体がだるい。頭が熱くて、思考に靄がかかる。 「アリューシャ」 視界はすでに涙で霞んで、目の前にあるはずの大好きな人の顔さえ歪んで見える。 「…可愛い」 「んぅ…」 唇を吸われて返す言葉どころか、呼吸まで奪われてしまう。 気付けば僕は全裸に剥かれて、シュリの腕の中に閉じ込められていた。 一体どうしてこんなことになったのだろう、と僕は荒い呼吸を繰り返しながら考える。少し前まで、僕はシュリの膝の上で話をしていたはずだった。 シュリが「話したいことがある」と言うから、それを聞いていたはずだったのに。 「ゃ、いや…」 思考は、シュリの手によって容易く中断される。 この部屋へ連れて来られてから、何度となく導かれた高みへと、僕は一気に駆け上がる。 絶頂を迎えるのではない。迎えさせられるのだ。僕の意思など関係ない。 女のように足を開いて、その間にシュリを受け入れる。最奥まで穿たれると、恐ろしいほどの快感が僕を包む。最初は痛みしか感じなかったそこが、その行為が、今では甘い疼きで僕の思考を侵していく。 もう、何も考えられない。 「やぁ…いやぁっ…」 あまりにも良すぎて、僕は怖くなって少しもがいた。でも、しなやかな筋肉で覆われたシュリの体はびくともしない。抵抗ごと抱き締めて、シュリは更に深い悦楽を僕に与えるのだ。 「ひぅ…」 柔らかくて熱い舌が耳の穴にまで入り込んできて、僕は悪寒にも似た感覚に身を震わせた。その弾みかどうかは知らないが、シュリが僕の中で大きくなったように感じて僕はますます恐怖する。 シュリは、一体どこまで僕を溺れさせれば気が済むのだろう。 「…愛してる」 「しゅり…シュリぃ…」 「愛してる、アリューシャ」 「もぉ…ゆるして…」 大好きな人にこんなに愛されて、嬉しくないわけがない。けれど、それ以上に怖かった。 シュリの目の前でこんなに乱れて、シュリに呆れられはしないだろうかと。 しかし、僕のそんな思いとは裏腹に、シュリは穏やかに微笑んでいる。もちろん、その綺麗な顔にもうっすらと汗が浮かび、いつもの余裕は感じられないことが、ちゃんと見れば分かるのだけれど。 さっきから泣き続けている僕には、クリアな視界など望めない。 ただただ、シュリに翻弄されて、絶頂を迎えて、僕はもう、ぐったりと思考することを諦めた。 そうしているうちに、心地良いまどろみが僕を包む。シュリが簡単に僕の体を綺麗にしてくれて、僕の頭を胸元深くに抱きこんでくれて。 どんどん朧になる意識の中で、僕はぼんやりと思う。 ああ、そういえば、どうしてこんなことになったんだろう。僕たちは一体、何を話していて。 そうだ、シュリが話してくれたこと。 それは、僕の誕生から始まるとても長い話で、でも、途中で飽きるなんてことはなかった。 シュリとサヴィーナ姉様の関係、サヴィーナ姉様の本当の恋人、父の陰謀、今回の内乱。 衝撃的だったけど、僕はずっとずっとシュリに愛され続けていたのだと知った。 僕はずっとシュリが好きだったけれど、よく考えてみるとちゃんとシュリの気持ちや、本音を聞いたことはなかった。 僕にとって、シュリはいつでも穏やかな、優しい兄だった。いつも僕の他愛無いお喋りをにこにこしながら聞いてくれて、頭を撫でて誉めてくれた。 父に次代の皇帝として強くあれと、賢くあれと厳しくしつけられた僕は、けれど父の望むような才能は欠片もなかった。誉められることなど皆無に等しく、だからこそ、シュリが誉めてくれることが嬉しかった。 思えば僕は、シュリについてそれだけしか知らない。 帝国始まって以来の賢帝、戦に出れば軍神と称される。でも、僕の前では優しい兄。僕が知っているのはそれだけで、何を考えているのか、などと、思いを馳せることもなかった。 これで、シュリが好きだったなどと、さぞやシュリは片腹痛い思いで聞いたことだろうと僕は少し恥ずかしくなった。 先の内乱で担ぎ出された僕をあえて庇わなかったのは、僕を手に入れるためで、僕の父を失脚させるためだったとシュリは言った。 その辺りは、まだ僕の気持ちも整理し切れていなくて、聞くのが辛かった。命を落とした人のこと、恩赦が出たあとも行方の知れない両親のこと。それは全て、僕を手に入れるためにシュリが導いたことであり、だから僕は気に病む必要はないのだと言われたけれど…とてもそんな風に割り切れるものではなかった。 黙りこんでしまった僕に、繰り返される触れるだけのキス。 僕は幸せになっても良いのかと、あの日迎えにきてくれたシュリに問うた気持ちは、決して偽りではない。 けれど、今、こうしてシュリの温もりを感じてしまった以上、もう手放すことはできない。抱き締められて、愛される幸福を知ってしまった以上、僕はもう、後には引けないのだ。 僕という存在がもたらした混乱と、犠牲は大きかったと思う。僕は、償わなければならないのは分かっている。 でも、どうしてもシュリを放したくないと、その時強く思った。 『放さない』 まるで、僕の心の声が聞こえたかのようなタイミングで、シュリに囁かれた。 『私を卑怯だと、ずるい男だと思うなら思ってもいい。でも、私はお前を放すことはしない』 そうだ。そうして、僕はシュリにあっという間に押し倒されて、愛されて、今に至るわけだ。 シュリも、あまり話したい内容ではなかったのだろう、と僕はぼんやりと思う。理路整然と話をするシュリには珍しく歯切れが悪かった。そして、僕はどうやら体で丸め込まれたらしいことに気付く。 結局、僕がどんな思いでシュリの話を聞いたのか、シュリは知らぬままだ。あえてうやむやにしてしまった感が否めない。本当に、シュリにとって都合の悪い話なのだろう。 だけど、僕はそれでいいと思った。話したくない本当のことを話してくれただけで、僕は嬉しかったんだから。それに、シュリの側にいて、これ以上何かを望んだらばちが当たりそうだ。 シュリの側にいることに、全く迷いがないわけじゃない。今でも本当は迷っている。 でも、誰が許してくれなくてもシュリが許してくれるのなら、いつまでも側にいたいと、そう思う。 うとうととまどろむ僕の頭をシュリが撫でてくれる。そのことをとても幸せだと思いながら、でもやっぱりわずかに罪悪感も感じる。 サヴィーナ姉様のこと、生まれてくる子どものこと。次に目が覚めたら、その辺りのことをもっとちゃんと聞きたいな、と僕は夢現に思う。でも、今は眠くてもう何も考えられない。 「…いか!陛下!お目覚めですか!お仕事を持って参りましたよー!!…」 眠りに落ちる直前で僕の耳に届いた男の人の声と、シュリの舌打ち。 その声の主が、サヴィーナ姉様の恋人だと知るのは、もう少し後の話だ。 |
![]() |