「仲違い」
「…エリカ、その…すまん、悪かった」
「……」
ケンカの原因…些細な事だった。
本当に些細過ぎて、何が原因だったのかすっかり忘れてしまうほどに小さな発端。
ニクスが誠心誠意謝っている事は、エリカには充分過ぎるほどわかっていた。
わかっていたのに…彼女の中にほんの少し残る、子供じみた我侭な感情が彼を許す事を邪魔していた。
自分の思うとおりにならなかった。それだけでどうしても許す事が出来ないでいた。
「…私、帰る」
持ってきたショルダーバッグを肩に掛け立ち上がる。
(嫌…帰りたくなんてないのに)
こんな状態のまま帰りたくない…もうとっくに許してる筈なのに。
身体が言う事をきいてくれない。
そのままずんずんと玄関へ歩を進める。
(駄目…このまま帰るなんて嫌、振り向いて、謝って、仲直りして…)
エリカの想いとは裏腹に、もう玄関のドアに手をかけている自分がいた。
「…待てよ」
いつのまにか追い駆けてきていたニクスの手がエリカの肩にかかる。
「離してッ!」
───パシッ
肩に乗った手を振り払う為に振り上げたエリカの手は、見事なまでにニクスの頬に当り、高い音を立てて鳴った。
「ッ──」
「ぁッ…」
叩かれた衝撃で、ニクスの頬が赤く染まっていく。
「……私…謝らないから。ニクスが、悪いんだからね」
言いながら、ニクスを叩いてしまった手を押さえてあとじさる。
次の瞬間。
ニクスはエリカの腕を掴み、強引に自分のほうへ引き寄せ──
きつく抱き締め唇付けた。
「んぅッ…」
「…」
獣のように乱暴な、全てを奪い去るかのようなニクスの唇付け─
息も出来ない程強く吸い上げられ、暴れる事も出来ない程の力で抱きすくめられ、エリカは身じろぎすら出来なかった。
数秒後、エリカをキスから開放したニクスは、そのまま彼女を抱え上げ再び家の中へ移動した。
「ちょ…ちょっと、下ろしてよッ」
「嫌だ」
ニクスはエリカを抱えたまま寝室へ入り、手荒に彼女をベッドへ投げ出した。
「ッ…!」
ベッドへ投げ出されたエリカが起き上がるより早く、ニクスが彼女に覆い被さる。
ニクスはためらいもせず、エリカの服に手を掛け一気に引き裂いた。
「いやあぁぁぁッ!」
両腕を突っ張り抵抗するエリカの両手をニクスはあっさりと片手でまとめ上げ、彼女の頭上へ押し付ける。
「や…やだ…やめてニクス」
「嫌だ」
ニクスはエリカの懇願を無下に断り、もう片方の手で彼女の胸を弄り始める。
器用に下着を外し、直接鷲掴みにする。
「ッ…や、ぁッ…」
エリカは堪らず声を上げてしまう。
ニクスは彼女のもう片方の乳房の中心を口に含み、思い切り吸い上げる。
「ひぁッ…」
びくん、とエリカの身体が反応する。
ニクスはエリカの両手を離し、彼女の下腹部の方へ責めを移してゆく。
両手を開放されても、もう既にエリカに抵抗の思いは無かった。
(…無理矢理、されてるのに…どうして…?)
無理に犯されていると言うのに、エリカの身体は何故かニクスを求めて疼き始めていた。
いつもの様にお互いの想いが重なって及んだ行為では無い。
なのに…エリカはニクスを全身で感じているのだ。
何時の間にか下の着衣も下着まで剥ぎ取り、ニクスはエリカの中心を舌で弄り始めた。
「あぁッ…や…だ、だめぇ…ッ」
ニクスの金髪に指を絡め、エリカはいやがおうにも快感の絶頂に立たされる。
そして、一つの答えに辿り着いた。
(ニクスがこんな事するところまで追い詰めたの…私だ…)
もうとっくに心の中では許していたはずなのに、実際に彼を許さなかったから…
自分の我侭で、ニクスを怒らせてしまった。
彼が心から謝っていた事に気付いていた筈のなのに───
──だったら…だったら。
(ニクスの気が済むなら…どうされても何されても、いい…)
涙のたまった目を閉じ全身の力を抜き、エリカはニクスに身を任せる事を決めた。
ふと、ニクスの動きが止まった。
エリカから身を離し、毛布を引き上げエリカの身体を覆う。
「ニ…クス…?」
「…エリカ、すまない…俺、どうかしてる」
ベッドの縁に腰掛けうな垂れるニクス。
自分の想いがあまりに届かなくて、伝わらなくて、何も考えられなくなってしまっていた。
なんとしても伝えたかった。でももう、何て言ったら良いのかわからなくて…
「…最低だ、俺」
何度も首を振り、自分に対して舌打ちをする。
「違う…違うよニクス」
毛布を胸元まで引き上げたエリカが未だ顔を上げられずにいるニクスの隣に寄り添って言った。
そして、自分が叩いてしまったニクスの頬に手を当てる。
「ごめんね…痛かった…?」
「…エリカ?」
「謝りたかった…ケンカの事なんて、もうとっくに許してた筈なのに…
私、どうしても許すって言えなくて…だから、ニクス怒っちゃったんだよね」
「…でも、俺…お前を無理や…」
エリカからの突然の唇付けに、ニクスの科白は中断される。
「それ以上言わないで…いつものニクスらしく無いじゃない」
そう言って、クスッと笑った。
そんなエリカを見て、ニクスもようやく笑顔を見せる。
「何か…はは、カッコわりぃな、俺。…すまなかったな、エリカ」
「そう思うなら、責任は取ってくれるよね?」
「…は?」
エリカの思い掛けない科白にニクスの目に戸惑いの色が浮き上がる。
「せきにん…って…なに…うぁッ」
唐突にエリカがニクスを押し倒した。
「ニクスの所為で、私こんなになっちゃったんだもん…せめて最後まで、してくれるよね…?」
挑発するような目線でニクスを射貫く。
ニクスの目にいつもの好戦的な色が戻った。
「…どうなっても知らねぇぞ」
「してみせてよ」
二人は再び重なり合った。
END