レインボー王国。この大陸内で2番目に国土が広く、そして豊かな国である。
大陸の中心部に位置しているのか様々な国から人がやってくる。
差別が最も少なく、生活水準も最高を誇るレインボー王国。
統治者は歴代揃って勇者や覇者など。常に安定した土地柄で人々は
今日も平和に包まれて生きてゆく。
レインボー王国の目に見える特徴の1つ、それは軍隊に力を
入れていることである。各国の戦士や騎士、魔法使いが集まり
隊を成す。その中にはマグナムに忠誠を誓った者、戦いが純粋に
好きなもの、家族を養う為に入隊した物など動機は様々。
だが、不思議と武将の能力の高さのおかげなのか軍は規律
正しく今日も動いている。
金の短髪に赤い瞳を宿す青年は部下と先ほど飲み会を終えたばかりだ。
ライン=カークランド。この国で剣豪と人々から尊敬の眼差しで見られている青年。
面倒見のよい気さくな兄貴分で、部下からの支持は厚い。
現在は第3軍の武将を努める若きホープだ。現在23歳。
夜、今日も雨だった。昨日は雨で軽く素振りをした後寝不足だったのかいつもよりも
結構寝ていた。
今日はどう時間を潰そうか、と考えていると見慣れた顔が出てきた。
研磨剣――正直ラインは剣のことはどうでもいい(好きか嫌いかといえば嫌いなのだが)、
そこに落ち着いている。向こうから挨拶してきたので自分も返す。
「こんにちわ。」
「よぉ、偶然だな。随分急いでいるようだけど。」
「ちょっと捜し物をしていて。この後エミリアのほうへ向うので寂しがらないかと。」
手に抱えている数冊の料理の本を見る。
「寂しがる?」
「いえ、知り合いが――」
知り合いねぇ、と心中思う。ラインの知る限り、彼は普段誰かと一緒にいるわけでは
ない。いつも個人行動が多く、居ても姉伊月、もしくは女王のミルキィ位。
そんな彼から、知り合い、などと言う言葉が出るのは珍しい。
相手が誰だとかそんなことはプライベートに関わるので口には出さないことにする。
「そっか。じゃ、俺用事あるから。後伊月に今度飲まないかって言っといてくれ。」
「……無理だ。」
「へっ?」
「姉は酒を飲むなとドクターストップがかかっている。」
――どんだけ飲んでるんだ、あの女。
「じゃあとっと治せって。」
「御意。――それでは。」
やけに早足で急かしている。そんな彼を狙っている女性達が見れば何事かと思うのであろう。
そんな事を思い自分も足を進めようとした。
「――なんだこの気配。」
刹那、ふと違和感を覚える気配を感じる。剣豪と称えられるラインでも感じたことのない
気配。エルフに近い別の存在が今、この場にいる、それは分かった。
ラインは帯剣を鞘から抜き出し、右手に持ち気配を探る。帯剣を抜いたのは万が一の
ためにすぐ攻撃が出来るように。
――人も随分警戒心が薄れてしまったらしいな。
アルトが頭の中で木霊する。
――レインボー王国……ココも随分と変わってしまった。
懐かしむような、それでいて退廃的な口調を交えて。ラインは神経を集中させる。
自分は魔法使いのように相手を読み取る魔法は使えないが、神経を集中させ聞こえない
音を聞こうとすることはできる。かつての訓練の時に言われた言葉を思い出す。
『基本的に人が聞こえない物は今となってない。魔法を使えば聞こえない物は聞こえる。
しかし人はそれを聞こうとしずに遮断するのだ。聞こえない、と決め付けて。耳を澄ませば
羽音や木のざわめき、小鳥たちの囀りが聞こえる。』
最初ラインも随分と馬鹿にしていたが、今はそれにありがたみを感じる。
――少々舐めきっていたな。
だが、相手のほうが一枚上手だったらしい。ラインは何か言う暇さえなかった。
「体が……体が動かない!」
体が震え、足や手を動かそうと思っても命令を聞いてくれない。肢体が石化しているように硬く
感じた。
「嘘……嘘だろ?」
「嘘などではない。それは本当だ。」
上に伸びる長い耳。
「見縊っていた。」
金色の双璧が自分を見る。
「だが……目的を達成する面は今のところは支障はでない。」
悪魔を連想させる漆黒の翼。
「――死ね。」
それが自分に向けて魔法を発動する。炎の槍が目の前に来た時、体がようやく命令を聞いてくれた。
ラインはすぐさま右へ移動する。
「……そうだ。」
いきなり思い出したように言う。
「何だよ一体。」
「………私は人間などに構っている暇などない。」
「俺だってあんたと構っている暇は残念ながらないんでね。」
体を前へと押し出し相手を攻める。狙うは胸。ラインは剣先を突き刺す。鈍い音が聞こえ、ラインはしめたと
感触で分かると剣を抜き出した。
思った通り鮮血が飛び散る。飛沫はラインの顔にもかかる。
「思った程でもなかったな。」
「…………これだから、人間は愚かなのだ。」
口から血を吐き出していると言うのにも関わらず、顔を歪ませることはない。寧ろ――その目は嘲笑っている。
その姿は何処か妖艶で厭らしさを感じさせる姿。血が口から滲み出て、肌を伝い顎から雫となり垂れる。
豊かな胸から出ている血は、服を緋色に染めてゆく。整った顔は人間の美女とはまた違った顔つきを成している。
その手の趣味、嗜好を持つ者にはたまらないと言えよう。
「何が愚かなんだ――!?」
床には複雑な魔法陣が青白い光を出して浮かび上がる。相手は手で顎を伝う血を拭う。いつのまにか
胸の傷も消えていた事にラインは気付いていなかった。
「封死陣か……おい待て。この魔法は禁忌の1つじゃなかったか?」
汗が伝う。生唾を飲み込む。――コイツは人でもエルフでもない。地上に舞い降りた漆黒の悪魔。
悪魔は無表情で切り捨てるように言う。
「それは人が決めた決まりだ。私は関係ない。」
「なんつー傍若無人っぷり……。」
「そんな事を言っているお前にも私にもないな……。」
翼をはためかせ、上空飛行を始めた。
「おい待て!」
ラインの叫びを無視て、一旦外へと出る。最上階にいる国王の愛娘の元へ。
同刻。クリアは嫌な予感がした。取り合えず魔法書で覚えたリードを使い、何とか相手の考えを読むことに成功した。
――ミルキィ・レインボー……どうして私が女などを誘拐せねばならないのだ。
気が重い声が耳を通る。
ミルキィに危機が訪れる、クリアはすぐさま察知すると外側からかけられている扉の前へやってきた。
だがココから自分の力を使って出られそうにもない。クリアは地下室を見渡した。
そういえば昔ミルキィに色々裏道を教えてもらった。貰った1枚の地図。その時の地図を引き出しから取り出した。
「これだ!」
随分と簡素な地図だが最低限のことは書かれている。地下室は地上からそう離れていない。下には生活水が
流れているから、とも聞いた。
「現在地は地下室。ココから上に出るには――」
明かりをつける。地図を広げ、赤ペンを片手に持つ。此処は地下2階。地上に出るにはさっきの扉を開けて階段を
上がる他ない。
だが城内は内戦の時に隠し通路や部屋を増やしたと聞いた。
この世界には魔法を生かした機械も多くある。それを使えば外に出ることは十分に可能だ。
「あれは………?」
クリアが目につけたものは壊れている移動装置。クリアはそれに近づく。
「移動装置……ワープかぁ。」
何処か触っても、動かしても、乗ってみても何も変化は起らない。
「直し方は……。」
以前読んだ魔法書を思い出す。
「…………そうか……そっか。」
1人納得したように山積になっている一番下の本を引き抜く。積み上げてある本は一気に崩れるがクリアは目も
くれない。1冊の分厚い魔法書を開き、索引からRのところを指差しながら見つける。1450ページを開き、
黙読するとすぐに魔法をかける。
「リセット。」
移動装置に手を振れ、魔減をする。たちまち移動装置から光が出てきた。結果は成功。
すぐさまクリアはワープ装置に乗る。
イドウシマスカ?
装置に乗るとモニターが出た。随分古い装置なのか画面は白黒でしかも片仮名。ノイズの入った
モニターは移動するかどうか自分に聞く。YESかNOのボタンが出、クリアはYESを迷わず押す。
モニターは閉じられ、クリアの体はこの部屋から跡形もなく消える。崩れた本たちと見開いた魔法書は
放置されたままだった。