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管理人の小説

マインド・ミッション2(前編)
忍び部隊の恋愛騒動


「副隊長、ここの忍び部隊の隊長ってどんなお方でしょうか? 私は一度も拝見したことがないのですが……」
「いや、それは間違ってるぜ。お前は何度もあの人に会っているはずだ。気がつかないだけでな」
 イレギュラーハンター第0特殊部隊(別名、忍び部隊)の副隊長エクスプローズ・ホーネックは、部下であるマグネ・ヒャクレッガーの質問に対して、軽く受け答えた。
 しかしヒャクレッガーは、納得のいかない顔つきをしている。
「…………」
「あの人は変装が得意なんだ。『千の仮面を持つ黒子』という異名がついてるくらいだからな。あの人の名前も本名かどうか分からないぜ」
「『サウザンド』――。なるほど、『千』の意味を持ちますね」
 ホーネックら所属の忍び部隊には、隊長の存在が不確かであった。謎のベールに包まれたサウザンド隊長。その名前でさえも本名かどうか怪しい。彼の素性については誰にも知られていない。たった2人を除いては。
 では、サウザンドの正体を知っているその2人は誰なのか。
 1人は忍び部隊副隊長のエクスプローズ・ホーネックである。彼はサウザンドのことを知っている。それもそのはず、彼がサウザンドと精通していなければ、忍び部隊の指揮が取れないからだ。
 忍び部隊はその名の通り、忍者ハンターの部隊である。闇に隠れ闇に生きる彼らにとって、名前を知られるということは、忍者としてまだまだ未熟である証なのだ。
 ホーネックやヒャクレッガーは仕事での成績は優秀だが、その腕の評判により、皮肉にも世間で騒がれる有名ハンターになってしまった。そのため、彼らは『上忍』にはなれないのである。
 本当の忍者としての極意は、腕が立ち、名が知られないこと。
 サウザンド隊長は自分の正体を探られないため、副隊長のホーネックに見かけ上の指揮権を握らせ、自分は裏でホーネックに指示を出しているという形でやっている。
 しかし謎はまだ残る。サウザンドを隊長の座にどうやって着かせたか。
 サウザンドはダークホースの存在で、実力はあるが名は知られていない。彼をわざわざ注目して任命させるには、相当の目利きでなければ無理だろう。
 そこでもう1人、彼の正体を知っている者が自動的に推測される。イレギュラーハンター総指揮権を司る第17精鋭部隊のシグマ隊長だ。
 シグマはサウザンドの縁の下の活躍に注目していた。そして彼はその功績を買いサウザンドを忍び部隊の隊長に任命したのである。
 また、サウザンドを作ったのもシグマ自身である。変形伸縮可能な『リキッド・メタル』という液体金属でサウザンドの身体を形成させた。その特殊な金属のため、サウザンドは変装(変身)が得意なのである。まさに忍者としての天性を持って生まれてきたのだ。
「副隊長はサウザンドの正体を知っているんでしょう? 誰なのですか? 教えてください」
「……残念ながら、俺の口からは何も言えんな。どうしても知りたかったら、お前自身で探してみることだ。もし見つけることができたら、お前も忍びとして一流になれるということよ」
 ホーネックはヒャクレッガーの肩をぽんと叩き、空へと飛んで消えていった。
(『自分自身で探せ』……か。面白い。必ず見つけ出してみせる!)
 ヒャクレッガーはホーネックが飛んで行った方向を見つめ、印を結んだ。彼の身体は風と共に静かに隠れ去っていった。

−***−

「ホーネック副隊長ぉ〜。こっち、イレギュラーの始末終わりましたぁ〜〜♪」
 月も見えない闇の夜、街灯だけがアスファルトを照らす。
 レプリロイドの残骸が散らばる中、気の抜けたひょうきんな声だけが響き渡っていた。
 ホーネックは振り返る。そこには、小太りのヒューマンタイプのレプリロイドが手を振っていた。
「……ムーマンか。ご苦労だったな」
「は〜い」
 陽気な声を上げるムーマン。いつもにこにこしている。
 ムーマンは周りをキョロキョロと見回した。誰もいないことを確認すると、急に声のトーンを下げ、ホーネックに話し掛けた。
「……ホーネック、今日もイレギュラー退治、お疲れ様ね」
 ムーマンの顔つきが少し凛々しく変化した。ホーネックもまた、表情を引き締めて彼に話す。
「……お疲れ様です。サウザンド隊長」
「くすっ、今は『チサト』でいいわよ」
 ホーネックが瞬きした一瞬、ムーマンを形成していた身体は違うものへと変わっていた。
 手足がすらりと細長い、女性型レプリロイド。目つきはややキツめだが、整った顔立ちをしている。長い黒髪のポニーテールや額当て、鎖帷子のようなアーマーなどのパーツが『くノ一』の雰囲気を醸し出していた。
「この姿で会うのは久しぶりね、ホーネック」
「チサトさん……」
 ホーネックはチサトに戻った上司の姿に見とれていた。
 薄明かりの街灯の下で、一際輝く彼女。スポットライトを当てられたかのように、彼女の存在感は強く映し出している。これが彼女の本当の姿だ。闇に生きるには勿体無いくらい眩い。
 チサトは妖艶な笑みを浮かべながら、顔をホーネックの目の前に近づけた。
「ねえ、私と勝負しない? あなたがどれだけ強くなったか、見てみたいの。もしあなたが勝ったら、私、あなたの言うことをなんでも聞くわ」
「……えっ!」
 ホーネックはチサトの発言に動揺した。それもそうだ、『言うことをなんでも聞く』と言われたら、それは身を投げるのと同じこと、もし『死ね』と言ったら、彼女は躊躇いもなく命令に従い、死を選ぶだろう。これは重すぎる条件だ。
「チサトさん、俺にはその勝負を受ける気はありません。それに、ハンター同士の私闘は禁じられているはず……」
「あははははっ。大丈夫だって、バレないバレない。こんな真夜中の決闘、誰も見に来ないわよ。それに『電磁結界』と『イリュージョン』を周りにかけておいたわ」
「……」
 チサトは戦う気満々らしい。彼女の武器の1つ『電磁結界』は、電磁のバリアで何者にも干渉されないバリアを作り、『イリュージョン』で外側から偽の光景や情報を流して、この空間を『閉じられた世界』に作っている。
 つまりここは、チサトとホーネックの2人しかいない、亜空間世界なのだ。
 ホーネックは考える。
(ってことは、俺はチサトさんと2人っきりってことになるな……。…………………………………………………………………………)
「くすっ。やっぱりあなたも男なのね」
「…………!」
 ホーネックの頭から白い湯気が湧き出てきた。不謹慎な妄想をしていたことに図星を刺され、身も蓋もない気分になる。
「第0特殊部隊の副隊長ともあろうお方が、そんな淫らな邪念を抱いていいのかしら?」
 チサトは意地悪く微笑みかけ、ホーネックの頬にそっと触れた。だが、ホーネックはその手を跳ね除けようとする。
「…チサトさんっっ!」
「あははっ、冗談よ。さあ、勝負しましょ。あなたが勝てば、この私をモノにすることだってできるのよ」
「……。いいのか? 後悔しても知らないぜ!」
 ホーネックはチサトから4、5歩離れ、右手のバスターを構えた。
 一方チサトも、懐からビーム手裏剣を取り出して、ホーネックへと狙いを定める。
 隊長と副隊長、チサトとホーネック、そして女と男の戦いが始まった。

−***−

「あなたの負けよ、ホーネック」
 チサトは超振動クナイを、倒れたホーネックの後頭部に突きつける。
「あなたは私に勝てないの。あなたはとても優しくて、私を死なせないように攻撃するから、あなたは決して私に勝てない。100%の力を出せていないんですもの。あなた、忍びに向いていないわ」
 勝負はあった。チサトの勝ちだ。
 しかし彼女は圧勝したわけではなく、左腕が動かなかったり、パーツが破損していたりと、それなりに苦戦していたようだ。
 それでも彼女は戦った瞬間から、自分の勝利は確実だと分かっていた。
「私にはあなたを殺せるけど、あなたには私を殺せない。これが勝敗を大きく分けた鍵、あなたの敗北は最初から見えていたのよ」
「……」
「ホーネック、あなたは本当は私よりも強いのよ。だけど感情が力の邪魔をする。冷血漢と噂されるマグネ・ヒャクレッガーに出会って、あなたの本来の強さを取り戻せるかと思ったけど、とんだ期待外れだったようね。それどころか、ヒャクレッガーまで『感情』というウィルスに汚染されてしまった……。ほんとに、残念だわ」
 チサトは虚ろな瞳でクナイの尖端を見つめ、それからクナイを手前に引いて仕舞った。
「人(イレギュラー)を殺すことが私たちの仕事よ。余計な感情を持って戦っていたら、いつか敵につけこまれるわ。今日のあなたがそう。ホーネック、もっと強くなりたかったら、邪念を捨てることね」
 そう言い置いて、彼女は闇へと消え去っていった。
 1人残されたホーネックは動かぬ手足を地面に投げ出したまま、彼女の言葉をじっと反芻する。
 『あなたは決して私に勝てない』
 『忍びに向いていない』
 『私にはあなたを殺せるけど、あなたには私を殺せない』
 『感情が力の邪魔をする』
 『とんだ期待外れだった』
 ……………………。
(俺は……あの女に弄ばれていたのか……。情けねぇ……)
 ホーネックは自分の精神の未熟さに恥じて呆けている。もはや彼には立ち上がる気力さえもなかった。
(悔しいけどあの女の言うとおりだ。俺はチサトを殺したくなかった。そのため本気を出せなかった。だから負けた……)
 理由はどうあれ、勝負が全て。
 チサトは巧みにホーネックを罠にかけていた。これも、ホーネックの気持ちを逆手に利用した立派な戦法だ。男と女の関係を意図的に提示し、相手の力を無意識に抑えていく。男は女に弱いものだ。
 しかもやられた相手は精神的にショックが大きい。ホーネックもまた、例外ではなかった。
(だけど、こんなことってアリかよ……。チサトは俺を、強さの物差しでしか測ってないっていうのか……!? だとしたら、俺の気持ちはどうなるんだよ! お前は俺のことをどう思っているんだよ!!)

−***−

「副隊長……。元気ないようですけど、まだこの前の傷が癒えてないんでしょうか?」
 ヒャクレッガーは、ビルの影に座り込んでいるホーネックを心配そうに見つめていた。
 チサトと戦った日から、ずっとホーネックは魂でも抜けたかのように、何をするにも無気力になっている。
 ホーネックは空を眺めていた。青い空のプールには、白い雲がゆっくりと右から左へ、気持ち良さそうに泳いでいる。天国はやはり、楽しいところらしい。
「今日もいい天気だよなぁ……」
「しっかりしてください! 副隊長!! 一体、何があったんです!? ここ最近、ずっと仕事をサボっているなんて、貴方らしくないですよ!? このままでは貴方は、忍び部隊を辞職させられるか、それとも………」
「『イレギュラーに認定される』。……分かっているさ、そのくらい」
「……。副隊長、そんなことを言わないでください」
 ヒャクレッガーは本当に、ホーネックのことが心配で堪らないらしい。彼は昔と随分変わった。昔の彼は自分も他人も『モノ』としてしか見ていなかった。暗殺機械として働いていた彼の心にも、感情を見出すことができたのは、ホーネックのおかげだった。ホーネックは、彼をレプリロイドとしての、イレギュラーハンターとしての自覚を教え、暗殺用に作られた彼の運命を変えていったのだ。
 今でもヒャクレッガーは、自己表現が苦手な性格ゆえ、まだ部隊内に溶け込んではいないが、副隊長のホーネックに対しては心を開いて接している。
「副隊長……。私は貴方に消えて欲しくない……」
「……ふっ。お前って『いい奴』だな」
「えっ!?」
 ホーネックは力なくヒャクレッガーに微笑みかける。そして今度は悪戯な瞳をちらつかせ、ゆっくりと話し始めた。
「なあ、ヒャク……。お前は俺を殺せるか?」
「そんな! ……今の私には恐らく無理だと思います。貴方がいなければ、私の存在意義は……」
「そうなったのも、俺のせいかもしれない。お前を自由にしたつもりが、結局は『俺』で縛られている。もし俺がイレギュラーになったら、お前はどうするつもりだ? 任務を果たせる自信はあるか?」
「……それは分かりません。ただ、貴方が貴方でなくなるのなら、俺は躊躇いなく貴方を殺します」
「そうか……。ありがとう、ヒャクレッガー。やっぱりお前は『いい奴』だな」
 ホーネックは立ち上がった。軽く地面を蹴り、背中の羽で宙を舞う。地に足がつくかどうかの低空飛行で、その場に立ちとどまった。
 どうやら彼の気持ちは吹っ切れたようだ。
 だが、ヒャクレッガーにはホーネックの心情が理解できない。自分は彼に全てを尽くしているというのに、彼はなかなか自分に手の内を見せてくれない。上司と部下の関係だから仕方がないのだろうが、それでもヒャクレッガーは、ホーネックが気落ちしていた理由が知りたかった。
「副隊長、貴方を悩ませていた原因を教えてください。一体なぜ、あんな意地悪な質問を私にしたのですか?」
「………」
 ホーネックはバツが悪そうに左手で顔を抑えた。実に言いにくそうに、気落ちしていた訳を話す。
「………………女にフラれた」
「…………は??」
 ヒャクレッガーは思いもよらぬ返答に固まってしまった。ぽかんと目を見開いたまま、瞳だけを泳がせてホーネックを睨みつける。
「……副隊長にも好きな人がいたんですね」
「うるせぇ! 俺だって男だ! 恋の1つや2つくらい、俺だってするさ! ……そうだ、それよりヒャク、お前はどうなんだ? 心を寄せてる奴くらい、いるんだろう?」
「わ、私は別に………………………………。いませんよ、そんな人」
「ふふんっ、なーんか訳アリだな。お前、顔が赤くなってるぞ」
「…っ!!」
 ホーネックに赤面した自分の顔を覗かれ、ヒャクレッガーは動揺する。彼はどこまで、自分の気持ちを分かっているのだろうか。
 この人には叶わない。そう思うのも悔しいので、ヒャクレッガーは反撃することにした。
「副隊長、もしよかったらいい女を紹介してあげますよ。『シルキー』を……」
「……いや、遠慮しておく」

−***−

(副隊長を振った女ってのは誰なんだ!? 絶対に許さない!)
 ヒャクレッガーは変装して、女性レプリロイド『シルキー』になった。
 シルキーは第0特殊部隊の女性隊員全てに探りを入れ、観察する。
 なぜ彼はそのような行動を起こしたのだろうか。彼自身にも理由ははっきりとは分からない。ただなぜか、ムカムカするのだ。
(こんなことをしても、どうにもならないのは百も承知だ……。しかし……)
「おい、何をやってるんだ、ヒャクレッガー」
 シルキーは思わず振り返る。そこには、自分の慕っている上司、ホーネックが立っていた。
「尻尾が見えてるぞ、ヒャクレッガー。お前の変装もまだまだだな」
 ホーネックは、シルキーからはみ出したヒャクレッガーの尻尾を掴み上げる。
「やめてください、副隊長! それって『セクハラ』ですよ!」
「あはは、わりぃな、放してやるよ。お前も今は『女』だしな」
「……」
 ホーネックは尻尾を放す。シルキーは頬を染めながらホーネックを睨みつけた。そんなシルキーにホーネックは興味を持つ。
「へぇー。お前もよく見ると、なかなかの美人じゃねえか。『シルキー』も悪くねえかもな。お前、俺の女にしてやってもいいぜ?」
「えっ……!?」
 きっと冗談に決まっているだろう。しかしシルキーは、少しだけ期待をかけて喜んでいた。
 嘘でもいい。偽りでもいい。自分の慕った人に認められるのなら。
「ふっ、副隊長……。私は………………」
 シルキーは顔を赤らめながら、自分の想いを切り出そうとした。
 しかしそのとき、シルキーの言葉は、笑いによって掻き消される。愛しい相手の黒い嘲笑によって。
「あっはははははっ。なーに、嬉しい顔でもしてんの? ださーい」
 突然、ホーネックの形がぐにゃりと歪んだ。彼の身体は溶け出し、透明の液体へと変化し始める。
「……!?」
 液体は黒い影の女へと形成していった。女はシルキーに変装したヒャクレッガーを嘲笑う。
「あんた、いつからそんな間抜けになったの? これじゃあホーネックも可哀想よねぇ」
 全ては彼女の仕業だった。『サウザンド』の正体は彼女だったのだ。
 『千の仮面を持つ黒子』、第0特殊部隊のサウザンド隊長。変装の名人だ。そしてその素顔は『女』。ホーネックの想い人は彼女――。
 自分の目の前にいたのは、ホーネックではなかった。サウザンドが変装した姿だったのだ。
 気づいたときにはもう遅く、シルキーことヒャクレッガーは、暗い闇の眠りへと入っていった。

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