彼の真意がわからない。
何か焦ってる気がする。
急に、あんな事するなんてどうして!
怖かった。
拒めば嫌われるんじゃないかと思ったけど、
抵抗するしかなかった。
私が砌を好きなことは確か。
無理矢理、ディープキスされたとしても嫌いになったりしない。
でも……。
全部冗談だと思ってたんだ。
ホテルに行った時も、カラオケしたりジュースを飲んだりしただけ。
冗談で押し倒されそうになったけど、悪戯っぽく笑ってた。
そりゃあ付き合って1年経つけど、まだ早い気がするの。
結婚するまでしないとか大昔の人みたいなこと
言わないけど、まだ覚悟できない。
自分の全部を見せ合って分かり合うこと。
砌になら、砌とならそういうことも嫌悪感はない。
ただ、自分が変わってしまうんじゃないかという恐れがある。
生身の人間だから、誰かとそうなりたいという願い、欲望が
あっても普通だ。人間は綺麗なだけじゃ生きていけないもの。
他人と交わり合わなきゃ生きられない生き物だよね。
心では理解しているよ、砌。
気持ちがついてかないんだよ。
あなたが私の事を本気で想ってくれてるのは知ってる。
充分すぎるくらい、理解してる。
ゆっくり階段を登ろうよ。
今までだってそうしてやって来たじゃない。
急に焦り始めたのは、別れが近づいているからかな。
あと半年と少ししか一緒にいられないもんね。
私だって辛いよ。
だからこそ、大切に時間を過ごしたいんだ。
別れの日までに私も砌の気持ちに追いつくかもしれないけど、
……もう少しこのままでいよう?

思いっきり泣いた。
枕に顔を押し付け、声を押し殺し。
彼の想いを受け止められなかったことが辛い。
傷つけてしまった。
拒絶されたことで彼は孤独を感じてる。
私が子どもなのかな。
彼は一歩先の物を見てるの?
いいや、それでも。
私は、私なんだから自分を変えちゃいけないんだ。
お母さんも教えてくれた。
無理してもいいことはないって。
流されることも時には必要だけど、流されてばかりじゃ
何も手に入れられない。

呆然と立ち尽くしていた。
彼女の唇を強引にこじ開けて熱を侵入させて
……やってはならない罪を犯した。
躊躇う彼女を勝手に引っ張って先へ進もうとした自分。
我ながらガキっぽいやり方だよ。
傷つけたくなんかないのに。
困らせたい訳じゃないのに、
何故か理性の針は折れてしまった。
あの後、あんな路上で俺は何をするつもりだったんだ。
キスして……押し倒す?
正気じゃない。獣のすることだ。
それじゃあ強姦じゃないかよ。
ごめん。
ごめんな、明梨。
俺はお前の笑った顔が一番好きなのに泣かせてさ。
明日会ったら謝るよ。
嫌いにだけはならないでくれ。

震える指で携帯の番号を押す。
親友のあいつに話を聞いて欲しい。
トゥルルルルル。
トゥルルルルル。
トゥルルルルル。
「もしもし、砌か? 」
予想通り奴は3コールで電話に出た。
「…………」
「何かあったんか? 」
「俺は馬鹿なんだ」
「あはは!お前が馬鹿やっちゅうのは、とっくに知っとるって。
何を今更ゆうとるんや」
陽気に笑う声にさえ泣きたくなる。
「明梨にキスした」
「キスもまだやったんか、お前ら。
初や思うとったけどまさかそこまでとは」
「違う。ディープキスだ。戸惑うあいつの唇に
無理矢理舌を入れた。
泣いてたよ、明梨は」
苦しい。喋りたくないけど喋らずにいられない。
「遂に理性が野性に押し潰されたんやな。
まあ。お前のことやからいつかするかもしれへんなと
思っとったけど」
「笑い事じゃないんだよ。自分が情けない
まるで欲望だけの生き物だ」
「それが普通やろ? 欲望があるから恋をするし、
結婚して子どもだって作る。大丈夫やって。
明梨ちゃんはお前を嫌いになったりせえへん」
「分からないだろう。もう口聞いてくれないかも
しれないじゃないか」
悲観的になってしまうのは、自分が全部悪いから。
彼女にこれっぽっちも非はない。
「お前と明梨ちゃんはじっくりゆっくり進んできたんやないか。
何で今更焦る必要があんねん。このままじゃ嫌やったんか? 」
「ああ嫌だった。もう半年しか一緒にいられないんだぜ。
ちゃんとした絆が欲しいんだ。
明梨の気持ちを無視したらいけないことだけど」
俺と彼女は別々の大学を受験する。
父の跡を継ぐと言えば、聞こえがいいかもしれないが、
ただ、なりたかった。
父や祖父が、着ているあの白衣はとても眩しくていつも憧れていたものだ。
「難しい問題やな」
「せやけど、もう半年しかじゃない。あと半年もあるんやで?
それまでに互いが成長して、気持ちの面でも繋がって、
向き合える日が来るかもしれんやろ」
真面目な口調で奴は語った。
「サンキュ。ちょっとだけ心が軽くなった」
「いやいや、偉そうなことゆうてしもうたわ」
軽く笑う。
「いつも思うけど、お前、一体何者なんだよ」
「砌の親友の忍や」
「ぷっ」
「わろうたな! 」
「悪い」
「まあ、頑張れや」
「ああ」
忍はいい奴だ。
大家族の長男で弟や妹がたくさんいて、面倒見の良い兄ちゃんで。
人生相談しても的確な答えが返って来る。
同い年なのに悟りを開いた変な奴だ。
おかげで気が晴れたよ。
ありがとうな。
携帯を投げてごろりとベッドに寝転がる。
明日、謝る言葉は既に心の中で決めてあった。


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