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管理人の小説

ALIVE(#1)
ブーメル・クワンガーがイレギュラーになった理由


「懲りない人ですねぇ。破壊されると分かっているのに、何故イレギュラーになるんです?」
 ブーメル・クワンガーはそこにいた。
 第17精鋭部隊特A級のイレギュラーハンター。彼の特殊武器『ブーメラン・カッター』によって斬首刑にされたイレギュラーは数知れない。
 クワンガーは頭の角を取り外しながら、強盗犯のイレギュラーを見据えていた。
 イレギュラーの額に冷たいものが一滴流れる。
 ―――来る!
「ちっ、ちくしょー!!」
 イレギュラーはバスターを構えるが、時はすでに遅し。
 瞬きする間にクワンガーのカッターは、敵の頭と胴体を分裂させていた。
 首筋に一閃、亀裂が入る。
 断末魔を上げることもなく、イレギュラーの首はゴトリと落ちた。
 斬り離された頭部がボールのように転がり、クワンガーの足元に止まる。
「………」
 クワンガーはその首に視線を向け、じっと見つめて言う。
「懲りない人ですねぇ。破壊されると分かっているのに、何故イレギュラーになるんです?」
 足の裏で、頭部を適当に弄り遊ぶクワンガー。
 彼はふと、同じセリフを二回言ったことに気づく。
(……?)
 なんだ? 視界が妙にぼやけているぞ? 仕事のし過ぎで疲れた……かな?
 意識が朦朧とする。身体に力が入らない。
 クワンガーは意識はそこでシャットダウンされた。

−***−

「兄貴! 兄貴ぃぃーーーーーー!!!!」
 医療室に飛び入ってきたのは、クワンガーの弟――グラビティ・ビートブードだった。
 コードに繋がれ、硬い寝台の上で横になってるクワンガーを見て、ビートブードはあたふたと取り乱す。
「しっかりしろ、兄貴っ! 死んじゃやだよ、兄貴ぃぃいいい!!!!」
「うるさいよ、ビートブード」
「え?!」
 寝台から放たれた声に、ビートブードの動きがぴたりと止まる。
 高いとも低いともつかないこの音声は、兄のものだ。
「ここは医療室なんですから、静かにしてくださいね」
 クワンガーは動かなかったが、意識はあった。
 目だけをビートブードの方に向けて言う。
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫ですよ」
「兄貴……」
 ビートブードは今にも泣きそうな顔になっていた。レプリロイドでなければ、涙を流していただろう。
 ビートブードは兄が大好きだった。優秀さと繊細さと、何者にも縛られない自由さを持っていた兄。残忍な仕事ぶりを発揮する一方で、自分には優しさを見せてくれた兄。
 クワンガーはビートブードにとってはまさに『憧れで自慢の兄』だった。
 クワンガーも弟が自分に好いていることが分かる。だから彼は大切な弟に心配かけないように努力した。
「『身体機能に異常なし』って、ライフセイバーは言ってましたよ。恐らく疲労が原因でしょうね。少し休めば回復しますから、キミはキミの任務をちゃんとこなしなさい。私がいなくても、一人前の立派なハンターになれるように……」
 クワンガーは寝台の上から手を伸ばし、ビートブードの頬をなぞった。目を細めながら、心配するビートブードの顔を見つめている。
「………」
 ――――?!
 またこの感覚だ。意識が……記憶が……遠くなる。
「私がいなくても、一人前の立派なハンターになれるように……」
 薄らぐ意識の中で、クワンガーはさっきと同じことを口走る。
「私がいなくても」
 繰り返し。
「私が」
 繰り返し。
「私が」

−***−

 ビートブードは震えていた。医療室を出た廊下で、込み上げてくる恐怖を両手で力一杯押さえ込む。
 何故兄はあんなことを言ったのだろう。
『私がいなくても』
 いなくなることを予期しているのだろうか。
『一人前の立派なハンターになれるように……』
 それは、自分が一人で飛び立てと言いたいのだろうか。
 兄は自分を切り離そうとしている―――?!
 違う!
 ビートブードは邪念を払うように、頭を思いっきり左右に振る。
(違う!! 違うっ!!!! 兄貴はずっとオレと一緒なんだ! オレの側についてくれるんだ!! ずっとずっとずっとずっとずっと――!!!!)
 恐かった。
 昔のように、離れ離れになることが―――。

−***−

 二人の兄弟、ブーメル・クワンガーとグラビティ・ビートブード。
 同シリーズの機体であるにも関わらず、彼らは正反対のスペックを持っていた。
 スピード型のクワンガーと、パワー型のビートブード。
 長身痩躯のクワンガーと、小太り体型のビートブード。
 赤いボディのクワンガーと、青いボディのビートブード。
 物理系攻撃を得意とするクワンガーと、エネルギー系攻撃を得意とするビートブード。
 それぞれの機能があまりにも違いすぎたため、彼ら『兄弟』は作られてから間もなく、別々の施設で訓練された。
 『兄弟』なのに、セカンドネームが別なのはそのためである。
 兄のクワンガーは、第0特殊部隊でイレギュラーハンターの研修を受けていた。
 一方、弟のビートブードは、第17精鋭部隊で同じように研修を受けている。
 同じイレギュラーハンターという組織に属しながらも、部隊が違うためか彼らは顔を合わせることもなかった。
 それから研修が終えるまで、長年の時が過ぎていく。
 生き別れた彼らが再会したのは、第17精鋭部隊の入隊式のときだった。研修を終え、正式にイレギュラーハンターとして登録されるのである。
 本来、クワンガーは第0部隊に入る予定であったが、本人の希望により第17部隊に移ることになった。
 長い期間を経て、ようやく『兄弟』は一緒になれたのである。

−***−

「クワンガー! 大丈夫かぁ!」
 今度は、同僚のスパーク・マンドリラーとフレイム・スタッガーが入ってきた。
 暑苦しい炎雷コンビだ。
 クワンガーは天井をぼーっと見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「見苦しいところを見られてしまったね」
 身体の各部にコードを繋がれたクワンガー。束縛された機械剥き出しの肌に、マンドリラーは思わず顔を赤らめる。
 一方、スタッガーは医療の場に縁遠いせいか、苛立ちを露にふて腐れている。
 二人とも面白い反応してるなと、クワンガーはほくそ笑んだ。
「マンドリラー、スタッガー。来てくれてありがとう。そんなに私のこと、心配してくれるんですね」
「お、おうよ。一応おめえはオレたちの仲間なんだからな」
 マンドリラーは少しどぎまぎしながら答える。スタッガーは相変わらず機嫌悪そうだ。
「……」
 マンドリラーの視線がクワンガーの全身を舐め回す。全体的に赤いボディ、しなやかな手足、細い躰。こんなに細いのに、よく今まで動けたなと不思議に思う。
「……なあ、クワンガー」
「? 何です、マンドリラー?」
 クワンガーはきょとんとした表情でマンドリラーを見上げた。時々彼は、子供っぽい顔をする。マンドリラーは思わずドキっとした。
 ヤツのこの顔―――ワザとなのか、それとも天然なのか。
 マンドリラーはバツが悪そうに、口を尖らせて言い出した。
「おめえさ、その………何ていうか、軽量化しすぎじゃねぇのか? スピード重視なのは分かってるけどよぉ、その身長で100キロ切るのはどうかと……」
 マンドリラーはクワンガーのプロポーションについて、ぶつくさと評価する。
 野郎相手にこんなこと言っちゃ笑われるな、とか思いながら。
 だが、クワンガーの反応は意外だった。
「……なっ、失敬な! 私がそんなに弱々しく見えるとでも!?」
「いやぁ…そんなこと言ってるわけじゃ……」
「貴様は弱いっ! 弱い弱い弱い弱い弱いぃっ!!!」
「あぁ! スタッガーまで私を侮辱する気ですか!」
 クワンガーは顔を赤くしながら、見舞いに来てくれた二人を睨みつける。
 しばらく沈黙が流れた。
 が、そのあとすぐ、三人は一斉に大爆笑する。
 緊張の糸が一気に途切れたようだった。
「あははっ。全く、二人ともちっとも病人に優しくないね。もっと労わってくださいよ」
「ん、そうか? だったら、おめえの身体をオレがキレイに拭いてやろうか? 隅から隅までじぃぃぃぃっくりとよ」
「……マンドリラーのスケベ」
 そこで一同、どっと笑いが起こる。
 医療室の雰囲気がやけに賑やかになる。
 これから先の不幸など、吹っ飛ばしていけそうなくらいに。
 だが、この三人では運命に勝てない。
 深刻な空気が次の瞬間、流れる。
 ライフセイバーが扉から入ってきた。
 白い衣服の医者型レプリロイド。彼は何やら右手に紙の束を抱えている。
 ライフセイバーは低い声で、クワンガーの見舞い客2人に言った。
「……すまんが、席を外してくれないか? 彼に重大な話がある」
 マンドリラーとスタッガーは、ライフセイバーの只ならぬ気配を感じ、いそいそと医療室から出て行った。

−***−

「なあ、スタッガー。ライフセイバーの言ってた『重大な話』って何なんだろうな」
「知るか知るか! どちらにせよ、オレ様には関係ねぇことだ! ヤツがどうなろうが、知ったこっちゃない!」
「……ま、それもそうだけどよぉ」
 マンドリラーはどうも腑に落ちない様子だ。視線を落としてライフセイバーの言動を考える。一体何があったのだろうか。
 ふと見てみると、スタッガーの足が小刻みに床を叩いていた。
 貧乏揺すりだ。
(スタッガーのヤツも素直じゃねえなぁ……)
 口では薄情なことを言っても、苛立ちはやはり隠せないらしい。スタッガーもクワンガーのことをそれなりに心配しているようだ。
 医療室の前でうろうろと廊下を往復する二人。
 そのとき、一人の少年が彼らの前に通りかかる。
「あれ? スタッガーとマンドリラー。こんなところで何やってるの?」
 青いボディの少年型レプリロイド――エックス。第17精鋭部隊のB級ハンターだ。
 二人はエックスをギロリと睨みつけて言った。
「ケッ! てめえみてーなB級の知ったことか! オレたちがどうしようが勝手だろ!?」
「ご、ごめん……」
 エックスは二人の不機嫌さに圧倒されて口ごもる。そしてエックスは二人の勘に触れないように、医療室のドアノブをそっと手をかけようとした。
 マンドリラーはそれを制止する。
「今は面会拒絶だぜ。ライフセイバーが来てる」
 ぶっきらぼうにこう語る。
 エックスは瞼を見開き、マンドリラーの方に振り向いた。
「えぇ!? ってことは、キミたちもクワンガーのお見舞いに!?」
 意外と仲間想いであったことに驚いたらしく、ぽかんと口を開ける。
 スタッガーはそんなエックスの態度に腹が立った。
「悪いか悪いか悪いかぁーーっ!!!」
 炎の拳でエックスに殴りかかろうとしたスタッガーだが、マンドリラーに抑えられて止められる。
「……ちっ!」
「………。ガラじゃねぇってのは分かってるさ。ほんとは行くつもりなんてなかった。たいしたことじゃねぇだろうしな」
 マンドリラーは、口を尖らせて言い訳する。誰に言うのでもなく、まるで独り言のように。
(そう、たいしたことじゃねぇ。クワンガーは単なる疲労でぶっ倒れただけだ。実際会ってみて、元気そうだったじゃないか。心配なんて、いらねぇはずだ。だけど何故か――何故か心にひっかかる)
 マンドリラーは医療室で見たクワンガーの機械剥き出しの身体を思い出す。無惨な姿だと思う一方で、美しいと感じた自分が恥ずかしい。
(何考えてるんだ、オレ! 今はアイツの無事を祈るしかない! アイツの無事を……)
 やっぱり来なきゃよかったと思うマンドリラーであった。

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