「青い空の真下で(後編)」
夜。再びリフレッシュルームに、オストリーグが座り込んでいる。
先ほどの自分の態度を恥じているらしく、やや沈んだ表情をしている。
ダニーに謝罪する事を決意し立ち上がると、突然ドアが開いた。そこからは
自分の謝罪すべき相手、ダニーが入ってきた。謝るつもりが何となく気まずく、
思わず顔を背けてしまうオストリーグ。それを見て、ダニーの口が開く。
「その、悪かったな・・・アンタの事、他の人から聞いたよ。事故に遭ったって・・・
なのに俺、なんかアンタの古傷開くみたいな事しちまって・・・」
「・・・気にすんな。それに、さっきのは俺の方が悪いからよ。」
会話こそ出来るものの、あまり和解した様子ではない。双方沈黙してしまい、
オストリーグは再び座り込んでしまった。それを見てダニーもその場に座った。
そして、静寂を振り払うようにダニーは問いかけた。
「空・・・もう好きになれないのか?」
「なに?」
「昔は・・・空の事嫌いじゃなかったんだろ? だったらまた・・・」
「無理だな。嫌いなモノは・・・嫌いだ。それに、昔と今は違う・・・」
「・・・」
一瞬会話が途絶えた。どちらとも複雑な顔をしている。ダニーは悩み、
頭を掻きむしっている。良い言葉がまだ見つからなかった。こちらを
見ようとしないオストリーグが目に入る。その途端に、何かを思い出したかの
ように、部屋の窓まで歩いた。窓の外には星空が広がっている。ダニーは
そのまま窓を開け、身を乗り出した。オストリーグはただその様子を、
不思議そうに見ていた。
「昔・・・な。こんな風に窓から空を見上げた事があった。そしたら、
空飛んでるレプリロイドが見えたんだ。二人いたな。そいつらホントに
良い顔して飛ぶんだよ。コイツらも空好きなんだなって、思った。」
「何でそんな話をする?」
「その二人の内の一人、アンタに似てたから・・・かな。」
一息おいて、ダニーは窓を閉じる。そのまま振り返ってドアまで歩いた。
ふとオストリーグを見る。彼は相変わらずこちらを見ようとしない。
しかし、今の彼の目線は、何となく窓の外の空に向けられてるように見えた。
それを見てダニーは、安堵の表情を浮かべ、そのまま部屋を出た。
「飛びたくても、こんな気持ちで飛ぶワケにゃいかねえよ。なァ、イーグリードさん・・・」
そう呟くと、オストリーグもゆっくりと部屋を出た。
2日後。ダニー所属の航空機会社から迎えの者が来た。ハンターの責任者に
修理費を支払い、機体を回収し、ダニーを迎えた後それはすぐに飛び立った。
ダニーはオストリーグに挨拶できぬ内に帰還した。そのオストリーグはというと
ダニーが去っていく様を屋上から見守っていたが。
「ふう。こんなに早く迎えが来るなんてなァ。ちゃんと、アイツに別れを
言っておきたかったんだけどなァ・・・」
名残惜しげにハンターベースを見下ろしながら、ダニーはいまだ
「空を見ようとしない男」のことを考えていた。彼には、大空をオストリーグと
共に飛んでみたいという願いがあったから。
――――数ヵ月後、第一次イレギュラー大戦――――
イレギュラーハンター第17特殊部隊隊長、シグマによる人間への反乱。
シグマと元ハンターの特A級レプリロイドを中心とする大軍勢は
優位だった戦況を、青きレプリロイドを筆頭とするハンター勢力の奮闘に
大きく押されていた。その波はとどまることなく押し寄せ、反乱軍側は
とうとう本拠を残すのみとなった。だがその本拠の制圧にハンターは
大きく手間取った。そのため攻略の鍵は、単独潜入を謀った青きレプリロイドと
赤きレプリロイド、この二人の活躍に委ねられる事となったのであった。
反乱軍本拠周りには、強固な防衛線が張られている。外壁には多くの
迎撃装置が並び、更にその周囲に守備部隊が大量に配備された。
ハンター側も、部隊内からのイレギュラー大量発生による戦力の穴を
新兵の大量投入や他組織との共同戦線等で埋め、敵側の守備軍に対抗した。
とある戦闘区域。ハンター側戦闘空母が、戦闘部隊投下の為本拠に近づく。
これに、本拠外壁の対空砲台が即座に向けられた。投下の前に空母そのものを
迎撃しようというのである。空母はこれを確認するも一瞬遅く、撃破される事を
強く覚悟した。その刹那、高速で一機の航空機が接近する。武装が見られない
非戦闘型のその航空機は数体のイレギュラーをなぎ払い、そのまま外壁の砲台に
衝突した。一瞬間をおいて、それは空母を狙う砲台もろとも大破した。
その航空機はかつて、「空しか見えない男」と共に砂漠に墜落したあの新型。
「空を見ようとしない男」と「空しか見えない男」を引き合わせたあの機体。
パイロットは―――ダニエル・クリストフ。通称ダニー。空しか見えない男。
爆発の時投げ飛ばされ、外壁の上に落ちたダニー。ボロボロの体に虫の息。
恐らく数分ももたないだろう。そんな彼の目に、爆発の光や煙に覆われた
汚れた空が映る。彼はそのまま空を見つめていた。幼い子供の頃の様に。
「はー・・・世話になった礼とはいえ、命投げ出すこた無かった・・・かなァ・・・
まァ、いっか・・・はは・・・は・・・」
周囲からは、耳障りな爆音や銃声が聞こえる。ダニーは眉をひそめる。
「うぜェなもォ・・・うっっせェなァもォー・・・空ってのはもっと・・・
静かで・・・見てるだけで吸い込まれそうな位・・・キモチいいんだ・・・よ・・・」
彼は空に向けて、震える手を伸ばした。彼の目には、彼が幼い頃見た
青く雄大で、限りなく広い空が映っている。伸ばした手は、すぐに倒れた。
彼の心は、彼が愛した空へと消えた。青い空の真下で、彼は眠りについた。
――――第一次イレギュラー大戦・・・終戦――――
大戦が終結を迎えた。首謀者シグマは青きレプリロイドによって撃破された。
双方多大な犠牲を出し、一つの戦いが幕を閉じた。
今世界は、復興の道をたどっている。ダニーやオストリーグが世話になった
ハンターベース砂漠支部は大戦時に陥落、今後は不要となった中性子ミサイルの
保管庫として運用していく予定だという。
この砂漠にオストリーグがいた。大きく体を伸ばして寝っ転がっている。
ダニー、そしてイーグリードの死は既に耳にしていた。複雑な心境の彼の目に
映るのは、彼等の愛した、自分の愛していた青空。
「ダニー、イーグリードさん・・・俺、やっぱまだ飛べねェよ・・・
アンタらのいるこの空には、さ。」
青い空の真下で、レプリロイドが一人、友の居場所を見上げていた。
(END)
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