視界を閉じれば、どうせ何も見えてこない。
 感覚を分断してしまえば、結局誰も一緒だ。
 触れることで見出す意味に対して鋭敏であっても、些細な違いなど分かりはしない。
 だから誰も彼も、結局皆同じで。

 愛しい存在も、赦されざる存在も。
 形は違えど、それらは全て人に過ぎない。

 そして人が人である限り、同じ業を背負っている。
 
 望みも、願いも、行く道も。
 その全てを、異にしている筈なのに。

 結局全ては、一つのところへしか戻りはしない。

 押し開かれる痛みを投げ捨てるように、男はぼんやりとそんなことを考える。
 思考に逃げたところで、感覚は鈍りはしない。
 寧ろ研ぎ澄まされていくのではないかとさえ思えるが、それならそれで構わない。
 痛みを強く感じられるならば、いっそその方がいい。

 堕ちるなら、痛い方が良い。

 そしてより痛い方が、快楽も増すのだ。
 別に痛いのが好みだとか、そんなことを言うつもりは無いけれど。
 それは単に、経験がそう告げるのだ。
 勿論それは、男に限った話かもしれないが。

 次第に痛みが限界近くなり、そして薄れていく。
 突き立てられた楔が、在る一点を突いて来たからか。

 与えられるそれが快楽であると、感覚が告げる。
 心では肯定しない、けれど無理に否定する気ももう起こらない。
 そうであると言うならば、心を空にして受け入れるまでだ。

 身体は心の器に過ぎないはずなのに、感覚が心をさらっていきそうになる。
 抵抗はしない、ただ流れに身を任せる。
 そうした方が楽なのだと、本能で知っている。

 相手の動きが緩まったところで、男は薄く目を開く。
 細く赤い光を持った眼が、自分の知らない表情をしている。

 年齢不詳の雰囲気を漂わすその人が、何故かそのときだけは、年相応に見えた。
 幼い顔、まだ少年と呼べる年頃だろう。

 その瞳が、ただ男の方をじっと見ている。
 
 何を言いたいのか、何を望んでいるのか。
 そんなことは、いっそ如何でもいいのに。

 此処で止まる理由など、どうせどちらも持っていない。
 肌を合わせたそのときに、既に帰り道は塞がれている。

 行為そのものが罪なのか、それとも之が罪に与えられた罰なのか。
 自嘲気味に男が笑えば、少年の顔には動揺が走る。

 お前は馬鹿だと男が言って、それでも少年の腕を引き寄せる。
 良いから続けろと、殆ど口の動きだけでそれを伝える。

 答えは返ってこなかったが、少年は了承したらしい。
 再び強い油送が繰り返され、男は快楽に身をゆだねるように目を閉じる。

 目を開いている必要は無い、視覚は余計な物まで連れて来る。
 それなら、いっそ……。

 ふわりと、腰が浮くような感覚があった。
 それが何であるのか、男は良く知っていた。

 だから、ただ感覚に身を任せてしまう。
 暗闇を滑りぬけていくような、熱い風が通り過ぎていくような。

 闇を潜り抜けて着く先は、やはり闇に過ぎなくて。
 それは何処か、大切なものを無くしていくことに似ていた。

 

 目が覚めたときは、寝台の上で。
 見渡してみれば、世界は未だ闇の中。
 男は一つ溜息をついて、傍らの少年を見る。
 そちらは未だ眠りの世界なのか、安らかな寝息を立てている。

 寝顔を見ても、何も分かりはしない。
 すやすやと眠る様子は、本当に無防備で。
 これはただの子供なのだとか、如何でもいい事に思い当たる。

 何も変わらない、何も喪われては居ない、何も得られては居ない。
 ただ、乱雑になった寝台が、昨夜の名残を残しているだけだ。

 男は溜息をついて、それから天上を見上げる。
 勿論其処には、何も映ってなど居ない。

 間違っているとか、正しいとか。
 そんな基準には、何の意味も無い。
 だいたい此処には、問い掛けるべき対象も無ければ、基準となるものも存在しない。

 この手を選んだ瞬間に、そんなものは捨てたのと同じだ。
 例えそれが、一夜限りのことであるとしても。

 男には少年は必要なかった、しかし少年は男を求めた。
 拒む理由は幾らでも思いついたし、受け入れる必要など無かったのだ。

 ただ、男はそれをしなかったと言うだけのこと。

 馬鹿な事をしていると言われれば、それを否定する気も無い。
 馬鹿でも良いと、そう思うのも確かだが。

 自分は何も与えられない、何も奪えない。
 少年だけではない、結局誰からもだ。

 肌を重ねても、言葉を紡いでも。
 人は独りきりで、全ては孤独へと帰り逝く。

 男は視線を落として、少年の方を見る。
 そっと手を伸ばし、その赤い髪に触れる。

 彼は何処へ行くのだろう、何処へ帰るのだろう。
 自分とは何の関係も無い筈の事が、何故か少しだけ気になった。

 本当は、行き場所も帰る場所も存在しない事は、良く知っている。
 彼は孤独な存在であり、そして罪人だ。

 罪を犯した者に対して、世界は優しくなどないだろう。
 男はそれを良く知っているし、自分もそんな世界の欠片だと思うのだ。

 男は少年の額にくちづけを落とした。
 昨夜の全ては印を刻む儀式だと、そんなことを思いながら。

 それは言い訳にすらならないだろうが、同時に確かに真実でもあるのだ。
 少年は男を忘れまい、忘れられるほど器用ではないのだから。

 記憶の形は違うだろう、この道が二度と交わる事も無いだろう。
 ただ、その瞬間に、何かを置き忘れたようなものか。

 男は自嘲気味に笑って、そして再び少年の横で眠りについた。
 傍らの体温は、誰の物でも同じだなと、そんなことを思いながら。

 目が覚めたときには、少年はもう居ないかも知れない。
 名残惜しいとは思わない、もとよりそんな関係ではない。

 夜が明ければ、世界は動き出す。
 それまではただ、眠りに落ちていればいい。

 安らかな時間の終わりまでは、二人の関係すら意味を持たない。
 其処に束の間の安寧が訪れている、本当にそれだけだ。

 
 

 

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