HANDS



「さっみ〜なぁ」

冬の赤城山。
身体を両手でさすって白い息を吐きながら啓介が呟いた。
紅葉の季節が終わり、今年は例年よりも早く冬が来ようとしていた。ここ数日、赤城山には雪雲がかかるようになり、啓介はおとといスタッドレスタイヤに履き替えたところだった。 腕時計に目をやると、午前4時。肌に痛いくらいの寒さだ。
「もう冬ですね・・・っくしゅ、」
ケンタは中途半端なくしゃみをひとつして、ぶるりと身震いをした。寒い、と言うわりにはダウンジャケットにマフラー、手袋という完全防寒体勢の啓介に対し、ケンタはブルゾンにジーパン姿の薄着だった。

「お前なんでそんなかっこしてんだ。寒くて当たり前だろーが・・・」
啓介は呆れたように言う。
「最近バイトで時間無くて実家に冬服取りに行ってないんですよ。それから今月はタイヤ付け替えてもう金ねぇし・・・っくしゅ、」
引きつった笑顔を見せながらケンタはまたひとつくしゃみをした。
ケンタの生活は車が中心だ。最近はチームのナンバー2、高橋啓介に可愛がってもらえるようになって余計にのめり込んでいる。時間さえあれば啓介のところやショップに顔を出していて、以前は結構気を遣っていた洋服にも興味が無くなった。
「車が大事なのはわかるけどよ、身体。壊しちゃどうにもなんねーぞ」
ケンタはその言葉を聞いてなんだか嬉しくなり、へへ、と笑った。
「何笑ってやがる。人が心配してんのに・・・ほら、これ使え」
啓介は見るに見かねたのか、自分のレザーの手袋をケンタに差し出した。
「え・・・?」
状況が飲み込めずケンタが啓介の目をきょとんと見る、啓介はもう一度、ほら、と言った。
「いいんスか!?」
「いいよ」
思いがけない啓介の好意にケンタは舞い上がって喜んだ。
「啓介さん、やっぱりオレ啓介さんのこと好きです!大好きです!」
「ったく、聞き飽きたぜ、そのセリフ」
微塵も本気で受け取ってくれない啓介に、ケンタは口を尖らせて拗ねてみせた。
それでも、手袋を受け取ると、急に心まであったかくなったような気がした。
(啓介さんのぬくもりだ・・・)
ホクホクした気分で気持ちよく1本走りたいところだったが、啓介の一言で今夜は家路につくことになった。

一人暮らしなのでだれもいない部屋。つい先程までアパートの下で啓介と盛り上がって話していただけに、その差が余計にケンタの寂しさを増した。

でも、今日は違った。

「啓介さんの手袋か・・・」
自分の手にはめられたレザーの手袋を見て、へへ、とだらしない笑みをこぼした。

ケンタは啓介に憧れてREDSUNDSに入った。
他のメンバーが憧れる遠い存在である白い彗星と呼ばれる涼介よりも、毎日顔を出してくれる太陽のような啓介が好きだった。
その想いはいつからか憧れを超えて、 啓介に対してどうしようもない感情を抱くようになっていた。 それは欲情という感情で、啓介を手に入れたいと、独り占めしたいと思うようになった。
毎晩のように繰り返される自慰行為。
毎晩のように啓介に抱かれることを思い浮かべる。
ケンタは思い出していた。
さっき手袋をはめた瞬間の啓介の体温を。
「啓介さん・・・」

それが開始の合図であるかのように、ケンタは行為を始めた。
ジーンズのファスナーを降ろし、トランクスの上から刺激を与える。
すこし強めに揉みしだいてみれば、すぐに硬くなっていく。
布の上から指をゆっくりと這わせて、焦らす。
ケンタは啓介からもらったレザーの手袋に手を伸ばした。
これは啓介の、手。その手を汚す行為だ。
「・・・啓介さん、ごめんなさい」
拭いきれない罪悪感がこみ上げてくる。けれどケンタは快楽を掴む方を取った。
手袋を嵌め、いつもよりリアルな想像が広がっていく。

『ケンタ・・・』

聞こえるはずのない声がケンタを呼ぶ。

『ケンタ、こんなになってるぜ・・・。やらしすぎるんだよ、オメーは…』

「啓介さん・・・」
下着の中に熱い熱がこもる。
ケンタが自身を露にし、直に触れる。

啓介の、手で。
レザーの感覚はスベスベしていて、それでいて湿ったモノに触れば抵抗がある。
ケンタの手の体温で手袋にも人肌くらいの熱が伝わっていた。
ケンタはしっかりと起立したそれにやわやわと刺激を加える。
時には強く、時には触れるか触れないかの焦れた感覚。
しかしそれものめり込んでしまえば止まらなくなり、手の上下運動は激しくなっていった。
途端、ケンタは啓介に扱かれているように錯覚した。

後ろから抱きすくめられて、啓介の手が、ケンタのそれに伸ばされている。

『ケンタ、気持ちイイのか・・・?』

「・・っ・・ふ・・・・っ」
それの先端からだんだん液体が流れ、手袋を汚していく。

『ケンタ・・・』

声に煽られるように、ケンタは根元のふくらみに指を絡めた。
そこを揉みながら陰茎のほうを強く引くと、快感で身体が震えた。

『自分でこんなことして、オレが欲しいんだろ?』

「はっ・・・・あ・・欲しい・・・啓介さん・・・っん、」

『ケンタ・・・』

啓介の甘い声を想像しながらケンタは頂点に達した。
「っ、は・」
けれど今夜はそれだけでは終わらなかった。

『ケンタ、イヌになれ。』

ケンタの創造した啓介は欲望という力を借りて一人歩きを始めていた。
ケンタはジーンズを膝のまで下げると、言われるまま四つん這いになった。
「啓介」は手袋をはめた手でケンタの精液を拭い、それを蕾に塗りつけた。
ケンタは自慰行為では滅多にそこに触れようとはしなかった。
しかし、「啓介」はまだ開発されていないそこに躊躇なく侵入しようとする。
「いっ・・・は・・・・んんっ」
啓介が指をケンタの口のなかに押し込むと、ケンタは唾液を絡ませる。
自分の精液の味。苦くて独特のにおいが鼻に残る。
指を出し、今度は下の口に2本無理やり侵入した。
「ぅあ・・・っ」
涙を浮かべながら、2本の指を出し入れする。
強烈な痛みしか感じない。
レザーのせいで巧く動かないため、余計に痛みは増した。
「い・・・痛い・・・啓介さ・・・」

『ガマンしろ。悦くなりたいんだろ・・・?』

「あ・・・・は・・・」
痛みからか、ケンタは指を出し入れされている部分が熱いと感じるようになってきた。
熱の向こうにチラチラと見え隠れする快楽を求めるように、指は内で動きだした。
「ん・・・・・んあ!!」
奥の壁にあたる度に奇妙な感覚が伝わる。
「あ、啓介さん・・・・もっと・・・・ァ」
指の動きは加速していく。
ケンタは自身を床に擦りつけ、解放の時を待った。

『ケンタ、イイだろ?こうして欲しかったんだろ?・・・オレに』

「あ・・・・ふぅんん!!は・ア!!け・・・すけさ・・・」
指が、クン、と曲がったそのとき
「あ、けいすけさ・・・・・んっ、ク」
ケンタは絶頂を昇り詰めた。

終わった後、決まって襲われる罪悪感と空虚感。
でもこの行為はやめられない。
ケンタはそう思った。
「・・・この手袋、どうすっかな・・・・」
ケンタは汚れた手袋を見つめながら口元を引きつらせて笑った。

「おう、ケンタ。早いな。まだ時間じゃねぇぜ」
「啓介さんがアップすると思って・・・オレも付き合います」
「そっか、じゃ取り敢えず5本くらい流すか」
「あ、啓介さん、これ、ありがとうございました」
そう言ってケンタは手袋を差し出した。
「これ、お前にやったつもりだぜ?」
「いいんです。啓介さんが持っててください。でも・・・寒くなったらまた貸してくださいね〜」
「調子いいヤツだなー・・・。まぁいいや、来い、ケンタ。」

『ケンタ…』

アノときの声と重なる。
啓介はその手袋を嵌めてハンドルを握る。
「・・・これから、冬の間はずっと一緒ですね、啓介さん・・・」




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