たったひとことがどうしても言えない
 


   さらさらの栗色の髪の毛が風に揺れている。
 無邪気で不思議系、考えてないようで考えている侮れない小娘だ。
 はつらつとした笑顔に惹かれ、告白した時には
 ずれた返答でかわされ、その後の奇跡で付き合うようになった元宮明梨(もとみや あかり)。
 隣で無防備に眠りこけている様子に溜息をつく。
 公園のベンチ、俺の肩にもたれて幸せそうな笑顔で眠っている。
 頬をつつけば、くすぐったそうに笑い、ぼそぼそと何かをつぶやいた。
 寝ているのか、起きているのか判断がつかない。
 柔らかな手を握って、顔を覗きこむ。うとうとし始め、
 やがて熟睡して小一時間、未だ起きる気配はない。
 春先なので、まだ冷えるというのに。
 起こした方がいいに決まっているが、声がかけられない。
 すやすやと眠る彼女を起こしたくなくて、その寝顔を見ていたくて。
……だがその顔を見ているとふいにいたずらをしたくなる。
「みぎり……」
 むにゃむにゃ。薄く開いた唇が漏らしたのは俺の名前。
 ああ、もう我慢できない。
 肩をつかみ、自分の体を明梨の方に傾けた。
 吐息を紡ぐ唇に、指で触れる。
 そっと顔を重ね、唇を触れ合わせた。
 甘さにしびれる。
 暫く唇を離すことができなかった。
「……明梨」
 掻き抱くように強く引き寄せた。
 その瞬間、びく、と震えた肩に驚く。
「……おはよー」
 途端、聞こえた舌っ足らずな声。
「うわあ」
 思わず力いっぱい突き放してしまった。
 不意打ちか。恐ろしい。
 突然目を覚ました明梨は、にこにこ微笑むばかりだ。
「……驚かせるなよ」
「キスされてびっくりしたのはこっちだもん」
「気づいてたのか」
「気づいたの」
 ぱさぱさとタイトミニスカートの皺を伸ばし、ブーツの履き口も整えて明梨は立ち上がった。
 正面から見つめられて、どくんと心臓が鳴る。
 顔が熱を持っていることに気づかないふりをしたい。
「顔真っ赤だよ」
「言うな」
「行こっか」
 はい、と差し出された手を掴んで歩き出す。
 半ば、明梨を引きずるように。
「……砌?」
 また惚れ直したなんて言えない。
 もう一回キスしたいだなんて言えるものか。
 隣を歩きだした明梨の瞳を見られなくて、ぱっと顔を横に向けるけれど
 彼女には全部お見通しなのだろう。
 この先ずっとこの調子に違いないと思った。








    恋十題by乙女の裏路地  











     

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