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制作者:夜叉狐さん この所、自らをメンテナンスしている間に「痛覚」が走る。 何故、「痛覚」が必要ない私が痛覚を感じるのか…いつも疑問ではあったが、この「痛覚」はいつもアタックを防御する時のそれとは又違う。 ヘッドを走る、鈍い鈍い「痛覚」。 スーパーコンピュータ「バステト」。 其の名は古代エジプトの神から付けられたのだ、と彼女はいつも誇らしげに話してくれる。 彼女も一介のレプリロイドと同じ、考えるし、感情を持つ。「ガーディアン」である私を愛し、私に語りかけてくる。 只、彼女は此処から動かない。動く事が出来ない。しかしその計算能力は優秀で、動く事が出来ずとも彼女が管理する地域の事であれば総て知っていた。何処に誰が居住しているか、何時何処で事故が起こったか、等…私が知る必要のない事を、私が知り得ない情報を沢山知っていた。 しかし、彼女は私の事を何も知らない。灯台下暗し、とも少し違うが…確かに、ガーディアンを知ると言う事は下手をすれば自らの死を意味する場合もある。それを心得て…いや、「プログラム」されていた私は、言う事が出来なかった。 ずぎん。 「痛覚」は日を追う毎に強烈になってくる。 表情には出さないようにしていた。 オイルを全身に流す鼓動と共に、「痛覚」はリズムを刻む。 サイバースペース内では、バステトは普通のレプリロイドと同じ姿に見えた。私と同じ程の背丈で、猫をかたどった女性。私のような荒んだ姿ではない、白い服を身に纏った「神」の姿で、私に近付き、語り始める。其の姿は何と無くではあるが機械的で、毎日繰り返される。彼女の機嫌をとる為の、所謂「儀式」。 美しい、嫌に神々しい姿が、我々を囲う青色透明セラミック壁に反射する。その隅にいるまるで影のように黒いアレが、私…。 「ねぇ、」 バステトが呼ぶ。 「私は知りたいのに貴方は教えてくれない。何故」 何時もの問い。 「知る必要がないからです」 決められた答え。 「私は貴方の名すら知らない。貴方の性別すら知らない」 私だって自分の性別など知らない。 名前は、知ったとしてもメモリに残らない様になっている。 「知る必要がないからです」 知って欲しいのに、言えない。 「…つまらない子」 雌猫の顔がむすりと膨れる。 「貴方は感情がないみたいで、面白くないわ。何故そんな構造になったの」 感情が無い訳じゃない。表に出すことが危険だから、隠しているだけなのに。 「貴方を守るため」 「まぁいいわ」 彼女が右腕を一振りし、其れまで壁裏の回路を透けて見せていたセラミック壁が緑色に変わる。不透明になり、部屋全体を森に変えた。 「貴方も私の一部なのに、私は貴方の事を何も知らないなんて…滑稽よね」 「……」 私は何も言わず敬礼すると、そのまま部屋を出た。 長く続く「彼女の体内」を、私は何も考えないようにして歩いた。 ずぎん。 鼓動がヘッドに響く。 サイバースペース内のセラミック壁が一瞬にして青色から赤色へと変わり、耳障りな警告音が響く。 『エマージェンシー エマージェンシー アンノウンプログラムが進入、クラッキングを開始…』 バステトの声で、セキュリティが無機質な声を張り上げる。 聞きなれたものだが、ふと考えると今日は何処と無くヒステリックな感覚がする。 私は何時ものように、自らのメモリ内に送られてきたマップに沿って行動を開始した。 暫く行くと、トラップに苦闘しているレプリロイドの姿。…否、これはレプリロイドではない。私やバステトと同じ、仮想世界内で具現化されたクラッキングプログラムの姿。 それは私の姿を捉えるなり、独り言のように呟く。 「くそっ、防衛プログラムか…早いな」 たん、と飛び、それは私目掛けバスターを放った。私は左へ飛びのき、弱きそれの隙を突いて背後へ回る。無防備な両腕を捕らえる事は容易だった。 「クラッカー、御プログラムを破壊する」 「やっ…やめ…」 ずぎん 突然、忘れていた「痛覚」が蘇る。 その瞬間、ぷちんと何か糸のような物が切れたような気がした。 「……」 ふと、ある考えが閃き、もう一度クラッカーのもがく様を覗き見る。 「…?」 クラッカーは恐怖の中、変化した私の態度にいぶかしげな表情を浮かべた。 …そう、雑草は根元から断て、だ… 何かがおかしい、と私の隅が叫ぶ。しかし、考えは体を動かし、隅の叫びを跳ね除けた。 私は、クラッカーの後頭部に右手を当て、掴んだ。 ぐしゃり。 「ぎゃぅっっ!!」 獣のような短い叫びと共に後頭部は握り潰され、オイルの温度と中のプログラムが直に私の手に触れる。 私はプログラムを解析しながらクラッカー本体の位置を現実世界マップから逆算していった。彼はすぐに見つかった。サイバースペースから数千km離れた別国、諜報機関のコンピュータを踏み台にしている…民間人。 本体までのルートを完全確保し、私は其処にとあるプログラムを流した。とたんに右手の中のプログラムはびくんびくんと数回痙攣し、すぅと消えて行った。 「何をしていたの」 戦闘終了を見計らい、バステトが私に駆け寄る。 「クラッカーのコンピュータにアクセスして、データを改竄しました」 「…?」 「総ての機能を消去してから冷却装置を停止させ、メモリに負担をかけたんですよ。ついでに近辺にてネットに繋がれた電化製品を多数発見したので、総てに同じ負担をかけたのちコンロのガス制御装置を暴走させました」 「つまり」 「ええ、きっと火を噴いたでしょうね」 バステトは一瞬驚きを隠せずにいたようだった。しかし、表情はすぐに元の彼女に戻り、 「…後始末は任せたわよ」 一言だけ言い残してその場を去った。 何かが違う。 そう、私の隅が引っ切り無しに叫び続けるようになったのはこの時からだ。 そして、「鼓動」が更に大きく頻繁になったのも、この時からだった。 ずぎん、 ずぎん、 ずぎん … その日、「鼓動」は普段考えられないほど「痛覚」を刺激していた。 鈍い鈍い、しかし身動きが取れなくなるほどの…痛み。 ふと顔を上げると、壁に反射した私の姿。 架空の動物がモデルらしい…黒い鴉の様な頭。 全身を攻撃から身を守る為の、地味な装甲。 その顔に「痛覚」による表情の歪みは…見えない。恐らく、私の顔は鳥類をモデルとし、元々表情は出ないように作られているのだろう。 何故、役割が違うだけでこうも外見が変わるのだ? 他の「レプリロイド」や「人間」達は、生まれてから役割が決められるのに。 何故、我等「プログラム」は役割で外見が作られるのだ? 私はこの時初めて、バステトを好いていない事に気付いた。 『エマージェンシー エマージェンシー アンノウンプログラムが進入、クラッキングを開始…』 まただ。 こんな時に… 甲高い声という声が、私のはちきれそうなヘッドを刺激し続ける。 クラッカーの情報が流れてくることすらも辛く、気付かぬ内に私は叫んでいた。 「やめろ…五月蝿いぞバステト!! 簡易防衛プログラム位持っているだろう!?」 しかし彼女には聞こえないのだろうか・・・コールは止まるどころか、「痛覚」に合わせて次第に喧しくなっていく。 消え入りそうな意識。 手放したら、我等は終わる… 朦朧とした意識の中、私はマップをロードする。 そこには、総てが赤く染まった… 「…こ…れは」 赤、赤、赤。 至る所が、赤。 そう、それは「総てがクラッカーである」事、つまり「バステト自身が汚染された事」を意味していたのだ。 「一体何が…」 自分までも赤く染まっている。至る所に仕掛けられたトラップも、解析に使用されるCPUルームも、総て。 『エマージェンシー エマージェンシー 警戒警報3へ移行します』 閉まるシャッターと辺り構わず攻撃してくるトラップ達。 総てを無視しながら、私は一先ずメインコンピュータがいる何時もの場所へ向かった。 ずぎんずぎんずぎんずぎんずぎん…… 頭痛が止まらない。平衡感覚がおかしくなっていく。トラップが背後に迫ったことに気付かず、腰にレーザによる衝撃。 しかし、倒れることは許されない。私の役目は…任務遂行。 メインルームへ何とか足を踏み入れたとき、 「きゃあああああああっっ!!!」 耳を劈く絶叫が、薄れ掛けた私の意識を戻した。 「!?」 重い頭を上げる。そこには、醜く歪んだ「バステト」の姿があった。 彼女も私も、ここに居るのはプログラムの塊。プログラムが改竄させられれば、その姿は変化する。頭を抱え絶叫し続ける彼女の姿は…そう、右半身が変に腫れ上がり、爛れ、醜く変貌していた。その右半分はまるで「大戦」の黒幕であったあのレプリロイドであるようにも見受けられる。 「ねぇ…ねぇガーディアン、私を助けて」 彼女が私を呼ぶ。 私は頭痛の中、どうすればいいのか迷っていた。今までになかった新型の攻撃…今までどんなハッカーやウィルスでも、サイバースペース内では「固体」なのだ。それが、全く姿の見えないまま侵食していくなど… と。 ふと、音が途切れる。 目前でバステトが叫び続けるのに、聞こえない。 回路がイカれたか…と予測した瞬間。 ず ぎ ん 。 ― 雑草は根元から断てばいい ― 聞きなれない、低い「声」。 そう、悪は根元から… 「ガーディアン、何をするの!? 私にバスターを向けるなど…」 音が戻った。 瞬間、先ほど以上に耳障りなバステトの絶叫が、バスターの光と爆音に掻き消された。 私の中には、何故か何の躊躇いも沸かなかった。気付いたら、撃っていた。 メインルームを神々しく照らし出す中、私だけが黒く…鴉のように、影のように。 ずっ…ざざザー…ザざ… 私の総ての感覚が途切れる。 当たり前だ、我等はひとつ… 欠片だけ残った「私」が、最後の結論をたたき出した。 そう…あの頭痛が起こったときにはもう手遅れだったのだ、と。 そして、今の私は…何故だろう。 バステトを手にかけたことを嬉しく…… 「…ステト!? おい、バステト!?」 スピーカから、彼女を呼ぶ声が聞こえる。 知らない声。聞きなれない声。 多分、我等を作った関係者なのだろうか… 総てを壊したはずなのに…何故アタシの意識は…? ひくり、と指先が動かせるようで。 そっと、少しずつ…腕と脚と、ゆっくり感覚を巡らせて行く。 「セト!? おいセト、お前生きてたのか!?」 …セト? 誰のこと? アタシは… 目を開ける。 耳を澄ます。 ふと手に触れたものを見る。 其れは、顔が猫の女の子の人形。ボロボロになって、配線が飛び出している。 目を大きく開け、カクンカクンと痙攣しながら、何か呟いている。 「ガーディアン…タスけて…タ……ケテ…ワたシニ……ヲム…ど……」 子守唄でも歌うかのように、同じことばかりを静かに繰り返している。黒く焦げた、薄汚い人形。 逆らうことが出来なかった『神』の最期。体の奥から、満足感。 自分が意識を失う前に何か大変な事が起こったような気がしたが、そんな事はもうどうでもよかった。青色透明のセラミック壁達はもう、何事も無いかの様に夜空を映しているから。 硝子の様な壁に、見知らぬ姿が映っている。 それは満面に満足げな笑みを浮かべた、けばけばしい配色の美しい鳥。 もう鴉ではない。生まれ変わった、アタシの姿… 「セト!! 生きているんだろう、応答しろ!! 今どうなっている!?」 「…っるさいわね」 通信回路へ向けて、アタシはレーザを放った。 何時もと変わらず、侵入者を排除せんと攻撃してくる無数のトラップの群れ。 そんな中、次々とトラップを破壊しながら青い影は走り続けていた。 不思議な色合いで輝くそれらは、攻撃さえしてこなければ美しいものなのに。 そんな流暢な事を考える暇がある自分に呆れる。 攻撃が激しく、広い部屋に出るころには侵入者の体はボロボロになっていた。それでも、彼は何とか立ち上がり、周りを見渡しながらバスターを構える。 「誰?アタシのエデンへ足を踏み入れた小鳥ちゃんは…」 何処からか声。 侵入者は警戒し、すぐ後ろの壁で背を隠す。 「お前か…サイバースペースの防衛プログラム…」 「当たり★ でもちょーっとだけ違うわ」 息を整える侵入者の前で、ぶん、と電子音が響く。空間が一瞬だけ陽炎のように揺らめき、「物体」が形成される。 其処に現れた者は、けばけばしくも美しい「鳥」の姿。 「アタシは『守護神』。…だったわ。でも今のアタシはこの『世界』の『ご主人様』」 手元にあったデータと姿がかみ合わなかったのか、侵入者は緊張しながらも眉をひそめた。 「…お前は…誰だ」 「やぁねぇ、これだから最近の坊やは。名乗るときは先ず自分から、でしょう?」 「…俺は…エックス」 「オッケイ!」 くるりとターンすると、「鳥」は背の羽をぱんと広げ、侵入者に手を差し伸べた。 「アタシは孔雀…そう、アタシは鴉から華麗に生まれ変わった美しい孔雀。さぁ、踊りましょう!」 end | ||
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