09:切りたくても切れない縁




「何事にも全力で取り組むのは、君の誇るべき長所だとは思うのだが・・・」

バルジャンはどこか呆れたような口調で、今にも肩からずり落ちそうになっていた荷物―――もとい、一人の男―――を担ぎなおした。

「・・・なにも、死にかけの体で殴りかかってくることはないだろう」

聞いているかね?とバルジャンは肩に担いだ男へ声をかけた。
遠くに見える街灯が、向こうの河岸をぼんやりと照らしている。
あとはただ、暗闇だった。月は厚い雲で覆われ、周囲の闇と男の姿すら区別することはできない。
が、先程から自分が話しかけるたび、後ろから『うー』だの『ぐー』だの音を発しているのだから、少なくとも死んではいないのだろう。

「なあジャベール、話しかけられたらきちんと言葉で返したまえ。先程から私が一方的に話してばかりじゃないか。これではまるで独り言だよ」
「・・・・・・の、・・・・・・か・・・・・」
「考えてもみてみたまえ。こんな真夜中に、独り言を呟きながら川辺を徘徊する老人なんて、ずいぶん寂しい光景だとは思わないか?うん、実に寂しいことだ」
「・・・れ、の・・・・・った、・・・・・か・・・・!」
「ちなみに誰が寂しいかというと、私が寂しい」
「俺の知ったことかあっ!?」

ジャベールは思わず最後の力を振り絞って絶叫すると、その勢いで言葉を続けてくる。

「その!死にかけの人間を!殴り倒したあげく三度も腹を踏みつけたのはどこのどいつだっ!?」
「それはまあ、条件反射というやつかねえ」

必死の抗議をのほほんと流され、今度こそ完全に力が尽きたのだろう―――ジャベールはがくりとうなだれた。

「ああでも、君を殴り倒すのはいつ以来かな?懐かしいねえ」
「・・・お前・・・さっきから異様に吹っ切れてないか・・・?その・・・色々と」
「そりゃあね、私も老い先短いし・・・いい加減、吹っ切れる物もあるよ」

ほんの一瞬。わずかな間を空けて―――バルジャンは苦笑を漏らした。
と、思い出したように再びジャベールへ語りかける。

「まあ、ひとまず私の家に来なさい。手当てをしよう」
「・・・いらん・・・」
「君ね、そもそも自殺はいけないよ自殺は。そうだ、今夜は命の尊さについて朝まで語ってあげよう。
そういうの得意だよ、私」
「いらん!下ろせー!」

何やら喚いているジャベールを軽く無視して、バルジャンはからりと笑った。

「遠慮するな、君と私の仲じゃないか。ゆっくりしていきたまえ」







(終わり)


微妙にジャベ自殺未遂小説の続きです。おそらく家に着くまでに、バルジャンは手を滑らせてジャベを何回か地面に落としているのではないかと思われます。(2007.6.7)












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