戦場のボーイズ・ライフ |
どこもかしこも腐っているはずの世界は、それでもどこか美しくて。 どれほど疎ましく思っても、やはり愛しさを覚えずにはいられなかったのだ。 ――― ここでしか生きられない僕たちは。 戦場に、雨が降る。 いつの間にか降り出した雨は、今や瓦礫の山と化した砦に音もなく降り注いだ。 辺りには、血と硝煙の臭い。雨を含んで湿気の増した土の臭いが、気休め程度にその生臭さを紛らわせていた。 雨は鉛色の空から、色もなく降っていた。 血に濡れた大地を、人々の記憶を、全て洗い流すかのように。 遠くから響く軍鼓が、湿った大気を重々しく震わせる。 その震動に起こされたというわけでもないのだろうが。彼はうっすらと目を開いた。 見えるのは、どこまでも単調に続く曇り空。 聞こえるのは、あちらこちらを忙しなく動き回る靴音の数々。 おそらく軍か警察か――― どちらにしろ、政府の人間には違いない――― が、自分たちの死体を集めているのだろう。 徐々に霞んでいく視界の中で、彼は無意識に仲間たちの姿を探した。 どこまでも走って行きたかった。 彼らと共に、駆けて行きたかったのだ。 同じ夢を描いて。それだけを目指して。 ひたすら前を見つめて。どこまでも。どこまでも。 彼は思考の中に広がる暗闇が、緩やかに、しかし確実に自分の頭を侵食していくのを感じた。 別段、恐怖は感じなかった。 ただ、寂しいと思った。 首を巡らせ、仲間たちの姿を求めようとする。だが、銃弾を無数に浴びたその体は――― 当然といえば当然だが――― 全く言うことを聞かなかった。 ふと、彼は我に返った。 知らぬ間に、懐かしい香りが辺りを包んでいた。 それはアルコールの香り。安酒独特の品のない臭いが、やけに馴染み深かった。 不意に、彼は自分の腹のあたりに妙な圧迫感があることに気が付いた。 先程までは感じられなかったが、自分の腹の上に何か重いものが圧し掛かっているようだ。 彼はどこか他人事のように分析してみた。 ああそうだ、この重さはちょうど、一人の人間が――― ――― 何だ。こいつか。 彼はどこか落ち着いた心で、自分の上に折り重なるようにして倒れている人物の存在を認めた。 体は相変わらず動かないので、相手の顔を見ることは出来ない。 それでも、彼にはそれが誰なのかがはっきりと分かった。 疑いようもない。血と硝煙と雨の臭いに混じり、やたら陽気に漂うアルコールの臭い。その緊張感の無さに例の酒飲みの姿をぴたりと重ね合わせ、彼は笑い出したくなった。 さっさと退きたまえ、この酒飲みが。しまりの無いその臭いが僕に移るじゃないか。 まったく、どこまでも果てしなく空気の読めない奴だな、君という男は。 彼は面白そうに喉を鳴らそうとした。が、血の詰まった喉がヒュウと悲しげな音を立てただけだった。 傍らに仲間の存在を確認して、何となく安心感を覚えたせいだろう。今度は瞼が重くなってきた。 特に抗う理由も思いつかなかったので、彼は自分の体の成すがままに委ねた。 閉じ行く世界の隙間から見えるのは、鉛色の空。 と、彼はわずかに目を見開いた。 雨はいつの間にか止んだらしい。どんよりとした雲間から、一条の光が差し込んでいた。 鈍い色彩にきらきらと零れ落ちる、光の瞬き。 その美しさに。 その鮮やかさに。 彼はただ、泣きたくなった。 ゆっくりと、彼の目が閉じられて行く。 愛する仲間達がいて、腐りきった世界はそれでも美しくて。 ――― きれいだな。 それが、彼が世界に残した最後の想いだった。 |
| (終わり) |
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この愛はメッセージ♪てなもんで。オザケンだオザケン! ハードで暗ーい話にしよう!と鼻息を荒くしていた当初のテンションはどこへやら。 いつかどシリアスを書いてみたいなあ。 |