総合トップ>SS一覧>SS No.4-096
作品名 |
作者名 |
カップリング |
作品発表日 |
作品保管日 |
緋詠、残心 |
水王氏 |
エロ無し |
2006/01/06 |
2006/01/08 |
<ティアの設定>
・預言を廃止し、新たな体制造りを進めるローレライ教団とバチカルの繋ぎとしての
役割を与えられ、ダアトから出向して来た
・シュザンヌの提案がきっかけで、なし崩し的にファブレ家に居候をする事になった
「ティアさん、宜しければこの間の話の続きを聞かせて貰えないかしら?」
ファブレ家中庭、夏の残り火を思わせる日差しにじりじりと黒髪を照り付けられながら、ティアは
苛立ちに近い気持ちを感じていた。
「駄目かしら?」
「・・・あまりお外に出られてばかりだと御身体に障りませんか、シュザンヌ様」
内心を隠し切れずに、ティアは少しばかりの辛辣さを含んだ声音で公爵夫人に向き直った。
シュザンヌ――――ルークの母である彼女は、ティアとは対照的に春の木漏れ日を思わせる微笑を
浮かべ、小首を可愛らしくちょこん、と傾げて佇んでいる。
「あの子が戻ってきてからは、随分と体調もいいのよ。御医者様も驚かれるくらいなの」
ニコニコ、と悪気の一欠けらすら感じさせない笑みで夫人は返した。
(返って来たって、またこれじゃ同じ様なものじゃない・・・・・)
我が子の事なのに、何故、御義母さまはこうも平静を保っていれるのだろう。
未だに行方知れずのルークを探す毎日のティアには、目の前でまさしくのんびり、といった様相で
構えているシュザンヌの心の内が全く理解できずにいた。
ルークは、思い込んだら本当に程度を知らずに走り出す性格だから今回の事も、きっと何かの思い
違いからきた事に違いないわ、とティアは考えていた。
(でも、原因は多分――――いえ、確実にあの話の所為だわ)
丁度七日前の、あの日にファブレ公爵の好意で用意されたティアの部屋でルークと取り留めのない
会話をひとしきりした後、ティアはこう言った。
『この先、私達どうしようか』
ティアにとっては重い意味でなく―――無論、軽い気持ちでもないが―――純粋にこれからの事に
ついて、二人で相談するつもりで口にした言葉だった。
だが、ルークにとってはもっと深い意味を持つ言葉に感じられたのだろう。
・・・あの時のルークの表情は、忘れる事ができない。
レムの塔で見せた、悩み、もがき苦しむ彼の顔と心。
その時と同じ表情を浮かべ、しばしの無言の後に彼は自室へと戻っていってしまった。
その三日後の朝、ルークは突如としてファブレ家、そしてバチカルから姿を消していた。
自分にはルークの内心を知る術もないし、身勝手な想像で彼や自分を責めたりするつもりもない。
ただ、一刻でも早くルークに会い、ちゃんと話がしたかった。
迂闊に目を閉じれば、闇の中、緋色の髪をした青年が道に迷い、覚束無い足取りでそこから離れて
いく虚像に心を囚われそうになり、ティアは短くかぶりを振ってそれを打ち消した。
「奥様、ティア様の申される通りに御座います。医者の者が言われたのは、あくまで体調的なもので
あって、ご無理は決してなさらぬ様に・・・と言われております」
一歩控えて、夫人の傍に佇んでいた執事のラムダスが、スッと身を乗り出しこうべを垂れながらも
強い口調で割って入ってきた。
「残念ねぇ・・・・ティアさん、あまり根を詰めて無理なさらないでね」
他人事にも聞こえるシュザンヌの心配の言葉をティアはくるり、と踵を返して背中で受けていた。
「失礼します。シュザンヌ様もご無理のないように」
今度は、苛立ちも隠さずにティアは言い放った。
話の途中に背中を向けた事は、礼を欠くとわかってはいても彼女にはそうせざるを得なかった。
眉根を上げ、憤慨した自身の表情を見せるよりは幾分かはマシに思えたからだ。
「――――どうかしてるわ」
呟きながら中庭を後にして、ティアは屋敷の外に出るべく正面に構える豪奢な造りの扉へと向かう。
無論、夫人の平静さがルークに対する母親と子の信頼関係から来ているものなのだと想像できる。
だが、それでもティアは平然としてはいられなかった。
早足にティアが廊下を歩いていると玄関広間側からこちらへとやってくる御屋敷付き庭師ペールの
姿が見えた。
「ペールさん、いつもお勤めご苦労様です」
「おお、ティア様。良いタイミングですな」
ぺこり、とお辞儀をして挨拶をしたティアに気付いて、顔を向けたペールは携えていた書類の一つ
をいそいそと片手で開いてティアに見せた。
細かに線引きされ、幾つもの表が作り上げたそれにティアは素早く視線を這わせた。
「これは・・・・・」
「半年前からバチカル音機関研究所で試験運行が開始されたアルビオール量産機の稼動スケジュール
表なのですが」
そこには各量産機の発進時刻、帰還時刻、搭乗者名等の詳細な書き込みがされていた。
ティアの目線を確認したペールの指が、表の上をさっと動く。
指し示された箇所を、ティアは素早く追いかけた。
その日付の欄のみが、全くの空白。
「――――ルークがいなくなった日と同じ」
「はい。気になって、管理の者を問い詰めてみたのですが・・・口を割らず諦めてつい今しがた戻って
きた次第なのです」
残念そうな表情でそう告げるペールとは対照的に、ティアの表情は輝きを見せて始めていた。
国有の音機関であるアルビオールをチェックも残さずに持ち出せる人間となれば、数が知れている。
ルークの足取りを追い始めてから、これといった発見への手掛かりを得られずにいたティアにとって
この情報は極めて重要なものであった。
「いえ、助かりました。後は私が調べてみます」
深々とお辞儀をして、ティアは知らずの内に一息ついていた。
その事に気付き、はっとなってティアは自らの心を引き締める。
まだ何の解決もしていないのだと焦る自分を諌めて、改めてペールの助力に感謝する。
「いえいえ、ルーク様の事となればわたしも気になりますから。ティア様、ルーク様を宜しく頼み
ます」
「はい、有難う御座います」
今度は、顔を向けて返す事ができた。
「そう言われましても、こちらでは許可のない方にスケジュールをお教えする事はできません」
ティアが根気良く何度尋ねても、飛晃艇場の作業員は取り付くしまもなくそう返すだけだった。
ダアトの名前を出す、というの以前であれば有効ではあったのだが預言を廃止し、新しい体制を
創り上げる事に精一杯、といった感のある現状では効果の程も知れていた。
実際、敬虔なユリアの信者と言われていた人物が、預言を廃止した途端にダアト批判に走りだし
教団を敵視する等という話も今では取り立てて珍しくもない事であった。
(一体、ペールはどうやってあれを調べのかしら)
胸中で呟きながら、ティアはファブレ家の名を出そうかと思い口を開きかける。
「――――」
「どうかお引取り下さい」
上の空で作業員の声を聞きながら、思い直す。
(・・・・・・御義母さまのお力は、借りれないわ)
意地になっているのが、自分でもよくわかっていた。
ルークを探し出す事が、最優先事項であるはずなのに小さな事に拘る自分に歯噛みしてしまう。
――――こうなったら、譜歌で眠らせてでも――――
歯止めの効かなくなった思考が、怪しげな旋律を奏で始める。
自然、身体が詠唱の準備を開始する。
『そうよ、今まだって何度もそうしてきたじゃない』
強引に眠らせたところで、一体その後はどうするかという疑問は思い浮かんでこなかった。
ただ、一刻でも早くルークを――――
「ティア!」
遠くから響く聞き慣れた、そしてもう随分と聞いてなかったかの様に思える声が聞こえた。
淀んだ意識が一瞬にして穿光に撃たれ、ティアは正気へと還っていった。
ガイと並び合わせる形で着陸した―――とはいっても、見れば随分と誘導の線を越えてしまい
手間取って結局は自動制御を使用したりではあったが―――アルビオールから降りたルークの
視界に最初に入って来たのは、着陸場入り口で作業員と会話するティアの姿だった。
「ティア!」
迷うことなく大声を上げ、だっ、と一直線に走り出すルーク。
「おい、ルーク!―――って、いっちまったよ・・・・良くあれがティアだって人目でわかった
なぁ・・・・愛の力、って奴かね。ホント」
他に何も見えず、といったご様子のルークを呆れ半分で眺めながらガイは視線を入り口の方へ
と移す。
良く見れば、確かにティアらしき女性と飛晃艇場の作業員がいる。
「大丈夫、って何度も言ってたが・・・あの調子じゃまたすぐ何かやらかしかねないな、っと」
一人ごちながら、ガイはアルビールの点検用の上部ハッチ開け放つと、そこに片手を掛け直接
機外へと跳び降りた。
重力というモノをまるで感じさせない、猫科の野生動物のしなやかさを連想させる一連の動き
でもって着地すると、手早く機体の外部操作パネルに指を走らせる。
着陸作業にまごつくルークを急かさない様に、とゆっくりと待っていればこれである。
「ま、ああいうところもティアにとってはかわいいもんなのかもな」
自分とて、例外ではない事を棚に上げてガイはハッチを外部操作で―――勿論、ルークの機体
も忘れずに―――閉め、彼の後を追った。
「ルーク!」
心配したんだから、と続けかけてティアはその言葉を飲み込んだ。
(私、今・・・譜歌を一般の人に向けて使おうとしていた・・・)
いくらルークの消息を確かめる為とはいえ・・・・いや、それでも駄目だ言い訳にはならない。
『どうかしてるわ』
シュザンヌに向けた筈の言葉の棘達が、一斉に鏡返しとなってティアへと跳ね返ってくる。
―――酷く、気分が、悪い。
視界が暗転し始め、自身を保つ為の平衡感覚が急速に失われていくのをティアは感じた。
(ダメ、立ち上がらないと、教官、に―――)
再開の喜びを感じる前に、ティアは愛する人の眼前で崩れ落ちていた。
「まあ、軽い疲労とストレスからくる一時的な貧血でしょうな。お伺いさせて貰いましたお話から
すると、ここ何日かは不規則な生活を繰り返されていた様ですし」
診察を終えたシュザンヌの担当医の視線に、少しだけ非難めいたもの感じながらルークは大きく
息をついた。
ファブレ家のティア用に空けられた個室から「お大事に」と言いながら医者が立ち去っていく。
「はぁーーーーっ・・・・・本当によかったぁ・・・」
「良かった、ではありませんよ、ルーク」
安堵の声を漏らすルークに、冷水を浴びせるかの様なピシャリ、とした叱責が降り注いだ。
「母上・・・・・」
一瞬、ルークには一体誰が自分の名を呼んだのかわからなかった。
それ程までにも母・シュザンヌの声音は手厳しいものを含んでいた。
ぽかん、とした様子で自分を見る我が子に向かい、つかつかと歩み寄るシュザンヌ。
―――ピシャリ!
あっ、と声を上げかけたガイの制止も間に合わず、ルークの左頬に鋭い平手打ちが見舞われる。
「自分の大切な女性に、心配を掛けて倒れさせた上、口をついてでた言葉が『良かった』とは何事
ですか。貴方も男なのであれば、恥を知りなさい」
手に込められた力も弱く、声も決して大きなものではなかったが、その声音はまるで真冬の雷鳴
思わせる威圧感を持って、瞬く間に室内の空気を制圧していった。
当事者ではないガイにですらその雰囲気に呑まれ微動だにできずにいる中、更なる宣告の言葉が
剣となって容赦なくルークへと降り下ろされる。
「貴方が真に心を入れ替えるまでは、今後この家の敷居を跨ぐ事はこの私が許しません。今すぐに
ここから出て御行きなさい」
ガイは、我が耳を疑った。
例え、ヴァン謀将が音譜帯の彼方から復活を果たしたとしても、これ程の衝撃は受けないと断言
できる―――夢ではないか、とすら思いたくなる程に衝撃的な言葉だった。
「ま、待って下さい、母上!」
既に背を向けて、部屋から出て行こうとするシュザンヌに追い縋るルーク。
「二度も、同じ事を言わせたいのですか」
それだけ言い放つと肩越しにちら、とだけ目を合わせてシュザンヌはそのまま扉を静かに開いて、
室外へと出て行った。
(あっちゃあ・・・・・こりゃ、最悪だわ)
呆然、としかやはり形容できない様子で方膝を着いて虚空に向かい左手を伸ばす青年に目をやり
ながら、ガイは深々と嘆息した。
「ここは・・・・・・」
目を覚まし、無意識に状況を確認しようとしてティアは辺りを見回した。
「やあ、ティア。気分の方はどうだい?」
部屋の隅の方の壁側に、背をもたれさせて佇む見慣れた人影があるのを認識すると同時に、その
人物から声が掛けられた。
「ガイ・・・」
二日前にファブレ家を訪れた際、ルーク失踪の話をティアから聞いて自らバチカルの外の捜索を
買って出てくれた、かつての旅の仲間が姿がそこにはあった。
「頭が痛いとか、どこか具合が悪く感じたりはしないかい?―――君はさっき、倒れたんだよ」
人を―――特に女性を―――自然と落ち着かせる口調でガイは優しく喋り掛けた。
「倒れた・・・・・そうよ!ルーク!ルークはどこ!?」
急激な勢いでティアの意識が覚醒していく。
ベッドから飛び降りてガイに詰め寄ろうとしてたが、意識の覚醒に身体がついていけずにティア
は足をもつれさせて大きくバランスを崩した。
「きゃ・・・・・」
つんのめる形で身体が前方へと大きく傾く―――その先には、当然、ガイ様しかいない。
「おぅわぁっ!」
情けない悲鳴を上げながらも、突如急接近してきた女性の身体から反射的に逃げようとする体と
自分が受け止めなければ、という意識の戦いを刹那の間に巻き起こすガイ。
その激闘を制したは、傷つく女性を守らねば、という想いであった。
「あ、ありがとう、ガイ」
すんでのところで大理石で造られた石床との激突から助けられたティアが礼の言葉を口にする。
「す、す、すまないが、じ、自分で、た、立てるかい?」
「!ご、ごめんなさい!」
先程までにも増して情けない声で懇願され、ティアは急いでガイから身を離した。
ふう、と肩を落として息をつくガイ。
「全く、我ながら一体いつになれば慣れるのかね・・・・・」
等と口にしつつも、手に残る瓜科の野菜の感触ははっきりと残っていたりするのだが。
色んな意味で身体というモノは複雑である。
「ルークなら、自室で荷物をまとめているところだよ」
「え?」
何故か後生大事そうに手の平をこするガイにそう言われ、ティアは目を丸くした。
「い、一体、どういう事なの、ガイ?」
「うーん・・・直接、ルークから聞いた方がいいと思うよ。正直、ティアもこれ以上の擦れ違いは
御免だろ?今ならまだルークも出て行ってはいないはずさ」
最後の方はもう耳には入ってなかった。
擦れ違い、という言葉に突き動かされて部屋の外へと駆け出していく、ティア。
「やれやれ・・・・・どうなる事かね」
ぽりぽりと頭を掻きながら呟くガイ。
「・・・・・・流石に、頭よりは小さいか」
掻いていた手を止めて眼前でひとしきり眺めた後、ガイもルークの部屋へと向かった。
「ルーク!待ちなさい!お願いだからちゃんとわけを話して!」
「御免、ティア。俺、もうこの家にはいられないんだ・・・・・・」
捨てられた子犬の目をした青年を、ティアは懸命になって引き留めていた。
「だから、わけを話してって言っているでしょう!」
頑なに勘当(だと推測される)の訳を話そうとしないルークに、業を煮やしたティアが詰め寄る。
「もうこれ以上、訳も分からないまま置いていったりしないで!」
「・・・・・・」
その言葉に、無言で佇むルーク。
「そうだ・・・俺はティアと話す為に戻ってきたんだ・・・・・・でも、ここにはいれない・・・」
「ルーク、聞いてるの、ルーク?」
顔を伏してぶつぶつと暗い声で独り言を言い始めたルークに、ティアが顔を寄せて話しかける。
「ティア!」
「きゃ!」
突然、顔を上げたルークに鼻先擦れ擦れを掠められ、驚きの悲鳴を上げるティア。
「どうしたの、突然」
真っ直ぐ、限りなく真っ直ぐに自分を見つめてくる青年の眼差しに、反射的に頬を染め上げて顔を
背けながら、ティアは不安な予感を感じていた。
「俺と一緒に来てくれ、ティア!」
真昼のファブレ家の隅々にまで、その声は響いていた。
「いいんですか、奥方様・・・・・・」
駆け落ち同然じゃないですか、と付け加えて自室の窓から中庭を抜けて飛び出していく大きな子供と
連れられていく女性をのんびり、とした様子で眺める公爵夫人にガイは力なくそう言った。
ルークの部屋に向かう途中で突如響き渡った声の内容を知らせるべく、シュザンヌの元へと行く先を
変更していたのだ。
「大丈夫、あの子には貴方やティアさんがいてくれますもの」
どこか楽しげにも見える微笑を口元に浮かべながら彼女は言った。
「はぁ・・・」
シュザンヌの思惑が一体どこにあるのか検討もつかず、ガイは生返事を返した。
「貴方達と旅をしてから、あの子は変わったわ。かわいそうな、守ってあげたいと感じていた息子が
少し見ぬ間に、どんどん、どんどんと大人に見える様になっていって」
目を閉じて、我が子の成長を思い返す夫人にガイはおずおずと口を挟む。
「お言葉ですが、あの様子だとまだまだ子供って感じなんですが・・・・・」
「あら、昔からこういうじゃない」
瞳を開いた夫人は、ニッコリと微笑んで言った。
「可愛い子には、旅をさせろって」
その日、バチカル飛晃艇場から二機の飛晃艇が立て続けに飛び立っていった。
二人の乗ったアルビオールを付かず離れず追い駆けながら、ガイは改めて『やっぱ女はこぇー・・・』
と心の底から思っていた。
――――多分続く――――
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