を自分で調達するのはエルレインと党に対する反逆だ”なんて…」
「『弁証法』という奴だ。例えば、人民裁判の時の地上軍首脳に対する罪状の中には
“ダイクロフトを除く天上都市を不法に放棄し、破壊した”という一文が入っていた。
要するに、『共有財産』となるべき資材を故意に破壊して人民に深刻な損害を与えた。
即ち、これは人民に対する重大な反逆行為に値する…という論理だ。
物資を勝手に手に入れた、或いはエルレインが指令して党が行う都市間の人口調節を
拒否しただけでも、人民の利益に反し、エルレインと党に対する恩を忘れた恥知らずで
卑劣な利敵行為…とでも解釈されるのだろう」
ジューダスは冷静に状況を掴んでいる様であったが、カイルやロニ、ナナリーは空いた
口が塞がらないといった様子で首を振ると深〜い溜息をついた。
リアラにしても、この世界の不条理さにただ首を傾げるばかりである。
「理想の為だとしても、どうしてエルレインが『神』の存在を否定したのか………。
 私には理解出来ません…」

               *

「エルレイン…、私は貴方のやり方はどうも解せないのですが…」
その頃、『神』ならぬ『伝説の指導者』にされてしまったフォルトゥナもリアラと
同じ疑問をエルレインに投げかけていた。
「人々の救済こそが我等の使命です。『神』を名乗らずとも人々を導く術さえあれば
それで事足ります」
「所で、貴方は何処からその考えを見つけたのですか?」
「…さる異世界の書物からです。その世界では人の弱さ故に実現する事が叶いません
でしたが、私には理想的な思想と思えました。現に、私は理論通りに幸福な世界を
建設する事が出来たのですから、人は本当に儚く脆い存在でしかありませんね…」

…エルレインの手には赤い豪華な装丁の分厚い「マルクス・レーニン思想辞典」と
「金日成語録」が握られていた。
                                  [完]


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