空を仰げば |
※元々は日記用のSSだったため、妙な作りで申し訳ありません。ちなみに、話の舞台は現世かあの世かとか、細かい設定は決めておりません。アバウトにアバウトにお願いします。 前フリ↓ ![]() 「俺はこの道だ」 「そうか、俺はあちらの道だ」 2本に分かれた道の前で、彼らは立ち止まった。 寒さを棄てきれない風は、かといって身を凍えさせる程でもなく、足元の草を微かに揺らした。 「では、ここでお別れということか」 「ああ、二度と会わないことを願っている。さらばだ」 「―――…」 バルジャンは口を開いて何かを言いかけたが、当のジャベールはくるりと素っ気無く背中を向けた。 そのままジャベールは二つに分かれた右の道にすたすたと足を踏み入れ――― 「ぐえ」 突然、後ろで纏めた髪をびんと引っ張られ、ジャベールは潰れた声を出してのけぞった。 「な…っ!?」 ジャベールが肩越しに振り返った先には、彼の髪の毛をむんずと掴んだまま、バルジャンが何やら神妙な面持ちで考え込んでいた。 「今の挨拶はどうかと思うのだよ。…君がそれを望むならば」 「…?」 「俺も君と別れるたび、『二度と会いたくない』とどれほど望んだことか」 で、結局ただの一度も叶わなかったからなあ。 バルジャンは感慨深げに溜息を付いた。 図らずも出会い、別れるたびに『あいつとはもう断じて一生会いませんように』と心底願ったにも関わらず、性懲りも無く出会い別れてまた出会ってきた、というこの事実。 天に向かってどれほど敬虔な祈りを捧げても、この願いだけは叶ったためしが無かった。 何やら深く感じ入っているバルジャンの様子に、ジャベールは不審そうに眉根を寄せ、 「…では、『おめでとう』とでも言えばいいのか?ようやく自由を得た、君の幸せな人生に」 つっけんどんな相手の言葉に、バルジャンは小さく笑った。 「ははは。幸せ、か…」 不意に。バルジャンは何か遠くの眩しいものでも見ているかのように目を細めた。 しばしの沈黙の後、彼はぽつりと呟く。 「…道を歩むのは、辛いことだらけだよ」 「―――そうだな」 バルジャンはきょとんと相手を見やる。まさかこの男に同意されるとは思ってもみなかった。 ジャベールは、何かに思いを馳せるかのように、空を見上げていた。 つられて、バルジャンもまた空を振り仰いだ。 沈黙が耳に心地良い。辺りは静かで、耳元をかすめる風の音だけが響いていた。 (―――ああ、きれいな空だ) 何となく、バルジャンは昔を思い出した。 懐かしい人々の顔が、浮かんでは消えて行く。 ほんの一瞬、胸がわずかに締め付けられる。 目に痛いほど鮮やかな空の青さと比べるには、古ぼけた記憶の中で微笑む人々は、あまりにも色彩に乏しく。 (…仕方がないか) 確かに、仕様がないことだ。 1つ過去を封じ込めるたびに、そこにいた人々も全て記憶の中へ置いてきたのだから。 色褪せた風景の中に、全てを置いて来たのだから。 自分が過去から逃れるために。何もかも、色を失ったあの景色の中へ。 ふと、視界の隅に黒いコートが映った。 バルジャンは思わず胸の中で苦笑した。そういえば、この男だけは変わらない。 彩りのない記憶の中で留まっていてくれれば良いものを、自分が捨ててきた人生をご丁寧にも拾い集めては目の前に突きつけて来る、この男。 互いに分かり合えたことなどついぞ無かったが、こうして並んで空を眺めているのも悪くはない気分だった。 腐れ縁も度が過ぎると、また違ったものに変化するのだろうか。 そんな話は聞いたこともないが、片っ端から封じ込めてきた自分の人生を知る人間というのも貴重かもしれない。 昔のこと。今のこと。決して平穏とは言えなかった、ろくでもないがどこか愛しい自分の人生。 隣で気配が動くのを感じ、バルジャンは意識を戻した。 視線を合わせると、ジャベールが相変わらずの素っ気無い口調で告げてくる。 「さらばだ。二度と顔を見せるな」 「その挨拶も、どうなんだろうな」 「…………………………とっとと失せろ」 「うん、妥当な線だろう」 ひどく真面目な顔で納得するバルジャンに、ジャベールは一瞬、呆れたような視線をよこした。 が、これ以上付き合ってられるかとばかりに軽く肩をすくめて、彼は道を歩き出した。 遠ざかって行く男の後姿をしばし見送ると、バルジャンもまた、ゆっくりともう一方の道に歩を進める。 ふいに、風が柔らかく髪に絡まるのを感じ、バルジャンは足を止めた。 彼は再び顔を上げた。空は変わらず穏やかだった。 |
| (終わり) |
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と、爽やかに別れた所で上図に戻ります。アニメの最終回なんかでよくある、二つに分かれてるようで結局一本道でしたあ!みたいな。 いやほら、前に「オーラの泉」でみわさまが『因縁で結びついた二人が別れようだなんて無駄なことよホホホ』って言ってましたし。『別れられたと思っていてもまた遭遇してしまうのよホホホ!』って(略) とにかく、久々のばるじゃべでウッヒョーですよ。やっぱりこいつら大好きです。 (2006.11.3) |