プラスチックスマイル 外伝


もう一人の凡人(前)




私の名前は知念文香。不運にも個性的過ぎる2年A組の一人と
なってしまった。去年までは割りと地味なクラスで、個人的に自分も
地味だと思っているので馴染みやすかった。
しかし今年のクラスはどうだ。ギターオタクにその彼女、天性の
やられ役に変態に……ああ、そうだ。毒舌さんがいたか。
これらを初めとするクラスメイトに私は馴染めなかった。いや、
馴染めるわけがない!


今日の自習の様子は凄まじかった。リーダシップを取る三村さんがドアを
締め切り、暗幕を閉じ電気を付けて教壇に上がる。
「皆、盛り上がるぞー!」
「おおおっ!」
三村さんの掛け声とともに辺りは一気にざわめく。男子達はまぁ……
えっちな本を何処からともなく持ち出しそれの交換。ある男子は
ジュースとお菓子を用意し、ある者はギターを用意。
先生が着たらこっ酷く叱られるだろう。
「じゃあ壱!お前何か歌え。」
「俺?」
クラスの中で私と同じかそれ以下の凡人(もしかしたらそれ以上なのかも)の
壱郎さんが指差される。
「ギターもあるからそーだなぁ……イスケの赤いベンチでも。」
ああ、あれね。このこーえがー消えるくーらいーってヤツね。
「唄えっ!唄えっ!唄えっ!」
あちこちから唄えコール。壱郎さんは渋々と、だが何処か嬉しそうに
唄い始める。あれだ
、彼女に褒めてほしいんだよね。
「このこーえがー、消えるくーらいー、君にごめんと言えば良かったぁー。」
何でも中々告白された少女に返事ができない少年のもどかしさを唄っている
らしい。何処かもどかしいのやら。
AメロBメロ飛ばして早速サビから入ってるし……。私、
知念文香は
このクラスにいまいち馴染めません。



「あっ、文香くん。」
昼休み、母に作ってもらったお弁当を中庭で食べようと思った矢先、先客が
来ていた。比較的長身なのと、独特の雰囲気を持つので1発で分かった。
彼女は桜ノ宮扇菜。ココを取り仕切る理事長の娘だ。公立だというのに唯一
独自の体制を引き、資産は国家予算の4倍を超えるという話もあるらしい。
「綾ちゃん達とは一緒じゃないの。」
「ええ。用事ですって。んでココでパンでも食べようと思ったら。」
「……たまたま私がやってきた。」
「ご名答。読みたかったんだ。文香くんの小説。」
「あまり書いてないよ。ボツ多かったから。」
「いーわよ。ちゃんと文を推敲している証なんだから。それに比べてどっかの
誰かさんは――。」
誰かになんくせを付けているらしい。よっぽど汚い文章を書く人なんだろう。
扇菜ちゃんの言葉には
「作者」や「ギャルゲオタク」や「ロリコン」「文系しかできない女」
などの暴言が吐き捨てられる。

「おっ?今度は恋愛物?」
「うん……と言ってもファンタジーだけど。」
「十八番ね。」
ルーズリーフに書かれた小説。それは手持ちの青色のファイルにファイリングされている。
これをほぼ常備しているのだ。そして思い浮かんだネタを書き記す。
「あら……?前回の作品は一体……。」
「ボツになった。」
設定まで錬ることは練るのだが――いざ本題であるストーリーを書くとなるとつい
止まってしまう。ようするにアレなのだ。設定だけ練って練って練りまくって満足してしまう。
自分でも反省しているのだ。
実際友達からは、勿体無い、と言われている。でも――書けない。
「ふぅん……勿体無いわ。」
でも、と扇菜ちゃんは言葉を付け足す。
「でも、今回のほうが面白そう。」
取り合えず、受けは上々らしい。


5限目が始まり、慣れないクラスに戻る。授業が始まり、まともに受けている子もいれば後ろを
向き喋っている子もいる。私はまともに授業を受けていた。数学の方程式を頭に入れようと
ノートを開き、教科書と黒板を見比べながら。
「今度CD貸してくれねー?」
「OK。じゃあお前、来週発売するアルバム持って来いよ。」
MDに録音するから。とけらけらと後ろで男子たちは笑いあっている。――うるさい。
大体そんな話、休み時間にしてよ。授業妨害も大概にしてよ。心の中ではそう思っては
いるのだが性格が弱気なのか言えない。私は雑音=ノイズだと思い授業を受けていた。
「おいそこ!静かにしろ。」
「あー、はいはい。すみませんでしたー。」
先生が注意しても男子たちは口だけで謝罪する。どうせ心から思ってなどいないのだろう。
数分後、今度は少年誌について彼らは話し始めた。多分、ラブコメの話であろう。
マンガ好きの私はキーワードだけで当てる事ができた。だが、今はそんな話をしている
時間ではない。――うるさい。イライラがどんどん募ってゆく。肩に疲れがどっとたまってしまう。
それは私にとって由々しき問題なのだ。
「静かにしろ!」
先生の罵声が聞こえたと同時に、授業は終わった。私は、まだこのクラスに馴染めそうにもない。


翌日、いつもより眠られなくて目の下には薄いクマが出来ていることに手を洗っている時に
気付いた。智鶴さんから、大丈夫?、と声をかけられて私は頷く。彼女は無理しないでね、と
一言言うと教室へ戻っていった。次は移動教室で教室に残っている生徒は少なかった。
第2理科室へ向うため私は理科に使う一式を取り出し、いつもの小説セットを持ってゆく。
智鶴さんは私と入れ違いで教室をを出て行ったらしい。
私は教室を出て、赤通路を渡った。理科室のある2階へ階段を降りようとした矢先、




え?






世界が回った。
目元が一瞬暗くなり、そして回る。私は手元にあった手すりを持とうとしたが――。
「!」

スッと私の手は手すりまで届かなかった。目の前は階段の色、緑色。私は
運動神経が鈍いながらも何とか受身の体勢らしきものを作り下へ落ちた。
「……ふっみー!?」
私の渾名を付けてくれた人が私を呼ぶ。
「文香くん!?」
昨日、私の小説を読んでくれた人が私の名前を呼んだ。


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