とある本屋の人たち








パリのとある大通りから脇道を1本奥へ入った路地裏に、年季の入った小さな本屋がある。
すっかり立て付けの悪くなった扉は小さい上に狭く、おまけにいつもカーテンを閉めているため、通りすがりの人々はここが開いているのかどうか―――いや、そもそもここが本屋であることすら分からないのではないか。
狭い店内は薄暗く、お世辞にも品揃えが良いとは言えない。いわゆる流行物の類を探すには向いていないだろう。
しかし、自称この道50年の主人が「目に適ったものだけを入荷している」と自負するだけあって、古ぼけた本棚に所狭しと敷き詰められた本の数々は、実際読んでみるとどれも逸品揃いだったりするから侮れない。
最近雇われたという接客心旺盛な若いアルバイトが、買った本のこと、最近の社会や政治、芸術の話題から昨日の晩御飯のメニューまで、何かにつけて話しかけてくるのには、確かにいささか食傷気味ではあった。
だが、隠れた名著を探すにはうってつけのこの本屋は、依然としてマリウスのお気に入りの店だった。



その店の扉を開けると、いつものように錆びた鈴の音が鈍い音を立てた。
扉をすり抜けて入ってくる風が、本棚に積もった埃を僅かに舞い上げる。
マリウスは無意識に、例のアルバイトが出てくるものと少しばかり気構え―――本棚の陰からひょいと顔を覗かせた人物を見て、知らず胸を撫で下ろした。

「おや学生さん、いらっしゃい」

皺だらけの顔に人懐こい笑顔を浮かべ、老いた店の主人が声を掛けてくる。

「あ、こんにちは。あの・・・」

マリウスのどことない慌て様から何となく察するものがあったのだろう。店主は、さも面白そうな笑みを浮かべた。
そして枯れ枝のような腕で、こっそりとマリウスを手招きする。

「いつものあいつなら、あっちで苦戦中さね」
「・・・苦戦?」

示された方をマリウスが見ると、本棚を一つ隔てた先に、見慣れた顔と見慣れない顔があった。
一人は言うまでもなく例の店員である。だが彼が必死に何かを話しかけているのとは対照的に、もう一人の男はそちらに耳を貸す風でもなく、じっと本棚を見つめている。
眉間に皺を寄せているその様は、『読みたい本を探す』というよりも、親の仇でも探しているような印象を受けたが、そこはまあ気にかける所ではないのだろう。
と、店員のやや上擦った声が聞こえてきた。

「ええと、どういった御本に興味をお持ちですか?」
「特に無い」
「こ・・・この小説なんていかがです?最近入荷したんですが、これが実に波乱万丈―――」
「興味無い」
「あ、あの、お客さん、良くいらっしゃいますよね?よっぽど本がお好きな―――」
「嫌いだ」

取り付く島がない、とは正にこのことだろう。
二の句を告げない店員に微塵も目をくれず、男はひたすら本棚を睨み付けている。

その様子を見ていたマリウスは、ぱちくりと目を瞬かせた。
目の前の光景にどう反応すればいいのか分からず、何となく傍にいた店主と視線を合わせる。
と、店主は軽く肩をすくめてみせた。

「気にしなさんな。あの常連さんはいつもの事さね」

「・・・・・・へんな人ですね」
「わしに言わせりゃ、わざわざこんな辺鄙な店に通う客人方なんてどいつも変わっとるよ」
「・・・はあ」

そんなものでしょうか、と問うと、そんなもんじゃい、と笑いを含ませた声が返ってきた。
マリウスがもう一度ちらりと見ると、若い店員はめげずに何やら男に話しかけていた。実際、その接客根性は見上げたものである。

「・・・・・そんなものかなあ」

マリウスはぼんやりと呟くと、傍に積まれた本の表紙をぽんと叩いた。
匙を投げた店員が接客相手を変更する前に、店を出た方が無難かもしれない。気難しい常連の接客もまあ大変だとは思うが、こちらで鬱憤を晴らされてもそれはそれで困る。
マリウスは手に取った本を持つと、取りあえずレジに向かって歩き出した。




(終わり)




原作1巻のジャベールの記述に、「暇があるときは本が嫌いなのに読書をしていた」というような一文を発見しまして。・・・軽くゴフッと咳き込むほどツボだったわけでして。
もうこの際、この上なく嫌そうな顔で本を選んでればいいよこの人!そして他の客におびえられてたらいいよ!
マリウスは詩とかを好んで読んでそうですね。むしろ日頃読んでなきゃあんなにスルッと出てきませんよね。あのトランス状態のポンメルシー迷語録の数々(笑)













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