プラスチックスマイル


梅雨前線北進中




6月下旬の期末テストが終わった日。理事室は重苦しい空気が漂っていた。
「・・・・・はは・・・・もう私駄目かも・・・。」
絶望の淵に立たされている人物、奈良崎いぶき。机に顔をうつ伏せている。
「でも今回の理科のテスト。本当に難しかったよねぇ・・・。」
落胆した表情を浮かべるのは八波智鶴。目が明後日の方向に向き乾いた笑みを
浮かべてはははと笑う。
「でも寧ろ俺は理科のテスト。簡単だったような――」
「黙れ鬼畜!」
智鶴が二十一に怒声を鳴らし、机をドンドンと叩く。
「・・・・でも二十一のいうとおり、私は簡単だったと思うんだけどな。」
「「「えっ!?マジで?」」」
壱郎、智鶴、いぶきの声が偶然重なって驚いた顔で葉月を見る。
「でも応用問題ワークになかったじゃん!」
「うーん・・・多分だけど授業中に鳥野(理科教師)の言っていた応用問題がこの
問題と思う。ほら、半月前に希望者だけに渡されたプリントに載っていたんだ。」
「ええ・・・・・そんなぁ。私その時休んで希望してなかったのに・・・。」
いぶきの弱々しい声を聞くなり、1
人無言でワイドショーを見ていた扇菜はリモコンの
スイッチでテレビの電源を消すと、椅子から無言で立ち上がり隣の職員室に
続いているドアを開けてそのまま何処かへ行ってしまった。

「俺はプリントもらって、やったけどものの見事に解けなかったね。」
「それ、自慢する事じゃねーだろ。」
自慢げに話す翼に突っ込む壱郎。だが、彼もその問題は解けてはいない。
「それより問題は社会。あー!私あれも駄目だった!」
「ってさっきからいぶきちゃん駄目駄目ばっかり。」
「智鶴ちゃんに言われたくないよ!」
職員室のほうから
理科教師と社会教師のうめき声が聞こえるが全員が聞いていない振りをする。
「っていつのまにか桜がいない!」

ついさっきまでワイドショーの『ミョン様お手製韓国の家庭料理』のメモを取っていた扇菜が
いないことにようやく全員が気付いた。
「お待たせ。
ちょっと先生に用事があってね。
「ふーん・・・。」
美紅の絶対信じていない声がやけに痛い。扇菜は顔を引き攣らせてを浮かべて念入りに
手洗いを始めた。
(全く・・・あの理科教師の髪を毟り取ったのは良かったけど、おかげで頭皮が汗臭い
じゃない。最悪だわ・・・。)

ふと窓を見てみる。先ほどまでは曇り空だった天気が一層悪化している。
「・・・・・・・・・雨でも降りそうね・・・。」
「え?桜さん。それどーゆー事?」
ポツリと独り言にやけに過敏に反応する。その後に、私達傘ないんだけど――と言葉を
綴って。
「・・・・知らないの?今日の降水確率は90%よ。」
「でも朝は全然晴れてたし・・・・。」
しかし、美紅の言葉は意味のない物になる。雨雲が出てきて、あれだけ蒼かった空が見事に
覆い隠される。日の光も遮ってしまう位の雨雲。ゴロゴロ・・・と雷の轟く音が遠くのほうで
聞こえてくる。その音が段々と大きくなり、1回ピカッ!と大きく光、轟くと雨が大音を
たてて降り始めた。
「・・・・・・・・・ね?」
「うわっ、ホントに降ってきた(綾音)」
段々雨音と雷鳴は強さを増す。
「んで、傘持ってる人(扇菜)」
綾音1人が手をあげる。
「んー・・・どうしようか(翼)」
考えようとした時。トントンとドアを軽く叩く音が聞こえる。実質理事室の主である扇菜は一声
かけた、どうぞと。
「失礼します。」
「やあ桜さん。」
やってきた男2人組み。1人は扇菜の知り合いにも関わらず律儀な行動で理事室に入る四ノ原空也。
もう1人は、空也の友達の自他ともに認めるゲームオタクであり、伝統ある生徒会の執行委員、真岸阿久里。
割と気さくな少年なのだが、度を越えたゲーム好きなので授業中にも携帯ゲーム機で遊ぶという
ツワモノでもある。
「あら、偶然ね。何の用事?」
「1つは雨が降ってきたから傘を借りようかなって思ったんだ。」
「そんでもう1つは、八波がリクエストしたゲームを!」
阿久里は後ろに隠していたゲーム数本を智鶴の前に出す。
「あんがとね。いっつも。」
智鶴は受け取ったP●2のゲームを通学用の鞄に入れ始める。
「いーんだよ。俺も色々ゲーム貸してもらってるしな。」
「あ、でも八波。僕が最初にそのゲームやったんだから。」
「嘘っ!?私予約したのに!もーっ、次こそは最初ね。」
「へいへい、分かりましたよ。あ、桜さん。さっきも言ったけど傘貸してよ。」
ザーザーと未だに降っている雨。
「そうそう。僕も忘れちゃって。」
てへへと照れ笑いを浮かべるのは空也。扇菜は表情を崩さす、ただ1つはぁと溜息を漏らした。
「無理。ココ、傘は全部貸し出してしまったの。」
「・・・・え?」
「だから無理なの。私は常時折り畳み傘は持ってはいるし、今日は大雨になると思って普通の傘も
持ってきたわ。」

「・・・・この用意周到女。」

睨みをきかせて智鶴はいうが、扇菜は徹底無視。

「でも桜さん。あんた普段なら執事でも呼んでリムジンで俺達を送ってくれるじゃないか。」

「なにブルジョワみたいなこと言ってるのよ。
どっちにしろ多城執事は親父がお酒を飲んで飲んで
飲みまくって。多城さんは飲まれて飲まれて飲まれまくってものの見事に二日酔いよ。けっ。

ブルジョワって――と全員が突っ込んだが今彼女に言うといやーな返り討ちに合いそうな気が
したのでやめておく。
「じゃぁどーすんのさ。」
二十一が言うと、扇菜は窓のほうに向けていた視線を戻した。
「当然決まってるじゃな。それはね―――」


「それはね、雨の中走るのよ。」
生徒玄関前。男女総勢――まぁ何人でもこの際いい。雷がゴロゴロと鳴り、雨がザーザー降る中
壱郎達は走らなければならないことになった。
「私は折りたたみを使わせてもらうわ。後1本のほうは南さんと葉月さんに貸してあげる。」
「いいの?」
「うん、イイよ。2人とも同じ方向なんでしょ?」
あっさりと言いのける扇菜。では残りはと言うと――雨の中、走るのだ。
「ええーっ!いぶきちゃんや綾音ちゃんはともかくとして
壱郎、お前は雨に濡れろ。
ばんと壱郎を外へ叩きだし、見事にその場でずぶぬれ状態になる壱郎。慌てて玄関の
ほうへと戻っていく。
「何すんだよ恩田!」
「コレ位耐えられると思って・・・。」
「何でそこで悲しげな顔をするわけ!?って皆俺を軽蔑しないでぇ!」
「・・・・・・・最低だわ(扇菜)」
ポツリを壱郎を蔑む言葉をいう扇菜。傘をさし、彼女は外へと向かう。
「じゃ、明日は来れないから。学校あるし。」
「また明後日〜!」
いぶきが手を大きく振ると扇菜も小さく手を振り、彼女は足取り軽く階段を降りてゆく。
扇菜を見送ると、彼女は持参してきた青色の傘をさそうとする。
「・・・・・・・あっ、奈良崎サン。」
「何?」
ニヤリと二十一が笑い、
折りたたみ傘奪う。
「ちょ・・ちょっと返してよ!」
「いやー、あんた隙ありすぎだわ。」

いぶきの抵抗もむなしく、彼は傘をさすとそのまま駆けて行った。
「・・・か・・・返せよぉぉぉぉ!!」
「いぶきちゃん待って!」

豪雨の中、チーター並みの勢いで二十一を追いかけるいぶきに続き、綾音も追いかけた。
「・・・・馬鹿だ。アイツら馬鹿だ。」
阿久里が呆れた表情で言う。葉月と壱郎も今から帰るところで、2人で1つの傘(いわゆる相合傘)を
して帰るそうだ。
計5人を見送ると、残ったのは智鶴、美紅、翼、空也、阿久里の5人。
「・・・・・・・走るしかないっぽいね。」
「えー!やめようよ恩田ぁ。」
「5人一緒に走れば怖くない!」
ばんと4人を突き落とし、美紅も雨に濡れる。

「うわぁーーん!!駄目駄目、痛いよぉ!(空也)」
「やっぱり寒いっ!冷たっ!(智鶴)」
「空也くん!そんなあられもない声を出すな!(阿久里)」
「明日、風引きそうだね(翼)」
「縁起でもないこと言うんじゃねぇ!(美紅)」



翌日、2年生では計7名が風邪で欠席した。理由は――いうまでもだろう。残りの3人は
ごく普通に学校を登校した。ちなみに、壱郎は久しぶりに邪魔者もいなくて上機嫌だったらしい。


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