01:回 転 式 螺 子 巻 き 少 年



 苛々と、彼は道端に落ちていた空き缶を蹴飛ばした。
 さて、それがすべてのはじまり。




 氷帝学園テニス部は水曜日はオフになる。とはいっても自主練をする部員も多く、実質的には休みではなかったりするのだが、まぁそれでもオフには代わりが無い。普段の部活を無断欠席したら問答無用で切られるが、水曜日は『各個人の自主性に任』されているので別段出る必要性も無い。故に『今日は休む』と決めて完全な休養日にあてる部員も中にはいる。
 ふんふんふん、と上機嫌で鼻歌なんて歌いながらぽんぽんと荷物を鞄に詰めこむ忍足も今日はその一人だった。ちなみに彼の鼻歌は『ミラクル☆ワンダーランド』だった。もっというと鞄の中に詰め込んでいる荷物は勿論教科書なんかではなく『電撃プレイステーション』と『週刊わたしのおにいちゃん(フィギュア付き)』と『ファウスト』と『もえたん』とMDが数枚だった。更に補足すると、忍足の好みは虹原いんくだった。英語の授業中に「いんくたん萌え」と呟いて隣の席の女子生徒を恐れさせたという実績がある。そんな忍足は勿論、ミステリで読むんだったら西尾維新と公言して憚らなかった。『青色サヴァン』の玖渚が好きそうにみえて実は『最強の請負人』こと哀川潤が好きだというあたり、つくづく読めない人物である。ちなみに彼曰く西尾の最高傑作と呼ぶのは『きみとぼくの壊れた世界』だった。つくづく、つくづく読めない人物である。
 兎も角、忍足は上機嫌だった。実は今日は通販していたガンパレの制服(男女両方)とDVDと1/8フルペイントフィギュアが届くのだ。部活なんてやっていられない。早く帰ってディスプレイして、ついでに制服も試着して直さなければいけないところがあったら直して、それからアニメを堪能しなければ。彼の頭の中はもうすでに家に届いているはずのグッズのことでいっぱいだった。自然、家路へと急ぐ足も速くなる。
 荷物を全部まとめて鞄を持って、忍足は早足で校門を出た。人間だれしも急いでいるときは注意力が散漫になる。急がば回れ、それは正に真理といえる素晴らしい格言ではあるのだけれど哀しいかな、その時の彼の頭の中には石津萌のことしかなかった。
 急ぎ足で歩く忍足は前ばかりを見て直進していたがため、足元にコロコロコロと転がってきた空き缶に気付かなかった。忍足は、さながらアニメか漫画の如くそれに躓き転びそうになる。が、腐っても運動部。それなりの反射神経でもって手を前について顔から転ぶことは避けた。が、しかし。ふだんであればそれだけですんだものを、その日忍足は急いでいたのだ。物凄く。故に、常であればきっちりファスナーをしめているはずの鞄は半分以上あいていた。その為に鞄の中身が盛大にばらまかれる。MDも『電撃プレイステーション』も『ファウスト』も『もえたん』も『週刊わたしのおにいちゃん(フィギュア付き)』も。
 そしてそのとき忍足が不幸だったのはその場所が坂であったことと、その道の脇には小さな小川が流れていたことと、『週刊わたしのおにいちゃん』の、ブックレットのみならずフィギュアまで持ってきてしまっていたことである。実は友人にフィギュアごと貸していたものが返されてきただけのことであったので忍足に非は全く無い。それはひとえにただひとえに不幸な事故だったのだ。
 フィギュアは転倒の衝撃でころころと坂道を転がり、そしてそのまま、ちゃぽん、と小川の中に落ちた。そしてその決定的瞬間を、忍足はその目で見てしまった。
 野獣の如き咆哮が、その一帯にこだました。



 赤澤吉郎は河原で黄昏ていた。
 何故かといえば、赤澤の行き着けのカレー屋が潰れてしまったのだ。その店のカレーは安くて、しかも種類がいっぱいあって、毎日食べても全く飽きなかった。他の部員に「カレー臭いですよ」と顔を顰められても全く構わなかった。赤沢はただただ、カレーが好きだったからだ。カレーがなくては生きていけない。カレーこそ我が人生。とまでは思ってなどいないはずなのだが、行き着けのカレー屋が店を閉じたことで、何故か赤沢はそこまで思いつめてしまっていた。思い込みが激しいのはいいことなのか悪いことなのか。悲しみにあけくれて我武者羅に歩くうちに、赤沢はこの河原にたどり着いたのだ。
 つまり端的に言えば道に迷っていた。迷子だった。
 だから、赤澤吉郎は河原で黄昏ていた。これからどうしようかと漠然と考えるもののいい考えは浮かばない。ただ河原で体育座りをしてをじぃっと側の流れを見ているだけである。
「………ん? なんだ、アレ」
 ふと、赤沢の目に飛び込んできたものがあった。
 川上からどんぶらこと流れてくるのは桃、ではなくて何か人形のようなものだった。それは丁度赤澤の目の前を通りすぎようとしていたので、興味をそそられ赤澤はそれを持ち上げた。
「………なんだ、コレ」
 赤澤は首を捻る。人形らしい、ということは分かる。それは体操服を着た金髪碧眼の少女が魔法瓶で何か飲み物を飲んでいる姿だった。しかし、これは一体何なのだろうか。誰かが川上でこれを捨てたのだろうか。しかし何故に川に流す必要性があるのか。
 全く分からずに、まあいいか、と赤澤は呟いた。
「どーでもいいか。っつーか、まずはどうやって帰るかだな」
 ふと、赤澤は思いついたのか、拾った人形を見た。目をつぶって、それを手のひらから落とす。地面に着地したその音を聞いて、赤澤は目を開いた。
 そして体操服の少女が転がっている方向に向きなおった。
「よし、こっちだな」
 何故か満足げに呟き、それからふと人形に目を落とした。どうしようか、と一瞬逡巡して、それからそれを拾い上げて、ぬぁぁぁぁぁっ! と何処の野生動物ですか、といった感のある叫び声をあげながらそれを力いっぱい宙になげた。よくとんだ、と赤澤は我ながらその飛びっぷりに感心し、それからそのフィギュアが飛んで行った方向へ向かって歩き出した。



 白い猫がひらり、と塀からコンクリートに飛び降りた。
 トレーニング中だった海堂は思わず足をとめた。彼が無類の猫好き、というか動物好きであることを知るひとはあまりいない。顔が怖いから可愛いものとは無縁、という風に思われていることに、実はかなり彼自身傷ついていたりする。触りたい。真っ白なヒマラヤンは口に何か人形のようなものを咥えて海堂をじっと見ていた。海堂も動くことが出来ずに、じっと睨みあい(あるいは見詰めあい)の時間がしばし過ぎた。
「………先輩、何やってるんスか」
 呆れたような声音はよく知ったものだった。海堂は驚いて声のした方を振り返る。予想に違わず、そこにいたのは彼が予測した通りの人物だった。
「越前か」
 生意気な一年生は、どこか呆れたみたいな表情で海堂を見上げていた。
「先輩、ほんと練習好きすぎ。さっき部活終ったばっかじゃないっすか」
「うっせーよ。買い物頼まれたついでにランニングしてんだよ」
 ジャージ姿を揶揄された海堂は少し気分を害したように返した。にしては立ち止まってるじゃないか、というような越前の視線を無視して続ける。
「お前こそ、桃城の野郎と一緒じゃねぇのか」
 いつもいつも一緒だろう、と海堂が問うと越前はしれっとした表情で「先輩、チャリ壊したらしいから」と答えた。先輩をパシリか何かと勘違いしてるのではないだろうか。海堂は呆れと苛立ちをないまぜにしたような感情をおぼえたが、さりとて彼に言ったとしてもそれを改めるとは全く思えないのでまあいいことにしておいた。自分がパシられているのでもないし、桃城もあれでいて愉しんでいるようなのだから別にいいのだろう。他人の人間関係にいちいち口を出すこともない。そう判断して、その不遜な言葉を、多少眉を顰めながらも「そうか」と答えるだけでながした。
 ホァラ、という不思議な鳴き声が聞こえた。真っ白なヒマラヤンはとことこと海堂の脇を通って越前の足元に擦り寄った。
「カルピン? それに、何咥えてんの」
 少し驚いたように越前は目を丸くした。それに海堂は驚いたように目を見張った。羨ましそうにチラリ、と越前を見て、それが偶然にバッチリと目があってしまった。彼はニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべた。
「へー。先輩、猫すきなんだ」
 からかうような声音に海堂は表情を硬くした。唇をぎゅっと噛む。
「わりぃか」
 ふてくされた声が出た。そんな様子の海堂に、越前は思わず吹き出した。そしてカルピンを抱え、海堂の前に差し出した。
「はい」
 一体何のことかと海堂は首を傾げる。「触りたいんでしょ」と越前が言うと、顔を赤らめ、けれどもおずおずと越前とカルピン、両方の顔を見やって、それから意を決したようにゆっくりと、彼はカルピンの頭に手を触れた。羽毛に包まれた温かい体温。何度か撫で、喉元をさすってやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「………ありがとう」
 暫くして、海堂はそれだけ言って手を離した。「どうしたしまして」と答えて越前も抱いていたカルピンを地面に下ろす。とことこと、今度は越前の脇を通って去っていくカルピンを海堂は見送った。
「あれ、放っておいていいのか?」
「別に家猫じゃないっスから」
 さらりと答えて、それから越前はそういえば、と口を開いた。
「先輩、このへんに『ロワーヌ』とかいうケーキ屋あるんですか?」
 親に頼まれたけど道が分からないのだ、と越前は説明した。海堂は暫し記憶を探り、ああ、と思い出して手を打った。
「ああ、あるな。ちょうど近くまでいくから案内してやる」
 猫の礼だ、と少し顔を赤らめて海堂は言い、照れたようにくるりと越前に背を向けて歩き出した。越前はふーん、と答え、帽子を被り直してそれに続いた。


なんか長くなったので分けます。こんなに長くなるとは思わなかった小ネタ連作なのですが。
ええと、ちなみに上から順々に次に出てくる人の予想がつくような舞台設定(?)にしてあります。咆哮(バカ沢)→河原(薫)って感じに。
下らないお遊びです。次出てくる人を当ててみるのも、楽しくないですね。すみませ ん。
ちなみに長野まゆみの如くのタイトルに意味なんて全くありません。
ついでにオタ忍足が持っていたものについての解説っていうか公式ページ、貼っておきます。気になった方はこちらにどうぞ。
公式:電撃プレイステーション/週刊わたしのおにいちゃん/ファウスト/もえたん/ガン・パレードマーチ/
NOT公式:西尾維新/きみとぼくの壊れた世界
個人的に、もえたんは萌えですが恋する英単語は萌えませ、ん(痛)いやだって痛々しさが先にたつよ……


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