母と娘で(※アニメ後設定) |
「あんたぁ…どぉこ行っちゃったのさ、あんたぁぁ…」 「あたし、母さんを見ててつくづく思うんだけど」 「本当ぉに、冗談じゃぁ…ないっての。…ポニーヌも、ごめんよぉ…」 「他人に頼るならちゃんと人を選ばないと、苦労をするのはこっちなのよね。結局」 結局大変なのよねえ〜、とアゼルマは適当に節をつけながら、テーブルクロスを丸めて籠の中に入れた。 先程までの喧騒が嘘のように、宿屋の食堂は静まり返っていた。 古びた宿屋である。決して大きくもなく、取り立てて目の引く特徴も無い。しかし、小ぎれいな内装と気の利いたサービスが評判となり、小さな田舎町の宿屋なりに、そこそこ繁盛していた。 アゼルマはふと窓の方を見やり―――軽く小首をかしげた。窓の向こうには、雲に覆われた暗い夜空。 「あれ、明日は雨かもよ。布団を干すのは明後日にしよっか?」 「…馬ぁ鹿みたい、じゃないのよぉ。パリまで、…ってさ、あたしの家族がぁ、バラバラじゃ…のさ、」 「そーね、明日決めればいいわよね。それじゃこの話はまた明日ー」 背後から聞こえる声をさらりと受け流すと、アゼルマはカーテンを閉めた。 そして手に持った布巾で窓際の小さなテーブルを拭き、ぱたぱたと慌しくカウンターへ向かう。 「あ、母さん、そのお皿ついでに片付けていい?」 アゼルマは、カウンター前のテーブルに座っていた母親に声をかけてみた。もっとも、まともな返事は全くと言っていいほど期待していなかったが。 先程まで客の痛飲に付き合っていた母親は、今や見事に泥酔していた。あれだけ飲んでまだ気が済まないのか、テーブルを陣取り、客の残した酒をちびちび飲みながらくだを巻いている。 アゼルマは嘆息して、カウンターの上に散らかった食器を几帳面にまとめた。 なんにしろ、真面目に酔っ払いの相手をしても仕方がない。こちらが体力を消耗するだけなのだ。さすがに暴れ出すと面倒だが、今の所は放っておいてもその心配は無いだろう。 「何で、…んで皆してぇ、あたしを置いて行っちまうんだいぃ…」 「む、失礼な。孝行娘がここにいるじゃない」 ちらりと母親に視線を移すと、彼女は空になったグラスをうつろな目で見つめていた。 だらしなく椅子に座ったまま、酒瓶を取ろうと手をさまよわせ―――手近に積んであったタオルの山をどさどさと崩した。 「うわそれ洗ったばっかだし」 アゼルマはほんの少しだけ恨めしそうに呟くと、カウンターの下に潜り込んだ。果物の絵が刻印された木箱を認め、それを引っ張り出そうとする。木箱自体はそれほど大きくない。だが、中に葡萄酒の瓶がぎっしりと保管されているため、実際はかなりの重量である。 ここ最近の葡萄酒の売り上げは至って好調で、店の収益も上々だ。それを考えると、常連客連中と母親との飲んだくれ対決も、案外馬鹿にしたものではないのだろう。 そんなことを考えながら、アゼルマは両腕に力を入れた。 「無理よぉぉ、あたしゃ、一人じゃ生きていけないわよぉぉ……」 「あーもー。だから、前にも言ったじゃないの」 ずりずりと少しずつ木箱を動かすことに集中しながら、アゼルマは声だけで応じた。 「母さんはあたしが幸せにしてあげる。一人になんか絶対しないんだから。本当よ?」 言いながら、アゼルマはそのまま力を込めて木箱を引っ張り出す。 そして、ふと気が付いたように、カウンターからひょこん、と顔を出した。案の定というか何というか。母親はだらしなく机に突っ伏し、潰れた喉で意味不明のうわ言を発している。アゼルマは軽く息を吐いた。 「あのさ、あたしの話聞いてる?って聞いてるわけないかーあははー」 相変わらず続くうめき声。その中に、どこか涙のようなものが混じっていた気もしたが、まあ気のせいだろう。 特に気にも留めることなく、アゼルマは手際よく葡萄酒の瓶を棚に並べ始めた。 |
| (終わり) |
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アニメは様々な意味で私に優しかったです。ジャベとかジャベとかテナ妻とか。(2009.11.19) |