どうして、と。
 その問いは、結局言葉にならないのだ。
 何時だって、唇を塞がれて、言葉ごと奪われていく。

「やぁ……」

 唇を離されても、そこから出てくるのは、力の入らない、意味を持たない言葉だけ。
 少年の眼に溜まった涙は、男の舌に掬い取られていく。

「逃げるなって」

 耳元に息を吹きかけられて、顔を真っ赤にしている少年の元へ届くのは。
 普段の調子からは想像できない、何処か甘い響きを持った男の言葉。

「に、逃げてなんか……」

 言ってしまってから、少年ははっと気づいたように体を震わす。
 目の前で、男が何だか楽しそうに笑っている。

「どうした?」

「……な、何でもないっ」

 悪戯っぽい調子でたずねてくる男に対して、少年は視線を逸らす。

「なあ」

 男の声の調子が、一段下がる。
 少年はそれに気づいて、視線をそちらへ戻す。
 そこにある男の表情は、寂しさの入り混じる笑顔。

「……な、なんだよ」

「こういうの、お前は嫌か?」

「べ、べつに、いやってわけじゃ……って聞くなよ、そんなことっ」

「……そうだな」

 顔を真っ赤にしている少年を前に、男はやっぱり笑っていた。
 そこに如何して憂いが混じるのか、少年が男に対して、それを問うことはない。
 理由が全く分からないというほど、少年も馬鹿ではないのだ。
 そしてそれに触れられることを、男がどれだけ嫌がっているかも。

 少年が伏目がちにしていると、瞼の上の辺りへ、男の唇が降りてきた。
 視線を上げようとしたら、その手で瞼を軽く押さえられる。
 抵抗するのは簡単だったが、少年はただそれに従った。

 瞼を押さえてない方の手が、少年の首筋から、下の方へとゆっくりと下っていく。
 視界を閉ざされていることが、かえって少年の感覚を研ぎ澄ましているのだろう。
 素肌に触れるその手触りは、奇妙なほどに鮮明だ。

 途中、男の手が、少年の胸の小さな突起を摘み上げる。
 抉るような動作で、男がそれを弄ぶ。

「んっ……」

 少年の口から、小さく声が漏れる。
 思わず瞼を開きそうになったところへ、さっとすばやい動作で、額に巻いていた布を下ろされる。
 それは丁度、少年の視界を覆う目隠しになった。

「な、なにやって……あっ」

 文句を言おうとしたら、胸の突起を強く吸われたのだ。
 声が、言葉の形を持ってくれない。
 閉じられた視界の向こうで、男がにやりと笑っているような、少年はそんな気がした。
 
 自由になった方の男の手が、露になった少年の足の付け根の間、緩やかに立ち上がりつつある物を包んでいる。
 器用なその手が、擦るようにして動きはじめた。

「んっ……マ、マシュー……」

 悲鳴のような声が漏れそうになって、それを何とか押さえながら、少年は男の名前を呼んだ。

「どした、ギィ?」

 からかうような調子で聞き返す男の声に、躊躇いも戸惑いも無い。
 笑っているのだろう、多分。

「……な、なんでもない」

 それが何だか悔しくて、けれどそうであって欲しいとも思うのだ。
 形を持たない、何処か矛盾した感情を言葉に表すことも無く、少年はそこで言葉を切った。

「そっか」
 
「……ひゃうっ」
 
 言葉の後に、力が抜けるような感覚。
 男が舌先で、軽く前を舐め上げたのだ。
 予想されて然るべき動作ではあったのだろうが、視界が塞がれた状態では、それもままならない。
 もっとも予想していたところで、少年の反応はそれほど変わらなかっただろうが。

 男の手は、相変わらず器用な動きを続けていて。
 そしてその舌は、ゆっくりと丁寧に先端を舐め上げている。

 もう片方の、胸の突起に触れていた男の手が、這うような仕草で首筋をなぞって口元まで上がってくる。

「……んっ」

 男の指を、少年は軽く口に含む。
 見えないのでいまいち勝手が掴めず、どうしても恐々とした動作になる。
 何がおかしいのだろう、下の方から、男の笑いをかみ殺すような声が聞こえる。
 反論しようにも、少年の口には男の指が入れられているので、それもままならない。

 少年は仕方なく、男の指を舐めていく。
 途中で軽く噛んだのは、見えないからではなく、わざとである。

「……つっ」

 男が少し痛がるような声をあげたが、少年はそれを無視する。
 そもそも、声が出せるような状況でもないし。
 これくらい、別に良いではないかと、そう思うわけだ。

 ある程度舐めたところで、少年は舌で指を軽く押し返す。
 男の手が、名残惜しいように軽く少年の唇の上をなぞって、そして離れていく。

 湿った指が後ろに回って、少年の尻の辺りを弄っている。
 解すように、器用なその指が、入り口の辺りを撫でまわしていく。

「ん……」

 その間、前を擦る手も動きを止めてくれない。
 前と後ろ、両方から押し寄せる感覚に、少年は軽く眩暈を感じる。

 ふと、前に触れていた方の手が外れる。
 えっと、少年が不思議に思った次の瞬間には、その手は首の後ろに回っていて。
 そっと頭を抱き寄せられて、唇と唇が触れ合う感触があった。
 深く口付けてくるのかと思ったそれは、ほんの一瞬で離れていった。

「ま……両方からだと、お前にはちょっときついか」

 笑いが混じるような声で、男は言った。
 情事の途中だと言うのに、その声は不思議なほどからりとしている。
 その間も、後ろの方に置かれた手は、動きを止めてないわけで。
 この辺り、器用と言うか何と言うか。

「……なっ」

 反論しようとして、けれど言葉が出てこなくて。
 少年はただ、口をパクパクと動かすだけだ。

「……ホント、お前って可愛いよな、こういうときは」

「な、なんだよそれ……」

「まあ、そのままの意味。
 良いから、暫くじっとしてろ」

 別に、男が命令口調だったわけではない。
 しかしそう言われて、少年は動きを止める。
 どうせ反論しても勝てないのだ、そんなことはとっくに分かっている。
 
 男に軽く肩を押されて、少年はぽすっと軽い音を立てて、寝台の中に沈む。
 軽く足を持ち上げられ、入り口を弄っていたその指が、ゆっくりと中に入ってくる。

「あっ……」

 未だに慣れきらない、異物が入り込んでくる感覚に対して、勝手に声が漏れる。
 そうしたら、唇を唇で塞がれた。
 舌が差し入れられ、歯列を割って中に入ってくる。
 口付けの感覚に溶けるようにして、背中から上がってくるような異物感が薄れていく。
 薄れたその感覚は、ゆっくりと快楽へと移行していく。

 男は丁寧に、内部を広げるようにして解しながら、少年が一番感じる部分を刺激するのも忘れていない。

「んーっ……」

 時折漏れる少年の声は、それだけで男の欲望をかきたてて行く。
 とはいえそのことに、少年が気づくわけでもない。
 だからこそ良いのだと、男はそんな勝手なことも思うわけだが。

 ある程度解したところで、男はもう一本指を中に入れる。
 くるくると、二本の指を回すようにして、内部を弄る。
 その仕草は、そして表情は、ただ玩具で遊ぶ子供のようでもある。

「はうっ……」

「そろそろかな……。
 なあ……良いよな?」

 挿れる前に確認の言葉をかけるのは、多分、儀式のような物だ。
 そうしなければ出来ないわけではない、けれど何も言われ無いまま先へ進めるほど、少年は慣れていないのだ。多分。
 問い掛けた男の方は、ともかくとして。

「ん……うん」

 目の辺りが隠されていても分かる、切なげな表情。
 持ち上げられた足が、男の背の後ろで交差している。
 
 少し苦い笑いを浮かべながら、男は指を引き抜いた。
 そしてその場所へ、立ち上がった自身を強く押し付ける。

「つっ……」

 指とは比べ物にならない質量に対して、少年の顔に苦痛の色が走る。
 強張った身体が、ほとんど反射的に逃げようとするけれど、男はその手で少年の腰をつかんで離さない。

「……大丈夫だって」

 こればっかりは、多分どうしようもないなと。
 男の表情に書いてある言葉があるとしたら、多分そんな言葉だろう。

「んっ……」

 返ってきたのは、ただの意味の無い言葉。
 嫌がって居ないのは分かるから、男は中ほどで止まっている自身を、ほとんど力任せで奥まで押し込んでしまう。

「はうっ……」

 男の背を、手が食い込むように少年の手が掴んでいる
 少年の爪は切りそろえられている方だが、それでもこの強さなら、爪痕が残るだろう。

「つっ……」

 背中から感じるその痛みに、男が軽く声を漏らす。
 それに反応してか、少年の手が少し緩む。
 男は緩められた手を強く引いて、その指先を舌で軽く舐めていく。
 くすぐったそうに、少年が身体を揺らす。

 少年の身体から、強張りが溶けていくのを見計らって、男はゆっくりと動き始める。
 ゆっくりと引いて、それから付き込むようにして、入りきるところまで。
 締め付けが気持ちよくて、意識せずに男の口から声が出てくる。

「ん……良い」

 そんな甘ったるい、快楽に溺れて行く声は、普段の男の言動からは想像が出来なくて。
 自分の存在が、その声を引き出していること。
 それは少年にとっては、嬉しいような、恥ずかしいような、そして信じられないような。

「ふあ……」

 形を為してくれない思考は、意味のある言葉には繋がってくれない。
 けれど、それでも良いのかもしれないと。
 そんな思いが、溶け始めた理性の中、少年の頭を過ぎっていく。

 男は緩急をつけながら、少年の中で動き続ける。
 速さが代わることで、次の感覚が予想できず、その度に少年の快楽は高められていく。

「……マシュー」

「どした、ギィ?」

 少年に名を呼ばれたから、男の方も名を呼んで聞き返す。

「も……だめ……」

 擦れる声が、男の耳に届く。

「イっちまえよ、そしたら、楽になる」

 言って男は、二つの身体の間で挟まれている少年のものを、片手で軽く掴む。
 先走りの水分と、男の唾液でぬれたそれは、随分とぬるぬるとしている。
 その先端を、男はするりと撫で回した。

「ん……あ、あっ―――」

 限界まで押し上げられた快楽の前には、それで充分だったのだろう。
 男の手の中で、少年の欲望が溢れ出ていた。

 男は安心したように微笑んで、それから己の欲望を、少年の中で解放してやった。

 

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