ウェルカム・パーティ 3 その声に、一瞬部屋の空気が凍りついたように緊張が走った。 「社長が…?」 「おい、酒井!予定と違うじゃねぇか!」 佐伯たちは慌てて身なりを整え始めた。 逃げ出そうというのか。 それとは対照的に、酒井は涼しい顔をしていた。 そして、OBたちの様子を見てニヤリと笑った。 「いえ、 酒井の言葉の意味が判らず、佐伯たちは顔を見合わせた。 「大輝が俺達の誘いに乗らないことも、アイツが社長に連絡することも」 「じゃあ、なんで大輝を止めなかったんだ!」 林田が食って掛かるように酒井に言う。 「それから」 酒井はゆっくりと、微笑んだまま男たちを見渡した。 「お前らが東堂塾のモンじゃ無くなるってこともな」 けれど、その声は酒井のものでは無かった。 酒井のよりも低くて、大きくて、重量感のある声。 その声の主は、丁度階段を昇りきった所に立っていた。 「社長…!」 そこに居たのは、東堂商会の社長である東堂だった。 「…俺が言おうと思ってたのに」 酒井は残念そうに言って東堂の方を見る。 東堂はそれを見てフン、と鼻で笑い、そして智幸へ目をやった。 智幸は足に纏わりつく下着とジーンズを履き直そうとしていた。腿には男達の吐き出したものがそのまま残っている。 東堂の後ろについていた大輝は智幸の様子を遠慮がちに見た。自分が去った後に行なわれたであろう行為を思うと、智幸を正視することが出来なくてすぐに目を逸らした。 「トモ、随分イイ格好だな」 東堂が皮肉って言う。 智幸は東堂の顔を見ようとしなかった。 「話つけるまで待ってろ」 東堂はそう言うと、今まで着ていたダウンジャケットを脱いで智幸に向かって放った。 智幸は頭に覆い被って来たそれを邪魔そうに受け取ると、ゆっくりと顔を上げて東堂を見た。 その視線を確認して、東堂は佐伯達に向き直った。 「…で、だ」 東堂の眼にOBたちが怯んだ。 鋭い眼光で、目を逸らすことが出来ない。 「お前ら、何したか判ってんだろうな」 佐伯たちは硬直したまま動かなかった。 すると林田が懇願するような声で言った。 「お、俺達はハメられたんだ!この酒井に!あとコイツに!!」 林田は佐伯を勢い良く指差した。そして鎌田もそれに続いた。 「お、俺もだ!俺もハメられたんだ!社長!俺たちは何もしてねぇ!」 「て、テメェら!」 佐伯は思いがけない裏切りに驚いたようで、仲間であったはずの男たちを見た。 「見苦しいな」 東堂は吐き捨てるように笑う。 「言っておくが、お前らをハメたのは酒井じゃねぇ。俺だ」 弾かれたように視線が東堂に集中する。 「お前ら、東堂塾の名を使って随分好き勝手やってくれたみたいじゃねぇか」 男達は何か思い出したように視線を下に向ける。 思い当たるところがあるらしいのは明らかだった。 「他チームとの勝手な接触、塾を騙っての恐喝・暴行、女遊び…。ここ一帯で、社長の耳に入らないことがあるとでも思ってるんですか?」 言ったのはOBたちと共に行動していた現役生の田原だった。 OB三人は目を剥いて彼を見た。 「お前…何言ってんだよ。おい、まさかお前も…」 田原は、彼らを哀れんだ目で見ていた。 タネ明かしをしたのは酒井だ。 「でも、何かが無いことには決定的な証拠にはならない。現役も居ますからね。 そこら辺はきちんとしておかないと。そんなときにあなた達が田原にトモさんのことを持ちかけて来た、と」 「さすがに有名なトモさんのことですから、酒井さんに相談させてもらいましたよ」 「俺の耳に入ったら社長に言わないわけには行きませんもん。『塾生同士での暴行・障害等の大きな揉め事は禁止』って解ってましたよね?今まで可愛がってきた後輩に手のひら返されて、ショックですか?ふふ、」 現役生二人に騙されて、ついにボロを出してしまったわけだ。 しかも、昔のとはいえ社長の愛人に暴行しているという決定的で最悪の現場だ。 「お前らみたいに軽々しく東堂塾の名を口にする奴は目障りだ。今後一切、塾生・OBとの接触、塾出身と名乗ること、ここへの立ち入りを禁止する。それから」 東堂は凄んで最終宣告をした。 「俺の目の届く範囲に入ってくるな。潰すぞ」 その迫力に、言われている男達も、そして酒井や大輝でさえも震えた。 カーショップを経営していることで東堂の顔は広い。その東堂の目の届く範囲は栃木はおろか、周辺の県に及ぶことは 塾生なら誰でも知っている。走り屋の二人や三人、 男たちはその後一言も発することなく、泣きべそかきながら逃げるようにしてショップを出て行った。 「トモさん、すみませんでした!」 今回のことに協力した田原が智幸の前に行って土下座した。 「ほんと、俺、すみません…」 泣きながら、何度も何度も頭を下げている。 それを見ていた智幸は声をかけた。 「顔、上げろ」 枯らされた声が痛々しかった。塾生が顔を上げた瞬間、綺麗なくらいに智幸の拳が右頬にヒットした。 「ぅあ!」 田原の身体が跳んで床に叩きつけられる。 「これでチャラな」 真顔で言う智幸に塾生も真顔で頷いて、すみませんでした、ともう一度小さく呟いた。 田原は軽くあいさつを済ませて、頬を押さえながら階段を降りていった。 「あれ、腫れるだろうなぁ。痛そう」 酒井が呑気な声で言う。 智幸は気にしていない、と何度も口に出すよりも、一発殴ってやったほうが彼もスッキリすると思ったのだ。 あんな痴態を見られた自分の怒りが籠められていたことも事実だけれど。 「俺も殴ってやりたかった」 強い口調で言ったのは大輝だった。大輝はずっと強い憤りを感じていた。ここに東堂を連れてくる途中で今回の経緯を聞いた、そのときから。 「…酒井さんはトモさんに謝らないんですか。あんな酷いことして」 酒井は、俺?というように自分を指差した。 「酷いことって、大輝お前見てたの」 意地悪く口元を歪ませて酒井は言う。大輝はカッとして、酒井に殴りかかろうと拳を振り上げた。 けれども、それは酒井によって軽く受け止められてしまった。 「あのね、これは社長との取り引きだから」 「取り引き…?」 「そう。協力する代わりに、俺もトモさんとやらせてもらう、っていう取り引き」 大輝は酒井の言葉を聞いて、東堂を思いきり睨んだ。 「おかしいよ!どうしてトモさんを利用しなきゃいけなかったんですか!?もっと他に方法があったんじゃないですか!?トモさんは物じゃないんだ!」 東堂はタバコに火をつけて、深い息を吐き出してから言った。 「大輝、お前は解ってねぇな」 「何を!」 「トモは物だよ」 言い切った東堂に、大輝は目を見開いた。 ちらり、と智幸へ目をやったが、智幸は背中を向けていたので表情は読み取れなかった。 「物って…」 「トモは舘智幸という価値を持つ物だ。人はみんな同等だなんて思ってる訳じゃねぇだろ。トモにはトモの分の価値があるんだ。それは一般的にはお前よりは高い。酒井よりも高い。俺よりも高いかもしれねぇ。いや、高いな」 東堂は評価のことを言っているのだろうか。大輝は言葉を待ちながら、煙を吐き出す東堂を睨んでいた。 「本人はそれを自由に使っていいんだ。どんな手段であろうとな」 「でも、社長はトモさんじゃないだろ」 大輝が食って掛かると、東堂は智幸の方を見た。 つられて大輝もそっちへ目をやる。 「そうだなぁ、今回のは…元愛人としての俺のプレゼントっつーか、まぁ、そんなモンだろ」 大輝はまた拳を握りしめた。自分の憧れの人を物扱いして、簡単に利用する。この男を思い切り殴りつけることが出来たらどんなにいいだろう。 一方、東堂は大輝のことを全く気にしていない様子だった。東堂は勢い良く白い煙を吐き出して、灰皿でタバコをもみ消した。 「トモには話がある」 ←back |