革命の一風景 |
「マドモアゼル、そちらの席よろしいかな?」 「嫌」 隣に立った男の顔を見た途端、マルグリットの口から出たのは―――非常に簡素な拒絶の言葉だった。 しまった。一瞬の後、彼女はそれが重大な失言だったと気付き、慌てて口を押さえる。 横目で男の様子を伺うと、その表情が一瞬ぴくりと歪むのが見えた。 (・・・何でこんな所に出て来るのよ) 自然、マルグリットの眉間に力が込もる。 胸の内で敵愾心が燃え上がったのだろうか。彼女の右手のフォークが、ぐさりと物騒な音を立て、食べかけのサラダに突き刺さる。 平常心平常心。心の中で唱えつつ、マルグリットは多少ぎこちない動作ながらも男に向き直った。 「・・・こんばんは、オルレアン公爵閣下」 「ごきげんよう。しかしまあ狭い店だねえ、ここは」 「狭くて小汚い庶民たちの酒場に、王族の方が一体何の御用です?」 「ふむ、それは逆差別かね?平等を餌に民衆を煽る、君の台詞とは思えんな」 「な、私は・・・!」 と、言葉を続けようとして―――マルグリットは我に返った。 目の前の男の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。 彼女は思わず唇を噛んだ。どうやら、この男にまんまと乗せられる所だったようだ。 (相変わらず、食えない男) 頬に掛かった髪を手で直すふりをして、マルグリットはさりげなく彼から視線を逸らす。 この男の眼。何を考えているのか全く読み取れないこの眼は、どうも油断ができなかった。 そう、不用意に油断できない。 こうして話している時でさえ、一見まるで意味の無いことを羅列しているようで、巧妙にこちらを操ろうとしている―――そんな彼の手管に、マルグリットは何となく気付いていた。 王の従兄弟という高貴な血筋もあるだろうが、食わせ者揃いの王宮内であれほどの地位を保っているのだ。この男が一筋縄ではいかない狡猾さを備えていることは事実だろう。 マルグリットは確認するように胸中で呟く。何にしろ。 (・・・下手に関わらない方がいいわ、こんな奴と) 別のテーブルに移動できないだろうか。マルグリットは相手に気付かれぬよう周囲を観察した。 人目につかない場末の酒場とはいえ、それなりに客の数は多い。 罵声、囁き、笑い声。人で埋まった全てのテーブルから、様々な声が聞こえてくる。 彼女は食べかけのサラダを見て一つ嘆息すると、やや乱暴に席を立った。 酒場独特のよどんだ空気は、それなりに心地良いとは思うけれど。 「・・・私はもう帰りますから。公爵閣下はどうぞごゆっくり」 「ふふ、そう緊張するな。私と君の仲ではないか」 「冗談は顔だけに・・・あ、いえ、何でもないわ、じゃなくて、ないです」 もごもごと言葉を飲み込むマルグリットに、オルレアン公は一瞬瞳を輝かせた。 まるで、何かを期待しているかのように、どこか熱っぽい目で―――マルグリットを覗き込む。 「んふふ、相変わらず率直かつ手厳しい娘だな。堪らないぞ・・・!」 「ほ、頬を染めるの止めてくださいます?真剣に気色悪・・・いや、あの、」 「そう、それだよ!もっともっと私を罵倒しておくれ・・・・・・!!」 「ちょっと!近寄らないでよおしろいの粉が飛んでくるじゃない!ってああ!嘘!全部うっそ!」 思わず頭を抱えるマルグリットをよそに、彼は両肩を自分の手でうっとりと抱きしめた。 切なげな吐息を一つ漏らすと、しゃがみ込んだマルグリットの頭を優しく撫で、 「さあ顔を上げたまえ、マルグリット・アルノー。いつもの冷たい視線で私を睨んでおくれ・・・!」 「あーもーホントやめてその笑顔!薄ら寒いのよキモいのよっ!」 「ああッ!堪らないッ!もっと・・・!!」 「悶えるな変態があああ!!」 「あァ〜〜ッ!!!」 ・・・しばしの奇妙な沈黙の後。 マルグリットはゆっくり立ち上がると、ふらふらと頼りない足取りで出口に歩を進めた。 と、後ろからオルレアン公の朗らかな声が聞こえてくる。 「何だ、もう帰るのかね?」 「・・・・・・・・・・・・・」 もはや相手をする気力もない。彼の満ち足りた声音に反応を示すこともなく、マルグリットは無言でドアを開けた。 そんな彼女の様子に、オルレアン公はふうんと呟くと、 「じゃ、また明日」 「二度と湧くな変態男っ!!」 しまった。思わず叫んでしまった己の率直さを呪う間もなく。 彼の顔にたちまち恍惚の笑顔が浮かんでいくのを、どこか絶望的な気分で眺めながら――― マルグリットは酒場のドアを閉じ、長い長い溜息を付いた。 |
| (終わり) |
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オルレアン公→マルグリットというか何というか。でもぶっちゃけ公爵閣下は男専門だと思います。 そしてドMだと信じております。 (2007.5.1) |